インタビュー連載 ~環境保全のヒトビト~ 九州の水田の自然を守る
2022/04/27
第1回は、WWFジャパンで川や湖に代表される、水環境と淡水生態系の保全を担当する久保優(くぼ・すぐる)さんに「水」の保全に関わることになった経緯と、現在国内で行なっている取り組みの難しさ、そして目指す未来の活動についてお話を伺います。
スタッフ紹介
WWFジャパン 淡水・教育・PSP室
淡水グループ
久保 優(くぼ・すぐる)
修士課程修了後、国際協力機構(JICA)にて開発途上国向けの農業農村開発、水産資源管理、森林環境保全等のプロジェクト形成・監理に従事。2021年9月にWWFジャパンに入局し、国内の水田生態系保全、海外の繊維関連プロジェクトを担当。実家の田んぼいじりや水辺の生きもの探し、実生や挿し木から木を育てるのが好き。現在は庭にコンテナビオトープを作れないか画策中。
きっかけは故郷の自然環境
――久保さんが、特に水に関係した環境保全の仕事に関わることになったきっかけを教えていただけますか?
私は長野県の出身で、千曲川(ちくまがわ)の近くで育ちました。祖父の家には畑や田んぼがあって、そんな自然環境が身近で、好きだったんです。その一方で、千曲川流域は外来生物の多い環境で知られており、そんな自然に囲まれて育つなかで見てきた「外来生物」が、今の仕事につながる大きなきっかけになりました。
浪人生の時にふと手に取った、カヌーイストの野田知佑さんのエッセイの影響で、大学ではツーリングカヌー部に入ったのですが、キャンプしながら川下りをしていると、水辺の自然の中で、たくさんの外来生物が目に入ってくる。セイタカアワダチソウとかアレチウリとか、ハリエンジュなどの外来植物が結構まとまって、ぶわっと生えていたりする。川で魚を捕まえると、その地域にはいないはずの魚がいる。
こうした景色を見ていて、「水辺の生態系は、この先どうなっちゃうんだろう」という危機感を持ちました。
――久保さんにとっては「外来生物」が自然環境に関心を持つきっかけだったのですね。他にもなにかきっかけにつながるものはありますか?
大人になるにつれて、幼いころに遊んでいた祖父の畑や田んぼのような環境を残していきたい、という想いが年々強くなっていきました。そんな想いもあいまって、日本の生態系保全に関わりたいと考えるようになりました。
九州で受けた10年ぶりの「衝撃」
――今、久保さんは九州・有明海沿岸の水田環境の保全プロジェクトを推進されていますが、現地に行かれた際、どのような印象を受けられたのでしょうか?
まだまだ貴重な野生生物、特に淡水の魚類が多く残っていることが一番印象深い点です。
実は、私はWWFに入局して初めて行ったのですが、有明海沿岸の水田地帯では、干拓地に張り巡らされた「クリーク網(もう)」と呼ばれる水路網が、さまざまな生きものたちの生息場所になっています。これが本当に面白い。また、こうした自然や水とともに生きてきた、地域の文化についても面白いと感じています。
一方で、開発が進んでいる状況には、衝撃を受けました。
私は大学院で、外来生物に注目して生態学の勉強をしていたため、WWFで取り組む事業も、当初は外来生物の管理が中心課題かと思っていました。
しかし、九州の現場に行ってみると、希少な魚類や植物の生息地や生育地で、深刻な自然環境の改変が起きている。開発によって自然が壊される時代は、日本ではもう終わった、という思いが自分の中にあったのかもしれませんが、実際には全然終わってない。
――問題は、外来種だけではなかった、ということですね。事実を改めて突きつけられた衝撃は大きかった、と。
はい、有明海沿岸ではブルーギルなどの外来魚がいる所や、外来植物が生い茂る場所も、もちろんあります。
一方で、土の土手や水底があるような、自然の豊かな水路が開発され、コンクリートで固められた「きれいな水路」に改修されることによる影響は深刻です。こうなると、魚をはじめ、生きものが全くいない環境ができてしまう。
野田知佑さんのエッセイで描写されているような、大規模な開発の時代は終わった、次は外来生物対策が課題と考えていましたが「開発の時代は終わっていない。むしろじわじわと、確実に生息・生育環境は失われつつある」という実感と危機感。大学院修了後の10年間は開発途上国に目を向けてきましたが、いざ日本に目を向けた時の衝撃はとても大きく、心が揺さぶられるものがありました。
求められる、農業と生物多様性の両立
――開発は以前から自然破壊の原因とされてきましたが、一方で必要とされるものでもあると思います。地域の人たちは水路の改修をどう受け止めているんでしょうか?
淡水魚や水生昆虫などの水生生物が好んですむ、水田のそばを流れる用排水路は、昔から管理が大変でした。土の土手は、生きものにとっては良いすみかになりますが、崩れたり、埋まったり、これを整えて維持する農家の方々にとっては、本当に管理の大変な作業です。
また、高齢化も進んで管理を続けるのが難しくなってきていますので、県や市の行政に対して、「水路を(管理の手間のかからない)コンクリートで固めてほしい」という要望は当然寄せられるわけです。
現地の方々にとっては、身近な生きものが絶滅してしまうということよりも、今後も農業を維持していけるのか、という点に強い関心があると感じます。自分自身、地元の田んぼの維持を手伝っていますが、この要望は自分事として共感するところもあります。
——生きもののすみかとして欠かせない水田環境を守っていくためには、農業の将来を考える農家の方々の理解と協力が欠かせない。とても難しい問題ですね…。なにか具体的な取り組みの事例はありますか。
ヒントの一つとして、「Nature-based Solutions(自然に根ざした解決策)」や「グリーンインフラ」といわれる考え方が、最近は国際的にも注目されています。
これは、自然界の生態系から得られるさまざまな恵みや機能を、人の健康や防災、水資源の保全や食料生産といった社会的なサービスに、持続可能な形で活用していこう、というものです。
ただ、これは考え方は分かるのですが、漠然としているため、さまざまな解釈が成り立ってしまうことに不安があります。
そこで、WWFジャパンは、研究者の方たちと共同で「水田水路でつなぐ生物多様性ポイントブック」を作りました。
これは、水路の整備をする時にコンクリートで壁面や底をまっすぐに固めてしまうのではなく、わざと曲がった流れや、土砂が堆積し植物が育つことのできる場所などを水路の中に作りこむ、これまでにない改修方法をまとめたものです。
農業の現状も考慮しながら、水生生物に配慮した水路をどう作ればいいのか。これを形にしたもので、とても画期的な取り組みだと思っています。
――なるほど、いわば農業と生態系の保全を両立させるノウハウが詰まった一冊、という訳ですね!このポイントブックを、久保さんたちはどう活用されるのでしょうか?
まずは、農業行政に関係する各自治体の担当者や、農業者の方々にお知らせし、水路の改修工事を行なう際に、ぜひ活用していただきたいと考えています。
それから、ポイントブックのなかで紹介しているような自然に配慮した工法で改修工事を行なうと、水路の増水や流速を抑えたり、農地を一時的な遊水池として活用する手立てにもつながるため、水害のような災害の減災にも効果が期待できるかもしれません。
水田や水路の改修に「生態系保全」という観点を入れることで、本当に減災効果が得られるなら、これは自治体や農業者の方々にご理解をいただく上でも、大きなポイントになると思います。
それを科学的にも証明し、施策として実行できるようにすることを、これからの数年間の取り組みのテーマにしたいと考えています。
多様な価値観の人たちと共に、自然環境を守りたい
――久保さんとしては今後に向けた活動で、何を大切にしていきたいですか。
個人的に、自然環境保全活動というものは「現場に入ってなんぼ」だと思っています。
地域には、古くから住んでいる人もいれば、新しく入ってきた人もいます。
そんな人たちの意図を汲み、政策に取り組む行政の関係者や、農業者や実際にその土地を利用して暮らす人たちがいる。
私たちWWFにとっては水田の水環境を含めた「生物多様性の保全」が最も大事な目標であり、それが同時に人類にとっても価値のあることなのだ、という価値観のもとで活動しているわけですが、地域の住民の方々の中には、当然違う考え方をもつ人がいます。
絶滅寸前の魚が生息している場所であっても、「水路は危ない」「管理が大変だからコンクリートで整備すべきだ」そうした価値観を持つ人たちもいるわけです。
ですから、「現場」に入ると、自然環境保全と農業の両立のためには、いろいろな人に対する理解や、目的や思惑は違っても同じ方向を向いて進むことが必要なんだ、ということを強く感じます。
いろいろな価値観を持った人たちがいる中で、「自然環境が守られている」という状況を作るにはどうすればいいのか?
そして、希少な魚たちの生きる水路などの改修が、自然に配慮した方法で行なわれ、農業と自然環境保全が両立できるよう、新たな変化を生み出していくには何をすべきなのか。
その答えはもう少し、地域という「現場」に潜りこんで、皆さんと一緒にやっていかないと見つけられないと思っています。
とりわけ、私は現地で行なわれている保全活動に貢献したい、という想いがすごく強いので、九州の水田の自然を守るプロジェクトを進める中で、それを実現できたらな、と思っています。
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