© WWF / Humberto Tan

インタビュー連載 ~環境保全のヒトビト~ 人の行動をデザインして自然環境を守る

この記事のポイント
森や海の自然を守る。トラやゾウなどの絶滅しそうな野生動物を保護する。気候変動(地球温暖化)をくい止める…。言葉では見たり聞いたりすることがあっても、実際それに携わる人たちが何を考え、どのように動いているのか?は、なかなかイメージするのが難しいかもしれません。 この連載企画では、WWFジャパンのスタッフへのインタビューを通じて、何を感じ、悩み、何を大切にしながら、どのような活動に取り組んでいるのかを紹介します。  日本を、世界を舞台に環境保全に奔走するヒトビトの姿と、現場の活動の本当の姿に、ぜひ目を向けていただければと思います。

第7回はWWFジャパンブランドコミュニケーション室ソーシャルモビライゼーショングループの早崎あゆ美。ソーシャルモビライゼーションとは何か、また社会貢献に対する想いと、目指すコミュニケーションの在り方について聞きました。 

スタッフ紹介

ブランドコミュニケーション室 ソーシャルモビライゼーショングループ  早崎 あゆ美 
©WWFJapan

ブランドコミュニケーション室 
ソーシャルモビライゼーショングループ 
早崎 あゆ美 


大学では国際関係を軸とする経済学やマーケティングを学ぶ傍ら、地域のNGOで活動。マーケティングやコミュニケーションの力で、世の中の課題解決に貢献したいという想いから、広告代理店勤務を経て、2020年11月にWWFジャパンに入局。「クラヴマガ」という護身術をがんばって習得中。

人の行動を変えるためのコミュニケーションとは

――早崎さんの仕事内容を簡単に教えてください。 

私はブランドコミュニケーション室のソーシャルモビライゼーショングループに所属しています。ソーシャルモビライゼーションとは、ある共通のゴールに向かって、個人やコミュニティを動員すること。私たちのグループの目的は、キャンペーンなどのコミュニケーション手法を用いて自然保護室の活動に貢献することです。キャンペーンは担当者ごとに年に1~2個、チーム全体で年に3~4個のキャンペーンを企画、実行しています。

©WWFJapan

――暮らしの中での消費が環境に影響を及ぼしていることを考えると、一般の方々への働きかけというのは、大事な取り組みになりますね。自然保護活動に貢献するコミュニケーションとは具体的にどんなものですか?

例えば、政策決定者や、影響力のある企業の事業活動方針に対して、環境に配慮したビジネスのやり方に変えてほしいと個人が声をあげ、その声が大きな一つの声となることで、政策や方針が変わる。そういった動きを作り出すためのキャンペーンを企画することがあります。具体的な手法は、動かしたい対象によってさまざまですが、一番わかりやすい手法のひとつが「署名」です。
これは、個人の声を「可視化」することで、自然保護活動に貢献するというやり方です。他にも、個人の行動変容や世論形成なども取り入れながら、自然保護活動のそれぞれのゴールに応じたキャンペーン戦略をたてます。

――最近実施したキャンペーンにはどんなものがありますか。また、キャンペーンについて個人の方のリアクションはどんなものがありましたか。

2022 年に「飼育員さんだけが知ってるあのペットのウラのカオ」キャンペーンを実施しました。
https://www.wwf.or.jp/campaign/uranokao/

これは、近年ペットとして人気が高く、飼育や取引によって、絶滅や密輸の危機にさらされる野生動物にスポットをあて、動物園の飼育員さんから、ペット飼育が向かないことや、保全に関するリスクを伝えてもらうことで、野生動物のペット飼育を検討している人に、飼育そのものを見直してもらうことが目的です。
また、こうした事実を一般の人が知ることで、野生動物のペット飼育に対して疑問を持つような社会になることも期待しています。
このキャンペーンは、個人の行動変容が自然保護活動へ直接貢献する事例です。

©WWFJapan

飼育員さんだけが知ってるあのペットのウラのカオ」キャンペーンについて、メディア関係者にむけて説明会を開催しました。

一般の方々の反応をみていると、「ペットとして飼いたいなとおもっていたけど、本当にだめなんだなと知りました。」や、「「かわいい」から「飼いたい」ではなく、「かわいい」から「守りたい」という人が増えてほしい。」などポジティブな反応が多く、少しずつムーブメントが大きくなっていると感じることがあり、このキャンペーンをやってよかったなと思います。

――ポジティブな反応がかえってくると手ごたえを感じますね。さまざまなキャンペーンを組み立てていると思いますが、「個人の変容」にフォーカスする理由として何が一番大きいですか。

自然保護室の保護活動は、政府や企業を対象にしていることが多いです。しかし、個人の意識や行動が変化することによる自然へのインパクトも、とても大きいと思います。
そう考える理由の一つとして、企業からは、「一般の消費者が自分たちの環境に対する取り組みを支持してくれないと、環境に配慮した取り組みを継続させることがむずかしい」、という意見をもらうことが多くあります。社会全体で私たちがめざすネイチャーポジティブを実現させていくためには、私たち個人が、環境に配慮した商品を選んだり、企業に対して環境に配慮するよう求めることで、企業もそういった取り組みを始めたり継続しやすくなります。  

――個人といいつつも、実際は個人の集団にむけてキャンペーンを企画しているのだと思いますが、その個人のグループというのはどういった人たちを対象にしているんですか?

取り扱うテーマによってそれぞれですね。例えば先ほどのペットのキャンペーンでは、本当に野生動物をペットとして飼いたいと考えている人たちを対象にしました。
また、別のケースでは、論文などの文献を調べていくと、人が行動変容しやすいタイミングとして、「ライフステージが変わるタイミング」という調査結果があり、小さなお子さんがいらっしゃる方に対してコミュニケーション戦略を考えたこともあります。
キャンペーンの目的やゴールによって、対象にするべき層を決めています。

自然保護活動を理解し、息長く伴走する

――WWFジャパンの自然保護室のプロジェクトとも連携してキャンペーンを組み立てることも多いと思いますが、実際、伴走していくにあたり感じたことはありましたか。

そもそも自然保護活動に関する知識量が、保護室のプロジェクト担当者とは全く違うので、その知識量に追いつくことが、最初のハードルでしたね。あとは、ソーシャルモビライゼーションチームとして、人を動かすコミュニケーションの手法や作り方の知見はあるんですけど、逆に自然保護室の担当者にとっては初見の事も多く、相互の認識や知識をすり合わせるのには時間がかかります。ただ、自然保護室の担当者も私たちも、キャンペーンを通じて達成したい共通のゴールがあるので、お互いモチベーションが高い状態で一緒に進められています。

――認識のすり合わせは重要かつ時間をかけるべきことなんですね。具体的にはどのくらい時間をかけて進めていくんですか。

例えば、最初のスタートからキャンペーンをはじめるまで一年かかるとすると、最初の半年くらいは認識やプランのすり合わせに費やしているかもしれません。割と長いですね(笑)。効果的な手立てを考えるためにも、お互いにもっている情報をすり合わせる時間は丁寧にとる必要があると、さまざまなキャンペーンを実施していくなかで再認識しています。

©WWFJapan

――個人の人たちの行動を変えるというのは、実際にはなかなか難しいのではと予想します。具体的にどういう考え方・やり方で進めているんですか?

今、チームで指針にしているのは「Save Nature Please」というWWFの行動変容の枠組みです。

この頭文字がそれぞれキーワードになっていて、最初のSaveは、課題や呼びかける対象を深く理解し、プランを立てるステップです。 

SAVE 行動変容戦略と介入の開発
©WWFJapan

例えば、定性的なインタビューをしたり、大規模な定量調査をするなどの事前調査をして、対象となる行動を呼びかけたい層の行動的・心理的な特徴、望ましい行動の阻害要因や促進要因などを調査します。 
人の興味関心や考えは多種多様なので、最適な層を特定して、その人たちに響く企画を考えることが、行動変容キャンペーンには必要なことだと思っています。

次の「Nature」は、頭文字ひとつひとつが行動変容のために必要な要素を表しています。

NATURE 介入を行うための原則
©WWFJapan

たとえばAはAttractive(魅力的)、つまり行動変容を呼びかけたい層に対していかに魅力的に見せるかです。メッセンジャーの活用はそのひとつの方法です。
時にWWFからの発信は、対象とする層に響かないことがあります。誰からのメッセージなら共感するのか、行動したくなるのかを調査で明らかにした上で、対象となる人たちに刺さるメッセンジャーと一緒に発信したりします。

最後の「Please」は評価・改善です。

PLEASE 介入の測定と拡大
©WWFJapan

キャンペーンをはじめる前には、パイロット(試作)を対象となる人たちに見せ、意見をもらい修正します。
キャンペーン後には、実際に行動が変わったかどうか、変わったなら成功要因はなにかを分析し、変わっていないなら、どこを改善すべきかを明らかにして、また次の企画に活かしていきます。これが一つの「サイクル」です。
キャンペーンの規模にもよりますが、対象となる人たちの把握、行動変容のための要素を組み込んだキャンペーンの設計、最後にキャンペーンの評価をして、またサイクルをまわすというのが大きな流れになります。

――この一連のサイクルは大体どのくらいの期間でまわしていくのですか。

そうですね、大体一年に1サイクルくらいの期間で実施し、それを数年続けることで、行動変容の結果が表れてくるのではないかと思います。やはり誰かの行動が変わることに焦点をあてるなら、どうしても3年くらいは必要になってくるのかなという印象があります。
保護プロジェクトの担当者たちも、長期的に行動変容をめざして取り組んでいきたいという人も多いので、そうした目的のあるキャンペーンは長期的な伴走をすることになります。
一方で、法改正や逃せないタイミングを見計らって、短期間で集中しておこなう性質のキャンペーンだと、半年ほどの期間で準備して実行するものもありますし、目的次第かなと思います。

――確かに自然保護活動自体も10年かかって成果がやっとみえてくるものも多いなかで、キャンペーンも自然と息の長い伴走になってくるのだろうなと思います。
複数年にまたがり、同じメンバーで一緒にプロジェクトをすすめる良さはどんなところですか。


一つは、定期的に密度の高い話し合いを継続できることで、コミュニケーションがスムーズになり、互いに共通言語ができることですね。もうひとつは、長くやることで、過去の課題や改善点などを蓄積し、それをスピーディーに反映できることですね。

社会に貢献するコミュニケーションが夢

――早崎さんはWWFに入局されて2年くらい(2023年5月現在)だと思いますが、入られてみていかがですか?

WWFジャパンに入局する前は、商品やサービスを購入してもらうためのコミュニケーション戦略を企画する仕事をしていました。
もともと国際協力や国際平和などに関心があって、いずれは社会に貢献するようなコミュニケーションの戦略作りや企画をしたいと思っていたこともあり、それができる職場とチームにいられるのが素直に嬉しいです。WWFに来てよかったなと本当に思っています。
純粋に社会によい効果をもたらすために、マーケティングやコミュニケーションのスキルを使える職種はなかなか少ないと思うので、その場にいられるのがめちゃくちゃ嬉しいです。

©WWFJapan

――国際協力や社会貢献に関心をもつようになったきっかけはありますか。

私は長崎県の出身なんですが、平和学習がすごく身近で、世界の紛争について総合学習の時間で学ぶことが多く、そのときに今の自分はなんて恵まれた境遇にいるんだろう、と痛感していました。
そういう立場にいるからこそ、困っている人たちの力になりたいと小さいときに思ったことが、年月を経るごとに積み重なって、世の中のために貢献したいという気持ちが大きくなったのだと思います。
大学在学時はJICAの長崎事務所の方と一緒にイベントを開催したり、地域のNPOで活動したりしていました。

――なるほど、小さい頃の平和学習から、社会に貢献したいという気持ちが育まれていったのですね。一方で早崎さんは前職からコミュニケーションやマーケティングに長く携わってこられたと思いますが、それはどういった関心からなんですか。

大学の時、マーケティングの授業のなかでカスタマージャーニーといって、人がものを買うときの一連の行動を「旅」として考える方法を知りました。
まず商品の認知をして、理解して、比較検討して、購入するといった一連の流れを考えるものなんですけど、それを考えるのが大好きすぎて(笑)。
例えば20代の女性が新しい化粧品を手に取って買うまでには、どこで知って、どこで理解を深めて、何と比較して、どこで買うのか、とか。人の行動を図面に落とし込んで、ここでこういう施策をうてば手に取ってくれるかもしれない、ということを考えるのが、もう楽しくて楽しくて。それと世の中を良くすることを掛け合わせて、いずれライフワークにしたいなと大学の時から考えていました。

――戦略をたてて、人の行動をうまく誘導していくという早崎さんの好きなことがマーケティングスキルとして磨かれて、そこに元々もっていた世の中を良くしたいという想いが合わさってWWFのソーシャルモビライゼーショングループの仕事につながったんですね。NGOでの勤務も初めてとのことですが、なにかギャップを感じたことはありますか。 

あまり違和感はないですね。ただ、コロナ禍全盛期に転職したので、業務は全てオンラインで、なかなか人の顔が覚えられないな、とは思っていました。
事業経営なども企業とそこまで違いはないのかなと個人的には感じています。大きな規模の会社に比べると風通しはいいし、スタッフ同士も割とフラットな関係性ですし、過ごしやすいなと思っています。
ただ、入ってみて最初に驚いたのは、みんながすごく難しい言葉で話しているな、ということ。(笑)

――略語も多いですしね。(笑)

今は割と慣れてきましたが、そういった違和感や、難しい言葉に驚いた感覚は忘れずにいたいな、と思っています。キャンペーンを作るときも、この言葉は一般の人にも伝わるだろうかと考えながら言葉を選ぶようにしています。
あのとき驚いた感覚が、おそらく私たちが対象にしている個人の方々の感覚でもあると思うので、WWFの文化は尊重しつつも、キャンペーンを組み立てる人間として、一般の方たちの認識や感覚と乖離しないように心掛けています。

――とても大事な感覚ですよね。特に、伝えることを仕事にしているコミュニケーション職であれば、より気を付けないといけないのですね。

©WWFJapan

――早崎さんがキャンペーンやコミュニケーションを作るうえで心掛けていることはありますか。

個人的には、かたくるしくない、ワクワクして、楽しくて、気づいたら自然と参加していた!となるようなキャンペーンやコミュニケーションを心掛けたいなと強く思っています。
環境問題は、難しいと思われがちなテーマなので、意識が高い人がやっていることと距離をおかれないように、工夫したコミュニケーション施策を実践していきたいなと思っています。

――今後の目標やありたい姿などはありますか。

人の行動をデザインするところと、世の中に貢献するという2軸はずらしたくないと思っていて、生涯なんらかの形で組み合わせながら仕事していきたいなと思っています。
自然や環境ももちろん関心があり全力で取り組んでいきたいですが、平和や街づくりなど他のジャンルにも挑戦してみたいなと思っています。  

自然保護活動を支えるヒトになりませんか?

WWFジャパンでは環境問題に取り組むさまざまなスタッフの頑張りを支えてくれる、「サポーター」を募集しています。ご関心をお持ちいただけた方は、ぜひこちらの資料をご覧になってみてください。



資料請求、入会その他お問合せはこちらからどうぞ

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP