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モンゴルと日本をつなぐ渡り鳥 絶滅危機種マナヅルの保全プロジェクト

この記事のポイント
世界に15種が知られているツル類。その一種であるマナヅルは、日本にも毎冬2,500羽ほどが飛来する渡り鳥です。マナヅルは、比較的浅い湿地やその周辺の草地、農地を生息地としていますが、繁殖地であるモンゴルでは、気候変動だけでなく、農業・牧畜などの人為的要因が、湿地の劣化に影響しています。渡り鳥の保全には、渡りのルートである「フライウェイ」を意識した取り組み、つまり、繁殖地と越冬地、中継地を一体となって保全していくことが重要。そこで、WWFジャパンは、2024年から2026年6月までの間、WWFモンゴルと共にマナヅルとその生息地の保全プロジェクトに取り組んでいきます。
目次

マナヅルってどんなツル?

縁起の良い鳥として、古くから日本でも親しまれているツル。

世界には15種が知られていますが、そのうち、一時的に飛来するものも含めると、日本では、タンチョウやナベヅル、マナヅル、カナダヅルなど、7種のツル科の鳥類が記録されています。

マナヅルは、春から夏にかけてアジア北東部で繁殖し、秋に日本に飛来して越冬するツルの一種で、眼のまわりの皮膚が赤く裸出しているのが特徴。白い頭部と後頸に、灰黒色の翼をしています。

国内最大の越冬地は鹿児島県出水市で、日本に飛来するマナヅル(約2,500羽)のほとんどがここに集まります。これは世界全体のマナヅルの個体数(6,700~7,700羽)の3~4割に相当します。

多様な「湿地」環境に生きるマナヅル

マナヅルの生息環境は「湿地」。
マナヅルは、水生植物の塊茎や種子を中心に、一部昆虫類や両生類などを食べて暮らしていますが、湿地はこうした食物となる生物が豊富な自然です。

繁殖の環境として好むのは、広い河川の谷あいや湖の縁、低地や混交林などに見られる比較的浅い湿地や湿った草原。

©WWF Mongolia

モンゴル東部の繁殖地の様子。マナヅルは、浅い水の中で眠りますが、これは水があると、天敵である哺乳類から身を守るためだと言われています。

一方、越冬地である日本では、田んぼやその周辺の湿地を好み、こうした場所で落穂などを食べて春を待ちます。

ねぐらにしているのも見渡しのきく田んぼで、たくさんの群が集まって集団で身を寄せ合いながら夜を明かします。

日本の国内外に見られる多様な湿地の環境が、マナヅルの生存に欠かせない、ねぐらと食物を提供しているのです。

©Suguru Kubo / WWF Japan

越冬地である九州の水田地帯。水を抜いた後の田んぼで落穂をついばむ様子

東西2つの個体群 共通点と相違点

マナヅルの繁殖地は、ロシア、中国、モンゴルにまたがるアムール川(黒竜江)流域とその周辺に広がる湿地です。

アムール川は、源流部にあたる支流も含めると全長4,000km以上の大河。

その広大な流域に生息するマナヅルは、大きく東西2つの個体群に分かれています。

渡りのルート「フライウェイ」

渡り鳥の渡りのルートは「フライウェイ」と呼ばれます。マナヅルのフライウェイは、「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ(East Asian-Australasian Flyway)」の一部に属しており、大きく東西2つの個体群が、それぞれのコースで毎年、繁殖地と越冬地の間を渡っています。

500~1,000羽からなる西部個体群は、4月から5月の終わりにかけて、ほとんどがモンゴルの湿原や草原で繁殖し、冬に差し掛かると南下して、中国・長江中流域の鄱陽湖周辺で越冬します。

一方、約5,000羽を数える東部個体群は、ロシアと中国北東部で繁殖し、10月頃になると韓国と日本に飛来。翌年2月まで越冬します。

しかし、近年の研究によると、一部の個体が、東西のフライウェイを行き来していることも明らかになりました。

これは、マナヅルがその時々の環境条件等によって越冬地を変更している可能性を示すものです。

例えば、2000年から2017年に繁殖地を襲った渇水により、西部個体群の一部が東部個体群の繁殖地に移動した事例が考察されています。

マナヅルは、気温、降雨量、水へのアクセス、人口密度の影響を受けやすく、中継地や繁殖地を調整していると考えられます。

また、未成熟個体は特に、初年の越冬地と、2年目以降の越冬地を変更する可能性が高いことも考察されています。

西部個体群の一部が、東部個体群の越冬地である朝鮮半島や日本にも飛来している。

出典:Batbayar et al. (2022)

繁殖地・越冬地が異なる個体群間で、明確な遺伝的差異が認められないことから、東西の個体群の交流があることが示唆されます。

絶滅が心配されるマナヅル

このように東アジアの湿地を結ぶ形で、2,000キロ以上の距離を毎年「渡る」マナヅルですが、その生息状況は深刻です。

IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」においても、マナヅルは「VU(危急種)」とされ、個体数は減少傾向にあると指摘されています(2018)。

また、日本の環境省のレッドリストでも「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」に選定されており、日本国内においても絶滅が懸念されています。

©Staffan Widstrand / Wild Wonders of China / WWF

繁殖地と越冬地 それぞれに課題あり

絶滅危機の大きな原因の一つは、生息地の湿地環境が広く失われていることにあります。

特に、西部個体群の数は著しく減少しています。
夏を過ごすモンゴルでは、家畜の放牧の拡大による繁殖地への侵入や水質汚染、野犬による卵や雛鳥への被害が報告されています。

また、越冬地である中国・鄱陽湖周辺でも、干ばつ、農薬の影響、送電線にぶつかる事故が認められているほか、農業のための水位調整によって、マナヅルの主食である水生植物の生育が妨げられ、生息環境の湿地が損なわれる、といった懸念も指摘されています。

一方、東部個体群は近年、個体数が微増傾向にありますが、こちらも大きな課題を抱えています。

まず繁殖地のロシアと中国では、大規模な火災により湿地が喪失。また、農地の拡大による生息地の縮小や農薬によるヒナへの影響も報告されています。

そして、主要な越冬地である日本の鹿児島県出水市と、韓国の非武装地帯のわずか2か所に、計5,000羽以上のマナヅルが集中していることも、課題となっています。

こうした場所で鳥インフルエンザのような感染症が広がると、個体数が一気に激減するリスクが高くなるためです。

日本では「越冬地の分散化」がカギ

国際的に重要な湿地保護区、ラムサール条約の登録湿地である鹿児島県の「出水ツルの越冬地」は、マナヅルのみならず多くの渡り鳥がねぐらや採食場として利用する、一大越冬地です。

1952年に、出水平野のツルと水田の一部が「鹿児島県のツルおよびその渡来地」として特別天然記念物に指定された時点では、戦争などの影響もあり、飛来するツル類は約300羽まで減少していましたが、その後、半世紀以上に渡る市民によるツル保護活動の結果、毎年1万羽以上のツルが渡来するようになりました。

現在も、出水市の小・中学校ではツルや郷土の自然環境に関する学習が行われるなど、地域の人々との間に深いつながりがあります。

しかし、こうした取り組みと努力によって守られてきた出水ツルの越冬地のような場所は、他には乏しく、ツルの個体群がこの地域に一極集中しているため、ここで感染症が広がるリスクも高まっています。

©WWF-Japan / Mima Junkichi

出水平野に集まるツル。マナヅルだけでなく、ナベヅルなど、計1万羽以上が毎年ここで越冬する。

実際、2022年から23年にかけての冬季には、日本で全国的に鳥インフルエンザの感染が拡大しましたが、出水平野で越冬するツル類もその影響を受けました。

この冬、出水では、鳥インフルエンザによって死んだり衰弱したツル類が、約1,500羽も回収されたのです。この数値は、例年の10倍以上に上りました。(参考:鹿児島県データ

世界的に見ても最大級の越冬地において感染症による大量死が発生した場合、マナヅルの絶滅の危機が一気に進んでしまう可能性があります。

爆発的な感染拡大の影響を回避するためにも、出水以外の地域でツル類の越冬に適した湿地や水田などの景観を保全し、越冬地の分散をはかることが肝要です。

現状、分散化は思うように進んでいませんが、これは世界に残されたマナヅルを保全する上で欠かせない、日本に託された緊急の取り組みと言えます。

多国間協力によるWWFのマナヅル保全活動

干ばつや火災、気温の上昇など、気候変動に関連した課題、そして、農地・放牧地の拡大など、人的活動に関連した課題が、マナヅルとその生息環境である湿地の自然を脅かしています。

渡り鳥とその生息地を保全するためには、特定の国や地域だけでの取り組みでは、不十分と言えます。

繁殖地、越冬地、中継地で、適切な生息環境が保たれていることが重要なのです。

マナヅルのフライウェイは、モンゴル、中国、日本など、複数の国をまたがっています。

多国間での情報共有と連携を深めることで、より効果的な保全活動が展開できるのは、世界各国にネットワークをもつWWFの強みです。

WWFでは「アジアン・フライウェイ・イニシアティブ(Asian Flyway Initiative)」というネットワークのもと、各国のWWFオフィスや他NGOが一体となって連携し、渡り鳥の保全と、その重要な生息地である湿地の保全を目指す取り組みを行なっています。

マナヅルも、このイニシアティブのもと保全すべき希少な鳥類の一種に含まれています。

さらに、WWFはアムール・ヘイロン生態域(Amur Heilong Ecoregion Complex:AHEC)という、北東アジアの自然と野生生物を広域で守る取り組みも展開。

これは、大河アムール川の流域に広がる、河川や湖沼はもちろん、湿地や森林などのたような景観を、一つのつながった自然として保全し、そこに生きるシベリアトラやアムールヒョウなどの希少な野生生物を保全する試みです。

この取り組みも、アジアン・フライウェイ・イニシアティブと連携し、マナヅル保全活動に携わっています。

こうした国際的な連携の中、WWFジャパンも、マナヅルにとって重要な越冬地のある日本のWWFとして、その保全に取り組んでいます。

日本国内では、地域関係者や自然保護団体の方々と、越冬地の分散をはかるための検討を実施。

さらに2024年4月からは、WWFモンゴルが取り組む繁殖地での調査・保全活動への支援を開始しました。

WWFモンゴルのマナヅル保全の取り組み

WWFモンゴルでは、これまで、マナヅル保全活動として、主に以下の取り組みを行なってきました。

  • 家畜や野犬によるマナヅルの生息地への侵入を防ぐフェンスの設置などを通じた被害対策
  • 農家など現地コミュニティに対する、マナヅルと湿地環境の抱える課題の共有。保護活動についての啓発活動
  • 子どもたちへの教育活動、イベントの実施 など
©WWF Mongolia
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今後、WWFモンゴルはWWFジャパンとの連携のもと、フィールドでの保全活動を拡大していくため、マナヅルの生息するオノン川、オルズ川、ハルハ川流域で、繁殖地として重要な地域を明らかにする基礎調査を実施していきます。

WWF Mongolia

モンゴルの地図。ハイライトで示した3つの流域で基礎調査を実施。

WWFモンゴルではこうした取り組みを通じ、2026年までに「モンゴルのマナヅルにとって重要な湿地/生息地を、コミュニティに根ざした保全と持続可能な湿地管理のネットワークを通じて保全する」ことを目標としています。

WWFジャパンも、この目標達成のために、モンゴルでの調査が完了し、重要サイトが特定された後、より具体的な保全活動を検討し、実施していくことを目指しています。

WWFモンゴルとの協働によるマナヅル保全プロジェクト概要

目的 モンゴルのマナヅルにとって重要な湿地/生息地を、コミュニティに根ざした保全と持続可能な湿地管理のネットワークを通じて保全する。
フィールド モンゴル オノン川、オルズ川、ハルハ川流域
期間 2024年4月~2026年6月(変更の可能性あり)
実施体制 WWFジャパン、WWFモンゴル

参考文献:
Mirande, M. Claire, Harris, T. James. (2019) Crane Conservation Strategy. Wisconsin: International Crane Foundation.
Galtbalt, B., Natsagdorj, T., Sukhbaatar, T. et al. (2022) Breeding and migration performance metrics highlight challenges for White-naped Cranes. Sci Rep 12, 18261. https://doi.org/10.1038/s41598-022-23108-w
Liu, Yunzhu et al. (2022) Habitat selection and food choice of White-naped Cranes (Grus vipio) at stopover sites based on satellite tracking and stable isotope analysis. Avian Research, 13(4), 468–476. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2053716622000561

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