© Sanjog Rai / WWF-Nepal

ユキヒョウ博士からのメッセージ


私は、むかしユキヒョウ博士だったことがあります。そんなことを言うと「大丈夫?」という心配の声が聞こえてきそうですが、本当の話です。動物園でボランティアをしていた時に「ユキヒョウ博士」という着ぐるみのキャラクターを演じたことがあるのです。

そんなユキヒョウに愛着をもつ私が、最近感動した本物のユキヒョウ博士の記事をご紹介します。

WWFのスタッフは世界100カ国以上で野生生物やその生息地を守る活動をしています。WWFネパール代表であるグルン博士もその一人。そして、このWorld Atlasの記事の主役です。

WWFネパールのGhana Shyam Gurung博士
© Angphuri Sherpa/WWF Nepal

WWFネパールのGhana Shyam Gurung博士

ユキヒョウ保全の第一人者であるグルン博士ですが、なんと子どもの頃はユキヒョウが嫌いだったそうです。いえ、憎んでいたと言っても良いほどだった言います。なぜなら、博士の生まれ育った土地では、ユキヒョウは大切な家畜を襲う敵だったからです。ユキヒョウに限らず、ゾウ、トラ、クマ、イノシシ、サルなど野生の動物と人との衝突は世界各地で起こっています。そしてこの問題は、野生生物の保全にとっても、そこに住む人々の生活にとっても非常に重大な問題です。

ネパールの少女と家畜のヤギ
© Simon de TREY-WHITE / WWF-UK

ネパールの少女と家畜のヤギ

ユキヒョウ嫌いの少年がどうして保全の第一人者になったのか?野生生物と隣り合って暮らす人々とユキヒョウの双方を守るには何が必要なのか?気候危機はユキヒョウにどんな影響を与えているのか?そんな疑問への答えが、この記事の中にあります。

調査のための発信器をつけられたユキヒョウ。こうした調査によって集められた情報に基づいて適切な保全計画が立てられる
© Sanjog Rai / WWF-Nepal

調査のための発信器をつけられたユキヒョウ。こうした調査によって集められた情報に基づいて適切な保全計画が立てられる。

最後にグルン博士からみなさんへ「すべての生きものはつながっていて、相互にかかわりあっています。ですから、自然を守ることは私たち自身を守り、次世代を想うことに他なりません。日本のみなさんが、どんな形でも良いので自然保護に参加してくださることを切に願っています。そして、ぜひネパールに来てユキヒョウの存在を感じ、この土地の素晴らしい自然と文化に触れてください」(淡水・教育・PSP室 若尾)

一緒に、未来へ。Together, to the future.気候危機に立ち向かうための活動へ、ご支援のお願いです。

【WWFジャパンスタッフ訳】

ユキヒョウの親友・グルン博士との会話
(原題:In Conversation With The Snow Leopard’s Best Friend, Dr. Ghana S. Gurung From Nepal, By Oishimaya Sen Nag)


ユキヒョウを憎んでいた少年が強力な守護者になるまで…。

この記事では、ネパールの野生生物保護活動家であり、またユキヒョウ保全の第一人者でもある人物が生まれるまでの特別な旅をたどります。
謎の多いユキヒョウやガーナ・S・グルン博士を知っている人は世界中に多くありません。現在WWFネパールの代表を務めているグルン博士は、WWFネットワークでは、ユキヒョウの第一人者として有名です。今日、彼はユキヒョウの保全に関して、世界で最も知識のある人物の一人であり、この絶滅危惧種の保全に大きく貢献しています。
あたかもユキヒョウを愛するために生まれたようなグルン博士ですが、ネパールの人里離れた村の遊牧民のコミュニティに生まれた彼は、当時人々に害をなすものとしてユキヒョウに敵意を抱いていました。彼は、ユキヒョウという最上位の捕食者が彼の家族が所有する家畜をエサとして襲うのを見て育ちました。しばらくの間、ユキヒョウなんか死んでしまえばいいとさえ思っていました。当時の彼にとって、ユキヒョウは「敵」を意味していました。しかし、何が彼をユキヒョウの敵から親友であり強力な守護者に変えたのでしょうか?その答えは、このインタビュー記事、想像を掻き立てる彼の話の中にあります。さらに「山の幽霊」と呼ばれることもある魅力的なユキヒョウについての情報も得られます。

博士は、どのようにして野生生物保全への情熱を育みましたか?あなたに影響を与えたのは何ですか?

例えば衆生の幸せへの祈り捧げることや、生きとし生けるものを尊重することなど、比較的若い年齢で受けた仏の教えが無意識のうちに野生生物保全への情熱の種を植えました。野生生物の近くに住み、動物や鳥が子育てをする愛情深い様子を観察したことも私の若い心に深く影響を与えました。
さらに、私の祖父、父、そして叔父は、私の人生において、物の見方や行動を形作る上で中心的な役割を果たしてきました。祖父たちは、自然への深い愛を育み、質の高い教育を求めることを通じて、私に大きな影響を与えました。祖父たちはまた、人生の課題に対処することを教えてくれ、私は優れた価値観を吸収することができました。その価値観によって、私は自分自身の面倒をみて、より良い人格を目指し、私たちよりも恵まれない人々のニーズに配慮できるようになりました。
私は少年時代、家族の家畜を放牧し、高地の牧草地で赤ちゃん山羊を育てる祖父と叔父の後をついて過ごしました。昔の思い出を振り返ると、生活はかなり厳しかったと感じます。でも、当時はそれが唯一の生き方で、私はそれをとても楽しんでいました。

子どもの頃、ユキヒョウをどのように思っていましたか?

私は子どもの頃、ほとんどの動物が大好きでしたが、ユキヒョウとオオカミは例外でした。私は、ユキヒョウやオオカミが、私たちの唯一の生計手段である家畜を殺すのを見て育ち、こうした捕食者は私たちに害を及ぼすだけの存在であると長老たちから教えらてきました。捕食者に襲われた家畜の苦しみを思うと、私は胸が痛くなりました。結果として、子どもの頃の私は、ユキヒョウが私の羊、山羊、ヤクや馬を殺すのなら、その報復としてユキヒョウが殺されるのは当然であると思っていました。この考えは、何年後に劇的な変化を遂げ、私の人生は大きく変わりましたけれど。

いつユキヒョウの見方が変わったのですか?

子どもの頃は、ユキヒョウの生息地でユキヒョウと一緒に育ちました。ユキヒョウは獲物を獲る機会を求めて家畜の後を付けていたので、私は一年中ずっとユキヒョウを見ることができました。ユキヒョウがいかに希少で発見し難いかを知るようになったのは、ずっと後のことでした。私の人生のターニングポイントは、ニュージーランドのリンカーン大学で公園、レクリエーション、観光管理を学んだときでした。そのとき、ユキヒョウが絶滅危惧種であることと、この偉大な動物が山の生態系の健康の指標としてどのように機能するかを知りました。また、その範囲がネパールを含むわずか12か国に限定されていることを知って驚きました。そして、このようにまったく新しい角度からユキヒョウを見るようになり、ユキヒョウについてもっと学び、研究を続けることに刺激を感じ、また興味をそそられました。そして今日、私はユキヒョウを嫌う人々の助けを借りて、ユキヒョウを守るために働いています。

ユキヒョウ保全のために本格的に働き始めたのはいつからですか?

私の野生生物保全の旅は1986年に始まり、ユキヒョウの保全に関する専門的な仕事は、私がカンチェンジュンガ保護区で働いていた1998年に始まりました。この間、私たちはユキヒョウによって貴重な若いヤクや家畜が奪われ、怒っている地元の人々が報復としてユキヒョウに毒を盛っていることに気づきました。この人間と野生生物の衝突(コンフリクト)の状況に直面していた間、私は、このコンフリクトという課題について多くの実践的な知識を得ました。その後、スイスのチューリッヒ大学で博士課程のテーマとしてコンフリクトについて研究しました。この研究を受けて、チューリッヒ大学は、地域コミュニティベースのユキヒョウ被害に対する家畜保険制度というパイロット事業に資金を提供し、ユキヒョウによって家畜を失った家畜の所有者にある程度の補償を出すことにしました。それして今日では、コミュニティや遊牧民が市民科学者として保険基金の管理やユキヒョウとその獲物のモニタリングを行っています。

ネパールのユキヒョウの現状について簡単に説明してください

ネパールの「ユキヒョウ保護行動計画(2017-2021)」によると、ユキヒョウの個体数は、全体で300頭~401頭と推定されています。ユキヒョウの生息地は、「世界ユキヒョウ・生態系保護プログラム(GSLEP)」で特定された3つの地域(西部、中央部、東部)で、ネパール・ヒマラヤを越える13,000km2以上に及びます。
ネパールはまだ、捕獲・再捕獲法などの最新の科学技術を使用しつつ、基準となるユキヒョウの個体数を明らかにする過程にあります。したがって、ユキヒョウの状況、行動、生息地を理解するには、かなりの努力が必要であり長い道のりになるでしょう。しかし、カメラトラップ法を用いたカンチェンジュンガ保護地域(KCA)での研究によると、2013年~2017年の間に個体数が増加している傾向が示されました。また、最近の研究では、シェイ・フォクスンド国立公園(SPNP)で100km2あたり4.6頭という比較的高い個体数密度を記録しました。この値は、ユキヒョウの生息範囲の中で最も高い値の1つです。

ネパールのユキヒョウについて、最近すごい発見はありましたか?

ユキヒョウについて刺激的な発見は、何十年にも亘って続いています。カメラトラップによるモニタリング、遺伝学的研究、衛星テレメトリなど、画期的な科学的な手法とモニタリングツールがネパールに導入され、分布、個体群の生態学、遺伝的多様性、空間生態学の理解に役立ちました。たとえば、MSL で5,846mの最高標高でユキヒョウの存在が記録され、衛星テレメトリはKCAのユキヒョウの行動圏(MCP行動圏:成体のオス-1031.6km²、亜成体のメス-710.1 km2)を再定義するのに役立ちました。ユキヒョウの行動と生息地の利用は中国とインドに国境を越えて広がっており、これまで推定されていたよりもはるかに大きいことが明らかになりました。こうした情報によって、ユキヒョウを効果的に守るためには国境を越えた保全が必要であることが示され、越境保全のアプローチが採用されることになりました。

ユキヒョウがどんな動物か教えてください

ユキヒョウは最も謎めいた生き物の1つで、厳しい土地に生息しています。長くて厚い毛皮(ほぼ13cm)は、寒くて厳しい山岳気候に対して断熱毛布として機能します。頭胴長にほぼ等しい、長くて太い尻尾は、バランスを保つのに役立ち、悪天候から身を守るのにも使われます。
他の大型ネコ科とは異なり、ユキヒョウは吠えることはできませんが、代わりにうなったり、遠吠えしたり、ニャーと鳴いたりします。ユキヒョウの主な獲物は、バーラル、ヒマラヤタール、ヒマラヤマーモット、チベットアルガリ、ジャコウジカ、チベットノウサギのような他の哺乳類です。生態がよくわかっていないため、ユキヒョウはおそらく野生で見つけるのが最も難しい種の1つで、「山の幽霊」とも呼ばれています。ネパールでは、山岳コミュニティは、ユキヒョウと文化的なつながりがあり、地域で信仰される“神のペット”であると考えられています。

ネパールのユキヒョウが直面している主な脅威は何ですか?

ネパールでは、ユキヒョウの獲物は主にバーラル、ヒマラヤタール、マーモットで構成されています。しかし、KCAで実施されたユキヒョウの食餌に関する研究では、エサのほぼ半分が家畜であることが明らかになりました。ネパールのユキヒョウの生息地全体で、ユキヒョウによる家畜の被害は一般的で、時には大量殺戮の記録が見られます。コミュニティが被った大きな経済的損失は、生息地での報復的なユキヒョウの殺害につながることがよくあります。ユキヒョウに対するもう1つの重要な脅威は、国際市場でのユキヒョウの体のパーツに対する高い需要とその価格によって引き起こされる密猟です。カトマンズやネパールガンジのような市場における違法な体のパーツの押収と取引業者の逮捕によって、違法取引の存在が明らかになっています。さらにユキヒョウの生息地は、地球の10億人を超える人々の水の供給源でもあります。生息地は気候変動によって深刻な脅威にさらされているため、この脅威を最小限に抑えるためには、しっかりした保全戦略と介入が必要です。

ユキヒョウを保全するためにネパールではどのような活動が行われていますか?

ネパールには独自のユキヒョウ保護行動計画があり、5年ごとに見直しがなされます。さらに、ネパールは、2017年に気候に配慮したユキヒョウの生息地管理計画を世界で最初に開始した国となり、保全の歴史に名を残しました。これらの行動計画に基づいて、ネパールはユキヒョウの高度な研究を実施し、生態学的な理解を深め、保全に貢献しています。
現場での取り組みには、ユキヒョウとその獲物の密猟を防ぐための公園レベルとコミュニティレベルの両方での保護対策の強化が含まれます。国および地域レベルで組織された野生生物犯罪管理局(WCCB)と野生生物犯罪管理組織(WCCC)も、ユキヒョウとその体のパーツの取引を防止するのに役立ちました。コミュニティベースの家畜保険制度(LIS)と捕食者防止の囲いによって、ユキヒョウの生息地の一部では、ユキヒョウとのコンフリクトを減らすことに成功しています。ユキヒョウの生息地の距離を考えると、コミュニティはユキヒョウの保全において最も重要な利害関係者です。したがって、いくつかのコミュニティ開発プログラムは、政府の保護地域と緩衝地帯管理プログラムのより大きなフレームワークを通じてサポートされ、ユキヒョウの保全のための管理者としてコミュニティの人々の能力開発を行っています。また、気候適応策は、農村地域に焦点を合わせて実装されています。

ユキヒョウの保全における主な課題は何ですか?

ネパールには、ユキヒョウの生態と保全に関連する信じられないほど多くの研究が行われています。生態学や種への脅威について多くの研究が行われてきました。しかし、ユキヒョウの個体数に関する知識は不足しており、戦略的な保全投資を行う上で大きなハードルとなっています。また、個体数情報がないと、私たちが行った保全活動がどれだけ効果を上げているのかを確認することも難しくなります。
また、ユキヒョウの保全は、生息地が広範で、遠く離れていて、過酷な土地であるために本質的な難しさを孕んでいます。これにより、保護活動を実施したり、ユキヒョウと共生するコミュニティのニーズに応えたりするための行政機関の配置と保護活動家によるアクセスが制限されています。
ユキヒョウ生息地における、非木材森林製品(NTFPs)と冬虫夏草のような薬用植物の未規制な収穫も、ユキヒョウにとって大きな脅威です。過度の放牧、薪の収集、土壌の露出により生息地の劣化を引き起こしています。収穫時期、獲物の密猟を取り締まれていません。
同様に、主に家畜の保護が不十分なために生じる人間とユキヒョウの間のコンフリクトの増加は、保全とコミュニティの両方に重大な課題となっています。これに対処せずにおくと、ユキヒョウに対する社会的寛容性が徐々に失われる可能性があります。さらに、気候変動は、脆弱性を高め、生息地の利用可能性と生産性の変化を引き起こすことにより、ユキヒョウ、その獲物、地域コミュニティおよび生息地、すべてに対して大きな脅威となります。

ユキヒョウ保全の現在の目標は何ですか?

ユキヒョウの世界的第一人者として、ユキヒョウの生息国全体で保全プログラムを主導し、連携させることが私の責任であると考えています。私の現在の目標は、多様なステークホルダーともに、世界規模でユキヒョウを保全する最適な条件を見出し、資金調達をすることです。WWFネパールの代表として、ユキヒョウの保全においてネパール政府を支援することも私の義務です。ユキヒョウに対する理解を深め、その生息地を持続可能な方法で管理し、平和な共存を進めるための人間とユキヒョウのコンフリクトを減らす新しい解決策を見つけ、関係者のキャパシティ・ビルディングを進めることで実現できると考えています。

ユキヒョウの保全がなぜ重要なのか、世界へ向けてメッセージをお願いします。

ヒマラヤの生態系の頂点を占める捕食者であるユキヒョウは、生態系の構造と機能に大きな影響を与えます。また、ユキヒョウの生息地は、世界の給水塔として機能します。何十億もの人々がこの生息地によって提供される生態系サービスの恩恵を受けています。したがって、ユキヒョウを保全することは、世界のこの重要な生態系を守ることと同じです。しかしながら、ユキヒョウに対する脅威はかつてないほど速く大きくなっています。気候変動が激化し、人間とユキヒョウのコンフリクトが頻発するようになり、ユキヒョウの保全は時間とともにますます困難になっています。私たちの未来の安定と安全を確保する上で、ユキヒョウが重要な役割を担っていることを私は、世界中のみなさんに知って欲しいと思っています。この素晴らしい野生生物を守るためにみなさんが協力してくださることを、私は切に願っています。

※この文章は、World Atlas(Valnet Inc)による「In Conversation With The Snow Leopard’s Best Friend, Dr. Ghana S. Gurung From Nepal 」を許諾を受けて日本語に意訳したものです。訳文について文責は、翻訳者である若尾慶子にあります。

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自然保護室(野生生物)、TRAFFIC
若尾 慶子

修士(筑波大学大学院・環境科学)
一級小型船舶操縦免許、知的財産管理技能士2級、高圧ガス販売主任者、登録販売者。
医療機器商社、海外青年協力隊を経て2014年入局。
TRAFFICでペット取引される両生類・爬虫類の調査や政策提言を実施。淡水プロジェクトのコミュニケーション、助成金担当を行い、2021年より野生生物グループ及びTRAFFICでペットプロジェクトを担当。
「南西諸島固有の両生類・爬虫類のペット取引(TRAFFIC、2018)」「SDGsと環境教育(学文社、2017)」

子供の頃から生き物に興味があり、大人になってからは動物園でドーセントのボランティアをしていました。生き物に関わる仕事を本業にしたいと医療機器業界からWWFへ転身!ヒトと自然が調和できる世界を本気で目指す賛同者を増やしたいと願う酒&猫好きです。今、もっとも気がかりな動物はオガサワラカワラヒワ。

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