感染症と野生生物取引
2020/06/11
動物由来感染症と野生生物取引
増え続ける動物由来感染症
動物からヒトに感染する「動物由来感染症」。
「人獣共通感染症」や「人と動物の共通感染症」とも呼ばれる、このさまざまな病気が近年、世界的な問題になっています。
エボラ出血熱、SARS、MARS、そして鳥インフルエンザといった、強い感染力を持ち大きな被害を出した例を始め、これまでに世界で確認された動物由来感染症は200種類以上。
また、これまで知られていなかった新しい感染症(新興感染症)も増加しており、多くの人の命を奪い、社会、経済にも大きな影響及ぼした、新型コロナウイルス(COVID-19)も、その一つであると考えられています。
自然破壊が感染症を増やしていく
こうした感染症は、なぜ近年増えているのでしょうか。
その原因の一つと考えられているのが、人間による「自然環境の破壊」です。
新型コロナウイルスもそうですが、ウイルスや細菌などの病原体は、もともと自然界のどこかに存在してきました。
地球の長い歴史の中で、その多くは人と接点を持つことなく、奥深い自然に生きる野生動物の体内で生き続けてきました。
しかし近年、森林破壊などが進み、人がそれまで立ち入らなかった場所や、野生動物の生息地に、容易に足を踏み入れるようになると、こうした病原体たちは、ヒトの身体にも入り込み、時には新たな変異を遂げ、未知の病気を引き起こすようになりました。
同様の問題は、人に生息地を奪われ、行き場をなくした野生動物が、人里に出没することでも発生する可能性があります。
野生動物と人や家畜が接触する機会の増加が、病気の感染事態を増やす要因となるためです。
さらに、地球温暖化による気候や気温の変化も、病原体の生存できる環境を広げたり、感染症を媒介する動物の移動や拡散、増加に寄与する可能性があると考えられています。
感染症の発生は、一つの要因だけでなく、こうしたさまざまな問題が影響し合うことで生じているのです。
動物由来感染症を拡散させる「取引」
新興感染症の中には、感染力が強く、重症化する例も多いため、対処には有効な治療法を明らかにすることが何よりも重要です。
しかし、未知の病原体を抑える薬や治療方法を探すことは、時間もかかる上、容易ではなく、その間に被害が拡大するおそれもあります。
このため、対応としては同時に、病原体の感染源や感染症の拡大を引きおこす要因を明らかにし、未然に防ぐ取り組みを行なってゆかねばなりません。
そして今、世界各地で行なわれている、野生動物の取引が、動物由来感染症を拡散させる、大きな原因の一つとして、その危険性を指摘する声が高まっています。
感染症にかかわる、この野生生物取引の課題については、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大が広がる中、生物多様性条約や、WHO(世界保健機関)などの事務局長らも管理や規制の必要性を訴求。
これを国際的かつ重要な問題と捉え、対策の実施を求めてきました。
しかし、感染症リスクが高いと指摘されるこのような野生動物の取引市場は、まだ数多く存在します。
アジアの取引市場にひそむ危険
とりわけ、こうした野生生物の取引市場が多く残っている地域の一つが、東~東南アジア諸国です。
タイやインドネシア、中国といった国々では、食肉や薬剤の原料、またペットなどを目的とした野生生物取引が、昔から広く行なわれてきました。
これらの取引は、場所によっては地域の文化と紐づき、小規模かつ伝統的にバランスのとれた形で行なわれてきましたが、大きな市場の中には、きちんと衛生管理がなされないまま、取引が行なわれているケースもあり、これらが国際的な違法取引の一端となっている例が確認されています。
さらに、これらのアジアの市場は、アフリカやアメリカ諸国からも、さまざまな動物が持ち込まれ、さらなる取引の中継地としても機能。動物や多くの人が高い密度で集中する場にもなっています。
何より、生きた動物だけでなく、衛生管理が十分に行き届いていない環境下で、集中的に生きた個体や加工された肉、製品などを保管、輸送、販売していれば、それが感染症の格好の温床となる危険は、当然ながら大きなものとなります。
中国などでは、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、再発防止の観点から、国内でのこうした野生生物の取引の販売などを、厳しく規制し始めました。
しかし、アジアの市場が今後も、感染症を広げる危険な感染源となる可能性は、まだ十分にあるといわねばなりません。
日本に密輸されるエキゾチックペット
このアジアの市場は、日本にも実は深く関係しています。
日本は、キツネやフクロウ、カメなどのエキゾチックペットを、海外から数多くの輸入しているペット動物の輸入大国。
ワシントン条約で輸入が規制されている動物も数多く輸入しています。
実際こうした動物は、その希少性から、高値で取引されることも多く、生息地での密猟や密輸が後を絶ちません。
WWFジャパンの野生生物取引調査部門のTRAFFICが2020年6月に発表した調査報告でも、2007年~2018年に日本の税関がワシントン条約違反として差し止めた、日本向けのエキゾチックペットの密輸の輸出元の多くが、アジア諸国であることが明らかになりました。
とりわけ、哺乳類と鳥類については、すべての個体がアジア諸国から持ち込まれたもので、取引ルートとしてのその重要性がうかがわれます。
TRAFFICの調査によると、2007年~2018年に海外から持ち込まれる際に、ワシントン条約に違反し、税関で差し止められたエキゾチックペット目的の動物は1,161匹。
さらに海外でも、日本向けに違法に持ち出そうとし、差し押さえられた動物が、少なくとも1,207匹、押収されています。
これら違法に密輸される野生動物の場合は、法律に基づいた、登録の手続きや検疫などを通ることがありません。
したがって、保有する病原体などが不明なまま持ち込まれてしまう可能性があり、これが新たな感染症をもたらす危険性もあるということです。
ペットがもたらす感染症拡大の危険
実際、これらの差し押さえられた日本向けの密輸動物の中には、日本の法律で輸入が規制されている動物が含まれていました。
いずれも、動物由来感染症を引きおこすおそれがあるため、現行の法律で以前から日本への持ち込みが規制されてきた動物です。
また、このように税関などで持ち込みが差し止められた例は、日本に対して行なわれている密輸全体からみれば、その一部でしかないと考えられます。
密輸に成功し、そのまま国内に違法な取引個体が持ち込まれる例は、規模こそわからないものの、現状での摘発の頻度や、密輸の手段の巧妙化を考えると、決して少なくはないと考えられるためです。
日本のエキゾチックペット取引が、感染症を拡散させる可能性をはらんだ市場に関与していること、そして、日本の市場に、すでに密輸動物が流れ込んでいることは、すでに明らかといわねばなりません。
動物由来感染症は、感染症を保有する動物の血液や唾液への接触、噛まれた傷(噛傷)、触れて汚染された水やペットフードのようなものからも感染します。
さらに、そうした動物の身体についた、ダニや蚊といった他の生きものが、病原体を媒介する例も少なくありません。
そして感染の危険性は、もともと野生動物の狩猟や取引で生計を立ててきた人々だけでなく、地域や国境を越えた形で行なわれる輸送にかかわる人たちにも及ぶ可能性があります。
こうした現状は、日本のエキゾチックペットの需要が、生息地での密猟はもちろん、世界的にも懸念される、問題のある取引市場や、密輸のような違法行為を活性化し、拡大させている可能性を示すものといえるでしょう。
感染症対策として求められる野生生物取引問題への取り組み
日本における対策の現状
感染拡大の危険性と問題のある海外の野生生物の取引市場とかかわっている日本は、国際的な責任を果たす上で、どのような対策に力を注ぐべきでしょうか。
まず、動物由来感染症の予防・拡大防止にあたって重要なことは、感染経路の対策です。
そして、この感染経路対策は、大きく次の2つに分けられます。
- 侵入阻止:そもそも、海外から国内に、病原体を保有する動物などを持ち込ませない取り組み
- 感染阻止:病原体を保有する動物の管理と、 それがヒトに感染することを防ぐ取り組み
世界各地からエキゾチックペットを輸入する日本にとって、特に重要なのは、1番目の「侵入阻止」です。
その水際での対策として、日本の空港や港湾では、公衆衛生向上を目的とした、動物などの輸入禁止や、輸入時の検疫・届出の義務化といった措置を取っています。
これらは、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」「狂犬病予防法」などに基づいた法的な施策です。
しかし、水際でのこうした規制だけでは、対策として十分ではありません。
動物の密輸は、全て摘発できるわけではないからです。
そのため、密輸された動物が、新型コロナウイルスのような病気と共に、一度でもこの水際をくぐり抜け、日本の国内に持ち込まれてしまえば、その感染経路を追うことは、もはや不可能となります。
そして、2番目の「感染阻止」に関係する、国内におけるペットの販売や飼育に関するルールについても課題があります。
国内市場の対策に見られる課題
日本では動物の飼育や販売に関する法律として、主に下記の2つの法律があります。
- 動物愛護管理法(正式名称:動物の愛護及び管理に関する法律)
- 種の保存法(正式名称:絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存法)
しかし、これらの法律の現状は、ペットショップなどで販売される動物の個体の安全性を担保しているとは言えません。
販売する業者に対し、その販売する動物の個体が合法的、かつ適切な衛生確認の手続きを経て輸入されたものか、証明することを義務付けていないためです。
つまり、密輸された個体であっても、ひとたび水際をすり抜けて日本国内に入ってしまえば、「合法的に入手した個体」と偽って販売することが、容易にできてしまうのです。
こうした「ロンダリング(洗浄)」行為が、まかり通ってしまう規制の現状は、日本のペット市場に密猟や密輸によってもたらされた個体を、簡単に流入させてしまう結果を招いています。
そして、そうして流通する動物の個体が、感染症の病原体を持っていない、という保証はどこにもありません。
つまり、取り扱い業者や、ペットを購入する消費者はもちろん、その取引経路に使われた輸送業界や、水際で輸入管理を執行する税関職員までもが、病原体に接触してしまう危険にさらされているのです。
もちろん、国内で取引されているエキゾチックペットの中には、合法的に許可を取って輸入された個体や、国内で飼育繁殖された個体も少なくありません。
しかし、こうした個体と密輸された個体の区別ができなければ、結果的に感染のリスクはより大きくなります。
これらが一緒に狭い空間に押し込められ、不十分な衛生管理の下で飼養、販売されれば、その中で感染症が広がり、さらに全く別種の動物にまで、病気がうつってしまう可能性があるためです。
こうした拡散の危険は時に、病原体であるウイルスの変異などをも引き起こし、新たな感染症の脅威を出現させることにもつながります。
次のパンデミックを起こさないために、WWFが求めること
動物由来感染症の問題を考えた時、その対策を進める上で、欠かせない視点があります。
それは、人、動物、それらを取り巻く環境は相互に繋がっている、ということ。そして、いずれも共通した病気の脅威にさらされている、ということです。
つまり、この脅威に立ち向かうためには、人、動物、環境、この3者すべての健康を、同時に守り、危機を遠ざける努力をする必要があるのです。
この考え方は近年、地球全体の健康(One Health:ワンヘルス)として確立され、国際的にもその必要性を指摘する声が強くなっています。
これまでは、保健、環境保全、野生生物取引といった課題や取り組みは、それぞれの専門性のもと、個別に取り組まれてきました。
しかしこれからは、こうした分野の垣根を取り払い、人や動物の健康、そして環境の保全を担う関係者が、緊密に協力し、広い視野をもって問題解決に取り組む必要があります。
それは、動物由来感染症の感染リスクが確かに存在する、エキゾチックペットの輸入大国である日本における取り組みについても同様です。
消費者、ペット業界、水際、そして政策決定者など、この問題にかかわるすべての人たちは、今こそ、日本のエキゾチックペット取引が、感染症のパンデミックを引き起こす危険のある、海外市場に深く関係しているという事実と、その責任を十分に認識し、行動してゆかねばなりません。
このため、WWFでは各関係者に対し、以下の行動、取り組みを求めていきます。
ペットの消費者に向けて
「エキゾチックペットとの付き合い方を再考すること」
- エキゾチックペットが未知の病原体を保有している危険性、自らと周囲への感染症リスクを理解すること。
- 新たな感染症の出現や感染拡大の危険性が高いと指摘されるアジアの野生生物取引市場と日本のペット市場との関係性を理解し、合法性や安全性が確認できないエキゾチックペットの購入は控えること。
- すでに飼育しているエキゾチックペットについては、衛生環境の維持に努め、責任をもって終生飼育すること。
ペット業界の関係者に向けて
「自主的な取り組みを早急に導入し、実施すること」
- 密輸された個体の国内市場への侵入を防止するため、販売個体の入手合法性証明の開示を行なうこと。
- 感染症リスクが高いと指摘される動物種、分類群の取引の自粛や販売、展示における衛生管理を徹底すること。
- 安全性に十分配慮したエキゾチックペット取引の実現に向け、自主的な方針の策定と取り組みを行なうこと。
水際・輸送業界の関係者に向けて
「エキゾチックペットの密輸を防止するため能力向上と連携を図ること」
- 水際での野生生物の密輸や病原体の侵入阻止のため、税関、動物検疫所、輸送業界が連携し、執行強化を図ること。
国会議員、関係省庁、地方自治体などの政策決定者に向けて
「規制強化に向けての迅速な検討と対応をとること」
- エキゾチックペット市場において、合法かつ安全性が十分に担保された動物のみを取引対象とする、法的な仕組みを新たに導入すること。
- 水際での感染症予防について、現行の輸入規制や執行状況が十分であるか、国際社会の動向や他国の取り組み、専門家などの意見を参考に検討を開始し、不備については必要な対策を講じること。
- 感染症問題に包括的、効果的に取り組むために、国会議員、関係省庁(環境省、厚労省、農水省など)、地方自治体は有識者、NGOらと連携し、分野横断で解決に取り組むこと。
動物由来感染症が、野生生物取引という人の手で行なわれた行為によって広がるものであれば、それがもたらす危機は必ず、人の手で収束させることができます。
WWFは世界各国で、長年にわたり継続してきた、絶滅の危機にある野生生物の保全を通じ、この感染症の再発や拡大防止につながる取り組みを、これからも行なってゆきます。