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違法な野生生物取引と海運セクターに求められる国際的責任

この記事のポイント
違法な野生生物取引(IWT)は、環境犯罪の一部と位置付けられ、生態系や地域経済、国の安全保障に影響を与える深刻な犯罪として捉えられています。海運セクターは、野生生物を違法に運搬する手段として利用されてしまっていることから、積極的に対処することが求められています。本記事では、違法な野生生物取引の現状や海運セクターとのかかわりについて解説。国際的に整備の進んでいる最新のガイドラインを紹介します。
目次

違法な野生生物取引(IWT)とは

違法な野生生物取引(Illegal Wildlife Trade: IWT)とは、輸出入を規制する国際法や取引に関する国内法に違反して、野生生物を密輸、または取引することをいいます。

このIWTを含む環境犯罪は、組織的な犯罪とも密接に関連して拡大を続け、今やその市場価格は薬物、偽造品、人身売買に次ぐ第4の国際犯罪となり、年間約2,590億ドル(約40兆円(1ドル155円換算))にまで及ぶと推定されています。

国際犯罪の金額規模を示した図。IWTは、環境犯罪の一つで、70~230億ドルの規模に及ぶと推定されている(参照:UNEP-INTERPOL 2016)。

国際犯罪の金額規模を示した図。IWTは、環境犯罪の一つで、70~230億ドルの規模に及ぶと推定されている(参照:UNEP-INTERPOL 2016)。

例えば、装飾品や富裕層のステータスシンボルとされる象牙や、伝統薬に利用されるサイの角、希少な木材や食用としてのフカヒレやシラスウナギなど、多様な野生生物が密輸の対象となっています。

違法取引の対象となる動植物は6,000種以上ともいわれ、アフリカをはじめとしてアジア、アメリカ、ヨーロッパまで、世界各地で広がっています。

特に、中国やベトナム、タイなど経済発展が急速に高まるアジア地域が、密輸の主要な中継地や目的地として知られています。

IWTに潜むリスク

IWTは野生生物の密猟や乱獲を助長して世界の生物多様性を脅かすだけでなく、他の組織的な犯罪と相互に関連して地域社会の経済的安定や治安にも悪影響を及ぼします。

さらに、特に生きた動物の違法取引は、衛生管理も不十分な状態で、検疫など必要な手続きがされないままサプライチェーン上を移動するため、公衆衛生にリスクをもたらします。

こうした違法取引が横行することは、動物由来の感染症を拡大させるリスクを高めることにも繋がります。

例えば、エボラウイルス病やSARS、MARS、2019年から猛威を振るった新型コロナウイルス(COVID-19)は、動物に由来すると考えられています。

違法に取引される野生生物は、動植物が生息する原産国から、さまざまなルートをたどって、日本を含む消費国へと運ばれるのです。

野生生物の密輸に利用された航空輸送のルート(2016年~2018年)。大きなハブ空港や生息地と消費国間の活発な取引が確認できる。(出典:Runway to Extinct)

野生生物の密輸に利用された航空輸送のルート(2016年~2018年)。大きなハブ空港や生息地と消費国間の活発な取引が確認できる。(出典:Runway to Extinct)

そして国際的には、IWTに対抗するための国連総会決議(A/RES/69/314)が採択されるなどして、国際的に取り組むべき課題として認識が進んでいます。

海運セクターにおけるIWT

生きた動物の輸送には、移動時間の短い航空や陸上輸送が適していますが、象牙やセンザンコウの鱗、木材のような大量の動植物を運搬するには、海上輸送(コンテナ船)が利用されます。

検知される可能性が低く、低コストで密輸できると見なされ、密輸犯は、海上輸送に関わるサプライチェーンの弱点を利用し、巧妙に野生生物を違法に取引します。

世界の貿易の約90%は海上輸送によって行なわれていますが、実際、物理的に検査されるコンテナは全体のわずか2%未満といわれています。

違法な野生生物製品を合法な製品にカモフラージュさせて密輸するケースがある。例えば、コンテナに積んだ木材の中に象牙やセンザンコウの鱗を隠匿し、木材として申告していた事例もある。
© Jonas Lysholdt Ejderskov / WWF-Denmark

違法な野生生物製品を合法な製品にカモフラージュさせて密輸するケースがある。例えば、コンテナに積んだ木材の中に象牙やセンザンコウの鱗を隠匿し、木材として申告していた事例もある。

コンテナの中身をすべて開封して検査することは現実的ではない上に、国際的な輸送ネットワークが複雑化し、多様なサプライチェーンの拡がりがあいまって、ますます違法取引の検知が課題となっています。

海運セクターに及ぼすリスクと対策の必要性

IWTは、企業の評判や信頼にも大きな影響を与えます。海運企業が知らないうちに違法取引に加担してしまった場合であっても、取引先や顧客からの信用を失うリスクが伴います。

こうしたリスクを軽減するため、海運企業は適切なリスク評価と監視のプロセスを整備し、不正取引を防ぐための対策を強化する必要があります。

さらに、自社のサプライチェーンの透明性を高め、あらゆるステークホルダーと協力して、違法な取引を未然に防ぐための取り組みも求められているのです。

国際的な動向:IMOのガイドライン

こうした状況を踏まえ、国際海事機関(IMO)は、2022年5月、第46回簡易化委員会において「国際海上交通に従事する船舶における野生生物の密輸の防止及び抑制に関するガイドライン」を承認しました。

そして、2024年4月、第48回簡易化委員会において、改訂された同ガイドラインを加盟国政府や海運セクターが、広く導入するための決議が採択されました。

このガイドラインは、IMO加盟国および、海上輸送にかかわる法執行機関や各関連機関、民間セクターが、違法な野生生物取引を検知、報告し、捜査・訴追するための具体的手順を規定し、IWTの防止に向けて具体的に実行すべき措置が詳細にまとめられています。

特にコンテナ輸送への対処として、必ずしも物理的な検査(コンテナの開封)をしなくても、違法・不正行為の兆候を検知できるようになるためのガイドラインとなっています。

ガイドラインでは、密輸犯が用いる隠匿手法、関連機関や海運企業が野生生物の密輸を防止、検知、報告のために実施すべき措置(リスクアセスメント、電子・自動システムの活用、情報の収集や教育・訓練、関連機関の連携と報告など)、国際的な規制の紹介から、違法取引の兆候検知のための具体的確認事項、その他関連機関や海運企業にとって参考となる資料の紹介など、違法な野生生物取引に対処するための具体的な方策を幅広く学ぶことができます。

WWFの取り組み

WWFでは長年IWTの問題に取り組み、野生生物関連の違法事例や手口、対処の仕方についての知見を蓄積しています。

こうした知見を、関連する各セクターの対策に活かせるように、トレーニングツールの開発などに役立てています。

海運セクター向けには、2021年に『Red Flag Indicators for Wildlife and Timber Trafficking in International Sea Cargo(国際海上輸送における違法な野生生物と木材の危険信号の指標)』(英語)として、海上輸送にかかわる汚職や密輸、その他関連犯罪のレッドフラグ(危険信号)について解説し、違法な野生生物取引を検知できるようにするための資料(Compendium)を作成しました。

IMOのガイドライン策定に際しても、こうした土台の下、国際海事機関(IMO)や世界海運評議会(WSC)、世界税関機構(WCO)、国際連合(UN)など複数の機関と協力して、公式ガイドラインとして採用されるようサポートしました。

また、特に民間セクターの役割に着目して、ガイドラインにも盛り込まれている内容を概説するガイダンスとなる資料の作成にも携わりました。

この資料は、2024年4月に開催されたIMOの第48回簡易化委員会で紹介され、公式に採択されました。今後加盟国に参照され、関連する民間セクターでの取り組みが進むことが期待されます。

この資料では、海運企業が取るべき具体的な対策を示し、リスク評価の強化、従業員の教育と訓練、不審な活動の報告と監視のプロセスなど、違法取引を防ぐための手順が概説されています。

『違法な野生生物取引に関する海運セクター向け共同ガイドライン』

本共同ガイドラインはWSCの主導により作成されました。WSCのウェブサイトでは、原文(英語)及び日本語版が閲覧できるようになっています:Combatting Illegal wildlife trade - a shared responsibility & Red flags for suspicious illegal wildlife trade(WSCの ウェブサイト(英語))

さらにWWFでは、海運セクターの担当者に教育・訓練を実施する際に利用することのできるツールとして、IMOと世界海事大学(WMU)と共同でe-ラーニングコース(英語)『Illegal Wildlife Trade - Introduction to Counter Wildlife Trafficking in Maritime Supply Chains(海運サプライチェーンにおける違法な野生生物取引に対抗するための入門)』を作成しました(2024年10月31日公開)。

このe-ラーニングコースでは、IWTに関する国際条約や宣言、密輸される野生生物の種類やよくある密輸の手口、野生生物犯罪情報、港湾セキュリティ、IWTを防止または検知・報告するための手段など幅広く学ぶことができます。

海運サプライチェーン上のすべての関係者が積極的に受講し、違法な野生生物取引の撲滅に向けた取り組みが促進することが期待されます。

日本の海運セクターに寄せられる期待

IWTの撲滅に向けた世界的な取り組みは、海運セクターのみならず、航空、金融セクターでも進んでいます。

日本では、日本航空株式会社(JAL)や全日本空輸株式会社(ANA)が、違法な野生生物取引撲滅を目指すイギリスの組織United for Wildlifeの「輸送タスクフォース」に参加し、課題解決に向けた具体的な取り組みを進めています。

IWT対策の輪は海上輸送へも拡がり、今、日本の海運セクターにも取り組み促進に向けた期待が寄せられています。

なぜなら、日本は世界有数の海運国であり、実際、日本の船会社が実質的に保有する船腹量(船の輸送力)は、世界全体の約11%を占め、ギリシャ、中国に次いで世界第3位の規模を誇ります。

これからは、海運セクターが、こうしたガイドラインに従ってリスク管理やコンプライアンスを徹底することで、持続可能な海上貿易を実現することが求められています。

また、野生生物の保護と持続可能な海上貿易の実現のためには、海運セクター全体での協力も不可欠です。

海上輸送に関わる法執行機関や関連機関、各企業が、期待される対策を講じることで、違法な野生生物取引を防止・抑制するための重要な一歩を踏み出すことができるのです。

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