サイト「においの惑星」に込めた思い
2020/08/14
WWFジャパンが開発した環境教育プログラム「においでめぐる動物園―くんくんPlanetに出かけよう―」から、動物のうんこのにおいを視覚的に感じられる“うんことばホイール”を公開するサイト「においの惑星-くんくんPlanetに出かけよう」ができました。制作者の松浦と企画実施協力者で「においと記憶」をテーマに活動する美術作家の井上さんに、このページを作った理由をざっくばらんに語ってもらいました。聞き手は、同じく企画実施協力者の熊谷です。
なぜ、うんこのにおいを嗅がせようと思ったのか
――動物たちのうんこのにおいを表現した言葉がたくさん集まって、見応えのあるページができましたね。
――まず、聞きたいのですが。どうしてうんこのにおいを嗅がせようと思ったのですか?
松浦:それは、私の出張先での経験からきています。WWFチリと地域の住民たちとが協力して海の自然を守る活動を進めている現場に行った時、そこに暮らすオタリアの強烈なにおいを嗅ぎました。とにかくくさい。ああ、でも、動物が生きているってこういうことなんだ、ってものすごく納得しました。だから、においからはじまる教育プログラムを作りたかったのです。
――だからって、何もうんこじゃなくてもよかったのでは?
松浦:いや、うんこだから動物のことがわかるんですよ! うんこは、その動物が食べているものの反映です。そして、野生下で暮らす動物たちにとって、食べ物は環境と密接に関わっています。だから、うんこのにおいから、動物たちの生態をリアルに理解することができるのです。…まあ、客観的に考えて、うんこのにおいを嗅がせるなんて我ながらひどいことをしているな、と思う時もあります。
井上:いやいや、だって、日常で無意識にやっていることを意識化させているだけですよ!
――と、いうと?
井上:人間も日々、トイレで自分のうんこのにおいを嗅いでいるでしょう?そして、無意識に自分の健康状態を把握しています。うんこのにおいで情報を得ているんですよ。あえて話題にすることがないだけで。
――たしかに、必ずにおいは感じますね。そして、他の感覚と考え合わせて、体調悪いかな、お昼にヨーグルトを食べておこうかなとか考えます。
松浦:一体いつから人間は、うんこをタブーとしてオープンに話さないものにしたのでしょう。私は、飼っている猫たちのうんこのにおいは必ず嗅ぎますよ。同じものを食べているのに、3匹とも違うにおいがするから、誰がしたものかわかります。
――私も、今、家庭にオムツをしている子どもがいるから、うんこを必ずチェックします。硬さとか色だけじゃなく、においからも子どもの体調を感じていますね。家に動物や小さな子どもがいると、うんこはすごく身近なツールです。
松浦:動物たちも、うんこを活用しています。うんこのにおいを嗅ぐことで他の個体の情報を得るとか、縄張りをしめすとか。コアラは親のうんこを食べることで消化に必要な微生物をもらっていますしね。だから、うんこのにおいを嗅ぐというのは、動物のことを感じるのにぴったりなんですよ。
井上:人間は、「うんこ」という言葉の響きやうんこマークのビジュアルには好奇心と興味を持ちますが、「汚い、臭いもの」とラベリングして、それ以上のことを考えていないように思います。本来、もっと学べる重要なファクターだということを忘れていると感じています。
言葉にすると記憶に残り、日常につながる
――では、嗅ぐだけではなくて、言葉にするのはどうしてですか?
井上:人間は、言葉にすると事物、現象を理解でき、記憶していけるようになります。普段、においに対して「くさい」または「いいにおい」と思ったら、それ以上深堀(ふかぼり)して考えることはありません。でも、あえて言葉にしてもらうことで、においに意識を向けて、時間をかけて「これはどういうにおいだろう?」と考える機会をつくります。
――言葉にすることで、じっくり考えることができる。記憶にも残る。
井上:参加者の中には、「わからない」と言ったり、正解は何?と聞くような表情をしたりする人も多いです。でも、スタッフがじっくり会話をしながら「あなたがどんな風に感じるかを素直に話して!」というメッセージを伝えていきます。そうして考えることは、自分自身の感覚を知ることにもなります。感じたことに不正解はありません。すべて正しいんです。自分の感覚に自信を持ってもらいたいと思っています。
松浦:正解じゃないといけない、とか、みんなと違っていたらいやだな、という感情が見え隠れする子どもの行動や、意見を求められると一番にお母さんの顔を見てしまう子どもの姿を、今まで幾度となく見てきて、懸念もありました。このプログラムが、自分のことを表現する第一歩になるといいなと思ってつくりました。
井上:参加者は、うんこについて感じて、考えて、言葉にするために記憶と比較して、という行為を繰り返すことで、忘れがたい体験になります。イベントでは、複数の動物を比較してもらいます。そして、自分の生活に戻った後、最後に自分のうんこが登場します。日常の中でもプログラムは継続しているのです。イベントに参加してくれたご家族の娘さんが、しばらく自分のうんこを真剣に見るようになったと聞いて、嬉しかったです。
松浦:食べてうんこをするのは、人間も動物も同じです。動物も、人間と同じように生きているということを実感して欲しいのです。
うんことばホイールで多様性を感じる
――そうして生まれた言葉が“うんことばホイール”の形で公開されました。
松浦:参加した方は、これを見てもう一度、体験を振り返ってもらえたら嬉しいです。そして、他の人はどんな風に感じたかも楽しんで欲しいです。参加したことがない方は、想像力を思いっきり働かせて、うんことばホイールからにおいを感じてほしいと思っています。
井上:言葉を読むことで、どんな物かを想像し、においを想起することができます。これは人間にしかできない技ですね。
――はい。実際に、うんことばホイールに書かれた「動物園のにおい」という言葉を読んで、「あーあのにおいか!」とぱっと脳裏ににおいが浮かびました。それとともに、昔行った動物園の光景や子どもだった当時の感情まで思い出しました。
井上:いいですね〜!素敵です!何歳の時に誰と行ったんですか?
――その動物園には何回か行っていますが、ぱっと思い浮かんだのは、たぶん、小学校低学年かな。母親と一緒にいるような気がします。もしかしたら幼稚園の親子遠足の時かも。子ども用の動物ふれあいエリアの入口前を見ている映像です。
井上:イベントの参加者ともそんな会話を続けていました。すると、その人の子供の頃の家族の風景やどんな性格だったのかなども見えてきたりします。
――わくわく、というより、不安に近いような、「ここはなんだろう?」という気持ちでした。
井上:うんことばは、書いた人、つまり他者の経験です。それに共鳴して、自分の過去の記憶が蘇ってきたんですね。動物園に入ってすぐ感じる動物のにおいなど、都会に住む人達は、非日常を感じるのかなと思います。家畜が近隣にいる暮らしをしている人にとっては、身近な生活環境の慣れたにおいの感覚かもしれません。
――そうですね。一気に色々なものが思い出されてきました。
松浦:言葉を読むだけなのに、実際ににおいを嗅いだような気分になります。中には、強烈なにおいを放っていたものもあるので、コンディションの良いときに読むことをおすすめします。
――ええ、ガツンと来る言葉も出てきますね。でも、そうかと思うと「くさくない」と言う人もいたりして、同じ動物のうんこのにおいを嗅いでいるのに、感じ方が人それぞれで、色々な言葉があります。
松浦:一つのうんことばホイールには、多いもので数百の言葉が載っています。ただ数が多いだけではなく、本当に多様な言葉が集まってきて、私も驚きました。イベントのスタッフは、「くさい」だけではない言葉を参加者から引き出すように努力していますが、それにしても、いろんな表現が出てきました。その言葉を書いた人の日々の生活を想像したくなる言葉や、勢いを感じる言葉、様々あります。
――おとうさんやおかあさん、〇〇ちゃんといった、家族や近しい人を指した言葉も多く出てきます。
井上:においを表現する単語って、あんまりないんです。だから、においを説明しようとすると、子どもの頃から育ってきた環境や経験、体験に基づいた言葉になります。例えば、「ハムスターのえさ」という言葉を書いた人は、きっとハムスターを飼ったことがあるのでしょうね。その人は、そのハムスターが好きだったのか、嫌いだったのか。それによっても、この言葉の意味合いが変わってきます。
――どういう気持ちで書かれた言葉かを想像するのも楽しいですね。
松浦:うんことばホイールには、人間の多様性が詰まっているんです。これを楽しんでもらうことは、人間の、そして動物たちの多様性を受け入れるマインドにつながると思っています。多種多様な動物たちがともに暮らす地球を素晴らしいと思う気持ちです。サイトという形で多くの方に見てもらえるものができたので、ぜひ、じっくりと見てもらいたいと思います。
(文:熊谷香菜子)