© Martin Harvey, WWF

環境保全と人権の深いかかわり

この記事のポイント
グローバルな経済活動の影響で、境環問題と人権のつながりがますます注目されています。実際、持続可能な開発や環境保全は人々の生活や健康、文化的アイデンティティに直結しています。 環境破壊の現状や効果的な保全活動が、人権課題とどうつながっているのか。その中でどのように問題を未然に防ぐ配慮に取り組んでいるのか。複数の事例を交えて紹介します。
目次

環境保全の本質と交差する人権課題

環境保全と一口にいっても実にさまざまな取り組みがあります。

絶滅の危機に瀕している野生生物の保全や森林の保全のような、わかりやすい取り組みばかりではありません。

そして、森林破壊の原因にも、自然環境に負荷をかける方法で行なわれている原材料の生産拡大など、イメージしにくい課題があります。

それらを改善するためには、購入元の企業に対し、原材料の調達方法の見直しを求めるアクションが必要になります。

いまや多くの産品は、グローバルな経済活動の中で、長大なサプライチェーンでつながっています。

環境破壊が起きている森や海の現場だけでなく、サプライチェーンの全容と課題を把握し、そこにかかわる生産者や企業に対して働きかけていくことも、本質的な環境保全の活動なのです。

こうした取り組みが求められる現場で、環境と人権はどうつながっているのでしょうか。身近な洋服のサプライチェーンを例に考えてみましょう。

まず、この服の原材料である綿花(コットン)を栽培し、収穫する農業者がいます。

しかし、地域によっては、農業で大量の水を使用し、流域の川や湖などの自然を損なってしまう問題が生じています。また、子どもの強制労働など人権にかかわる問題も起きるケースもあります。

次に、綿花をテキスタイルに加工し、それを服として加工する企業があります。
しかしここでも、工場で染色を行なう際に、廃水を河川に流して汚染を引き起こしたり、安価で従業員を働かせ、労働力を搾取する問題が生じます。

さらに、作られた服を流通・販売するため利用される、海運や空運路での輸送は、多くの二酸化炭素の排出につながります。それらは気候変動にも少なからず影響を及ぼし、十分な適応ができない途上国の人々を苦しめることになっています。

人権課題と聞いても、なかなかピンとこないかもしれませんが、現在の日本の消費とサプライチェーンでつながった海外の現場では、環境問題と人権問題が実際に起きています。

日本の消費者もその確かな関係者。サプライチェーンが長いということは、それに関わる人や地域が必然的に多くなり、関係する人権課題も増える可能性が高くなる、ということでもあるのです。

IUU(違法・無報告・無規制)漁業の事例

水産物の需要増加にともない、水産物の生産量は全世界的に増加。環境や人権問題を引き起こしている、IUU(違法・無報告・無規制)漁業も大きな問題になっています。撲滅のためにはトレーサブルな流通プロセスの構築が不可欠です。
© Maya Takimoto/WWF-Japan

水産物の需要増加にともない、水産物の生産量は全世界的に増加。環境や人権問題を引き起こしている、IUU(違法・無報告・無規制)漁業も大きな問題になっています。撲滅のためにはトレーサブルな流通プロセスの構築が不可欠です。

日本人になじみのある新鮮なシーフード、すなわち水産物の生産・流通も、環境と人権にかかわる問題があります。

近年、これらのシーフードは減少しています。主な原因は、「乱獲」や「獲りすぎ」、すなわち水産資源の過剰な利用です。

これを助長している一因が、安くて美味しい水産物をもとめる消費者、つまりマーケットの声です。

この問題を解決するには、科学的根拠に従った実効性ある水産資源の管理が必要です。

しかし、各国がそうした漁業管理を行なうための制度や法律を作っても、それが守られなければ意味がありません。

こうした資源管理の実効性を脅かしているのが、IUU漁業です。

IUU漁業は「違法・無報告・無規制」漁業のことを指します。

IUU漁業には、違法な漁業、いわゆる密漁だけでなく、漁獲データが不正確だったり過少報告している漁業、旗国なしの漁船による漁業、国際機関が認可していない漁船による漁業なども含まれます。

これらの漁業は、水産資源の枯渇を招くだけでなく、その母体である海の自然や生態系が大きく損なう、深刻な環境問題の原因になっています。

そして、このIUU漁業は深刻な人権侵害の温床にもなっています。

特に遠洋マグロ漁船などでは、乗組員(多くはインドネシアなどの東南アジアからの移民労働者)が、航海中、食事や休息を十分に与えられず、長時間労働を強いられ、パスポートの没収や暴行を受けるなどの事例が報告されています(*1)。中には、航海中に死亡し、海洋に遺体が投棄された事件も発覚しています。



またマグロ・カツオ類の遠洋漁船には、漁獲や混獲などのデータが正しく取られているか確認するため、地域漁業管理機関より派遣された漁業監視員が乗船しますが、航海中に行方不明になる事例も報告されています(*2)。



さらに、タイの養殖エビの加工場では、児童労働が高い頻度で行なわれており、子どもたちが、就学の機会を奪われ、火器の取り扱いなどの危険な作業や長時間労働に従事しているという報告もあります
(*3)。

求められるIUU漁業対策とは?

こうしたケースを防ぐためには、どういった対策が必要なのでしょうか。

まず、国際レベルで実施されているアクションの一つとしては、漁業を行なう国々が協力して、資源管理規則を定め実行する取り組みがあります。
これは、マグロやカツオ、サンマなどのように、自国の領海や排他的経済水域を超えて分布・回遊する水産資源を保全・管理する上では、特に重要です。
これらの資源管理規則を定める地域漁業管理機関(RFMO:Regional Fishery Management Organization)は、魚種や海域によって複数存在しますが、日本と特にかかわりが深いのはWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)とNPFC(北太平洋漁業委員会)です。

各委員会では、魚種ごとの資源量の推定、国別漁獲割り当て、管理方針、混獲対策、IUU対策などが検討されます。


そして、こうした国際的な取り組みを支えているのが、実は個人で実施できるアクションです。

たとえば、水産資源や環境に配慮し適切に管理された、持続可能な漁業によって獲られた水産物を積極的に購入していくことは、そうした一助となるアクションの一つ。

世界的にも認められた持続可能な水産物は、MSCやASCのエコラベルがつけられており、消費者がこのラベルの付いた水産物を選ぶことによって、厳しいサステナブルな取り組みをしている漁業者を支えることにつながります。

マーケットの動向を一人一人の消費者がつくっていくことが、海の環境を守り、人権侵害のない水産物の増加につながっていくのです。

そうした動きを促進するため、WWFはRFMOの会合に参加し、持続可能な資源利用の確立につながる、厳しい目標や対策案を、関係国に対し強く求めています。

また、消費者や水産会社に対しても、サステナブルなシーフードの選択と取り扱いを要望。25年以上にわたり、MSCやASCのエコラベルの広がりにも努めているほか、IUU問題に関連した情報の発信に取り組んでいます。

アフリカゾウとヒトとのあつれきの事例

東アフリカのツァボ・ムコマジ地域のアフリカゾウ。この一帯では、象牙を狙った密猟やその違法取引が抑えられてきたことで、近年その数が回復しつつあるとみられています。しかし一方で、人とゾウの間で生じるさまざまな「あつれき」が多発。その脅威は今や密猟以上の問題となっています。
© Juozas Cernius / WWF-UK

東アフリカのツァボ・ムコマジ地域のアフリカゾウ。この一帯では、象牙を狙った密猟やその違法取引が抑えられてきたことで、近年その数が回復しつつあるとみられています。しかし一方で、人とゾウの間で生じるさまざまな「あつれき」が多発。その脅威は今や密猟以上の問題となっています。

自然環境や野生動物の保護をすすめる中で、人権課題の解消を考えなければならないケースもあります。

そうした問題が生じている、タンザニア北東部、ケニアとの国境に位置するムコマジ国立公園周辺での取り組みを紹介します。


ムコマジ国立公園は、2008年に設立された新しい国立公園で、非常に乾燥した土地でありながら、アフリカゾウやキリン、ヒョウなどが生息。また450種を超える鳥類が確認されている、豊かな生態系の残る場所です。

しかし、まだ国内外での認知度が低く、観光資源としても発展途上であり、周辺の地域の暮らしも豊かとはいえません。

そうした中、アフリカゾウについては、隣接するケニアでのインフラ開発による影響を受け、2015年以降、ケニア側から国境を越えて移動してくる個体が急増。

この地域では近年70頭ほどしかいなかったゾウが、一気に1,200頭まで増え、国立公園の周辺では、水や食物を求めるゾウが人里に出没する例が多発するようになりました。

中には、農地を荒らしたり、家屋を壊したり、時には住民を死なせてしまう問題が発生することも。さらに、気候変動による干ばつが、もともと乾燥の厳しいこの地域で、水をめぐり人とゾウの対立を深刻化させる一因になっていると考えられます。

そのような状況の下では、地域住民にとって、ゾウは保護の対象とすべき希少な野生動物ではなく、恐ろしい害獣であり、報復の対象にもなります。

こうした人とアフリカゾウの間で生じる軋轢(あつれき)に、どう対応し、共存を図っていくか。地域の人の暮らしも視野に入れた対策が、保全活動を進めるうえで、重要なカギとなってきます。

ゾウと人の共存に向けたWWFタンザニアの取り組み

WWFタンザニアは現在、ムコマジ国立公園周辺で、人とアフリカゾウのあつれきを解消し、共存を目指す取り組みを展開。WWFジャパンも、日本のサポーターのご協力のもと、その活動を支援しています。

この問題について、WWFタンザニアがまず着手したのは、ムコマジ国立公園周辺で急増したゾウによる被害状況の把握でした。

ゾウが出没する、国立公園周辺地域の自治体の行政官およそ20名を招聘したワークショップを実施。


ムコマジ国立公園から周辺地域にやってくるアフリカゾウが、各地でどのような被害をもたらしているのか。参加した各自治体の間でその状況を共有し、被害が大きく、対応の優先度の高い地域の選定を行ないました。

また、対応する上での課題についても情報を収集、共有することで、各自治体間の連携や対応力を強化。対策とその継続に対し、意識を高めることを目指しました。

ワークショップでは、ゾウによる被害を抑えるための手段についても議論されました。

たとえば、ゾウが嫌がる音の出るフェンスや電気柵、強い光、においなどを使った「追い返す」施策です。


また、早期警戒ができるシステムの重要性についても指摘があり、地域のコミュニティが協力してパトロールに取り組む体制の必要性や、地元のラジオ局、通信会社との連携を通じた、通報システムやツールの確保についてもアイデアが出されました。
また、貧困の問題も、こうしたアフリカゾウと人の間で生じるあつれきに、深くかかわっています。

乾燥の厳しいムコマジ周辺は、決して豊かとはいえない土地。
暮らしに余裕がない人々が、家を壊され、畑を荒らされ、収入が絶たれた場合、そこから立ち直ること自体が、非常に困難です。

ワークショップでも実際、被害に遭った住民に貯蓄があるかないかが、その先を左右する大きな要素になっている点が指摘されました。

また、補償を行なうにも、被害状況を把握し、その規模や対応を判断しなくてはなりませんが、そういった情報をどのように自治体に集約し、中央政府に知らせるのか、その体制はまだ整っていません。

子どもたちも困難に直面しています。通学路にゾウが出没し、学校に行けなくなってしまう問題が発生しているためです。

ワークショップでは、これによって教育に遅れが生じ、子どもたちの未来に影響が及ぶことを懸念する声も聞かれました。

地域の関係者と協力し、協議を継続しながら、住民の安全を守りつつ、ゾウとのあつれきを、どう緩和していくのか。

文字が読めない住民もいる中、被害通報の手段や、ゾウに遭遇した際の危機回避の対応方法を、どう周知徹底していくのか。

地域に根差した貧困の課題は多く、長期的な視野で継続的かつ複合的な改善に取り組まなければなりません。

ワークショップの様子。他地域の事例や対策について、参加者はいずれも高い関心を以て耳を傾けていました。
© R.Nishino / WWF Japan

ワークショップの様子。他地域の事例や対策について、参加者はいずれも高い関心を以て耳を傾けていました。

環境と人権を守っていくために

このように、さまざまな環境保全活動には、貧困や教育を含む人権にかかわる対応が、実際に必要とされます。

特に重要なのは、地域コミュニティとの間で信頼関係を構築すること。

そのため、WWFもプロジェクト計画の初期段階から、対話を通じ、住民の現状や困っていることなどを把握するとともに、解決策を盛り込むことを視野に入れて活動を進めています。



実際、地域の人々が保全活動に参画することは、守る自然や野生生物を地域の資源として、持続的に活用し、生計向上にもつながる可能性を開きます。

何より、外部から現地に入り、環境保全に取り組むWWFが、プロジェクトを終了し、離れた後も、地域の自然を継続的に守り続けるためには、コミュニティの人々の主体的な取り組みが欠かせません。

このように関係者と真摯に関係を築き、長期的な視点から環境保全活動を進めることが、基本的かつもっとも重要な点なのです。

WWFでは、このようなアプローチを「環境および社会的セーフガード・フレームワーク(ESSF)」として明文化し、各地で取り組むプロジェクトで逐次、実施しています。

このフレームワークは、環境保全活動と人権への配慮を同時に取り組むためのガイドラインで、地域コミュニティの声を反映し、彼らの生活と環境が共に守られるよう定められています。



環境保全と人権が切り離せない問題であることをふまえた、持続可能な社会を実現するための包括的なアプローチは、これから先、より強く求められ、拡充されていくことになるでしょう。

WWFは今後も地域の人々と共に、未来を守るための一歩を踏み出し続けます。

(参考情報)
*1:認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ(2021)水産業における人権侵害と日本企業の関わりに関する報告
*2:https://wwf.panda.org/wwf_news/?
256511/WWF%2Dcalls%2Dfor%2Dend%2Dto%2Dharassment%2Dand%2Dworse%2Dof%2Dfisheries%2Dobservers

*3:The Asia Foundation and International Labour Organization (2015) Migrant and Child Labor in Thailand’s Shrimp and Other Seafood Supply Chains: Labor Conditions and the Decision to Study or Work.

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