地域の希少種の現状は? 市民参加型環境DNA調査の結果を地域に報告
2024/05/08
- この記事のポイント
- ニッポンバラタナゴやカワバタモロコなど、絶滅が危惧される希少な淡水魚が生息する佐賀の水田地帯。WWFはこの地域の淡水生態系を守るため、行政、農業者を含む様々な関係者と協働で調査・保全活動に取り組んでいます。その一環として2023年6月、WWFは、自然環境に配慮した特別栽培米「シギの恩返し米」が育まれている東与賀町の水田地帯において、希少魚類の「市民参加型環境DNA調査」を実施。2024年4月9日には、この分析結果を関係者に共有するとともに、今後の取り組みの方向性について議論する報告・意見交換会を実施しました。
地域の希少種の「今」を地域で把握。市民参加による希少種モニタリングの取り組み
WWFジャパンは、九州大学大学院農学研究院の鬼倉徳雄教授との共同研究で、過去と現在の魚類相調査結果に基づく「生物多様性優先保全地域地図」を作成。この中で挙げられていた重要地域の一つ、佐賀県佐賀市には、現在も、世界的にも希少な淡水生物が生息しています。
その保全活動の一環として、2021年6月、WWFは、佐賀市東与賀町で特別栽培米「シギの恩返し米」を栽培する農業者グループ「シギの恩返し米推進協議会」、AKOMEYA TOKYOと協働活動協定を締結。
5か年の保全プログラムの中で、農業者による環境に配慮したコメ作りや、水路の改修において佐賀県産の間伐材の活用、水生生物の隠れ家や産卵場となる水生植物が生育できる環境を創出する「環境木柵」を、年間2か所で施工する取り組みを進めてきました。
2023年6月、WWFジャパンは、地域の皆さんとともに、佐賀市で初めての「市民参加型環境DNA調査」を実施しました。
調査には、地域の農業者や「東よか干潟ラムサールクラブ」の小中学生等が参加し、水田地帯の水路の水を採取。併せて地点の情報等を記録しました。
この環境DNA調査は、希少な魚類が生息する水域の水を採取し、そこに含まれる生物のDNAを調べることで、その生物の生存状況を確認する調査手法です。
どこで採水するかなど、実施にあたって注意は必要ですが、調査対象を実際に視認したり、捕獲したりすることなく、調査を行なうことができるため、現在では野生生物の調査方法として広く使われるようになりました。
今回のイベントには鬼倉先生、研究室の大学院生にもご協力いただき、採取した水は九州大学の研究室にて分析していただきました。
最初の環境DNA調査、その結果は・・?
2024年4月には、この調査の分析結果報告会と、淡水魚類の保全に向けた意見交換会を、同じく佐賀市で実施しました。
報告会には、環境に配慮したコメ作りに取り組む「シギの恩返し米協議会」の生産者、佐賀市役所、東よか干潟ビジターセンターひがさす、土地改良区からご参加いただきました。
鬼倉先生からは、第1回調査の結果に基づき、ニッポンバラタナゴ、カワバタモロコの地域における出現状況や、ニッポンバラタナゴのタイリクバラタナゴとの交雑リスクについて説明がありました。
「種の保存法」で特定第二種国内希少野生動植物種に指定されており、近年九州で大幅に分布域が縮小しているカワバタモロコについては、採水した約30地点のうち、数地点でDNAを検出。
プロジェクトで実施している「環境木柵」の取り組み地点やシギの恩返し米生産圃場の近くで検出されたことが確認されました。
しかし、こうした魚たちは水域を移動しながら暮らしているため、今も絶滅せずに生き残っていることが、プロジェクトの成果か偶然かは、今回の調査結果だけでは判断できないとの見解も教えていただきました。
保全の効果の確認には、継続したモニタリングが必要となります。
今後の取り組みと課題
参加者との意見交換の場では、プロジェクトで進めている保全策の有効性を検討するために継続的なモニタリングを行なうことを確認するとともに、希少種の保全に向けた域外保全の可能性等の具体的な対策をについて議論が及びました。
地域に広がる水路網(クリーク網)は、農業の効率化や、防災・減災対策の一環で近年改修が進められています。
佐賀県が実施する「クリーク防災機能保全対策事業」では、水路の護岸改修において、コンクリート素材ではなく、佐賀県産の間伐材が活用されているのが特徴です。
この県の取り組みに関して鬼倉先生からは、近年の研究結果(※)から以下の点で評価できるとご報告いただきました。
- 有明海北部沿岸域のクリーク網の護岸形態(素掘り、コンクリート護岸、木柵護岸、ブロックマット工法)の違いによる在来の純淡水魚の出現種数の比較結果から、佐賀県が取り組んでいる間伐材を活用した木柵は、コンクリート護岸やブロックマット工法と比較して希少種の保全が期待できる。
- さらに、間伐材を用いた木柵の設置は、炭素貯蔵の観点からも評価でき、気候変動対策としての効果も高い。
この木柵の利用は、生物多様性保全、気候変動対策として効果が期待される間伐材を活用した取り組みでもありますが、地域によっては耐久性等の観点から、より強度の高いコンクリート護岸やブロックマット工法が選択され、豊かな自然が失われる危機もまだ続いています。
九州北部に生息する淡水魚類には、世界的に見てもこの地域にしか分布していない固有種も多く、それが絶滅することは、地球上からその種がいなくなることを意味します。
WWFジャパンは、こうした自然界の宝、地域の宝である希少種の保全に地域の皆さまと取り組むとともに、佐賀県が実施するクリークの改修方法が継続され、さらに他の地域にも波及されるよう、自治体や省庁への働きかけを進めます。
(※)
鬼倉徳雄、一安美希(2023)木柵護岸を伴う農業水路の多面的機能:淡水魚の保全効果の評価および炭素貯蔵量の試算, 九州大学大学院農学研究院学芸雑誌