【WWF声明】G7農相会合に先立ち声明を発表 「日本政府は持続可能な農林畜水産物調達および水利用管理を!」


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農林水産大臣 野村 哲郎 殿
林野庁長官 織田 央 殿
環境大臣 西村 明宏 殿
経済産業大臣 西村 康稔 殿

公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン
 

2023年2月23日、欧州委員会において人権・環境デューデリジェンス(以下、「DD」とする)義務化を謳う指令案 ※1が採択された。2011年、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が承認され、国による人権保護義務と企業による人権尊重責任が浸透してきたが、G7メンバーであるイギリス、フランス、ドイツなどは、人権だけでなく環境面についても行動計画策定にとどまらず法制化の動きを加速させている。

「責任ある企業行動のためのOECDデュー・デリジェンス・ガイダンス※2 」でも、人権・環境・情報開示など、サプライチェーン上の負のリスク軽減のための指針が示されている通り、企業に責任ある行動が求められている。G7各国を中心として企業DDに関する法整備が主流化する中、日本でも同様の検討を進めなければ、中長期的には国際社会における日本企業の商取引および資金調達における機会損失に繋がりかねないと考え、以下5点について危機感を表明したい。

表 1 欧州諸国で進む企業DDの義務化に関する法令

1.持続可能な農林畜産物調達について
現状、日本の森林リスク産品(木材・紙パルプ、パーム油、大豆、カカオ、牛肉、天然ゴムなど)調達において、非合法な木材を規制するクリーンウッド法やグリーン購入法以外には規制や法律はない。一方、欧州連合(EU)では森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化に関する規則※3 (以下、「EUDR」という)が、2023年あるいは2024年内に施行されることが想定されている。この新しい規則は、森林破壊を伴う製品のEU域内での流通または域内からの輸出を防止するために事業者にデューデリジェンスを義務付けることで、EUが世界の森林減少および森林劣化に与える影響を軽減し、温室効果ガスの排出と生物多様性の損失を減少させることを目的としている。

この目的を果たすため、同規則では生産国での合法性の確認のみならず、森林破壊を伴うリスクを最大限確認し、緩和することを求めている。規制の対象産品は、木材、パーム油、大豆、カカオ、コーヒー、牛肉、天然ゴム、対象商品を原料とする派生製品など多岐にわたり、森林破壊・劣化の主な原因は上記製品を生産するための農地拡大であり、それら製品を輸出入するEU諸国にも責任があるという理解のもと成立に至った。

イギリスでは違法な森林破壊を禁止する法律※4 が既に成立しており、アメリカでも同様の法案が提出されている※5 。G7諸国が次々に自然生態系に負の影響を与えるサプライチェーンを排除する方向に向かっている中、森林リスク産品の一大消費国である日本にも、国際社会の中で相応の責任を果たすことが求められる。

日本政府は国連食料システムサミットにおける生産性の向上と持続可能性の両立の追求や、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議での「森林・土地利用に関するグラスゴー・リーダーズ宣言」署名などを通し、「みどりの食料システム戦略」推進を掲げている。しかし、「みどりの食料システム法」では環境負荷低減に取組む国内生産者と新技術の提供等を行う事業者への支援に限定されており、「みどりの食料システム戦略」でも2030年までに上場食品企業における持続可能性に配慮した輸入原材料調達100%達成を目標に据えながらも、目標達成に至る明確なステップは何ら示されていない。「みどりの食料システム戦略」の目的として、「我が国の食料の安定供給・農林水産業の持続的発展」だけでなく、「農林水産業・食品産業による環境負荷の軽減と地球環境の維持」が掲げられていることに鑑み、温室効果ガス削減・生物多様性保全のどちらの目標についても、日本が世界中から調達する原材料サプライチェーンからの森林破壊リスクをどのように軽減・排除していくのか、明確な指針と規制の整備なしには実現不可能と考える。まずはG7諸国と同等の原材料の輸出入規制を整備し、事業者によるDDを義務化することが急務ではないか。


2.木材調達に係るクリーンウッド法について
2017年5月から施行されている「合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律」(クリーンウッド法)は、施行5年後の見直しを経て林野庁により「クリーンウッド法の5年後見直しについて(とりまとめ)」が2022年に策定され、第一種木材関連事業者に合法性確認、情報提供および記録保存を義務付けることが盛り込まれ、2023年の通常国会に提出された※6 。

欧米やオーストラリアなど他の先進国では、事業者に対して違法伐採木材の取り扱いを禁じ、違法リスクに対するデューデリジェンスを義務付ける規制がある中、見直し前のクリーンウッド法は合法伐採木材の利用を促進するという内容にとどまっていた。今回、日本でも遅ればせながら事業者に合法性確認を義務付けるよう法律が見直されたことは、歓迎すべきことと考える。

一方で、改正案には複数の課題があり、その実効性について疑問が残る。日本市場から違法な木材を排除するため、以下の実施が重要と考える。
1) 合法性確認が義務付けられる事業者が誰なのかが明確に示されていないため、政府による対象事業者の把握に基づいた対象範囲の明確な設定が必要である
2) 今回の見直しでは、合法性確認に至らなかった木材の扱いについて明確にされていない。合法性が確認できない木材が容認されたままにならないよう、合法確認済の材と未確認材の分別を事業者任せにするのではなく、政府による確認や情報公開、規制を設けるなどの対策が必要である
3) 現状のクリーンウッド法では、合法性の適用法令の範囲について「樹木が我が国又は原産国の法令に適合して伐採されたことの確認」とされており、合法性の定義・判断が事業者任せになっている。EU木材規制のように合法性の定義と範囲を明確化する必要がある。
4)欧州を中心に人権・環境DDや森林破壊フリーであることを法律で求めることが国際社会の要求になってきているため、合法性の確認だけでなく、持続可能性を追求するような法律にすべきである。

表 2 G7各国で進む農林畜産物に関する新しいDD法比較

3.持続可能な水産物調達について
日本国内の水産マーケットにIUU(違法・無報告・無規制)漁業由来の水産物の流通を防止することを目的に、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(以下、水産流通適正化法)」が制定、2022年12月1日施行が開始された。本法は、水産物の取扱事業者に対し、取引情報の伝達や取引記録の作成、さらに輸出入に際して、保存や適法な採捕の証明書類の添付義務付け等の措置を講じるもので、違法な漁業の抑止や、水産資源の持続的な利用に寄与する法律として、漁業とその関連産業の健全な発展に資するものである。一方で、国際的な海洋資源環境の保全を強化するためにも、さらなる改善が重要であると考えており、 日本で大量に消費され、かつ、IUU漁業のリスクが高い、マグロ類、ウナギ類、カニ類、エビ類をはじめとして、その対象魚種を増やすことが望まれる。

また、日本に流通するすべての水産物に段階的に拡張できるような電子漁獲証明書と報告システムを確立すること、漁船への電子モニタリング機器搭載といったシステム全体を通じてより高い透明性を確保し、EUおよび米国の既存の輸入管理制度と整合性のある主要データ要素(KDEs)を含む、GDST (Global Dialogue on Seafood Traceability)などの国際基準と一致するトレーサビリティ・システムを開発し水産サプライチェーンへの導入を推進すること、他の65ヶ国同様に、漁船、冷凍輸送船及び補給船に関する情報をFAOに提供すること、混獲といった、漁業が生物多様性へ及ぼす悪影響を国や調達企業が把握し対処することなどが必要である。さらに、IUU漁業においては、人権侵害や労働問題に対する懸念が高まっている。水産物を輸入する際は、製造・加工過程で人権侵害が発生していないことを保証するために追加的なチェックを実施することも必要である。

さらには、ゴーストギアとも呼ばれるALDFG(放棄・紛失・投棄される漁具)の対策がされた持続可能な漁業・養殖業からの調達が求められるが、これらは改正漁業法でもほとんどカバーされていない。漁業の透明性とトレーサビリティを確保し、自然資本を尊重し、生態系の保全および生物多様性を確保するために、上記のような持続可能な水産調達を明確に求めるべきである。



4.持続可能な水利用管理について
水は、社会、経済、環境にとって不可欠なものであり、気候変動の影響を受けて干ばつや洪水など、影響が水を通して強調されている※7 。将来的な影響が科学的に明らかにされつつある昨今では、水に関するリスクの増大や取組みに関する議論が加速している。世界経済フォーラムでは、グローバルリスク報告書において、世界経済に影響を及ぼす可能性があるリスクとして、水を通して強調される気候変動適応の失敗や洪水が大きな割合を占める自然災害、劣化が著しい劣化を報告されている淡水生態系に象徴される生物多様性の損失など、トップ10に水に関連するリスクをあげている。また2023年3月に開催された国連会議では、50年ぶりに水をテーマとして開催された。そこでは、水行動アジェンダが採択、淡水チャレンジ(Freshwater Challenge)の発足が実現している。日本は世界第4位の輸入大国であり、日本経済を支える企業のバリューチェーンは海外に広がっていることから、日本経済に影響する水リスクは、日本国内にとどまらず海外にも広がっているといえる。

一方、淡水の生物多様性劣化は深刻な状況が続いており、気候変動や人口増を背景としたエネルギー生成、食料・繊維生産、都市・インフラ開発が、流れの変化、汚染、生息地劣化損、種や河川素材の乱獲、侵略性の高い外来種の蔓延を引き起こして劣化していると言われている※8 。
我が国は、上記の食料や繊維生産は海外に依存する部分も多く、かつ日本経済の大きな割合を占める精密機器の製造も含め、国内外を問わずそれらの生産・製造は淡水の生態系サービスに依存していることは明らかであり、気候変動など水の状況が劇的に変化する中でバリューチェーンを含めた持続可能な水の利用管理を進めることは、食料や繊維の安定供給を維持するうえでも喫緊の課題といえる。

2023年3月に開催された国連水会議で採択された水行動アジェンダは、すでに日本を含め各国政府を含む様々な主体から700以上のコミットメントが集まっている。日本では質の高いインフラ整備への貢献が約束されているが、海外の淡水の生態系サービスに依存する一大消費国である日本にも、国際社会の中で特に食料・飲料、繊維、ICT・エレクトロニクスに関連する企業と共に、水行動アジェンダを通して、海外を含めたバリューチェーンにおける持続可能な水の利用管理を推進することが求められている。
また、同じく発足した淡水チャレンジでは、達成するべき目標として、2030年までに30万kmの河川と350万平方kmの水環境を回復するため、必要な支援を行うことを掲げている。各国が定めた優先課題に基づき、リソースを動員して淡水の回復目標の設定と実施を支援すること、またステークホルダーと協力して包括的な観点から解決のためのアプローチをとることが求められている。日本政府としても、淡水チャレンジへの参加を通して、健全な淡水生態系を緊急に回復するために、生物多様性国家戦略や地域戦略や実施施策を含めて、企業などの非国家主体と共に、推進していくことが求められている。



特に繊維産業に関しては、EUは2022年に「EU strategy for sustainable and circular textiles(以下「戦略」と表記)」を策定・公表し、繊維生産にかかる水を含む環境への負荷の高さと、EUが輸入する繊維に関しての環境・社会影響に関してのデューデリジェンスの重要性を指摘している。EUは同戦略の中で、2015年のG7首脳宣言(繊維・既製服セクターにデューデリジェンス基準を普及する 国際的取組を歓迎)を受けて策定されたOECD(世界開発機構)による「OECD Due Diligence Guidance for Responsible Supply Chains in the Garment & Footwear Sector」について、OECD加盟諸国が衣類・履物のサプライチェーンに関して人権と水を含む環境のデューデリジェンス実施が求められていることを言及。加えて、同戦略では「a proposal for a Directive on corporate sustainability due diligence」に基づき(同戦略の発表時点では指令書案の提案段階にあり、2023年2月23日にEUに承認された)、今後EUならびにEU域外の特定の基準を満たす企業については環境・人権に関する「実際の」また「潜在的」な悪影響を特定、防止、緩和、終結、説明するデューデリジェンスの実施を義務化することを指摘している。

我が国においては、OECD加盟国でありながら衣類・履物のサプライチェーンの環境・人権の双方を対象としたデューデリジェンスの仕組みづくりは行われておらず、人権に関連して「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を2022年に定めたにすぎず、また法的拘束力のある義務とはなっていない。そのため、日本国政府においては、自国企業ならびに自国企業のサプライチェーン上の企業に対して水を含む環境ならびに人権の双方を対象とした影響評価、防止、緩和、終結、説明を行うデューデリジェンスを義務化する法制度の策定が求められる。
また食料・飲料産業に関しては、個別政府の取組み事例として、 イギリスの食品・飲料セクターが二酸化炭素やその他の環境影響を削減するための自主協定である The Courtauld Commitment 2030があげられる ※9。ここでは食品廃棄物、温室効果ガス(GHG)排出量、水ストレスの削減を農場から店舗まで共同で実施し、イギリスの食品・飲料部門が環境目標を達成できるよう支援することを目的としている。水ストレスの削減に関しては、2030年までの全体的な目標として、「イギリスの生鮮食品の50%を持続可能な水管理を行う地域から調達する」という目標を掲げている。また目標達成のためのロードマップは、食品と飲料の供給のための水の安全保障に向けて作成されており、SDG6や生物多様性の保護と回復、自然ベースの改善策の実施によるネットゼロ目標への貢献も含めている※10 。このロードマップはイギリスの食品・飲料企業50社以上によって策定され、コミットされている。日本政府は、日本の食品・飲料企業と共に、日本の生鮮食品を持続可能な水利用管理を行う流域から調達する目標を掲げ、その水のサプライチェーン管理に対する技術的・資金的支援を実施するべきである。


5.環境・人権のDDを両輪で進める必要性
「持続可能性に配慮した原材料調達の実現」には、環境面と人権面のデューデリジェンスが必要不可欠であり、まずは産品によって異なる環境・人権面のリスクを特定した上で取組むことが重要と考える。

日本政府は「ビジネスと人権に関する指導原則」の支持、「清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利を人権と認める決議」の批准等をしているからこそ、経済産業省は「持続可能性に配慮した原材料調達の実現」に向け、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(2022年)」策定に留まることなく、人権DDを義務化すべきである。

同様に、農林水産省および環境省はEUDRやみどりの食料システム戦略などの政策的な動きの中、事業者が実際にどのように環境保全に取り組むべきか、方向性や方法を示すべきと考える。具体的には、関連する規制を整備や、産品別のリスク分析、事業者に分かりやすいガイドラインの策定等を通じて環境DDの普及、そして義務化への道を模索すべきである。

持続可能なサプライチェーンを求めるうえで、まず必要になるのは生産現場における環境・人権の問題の有無を確認するための現地確認である。G7各国は既に環境・人権DD義務化に舵を切り始めており、企業活動としてのDDシステム構築と1.5度目標達成に向けた計画策定が盛り込まれていく。今後は取組みを進めるためのESG投資推進のさらなる強化も想定される中で、現状の日本のように企業の自主性に任せた政策のままでは、結果として日本企業の商取引および資金調達における機会損失に繋がりかねない。

日本政府にはG7メンバーという立場において、中長期的視野に立って環境・人権リスクを低減・回避することで自然資源を使い続けながら経済活動を持続させること、また、国際社会の一員としての責任を果たすために政策を整え、リーダーシップを発揮していくことを期待する。

以上

※1 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1145
※ 2 https://mneguidelines.oecd.org/OECD-Due-Diligence-Guidance-for-RBC-Japanese.pdf
※3 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_22_7444
※4 https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2021/30/schedule/17/enacted
※5 米国 FOREST Act of 2021:https://www.congress.gov/bill/117th-congress/senate-bill/2950/text
※6 https://www.maff.go.jp/j/law/bill/211/attach/pdf/index-7.pdf
※7 GLOBAL COMMISSION ON ADAPTATION (2019) ADAPT NOW: A GLOBAL CALL FOR LEADERSHIP ON CLIMATE RESILIENCE
※8 Dudgeon et.al (2006) Freshwater biodiversity: importance, threats, status and conservation challenges/WWF (2020) Bending the Curve of Global Freshwater Biodiversity Loss: An Emergency Recovery Plan
※9 WRAP : The Courtauld Commitment 2030
https://wrap.org.uk/taking-action/food-drink/initiatives/courtauld-commitment (2023/3/20閲覧)
※10 WRAP:Courtauld 2030 Water Roadmap 
https://wrap.org.uk/taking-action/food-drink/initiatives/courtauld-commitment/courtauld-2030-water-roadmap (2023/3/20閲覧)

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