© Shutterstock / Arif Supriyadi / WWF

ゲップだけじゃない、牛肉生産による環境負荷【2】オーストラリアにおける森林破壊

この記事のポイント
牛肉を扱う日本企業がサプライチェーン上のGHG(温室効果ガス)削減を考える際、ウシのゲップに含まれるメタン排出のみに意識が向けられがちです。しかし、牛肉生産における環境影響や依存を把握するためには、放牧地や飼料生産による土地利用変化(森林破壊・土地転換)にも目を向ける必要があります。本記事では、全3回シリーズの第2回目として、日本の主要な輸入先であるオーストラリアで発生している森林破壊の現状と、オーストラリア政府が推進する森林破壊のない牛肉生産に向けた取り組みをご紹介します。
目次

日本におけるオーストラリア産牛肉への依存

世界的な食料価格やエネルギー価格の高騰を背景として、日本においても2021年より物価が上昇しています。

2023年には、国内物価が全体で前年比3.2%上昇し、バブルが崩壊して以降、過去32年間でもっとも高い物価上昇率を記録しました。

牛肉は、物価が高く上昇している品目の一つです。中でも、輸入牛は前年比9.3%と上昇しており、これは肉類ではもっとも高い伸び幅となっています。

国内で消費される牛肉の約6割を輸入牛が占める日本において、物価上昇による影響は少なくありません。

輸入牛のうち、オーストラリア産はもっとも高い割合を占める(農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢(令和6年8月)」よりWWF ジャパン作成)

輸入牛のうち、オーストラリア産はもっとも高い割合を占める(農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢(令和6年8月)」よりWWF ジャパン作成)

輸入先は、オーストラリアと米国が大半を占めていますが、近年では米国産牛肉の供給減を理由として、オーストラリア産牛肉への依存度が高まっています。

まず、肉牛の飼養頭数は、キャトルサイクルと呼ばれる周期的な増減を繰り返します。

米国は、歴史的な干ばつによる牧草の不作に、キャトルサイクルによる飼養頭数の減少周期が重なった結果、2024年1月には、飼養頭数が1951年以来となる最低水準を記録しました。

米国での生産低下が日本への輸出減少を引き起こし、不足を補うために、オーストラリア産の輸入量が高まりました。

その結果、2023年の年間輸入量では、米国産が前年度比で19.3%の大幅減であったのに対し、オーストラリア産は同19.8%と大きく増加し、最大の輸入先となっています。

しかし、牛肉消費を通じてオーストラリアに高く依存する日本が目を向けるべきは、物価上昇や輸入量増減などの経済的な事象に留まりません。

オーストラリアで起きている森林破壊

豊かな生態系に恵まれたオーストラリア

オーストラリアの生態系は、世界的にみても多様性に富むことで知られています。

固有種も非常に多く、日本でも親しまれているコアラや、本記事の冒頭に登場しているフクロモモンガなどはその一例です。

これまでに確認されているだけでも、哺乳類の87%、両生類の94%、爬虫類の93%、鳥類の45%、魚類の24%、植物の86%が、オーストラリアにのみ棲息している生物であることが報告されています。

2022年、コアラはオーストラリア国内法で絶滅危惧種に指定された
©Dominik Rueß - stock.adobe.com

2022年、コアラはオーストラリア国内法で絶滅危惧種に指定された

多様な野生生物たちにとって欠かせない生息地となっているのが、オーストラリアの広大な森林です。

国土面積が日本の約20倍もあるオーストラリアでは、森林面積も1億3,400万ha(日本国土の約3.5倍)と桁違いの大きさです。

オーストラリアの森林は東部を中心に存在する。樹冠率によって、Woodland Forest(20%~50%)、Open Forest(50%~80%)、Closed Forest(80%~100%)に大別される(※1) © Commonwealth of Australia 2019

オーストラリアの森林は東部を中心に存在する。樹冠率によって、Woodland Forest(20%~50%)、Open Forest(50%~80%)、Closed Forest(80%~100%)に大別される(※1) © Commonwealth of Australia 2019

大陸の8割はアウトバックと呼ばれる乾燥・半乾燥地帯が広がっており、森林は東部を中心に存在しています。

東部に位置する3つの州(クイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州、ビクトリア州)だけで、森林全体の6割を占めます。

オーストラリアにおける森林破壊の現状

一方で、深刻な森林破壊が発生していることは、日本ではあまり知られていない事実です。

2021年にWWFが発行した報告書『森林破壊の最前線』では、森林破壊の進行が著しい24の地域が特定されていますが、オーストラリアも、唯一の先進国として、この森林破壊の最前線に名を連ねています。

オーストラリアでは大規模な森林破壊が行われている
© Supplied

オーストラリアでは大規模な森林破壊が行われている

連邦政府の統計によると1990年以降、全土で約1,670万ha以上(日本国土面積の約4割(北海道2つ分)に相当)の森林が破壊されました。

天然林だけではなく、重要な生態系価値を担う二次林を含めて大規模な伐採が進む(森林の定義は0.2ha以上の面積で樹冠率が20%以上で樹高2m以上)(※2)© Commonwealth of Australia 2021, DISER 2021

天然林だけではなく、重要な生態系価値を担う二次林を含めて大規模な伐採が進む(森林の定義は0.2ha以上の面積で樹冠率が20%以上で樹高2m以上)(※2)© Commonwealth of Australia 2021, DISER 2021

2015年から2019年の5年間には、それまでと比べて伐採の規模が縮小しましたが、それでも年間約40万ha(東京都面積の約1.8倍に相当)と多くの森林が失われ続けています。

しかも、連邦政府が公開している森林伐採に関する上記データですが、クイーンズランド州政府が公開しているデータと比べて規模が過小に報告されているなど、その信憑性について疑問を呈する調査結果が報告されています。

そのため、オーストラリアにおける森林破壊は、連邦政府が報告している以上に、甚大である可能性が高いのです。

森林破壊が特に深刻なクイーンズランド州とニューサウスウェールズ州

森林破壊がもっとも深刻であるにも関わらず、その対応が遅れているのが、クイーンズランド州とニューサウスウェールズ州です。

WWFオーストラリアが発行したTrees Scorecard 2023は、連邦および州・準州といった9つの地域を対象に、森林保護に対する総合的な取り組み状況や深刻度をランキング形式で評価しました。評価は、森林破壊の規模、保護区の有無、法規制の厳格性や適用度といった11の指標に基づき行われています。

その結果、ワースト2位となったのがクイーンズランド州とニューサウスウェールズ州です。

クイーンズランド州とニューサウスウェールズ州は、最低水準の “Very poor”(著しく悪い)と評価されている
© WWF Australia

クイーンズランド州とニューサウスウェールズ州は、最低水準の “Very poor”(著しく悪い)と評価されている

クイーンズランド州とニューサウスウェールズ州がいずれも東部に位置する州であることは前述した通りですが、両州だけでオーストラリア全体の天然林の半分以上を占めています。

2018年から2022年までの4年間で起きたオーストラリア全体の森林破壊のうち、天然林では85%、二次林では84%の伐採が2つの州だけで発生しました。

伐採が一度も行われたことがない天然林だけではなく、伐採から回復した二次林も野生生物にとって大切な生息地となっている。写真は植林後、たった3年で樹高最大5mまで成長を遂げた二次林
©WWF-US/Franck Gazzola

伐採が一度も行われたことがない天然林だけではなく、伐採から回復した二次林も野生生物にとって大切な生息地となっている。写真は植林後、たった3年で樹高最大5mまで成長を遂げた二次林

特に森林破壊の規模が大きいクイーンズランド州では、毎秒1本以上の木が伐採されていると言われています。

これは、1時間では3,600本以上、1日に換算すると8万6,400本以上の木々が消失しているということで、同時にその森をすみかとする野生生物の命が脅かされ続けているのです。

森林破壊のない牛肉生産に向けた取り組み

牛肉生産者は、広大な土地の担い手であることから、森林破壊の危機を乗り越えるために多大な貢献をすることが出来ます。

加えて、森林破壊のない牛肉への国際的な需要は年々高まっています。欧州森林破壊防止規則(EUDR)などの法制化だけではなく、後述する国際的なフレームワークの市場への浸透が進んでおり、森林破壊に加担しないコモディティのニーズは高まる一方です。

AgTraceプログラムによる森林破壊ゼロの認証

こうした需要の高まりに応えるべく、オーストラリアの農水林業省(Department of Agriculture, Fisheries and Forestry)は資金拠出を行い、AgTraceプログラムを立ち上げました。

AgTraceプログラムでは、森林破壊を伴わない牛肉を証明することを目的として、検証方法およびツールの整備が進められています。牛肉生産者は特設プラットフォームの利用を通じて、牛肉生産が森林破壊に加担していないことを国際的な基準に適合する形で確認し、電子的な証明書を取得することができるようになります。証明書の取得を通じて、生産者は透明性および信頼性を保ちながら、森林破壊ゼロを求めるグローバル市場にアクセスすることができるのです。

このプログラムは、オーストラリア政府が資金提供する民間研究機関が受託し、データ解析を強みとするアグリテック企業が、プログラムの根幹となるトレーサビリティおよび検証技術を開発しています。

現在、想定利用者である事業者を巻き込んだパイロット検証が進行中です(2025年1月時点)。パイロット検証には、牛肉加工の大手事業者だけでなく、大手小売事業者も参画しています。

AgTraceプログラムと連携する形で、WWFオーストラリアは提携する研究機関と共に、農場における森林破壊の有無を確認するために必要な植生地図と関連情報の整備に取り組んでいます。また、森林破壊がないことの確認に加えて、土地転換がないことや、ネイチャー・ポジティブに資する土地利用であることを検証するための手法についても、同時に検討を進めています。

オーストラリアの牛肉生産者は、こうした技術開発の助けを借りて、自社の牛肉生産において森林破壊がないことの証明を受けることができ、グローバル市場のニーズに応えるだけではなく、森林破壊防止の潮流を加速させることが期待されます。

日本企業に役立つ国際的なフレームワーク

また、生産者だけではなく、オーストラリア産牛肉を輸入する日本企業も、森林破壊のない牛肉調達を自社の課題として捉える必要があります。

なぜなら、牛肉生産に伴う炭素排出の約9割は、ウシのゲップではなく森林破壊により発生しているからです。スコープ3を含めた炭素削減を実現するためには、サプライチェーンから森林破壊を排除することが必要不可欠です。

その上で役立つのが、国際的に推奨されている、次のような枠組みの活用です。

  • 自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures))
  • アカウンタビリティ・フレームワーク・イニシアチブ(AFi(Accountability Framework initiative))
  • 科学に基づく目標設定イニシアチブ (SBTi(Science Based Target initiative))が策定する森林・土地・農業分野のガイダンス(FLAG(Forest, Land, and Agriculture))

FLAGについては、近々改めて基礎情報に関する記事を発行予定です(2025年1月時点)。どうぞご期待ください。

次回は本シリーズ最終回として、国産牛における飼料の海外依存の実態をご報告します。

参考文献
注)文中の参考文献は、すべて2024年11月1日に参照
※1:https://www.agriculture.gov.au/sites/default/files/documents/Forests_at_glance_2019.pdf
※2:https://soe.dcceew.gov.au/land/environment/native-vegetation

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP