© Andrés Unterlasdtaetter / WWF-Bolivia

気候変動対策と生物多様性保全:「森林リスク・コモディティ」を扱う企業に求められる責任

この記事のポイント
コインの裏表のように、深いかかわりを持つ、気候変動対策と生物多様性の保全。国際社会において、脱炭素とネイチャー・ポジティブに向かう議論が進められる中、森林リスク・コモディティを取り扱う企業は、これからのビジネスに向けて、何に留意すべきなのか。近年急速に整備が進められている、欧米の法規制を紹介しながら解説します。
目次

表裏一体の気候変動と生物多様性

世界中で、気候変動対策と、生物多様性保全に向けた機運が高まっています。

「脱炭素」に加えて定着しつつある「ネイチャー・ポジティブ」という言葉も、2030年までに生物多様性の劣化を食い止め、回復に転じさせることを目指すものです。

さらに、気候変動と生物多様性を別々に捉えるのではなく、コインの表と裏のように、統合的に考えていく必要がある、という議論も盛んになっています。

2021年5月に生物多様性のためのファイナンス・イニシアティブ(Finance for Biodiversity)が公表した、「気候-自然ネクサス:ファイナンス・セクターへの示唆(The Climate-Nature Nexus: Implications for the Financial Sector)*」というレポートでも、気候変動と生物多様性やエコシステムの損失が相互に関係していること、そして、双方の物理的な影響が組み合わされるとビジネスリスクがより悪化する可能性などが示されました。

*The Climate-Nature Nexus: Implications for the Financial Sector

ビルと森林
© Britta Jaschinski / WWF-UK

「森林」が握る、脱炭素とネイチャー・ポジティブのカギ

エコシステムの中でも、早くから気候変動との高い関連性が指摘されてきたのが「森林」です。

世界資源研究所(WRI)によると、世界の森林から放出されるCO2(二酸化炭素)は年間平均81億トン。

この量は、国別の排出量で換算するなら、中国、アメリカに次ぐ、世界三位の規模に相当します。

そして世界の森林は、その排出量の約2倍にあたる、160億トンのCO2を1年間に吸収しています。

森林は炭素の吸収源・排出源であると同時に、陸上の生物種の約8割が息づく環境でもあります。

生物多様性の宝庫と言われる、ブラジルのアマゾンなどの熱帯林は、その代表といえるでしょう。

つまり、土地改変によって森林が農地や放牧地、人工植林地などに転換されれば、炭素吸収源としての機能が影響を受けるだけでなく、そこに息づく生物多様性も、広く失われることになります。

図1.世界および東南アジアにおける森林破壊の要因

図1.世界および東南アジアにおける森林破壊の要因

また、世界各地に見られるサバンナや、湿地、泥炭地、草原なども、森林と並ぶ重要な自然生態系。

これらの、サバンナやセラードのような豊かな生態系をもつ草原地帯や、地中に大量の炭素を蓄える泥炭湿地などを、農林畜産物を生産するための農地や牧草地に転換することは、気候変動対策と生物多様性保全の両面において、悪影響を及ぼす可能性があるということです。

「森林リスク・コモディティ 」に対する認識の広がり

気候変動対策と生物多様性保全を進めるためには、自然林を含む重要な自然生態系の保全が欠かせません。

そこで、欧米はすでに、森林を損なうような原材料の調達を、法律で取り締まる方向に舵を切りました。

木材や紙などの林産物だけでなく、森林を伐り拓いて農地や放牧地に土地改変して生産されたパーム油や天然ゴム、大豆、牛肉、カカオなどの農畜産物は「森林リスク・コモディティ」と呼ばれ、それら派生製品を取り扱う企業に対し、厳しい規制が整備され始めています。

森林リスクとは、熱帯の野生生物や先住民が被る、負の影響だけを指すものではありません。

森林資源という「自然資本」、これを使い、ビジネスを成長させてきた企業や国家にとっての、原材料調達リスクという重要な側面も持っています。

生物多様性が損なわれ、気候変動が進む世界において、これまで通り、森林生態系を損なう形でその資源を使い続ければ、最終的に企業は、自らの生産活動が脅かされることになります。

そして、この重大なリスクに今、危機感を覚える国や企業、投資家が増えています。

森林火災
© © 2021 Bloomberg Finance LP

イギリス、EU、アメリカの森林リスク・コモディティに関する法規制

世界が脱炭素とネイチャー・ポジティブに向かう中、森林リスク・コモディティを取り扱う企業は何に留意すべきなのでしょうか。

欧米の法規制の事例に目を向けてみましょう。

欧米ではすでに、森林リスク・コモディティを扱う企業を対象とした法律が、次々に成立、提案されています。

イギリスでは英国環境法(2021)が2021年11月に公布されました。

EUは森林破壊に加担しない産品調達を目指したデューデリジェンス義務化指令案(EU指令案)を、2021年11月に欧州議会に提出。

アメリカでも、FOREST ACT of 2021と呼ばれる法案が2021年10月議会に提出されています。

EU指令案は、森林保全、気候変動、生物多様性が別々の問題ではなく、深く関係し合って負のシナジーを生んでいることを示し、それを断ち切ることが目的だとしています(コラム参照)。

(注)本稿では、「デューデリジェンス」とは、環境や人権などにおける課題をサプライチェーンの上流の生産者やサプライヤーの責任とするのではなく、自己の責任として自ら情報収集を行い、リスクを評価し、仮に課題があれば然るべきリスク低減措置をとること、捉えています。

2021年11月17日に提案されたEU指令案より「提案の理由と目的」

※翻訳:WWFジャパン

森林の減少と劣化は、気候変動と生物多様性の損失を悪化させ、驚くべきスピードで進行しています。森林減少・劣化の主な原因は、牛、木材、パーム油、大豆、ココア、コーヒーなど産品を生産するために農地を拡大することです。世界人口の増加と、特に動物由来の農産物の需要の増加は、農地の需要を高め、森林にさらなる圧力をかける一方で、気候パターンの変化は食糧生産に影響することが予想されるため、さらなる森林減少や森林劣化につながらない持続可能な生産への移行が必要となります。EUは、森林減少や森林劣化に関連した産品の消費者でありながら、これらの現象への貢献を減らすための具体的かつ効果的なルールが欠如しています。したがって、このイニシアティブの目的は、EUの消費と生産によって引き起こされる森林減少と森林劣化を抑制することです。これにより、GHG排出量と生物多様性の損失を低減することが期待されます。このイニシアティブは、森林減少や森林劣化に関連するサプライチェーンからもたらされる製品の消費を最小限に抑え、合法的で「森林破壊のない」産品および製品に対するEUの需要と取引を拡大することを目指しています。
原典:https://ec.europa.eu/environment/publications/proposal-regulation-deforestation-free-products_en

COP seats
© WWF / Richard Stonehouse

森林の価値を損なうことは「違法」 の時代に

EU指令案の「提案の理由と目的」からも読み取れる通り、欧米では、「森林の価値を損なう事業」が罪に問われる時代に突入しています。

イギリス、EU、アメリカの可決または提案中の法案は、いずれも図1で示すように、いずれも事業者にデューデリジェンスの実施を求め、違反に対する罰則を伴うものです。

図1.森林リスクコモディティに関する欧米の法規制

図1.森林リスクコモディティに関する欧米の法規制

(出典:以下の資料を参考にWWFジャパン作成)
*1: https://www.business-humanrights.org/en/latest-news/uk-asos-calls-for-mandatory-human-rights-due-diligence-legislation/

【参考情報】
Environmental Act 2021 (英):
https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2021/30/contents/enacted
EU DD義務化指令:
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_21_5919
FOREST ACT (米):
https://www.congress.gov/bill/117th-congress/senate-bill/2950/text

特にEU指令案は、伐採国の法律では「合法」とされる開発行為であっても、それが「森林破壊につながっていないこと」をデューデリジェンスによって確認するよう規定。

それを怠った事業者に対する罰則も設けられています。

つまり、EU域内に森林リスク・コモディティを持ち込む事業者は「伐採国では合法だから」という理由だけで、安心してはいけないのです。

さらに、欧米では環境問題と人権問題は、セットで取り組むことが求められている点も重要です。

欧州では人権デューデリジェンス義務化指令案も同時に提出され、アメリカのFOREST ACTには人権侵害を禁止する条項が含まれています。

脱炭素と直結する森林リスク・コモディティ

また、こうした一連の法整備は、気候変動対策とも連動しています。

実際、EU指令案が発表されたのは、2021年11月にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)の最中でした。

気候変動について話し合う国際会議と同じタイミングで森林リスク・コモディティを規制する法案が発表されたことには、明確な意図があります。

EU指令案では、同法によって3,190万トンの炭素削減効果を見込んでいるとの記載があり、アメリカで審議中のFOREST ACT法案でも、森林破壊が深刻にもかかわらず効果的な施策を持たない国に対して、パリ協定に基づく国家のGHG目標に森林保全や森林破壊を含めるアクションプランを要求しています。

つまり、欧米各国が森林リスク・コモディティと炭素削減を、直結させて考えていることが分かります。

さらに、COP26では日本を含む140を超える国の首相が署名した「森林・土地利用に関するグラスゴー・リーダーズ宣言(*)」が採択されました。

これもまた、気候変動と生物多様性の損失が相互に関係しており、同時に取り組む必要があることを印象付けたものといえるでしょう。

COPの旗
© David Bebber / WWF-UK

【参考】森林・土地利用に関するグラスゴー・リーダーズ宣言

SBTiとGHGプロトコルでも森林リスク・コモディティ由来の排出・吸収量を算定

国際社会の動きは、世界のビジネスに対しても大きな影響力を発揮しています。

森林や草原などの自然生態系には、吸収した炭素をストック(炭素貯留)する働きがあるため、森林や草原、泥炭地が農地などに転換されて土地改変が起きると、炭素ストック量の変化により大きなインパクトが生じますが、

このような、土地改変にともなう炭素排出に対しても、企業の責任を求める動きが加速しています。

その一例が、企業の目標設定のスタンダードであるSBTi(Science Based Targets initiative)の動きです。

SBTiでは、 FLAG(Forest, Land and Agriculture)による、「農業・土地利用分野」での排出量・吸収量に関する目標設定基準を整備しつつあり、企業に対しても今後、この基準を満たす目標設定と対策が求められることになるでしょう。

また、企業のGHG(温室効果ガス)排出量算定のスタンダードである「GHGプロトコル」でも、土地利用セクターに関するガイダンスの策定が進んでおり、こうしたツールが整えば、いよいよ企業の目標設定や情報開示が本格化することが予想されます。

science based
© Pete Copeland / WWF-UK

脱炭素とネイチャー・ポジティブのために、森林破壊に終止符を

脱炭素とネイチャー・ポジティブに向かう世界では、今までのように事業による森林の減少・劣化から目をそらし続けることはできません。

世界中の国や企業は、森林からの炭素の放出量を減らし、吸収量を増やす必要があります。

そして、森林や自然生態系をこれ以上破壊せず、回復に向かわせなくてはならないのです。

一度失われた森林、自然生態系、生物多様性を取り戻すのは不可能に近いことです。

だからこそ、森林リスク・コモディティを扱う企業が、生物多様性の保全に取り組むとき、まずは自らの調達行動によって森林を損なうリスクを極限まで減らすことが求められます。

森林破壊・土地改変をゼロにするコミットメントの重要性

具体的には、 サプライチェーン上の森林破壊や劣化・重要な自然生態系の転換(土地改変)をしません、というコミットメントの公表と実施をとおして徹底的にリスクを低減することが重要になります。

そのうえで、荒廃した森林や自然生態系の再生や回復に貢献することが期待されます。

ここで気を付けなければいけないのは、ある国で森林破壊を引き起こして生産された農林畜産物を調達し続けながら、別の国で植林や慈善事業をしても決して免罪符にはならないということ。

これに注意しないと、取り組みがむしろ、グリーンウォッシュとして批判の的になる可能性もあるのです。

森林は人間にとって、実用的な高い価値を持つ環境です。

炭素貯留機能や生物多様性といった公共的な価値もあれば、企業や国家にとって森林は、林産物という財を生み出す「資源」の宝庫であり、農産物などの生産基盤としての「土地」でもあります。

そして、この実用的な価値があるために、炭素貯留機能や生物多様性といった公共的な価値を犠牲にして資源は採取され、土地改変が行なわれてきました。

世界中で、気候変動対策と生物多様性保全に向けた機運が高まる中、この数年のうちに、森林を、資源や土地という生産の手段として酷使する歴史に、ピリオドが打たれる必要があります。

欧米では森林リスク・コモディティを規制する法律が動き始めました。

農林畜産物を扱う企業が、「森林破壊・土地改変をしません」、とコミットメントを公表することは最低限の要求となっています。

すでに森林破壊・土地改変ゼロのコミットメントを公表している企業は、それを実行に移しつつ、荒廃した森林や自然生態系の再生・回復に歩を進め、システム全体の変革に貢献する時が来ているといえるでしょう。

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© Chris J Ratcliffe / WWF-UK

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