【WWF声明】日本企業の排出削減のさらなる促進に向けてGX-ETSの強化を要請する
2024/12/24
政府は「成長志向型カーボンプライシング構想」の一環として、排出量取引制度に相当するGX-ETSを2026年度に「本格稼働」させるべく検討を進めてきた。2024年12月20日には、排出量取引制度の具体化の方向性が提示され、今後GX推進法の改正をはじめ、さらに制度詳細が決められていく。
WWFジャパンは、当該方向性に依然として残る問題点の改善を通じて、GX-ETSが企業の脱炭素化をいっそう強く後押ししつつ、競争力強化にもつながる制度となることを要請する。現在の案でも、制度参加の義務づけや、ベンチマーク方式による無償割当の採用、義務不履行に対する金銭負担の設定は、適切な方向である。これら実効性強化への努力を活かし、さらなる排出削減に向けて以下3点の改善が必要である。
(1)まず対象部門の総排出量に1.5度経路に沿った上限(キャップ)を設けるべき
今回示された方向性では、対象企業に対して日本のNDCに整合的な排出削減目標の設定と、その達成に向けた移行計画の策定・提出を求めることが示されている。これらが個社名を伴って公表されることによるプレッシャーと、排出枠の購入回避や売却益による経済的インセンティブによって排出削減を進める意図である。
しかし、排出量取引制度が十分な排出削減の効果を発揮するためには、そもそも対象部門の総排出量に、1.5度経路に沿った上限(キャップ)を設けなければならない。当該キャップの下で総排出量を管理することで、一定水準に排出量を抑えられる蓋然性が大きいことこそが排出量取引制度の最大のメリットである。キャップを設定しないことは当該メリットの放棄にほかならず、排出削減のドライバーとしての効能が大きく減じることになる。
当該方向性で提示された枠組みが、キャップによる排出削減と同等の削減効果を持つかは不透明である。削減目標と移行計画が日本のNDCに整合的かは提出企業の評価に委ねられており、義務づけられていない。また、キャップの制約が無い中で排出枠の発行・割当てが積み上がれば、排出枠の市場供給量も過大になるおそれがある。この場合、炭素価格の下落による経済的インセンティブの弱化が懸念される。
加えて、GX-ETSの対象企業と非対象企業との間の負担の公平性も揺らぎかねない。前者での排出削減が十分に進まない場合、NDCの達成を堅持するには、後者でより多くの削減が必要となるためである。非対象企業には多くの中小企業も含まれうるが、脱炭素化への負担がしわ寄せされるおそれがある。その回避の観点でも、GX-ETSにキャップを設けることは重要である。
(2)予見可能性はキャップの縮小ペースをもって提示するべき
今回の方向性では、企業の脱炭素投資を促進するための一方策として、排出枠の取引価格に上限と下限を定めたうえで、その価格帯を予め示すことが想定されている。また、この措置は価格の安定化策としての機能も期待されている。
しかし、排出量取引制度による排出削減の効率性を最大限に発揮しつつ、予見可能性も与えるには、本来であればキャップ、排出枠供給の総量が将来的に縮小していくペースを提示するべきである。それを通じて市場参加者は炭素価格の水準の見当をつけることが可能になる。
なにより、こうした市場の価格メカニズムは、社会全体での効率的な排出削減を可能にし、最適な炭素価格を膨大な行政コストを伴う情報収集なしに決定できる。炭素価格の上下限価格の設定は、十分野心的な価格でなければこうした市場の機能を歪めてしまう恐れがあり、慎重な検討が求められる。そもそも厳密に炭素価格の行く末を提示するならば、化石燃料賦課金のみで足りる。
なお価格安定化措置の設定は許容されるが、価格高騰時に排出枠を追加供給する方式の場合、キャップの制約が形骸化しないよう、その範囲内で実施すべきである。
(3)排出削減の実効性を強化する制度設計を:①法人ではなく事業所単位で規制、②研究開発投資費用はGX-ETS制度外で支援するべき
実際にGX-ETSが運用されるには、今回の方向性の下で、制度の詳細な設計がさらに詰められていく必要がある。またその設計は、GX-ETSによって確実に排出削減が促進されるように、適切な制度の骨格を示していなければならない。
例えば、現状では規制を「法人」単位としているが、これは「事業所」単位とするべきである。排出量に関する情報の透明性・正確性は制度の根幹であり、「事業所」単位ならばそれらをより確実に担保できる。小規模事業所からの排出量の捕捉は制度のカバー率向上への寄与は小さい一方、情報収集が困難かつコストを要する点で事業者への負担が大きい。「事業所」単位で裾切を設ける方が適切である。
また、排出枠が不足した場合に、当該事業者の研究開発投資の費用に応じて排出枠の割当量を一部補うことも挙げられている。しかし、研究開発領域や費用の対象範囲を確定するのに膨大な行政コストが生じ、排出削減や負担軽減の効果が見合うのか疑問である。企業側が研究投資額を過大に見積もるインセンティブや、研究開発が失敗に終われば排出削減がほとんど進まないというリスクも内包する。端的に、GX-ETSの制度外で支援を充実させるべきである。
加えて、国内では東京都・埼玉県で既に独自の排出量取引制度が実施されている。GX-ETSの詳細設計の際にはその知見を十分に活用しつつ、両者が補完的に排出削減を進められるようにするべきである。
政府が示した方向性は、産業界への配慮が強く窺われる内容となっている。それはある程度必要だが、排出削減の効果が失われれば本末転倒である。排出量取引制度は2000年代から延々と議論されてきており、時間的猶予は十分過ぎるほどにあった。1.5度目標に合うタイムラインで、排出削減効果を十分に強化する道筋を今こそ明確に示してはじめて、CBAMとも整合する、国際的な理解が得られる制度になる。上記の改善点を含めて、今後の制度設計の見通しが示されることをWWFジャパンは期待する。