サルの密輸事件、第一審判決の結果
2023/07/06
- この記事のポイント
- 2022年6月に発覚したサル21頭の密輸事件。被告人は、男3人と共謀して、他のサルの密輸事件にも関与していたことが明らかとなりました。計画的、組織的に行われる野生動物の密輸。こうした違法取引は環境犯罪のひとつとして認識され、国際社会でもその対策の議論が進められています。WWFジャパンでは、取り締まりに加え、野生生物を利用する消費者、調達する事業者への意識や行動の変容を求め、社会全体で野生生物の違法取引を撲滅する取り組みを進めていきます。
サルの密輸事件
2022年6月にショウガラゴなどサル21頭をタイから日本に密輸しようとした疑いで、感染症法違反などの罪に問われていた元ペットショップ経営者の裁判(第一審)が終わりました。
男は2022年上旬に起きた別のサルの密輸事件にも関わっていたとされ、2つの事件で起訴。懲役2年、執行猶予4年、罰金50万円の判決が言い渡されました。
また、この事件では、他に男3名が関与していたことも明らかとなり、この3名についても、最大で懲役2年、執行猶予4年、罰金50万円の有罪判決が下されています。
裁判では、密輸によって入手したサルを販売し、多額の利益を受けようとした組織的、計画的犯行であり、また、密輸はサルが媒介する病原体を持ち込みかねない危険性を有するだけでなく、動植物保護の観点からも是認できるものではない、という検察官の見解が示され、執行猶予が付いたものの、検察の求刑どおりの判決となりました。
【参考情報】2件のサルの密輸事件について
・2022年1月~2022年2月
元ペットショップ経営者と他3名が、タイ国際空港でサル1頭を機内預託手荷物(貨物)に隠匿し、日本に不正に輸入した。サルの運搬役だった男が帰国者隔離ホテルで待機となった際、密輸したサルを室内で逃がし、放置したまま退去。清掃者がサルを発見し、事件が発覚した。タイ現地業者との交渉と調達、タイから日本までの運搬、日本でのサルの飼育、販売など、4名で役割を分担し、犯行に及んだ。
・2022年6月
元ペットショップ経営者が、タイ国際空港でショウガラゴやピグミーマーモセットなどサル21頭と死体1体を機内預託手荷物(貨物)に隠匿し、日本に不正に輸入した。サルを隠したまま検査場を通過しようとしたが、税関職員によって発見。サルはおわん型の容器に入れられていたが、職員が容器にぬくもりを感じ、開封したことが逮捕、起訴に繋がった。
この2つの事件では、密輸されたサルの個体のうち、半数が死亡しました。
サルの輸入や国内管理に関する規制
今回の判決が下されたサルの密輸事件には、検察側の見解でも示されている通り、さまざまな問題と違法性が認められます。
実際、サルのような野生動物の輸入には、希少な野生動物の絶滅危機を加速させるリスク、さらに人に感染する動物由来の病原体の侵入のリスクから厳しい規制が敷かれています。
これらに抵触した今回の密輸事件は、野生動物の保全や公衆衛生という観点から、大きな問題といえます。
関連する重要な条約や法律の一部を紹介します。
絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)
ワシントン条約は、過剰な取引を規制して絶滅から野生生物を守る国際条約です。
規制対象となる動植物を、「附属書」というリストに掲載し、輸出入を管理しています。
附属書はⅠ~Ⅲに区分され、それぞれ異なる規制が敷かれていますが、密輸されたサルはこの附属書Ⅱに掲載され、輸入には輸出国政府の許可を得ることが義務付けられています。
日本では「外国為替及び外国貿易法(外為法)」と「関税法」でワシントン条約により求められる輸出入許可の手続きや水際の取り締まりを行なっています。
今回の2つの密輸事件では、上記法律に違反する行為として起訴されました。
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では、日本への感染症の病原体侵入を防止するため、動物の輸入についてさまざまな規制が設けられています。
サルは、感染症を人に感染させるおそれが高い動物(指定動物)とされ、2005年から商業目的での輸入が禁止されています。
海外では日本にはないエボラ出血熱やマールブルグ病がサルから人に感染した事例があり、こうした病気が日本に侵入しないようにするためサルの輸入には厳しい規制が設けられているのです。
今回のサルの密輸はこうした一連の規制にも抵触しており、人の命、健康を守るという点でも、決して許されるべき行為ではありません。
感染症法では、輸入禁止動物(指定動物)を厚生労働大臣、農林水産大臣の許可なく輸入した場合、最高50万円の罰金が科されることになっています。
しかし、この罰則は保健衛生上の危害防止を目的とした他の密輸関連罪と比較すると軽く、犯罪抑止の効果は低いと考えられます。(詳細は末尾の参考情報を参照ください)
動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)
日本国内の動物の飼育や管理については、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)」が定めていますが、この法律では動物の輸入や国内取引の経路の明示(トレーサビリティ)や、合法性の証明義務を事業者に求めていません。
つまり、ひとたび、空港などの水際を通り抜け、海外から日本の国内に入ってしまえば、違法に入手された個体であっても、合法に輸入された個体と同じように販売することが可能となります。
国内で販売されるサルは、「国内繁殖」の表示が付されて、展示・販売されていますが、サルの密輸事件が後を立たないことから、そうした個体中に、密輸された個体が紛れている可能性は否定できません。
このため、違法に入手した野生動物を日本に持ち込ませないためには、税関による水際での取り締まりに頼らざるを得ないのが現状です。
今回の密輸事件は、動物愛護管理法に抵触していませんが、この法律の弱点もいうべき、事業者の証明義務の欠如を利用した、悪質な販売行為につながるものといえます。
懸念されるペットショップ関係者の関与
今回の密輸事件では、被告人4人のうち3人が、過去にペットショップの経営や動物の世話に携わっていたことが明らかとなりました。
これまでに発覚した密輸事件でも、ペット事業者が違法取引に加担するケースは多く確認されており、WWFジャパンの野生生物取引監視部門であるTRAFFICが行なった調査でも、2007年~2019年8月までに起こった密輸事件で起訴・有罪判決を受けた14名のうち、少なくとも4名がペットショップ経営者でした。
今回の裁判では、これらの被告人らの口からは自分が罪を犯したことへの後悔と、家族に対して迷惑をかけたことを心苦しく思う気持ちが語られました。
しかし、自分が犠牲にした動物に対する言及は無く、生きものを扱うペット事業者としての責任の重さや、希少な野生動物を密輸するという罪の大きさを認識している様子は、見受けられませんでした。
日本では、ペット事業に携わる人たちが、野生動物の違法取引の問題を十分に認識し、それに関わる事業者を排除すること、さらに持続可能、かつ取扱われる動物の福祉や感染症対策まで配慮した事業を行なっていくことを、ペット業界全体で取り組んでいく必要があります。
また、消費者も「かわいい」「珍しい」からという気持ちで安易に買い求めるのではなく、展示、販売される野生動物がどのように調達されたのか、ペットとして買い求めることが、野生動物を追い詰めることにならないかをきちんと理解し、「欲しい」という気持ちに自ら問いを投げかけることも忘れてはなりません。
野生生物犯罪は重大な国際犯罪
今回の密輸に関連した2つの裁判は、あくまで日本の国内法に対する違法行為が争点となったものです。
しかし、密輸の対象となったサルは本来、海外の野生動物であり、国境を超えたその取引は、国際的な犯罪行為ともいえます。
こうした違法取引の対象になるのは、生きた動物だけでなく、装飾品として取引される象牙や、伝統薬として利用されるサイの角やセンザンコウの鱗、食用とされるウナギの稚魚(シラスウナギ)、家具などの原料になるローズウッドなど、さまざまです。
さらにこれらの野生生物の違法取引は、中国やベトナムなどアジア諸国での需要の高まりに伴って拡大し、その規模は、世界で年間70~230億ドル(約1兆~3.3兆円*)にも及びます。
実際、ペット利用される動物も、その希少性から高値で取引される事例が多く、密輸によって大きな利益が得られる、収益性の高いビジネスに仕立てられています。
野生生物の違法取引は今や、森林の違法伐採や廃棄物の違法投棄などと併せた「環境犯罪」のひとつであり、薬物犯罪、偽造品犯罪、人身売買に次ぐ第4の規模の「国際犯罪」と目されています。
今回、日本で発覚した密輸事件も、これらの巨大な国際的な犯罪の一端といえるでしょう。
違法取引から野生動物を守るために
野生生物の違法取引は現在、国際会合などでもその対策へのコミットメントが採択されるほど、重要な課題と認識されるようになっています。
そして、その解決のため、国家間、国内の執行機関や輸送業界、NGO、専門家での取り締まりのための連携が進められるようになりました。
日本でも、こうした国際的な動きを認識しつつ、違法取引を撲滅するため、取り締まりの強化はもちろん、ペットや製品を調達する事業者・企業やそれらを購入する消費者の問題に対する意識や行動を改め、野生生物利用の根本的な見直しを社会全体で進めていく必要があります。
そのために、WWFジャパンでは、以下の取り組みを行なっています。
【ペット利用される野生動物に関する取り組み】
●ペット関連事業者への働きかけ
ペットの販売や展示など、野生動物を商業的に直接取り扱う企業に対し、合法かつ持続可能な「責任ある調達」と、環境的、社会的責任を伴った飼育管理、消費者への適切な情報発信を求めていきます。
また間接的に関わる企業についても、野生動物のペット利用にかかわる事業の見直しなどを求めています。
再考すべき 野生動物ペット利用の リスクと企業の責任
●消費者の野生動物のペット利用に関する意識の変容
野生動物のペット利用に関する問題を広く伝えながら、消費者のペットで飼いたい、という動機や、飼育の検討を促す要因などを分析。キャンペーンを通じて、野生動物のペット利用の見直しを呼びかけています。
キャンペーン「飼育員さんだけが知ってるウラのカオ」
●エキゾチックペットガイドの作成と運営
イヌ・ネコ以外のペット利用される動物を対象に、飼育や取り扱いにどのようなリスクが伴うのか、どのような点に留意すべきか、といった情報を動物ごとにとりまとめ、ペットを飼育したいと考える個人消費者や、ペット関連企業に対し提供するウェブサイト運営を行なっています。
Exotic Pet Guide
【野生生物犯罪全般についての取り組み】
●税関職員向けの研修
違法に入手された野生生物やその製品を水際で取り締まる税関に対し、ワシントン条約の基礎から、密輸や野生生物取引の動向まで、幅広く情報提供を行い、取り締まりのサポートを行なっています。
●eコマース企業への働きかけ
取引の場を提供しているプラットフォーム企業に対して、野生生物やそれを由来とした製品の出店・出品に伴うリスクや、業界として期待される行動について情報を提供し、業界全体で合法かつ、持続可能な野生生物取引が担保されるように求めています。
eコマース企業の取り組み
●輸送、金融セクターへの働きかけ
野生生物の運搬、取引資金のやり取りにおいて関わる産業・業界に対し、ビジネスを行なう上でのリスク、違法な取引に関与しないための留意点などの情報を提供し、業界での問題意識を向上させるとともに、違法取引防止に向けたサポートを行なっています。
輸送業界向けガイダンス資料
金融セクター向けガイダンス資料
密猟や密輸の犠牲となる動物をゼロにし、野生生物の適切な利用を実現するまで、WWFジャパンは、さまざまなステークホルダーと連携した取り組みを行なっていきます。
参考情報
【日本の他の動物の輸入規制】
・家畜伝染病予防法
家畜の伝染性疾病の発生の予防と蔓延防止によって畜産の振興を図ることを目的とする法律に家畜伝染予防法があります。
海外から伝染病の侵入を防止するため、一定の動物や製品を輸入禁止とし、空港など水際では、輸出入検疫等を実施していますが、これを違法に持ち込んだ場合、300万円以下の罰金又は3年以下の懲役(両罰規定あり:5000万円以下の罰金)が科せられます。
【他国の公衆衛生に関わる輸入規制】
・アメリカ:公衆衛生法(Public Health Service Act)
海外からの感染症の侵入や拡大防止を規定しており、商業目的でのサルの輸入を禁止しています。罰則の重さは、違反が引き起こした結果の深刻さによって変わりますが、最も軽い場合で10万ドル(約1,450万円*)以下の罰金または1年以下の禁錮 (Jail)、またはその両方が科せられます。
CDC, “Bringing an Animal into the United States,
Govregs
・ニュージーランド:バイオセキュリティ法(Biosecurity Act)
ニュージーランド固有の環境と一次産業を病害虫から保全することを目的とし、動物の輸入や検疫等の規定も設けています。特定の国から輸出されるイヌやネコ、ウサギなど一部を除きペット目的での脊椎動物の輸入が認められていません。自然や人の健康等に損害を与える恐れがある危険物の輸入に係る義務に違反した場合は、12ヶ月以下の禁錮刑、5万NZドル(約440万円**)以下の罰金、またはその両方が科されます。
Ministry for Primary Industries,
New Zealand Legislation,
https://www.legislation.govt.nz/act/public/1993/0095/latest/DLM314623.html
他国の規制、罰則については、法律制定の背景や目的、リスクに対する評価方法が異なるため、単純比較することはできませんが、病原体の侵入防止対策には大きな差があると言えます。
(法定刑として厳しい罰則が規定されていても、実際に厳しい処罰や罰金が科されているかは不明です。)
*1USドル=144円で換算
**1NZドル=88円で換算