【金融セクター向けガイダンス資料】金融機関のESG/マネー・ローンダリング対策で注目される環境犯罪と違法な野生生物取引とは?
2022/09/08
- この記事のポイント
- 金融犯罪対策の新たなテーマのひとつとして認識が広まる「違法な野生生物取引(IWT)」などの環境犯罪。国連やG7、FATF(金融活動作業部会)などの呼びかけを受け、日本でも警察庁や金融庁から注意喚起が始まっています。WWFジャパンでは、日本の金融セクターの取り組みを支援することを目的に、IWTの基礎情報や国内外のリスク動向、金融機関が活用できるトレーニングツールなどを紹介したガイダンス資料を公開しました。
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環境犯罪と違法な野生生物取引:日本の金融セクター向けガイダンス
違法な野生生物取引(Illegal Wildlife Trade: IWT)などの環境犯罪は、マネー・ローンダリング、詐欺、汚職などの他の形態の重大かつ組織的な犯罪と密接に関連した、国際犯罪の一つです。
その規模は、IWTだけで年間70~230億ドル(約0.9~3兆円*)に上ると言われ、環境犯罪全体の規模は、薬物犯罪、偽造品犯罪、人身売買に続くと推定されます。(*1ドル=130円換算)
過去10年あまりの間に、IWTなどの環境犯罪は、多大な社会的・経済的損失をもたらす国際課題としての認識が強まり、国連総会やG7、G20などで対策へのコミットメントが採択されるほどに優先度が高まりました。
とりわけ金融セクターは、金融犯罪対策にIWTなど環境犯罪を取り込むことが政策上も明確に求められるようになっています。
FATF(金融活動作業部会)からも、2020年、2021年にIWTと環境犯罪のマネー・ローンダリング対策の強化を勧告するレポートが発行され、各国の取り組みが加速しています。
こうした動きを受けて、日本でも、警察庁発行の『犯罪収益移転危険度調査書』(2021年12月)や金融庁発行の『マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2022 年3月)』に、IWTの事例や注意喚起が盛り込まれました。
WWFジャパンでは日本の金融セクターにおける対策を支援することを目的に、IWTの国際動向や日本のリスクを概説し、実際に金融機関等が活用できるリソースや日本語のツールを紹介するガイダンス資料を公開しました。
『環境犯罪と違法な野生生物取引:日本の金融セクター向けガイダンス』
日本の金融機関がさらされるIWTのリスクとは?
金融機関等にとって、IWTのリスクを特定・評価し、金融犯罪対策の枠組みに組み込むことは、ビジネス全体のリスク管理においてとても重要です。さらに昨今は、IWTを含む環境犯罪をESGリスクの一部と捉え、組織のESG戦略に組み込む視点も求められています。
日本の金融機関等がIWTのリスクを評価するにあたって、まずIWTの特徴を理解することが欠かせません。自社事業の地理的範囲やサービス、顧客の特徴などを踏まえ、国際的なIWTと、より日本に特化したリスクのどちらを、あるいはその両方をスコープに入れるべきかを検討していく必要があります。
WWFジャパンのガイダンスでは、まず、IWTの国際動向について、ゾウ(象牙)、サイ(角)、センザンコウ(鱗)などのアフリカからアジアに向けた代表的な違法取引を中心に概説しています。
こうした国際的なIWTについては、FATFレポートやその他の資料でも広く扱われており、ガイダンスで紹介するツール(後段「金融機関が実践に活用できるリソース」参照)を用いれば、高リスクな国や地域、取引に関するレッドフラグなどの実践的なコンテンツも併せて日本語で学ぶことができます。
国際的に事業を展開する日本の金融機関は特に、これらのリソースを活用し、リスク評価やトレーニング等の対応に着手することが推奨されます。
さらにWWFジャパンのガイダンスでは、日本に関わるIWTの事例や視点を詳しく紹介しています。
日本がIWTのサプライチェーンにおける「消費国」や「原産国」となっているパターンには主に以下のようなものがあり、中国市場に向けた違法取引を含め国際的なIWTともつながっています。
中でも特徴的なのが、ナマコ、アワビ、シラスウナギなどの水産物の密漁や密漁品の取引で、国内で暴力団などの組織的犯罪が関与したり、実行部隊と買受業者が手を組んだりする組織的犯罪事案が多く知られています。
ガイダンスでは、WWFが新たにまとめた水産物の密漁関連のトレンド、ケーススタディ、注意が必要な業種や暴力団関与の類型なども紹介しています。
金融機関が実践に活用できるリソース
今回のガイダンスでは、日本の金融機関が活用できるIWT対策支援を目的とした主要な国際的イニシアティブUnited for Wildlifeと日本語にローカライズされた2つのツール(IWT金融対策ツールキットおよびACAMS WWFのオンライン認定トレーニングコース)を紹介しています。
これらは、WWFも参加するイニシアティブ、およびWWFが政府や国際機関、マネー・ローンダリング対策を専門にする民間のパートナーと協働し開発したツールであり、金融機関における対策の主要素である1)IWTの理解、2)戦略・リスク評価、3)レッドフラグの把握、4)社内トレーニング、5)コミュニティへの参加の5つの分野に対応しています。
ガイダンスで紹介する上記のリソースの概要を以下にも紹介します。WWFでは、日本の金融機関がこれらを活用し、IWT対策に着手することを推奨しています。
【1】United for Wildlife (UfW) 金融タスクフォース
United for Wildlife(UfW)のサイト(外部リンク)
https://unitedforwildlife.org/
- 英国王室の基金が主導するパートナーシップ。民間企業の取り組みを促進するために輸送と金融の2つのタスクフォースを設立。UfWのパートナーにはワシントン条約やインターポールなどの国際機関、政府当局や民間企業・団体が多数参加。
- 金融タスクフォースは2018年に「マンションハウス宣言」の採択と共に設立。2022年8月時点で44の金融機関が参加。
- タスクフォースの参加企業は、タスクフォースが開発したIWTリスク評価のテンプレートを使用できるほか、月次のニュースレターやアラート配信を通じてIWT動向や違法事案、参加企業やパートナー団体の取り組み事例などの最新情報を入手することができる。
【2】違法な野生生物取引 金融対策ツールキット
「違法な野生生物取引 金融対策ツールキット」のサイト(外部リンク)
https://themisservices.co.uk/iwt
WWFジャパンのツールキット紹介ページ
https://www.wwf.or.jp/activities/activity/5055.html
- 金融機関のIWT対策を支援する総合情報ウェブサイトとして2022年3月に公開。イギリス政府主導のパートナーシップのもとWWFも参加した官民連携プロジェクトで作成。英語、中国語、アラビア語、日本語に翻訳され、幅広いガイダンスを提供。
- ツールキットは6つのパネルから構成され、金融機関の各部門がそれぞれのニーズに合わせて、コンテンツや外部リソースの案内を参照できる。
【3】ACAMS WWF 違法な野生生物取引の撲滅 オンライン認定トレーニングコース
ACAMSのサイト(外部リンク)
https://www.acams.org/ja/training/certificates/ending-illegal-wildlife-trade
- ACAMS(公認AMLスペシャリスト協会)とWWFのパートナーシップにより制作された金融機関の実践者向けのIWT基礎コース。2022年9月より、日本語でもACAMSの無料のオンライン認定トレーニングコースとして提供される。
- コースは、4つのモジュールからなり、IWTの概要と資金側面の理解、IWTリスクの特定、レッドフラグ、疑わしい取引の報告を網羅し、実際のグローバルケーススタディを用いてIWTへの理解と実践力を高める。
日本に求められる今後のマネー・ローンダリング対策
多くの国で、IWTなどのマネー・ローンダリング対策はまだ限定的ですが、現在の日本もそうした国の一つとなっています。
2021年12月の『犯罪収益移転危険度調査書』によると、日本では野生動植物の違法取引がマネー・ローンダリング等として検挙された事例はまだ認められていません。
しかし、日本の法整備や取り締まりが、十分であるかというと、必ずしもそうではありません。
実際、FATFが2021年に発表した日本のマネー・ローンダリング対策状況を総合的に評価した『第4次対日相互審査報告書』では、日本では環境犯罪における前提犯罪のカバー範囲が不十分であることや、マネー・ローンダリング対策において環境犯罪に十分な力点が置かれていないとの懸念が示されました。
WWFでは、中でも「前提犯罪」について、野生生物、水産物、林産物関連の関連法令の違反が前提犯罪にあたるかを整理し、主な結果をガイダンス内でも紹介しています。
そもそもマネー・ローンダリングとは、犯罪によってもたらされた収益を合法的な由来の資金であるように偽装することであり、現代社会ではその行為自体が犯罪化されています。マネー・ローンダリング規制のベースには、犯罪収益を生み出す前提となる犯罪、すなわち「前提犯罪」の存在があります。
日本では、国際組織犯罪防止条約に準じ長期4年以上の刑を伴う犯罪を組織的犯罪処罰法(正式名称:組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律)で前提犯罪に定めています。
環境犯罪については、FATFが「40の勧告」の中で前提犯罪に含めることを勧告しているほか、国連やG7もIWTなど環境犯罪に対処するにあたり、法整備を含めマネー・ローンダリング関連法を活用することを決議しています。
▼関連リンク
国連やG7のマネー・ローンダリング対策へのコミットメントについて
今回、野生生物、水産物、林産物に関わる日本の各法令の違反(※)が前提犯罪にあたるかどうかを整理した結果、野生生物の密輸や違法取引などが対象である一方で、水産物の密漁や密漁品の取引は対象外であることが明確になりました(表1)。
水産物関連の犯罪は、一部で組織的犯罪の収益源とされている現状を踏まえれば、前提犯罪の拡大が至急求められる分野と言えます。
日本における環境犯罪のマネー・ローンダリング対策においては、法整備も含めた対応が求められます。
※環境犯罪には他にも、廃棄物、化学物質の違法廃棄や違法取引、違法採掘などが含まれるが、今回の整理では野生生物、水産物、林産物関連の環境犯罪のみを対象とした。
表2 野生生物、水産物、林産物関連の法令違反のうち前提犯罪にあたる主な違反
IWTをはじめとする環境犯罪との闘いにおいて、組織的犯罪の対策としてのマネー・ローンダリング規制は重要な手段です。
そして、効果的な法執行のためには、犯罪に関わる疑わしい取引検知の最前線にある金融機関のマネー・ローンダリング防止の取り組みが極めて重要です。
IWTのマネー・ローンダリング対策は、日本を含め多くの国でまだ始まったばかりです。
今後、効果的な取り組みを進めて行くためには、金融セクターにおけるIWTの認知度をあげること、そして、国、業界、企業のレベルで、固有のIWTリスクに応じた対策を方針やプロセスに取り込んでいくことが必要です。
WWFでは引き続き、官民のパートナーとともに、金融セクターの取り組みを支援していきます。
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▼関連情報
UNODC『World Wildlife Crime Report 2020: Trafficking in Protected Species』(2020年5月)
https://www.unodc.org/documents/data-and-analysis/wildlife/2020/World_Wildlife_Report_2020_9July.pdf
警察庁『犯罪収益移転危険度調査書』(2021年12月)
https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/risk/risk031216.pdf
金融庁『マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2022 年3月)』
https://www.fsa.go.jp/news/r3/20220408/20220408amlcft-1.pdf
FATF『Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade』(2020年6月)
https://www.fatf-gafi.org/media/fatf/documents/Money-laundering-and-illegal-wildlife-trade.pdf
FATF『Money Laundering from Environmental Crime』(2021年7月)
https://www.fatf-gafi.org/media/fatf/documents/reports/Money-Laundering-from-Environmental-Crime.pdf
FATF『第4次対日相互審査報告書』
https://www.fatf-gafi.org/publications/mutualevaluations/documents/mer-Japan-2021.html