『ICT&マイクロ・エレクトロニクス業界と水リスク』AWSがウォーター・スチュワードシップに関する報告書(日本語版)を公開
2023/09/05
- この記事のポイント
- 2023年7月25日、Alliance for Water Stewardship(AWS)はICT&マイクロ・エレクトロニクス業界における、「ウォーター・スチュワードシップ」に関する一連の報告書の日本語版を公表しました。この報告書は、この産業が直面している水リスクと、ウォーター・スチュワードシップが、そのリスクを低減する上で、どのような役割を果たすのかを解説したもので、事業の継続性や気候変動へのレジリエンスの構築にどう貢献するのかについて、最新の情報を取りまとめています。また、今回は、日本語版と同時に中国語版も公開。今後、日本を含むアジア地域での、ICT&マイクロ・エレクトロニクス業界によるウォーター・スチュワードシップの促進が期待されています。本報告書の概要を解説します。
ICT&マイクロ・エレクトロニクス業界におけるウォーター・スチュワードシップに関する3種類の報告書
2023年7月、AWSは、レスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA)、WWFと協力して、アジア地域でのICT&マイクロ・エレクトロニクス業界におけるウォーター・スチュワードシップの促進を目的に作成した下記3種類の報告書を発表。それぞれ日本語版も公開しました。
A) AWS作成:ICT & マイクロ・エレクトロニクス業界のための概要説明
B) AWS・RBA・WWF作成:ICT業界における水リスク:活動事例
C) AWS・RBA作成:ICT業界における水戦略:ウォーター・スチュワードシップの取り組みを始めるためのステップ
※ダウンロードページ(英文)
「Report series on Water Stewardship in the ICT Sector
※Download the reportタブから、英語・日本語・中国語が選択可能
■ AWS(アライアンス・フォー・ウォーター・スチュワードシップ)について
AWSは、企業、NGOおよび公的機関で構成されたグローバル会員による共同体です。AWS会員は、優れたウォーター・スチュワードシップのパフォーマンスを促し、認め、讃える、水の持続可能な利用のための普遍的な枠組みであるウォーター・スチュワードシップの国際規格(または AWS 規格)の採用と普及を通じて、地域の水資源の持続可能性に貢献しています。
AWSの詳細:https://a4ws.org/
■ RBA(リスポンシブル・ビジネス・アライアンス)について
RBAは、エレクトロニクス、小売、自動車、玩具などの企業で構成される非営利団体で、グローバルサプライチェーンのインパクトを受ける世界中の労働者とコミュニティの権利および幸福の支援に取り組んでいます。RBAは、RBAのミッションとバリューである責任あるグローバルなエレクトロニクス・サプライチェーンの達成に向けてメンバーを支援し、活動を促進するために必要な幅広い視点と専門知識を収集するため、労働者、政府、市民社会、投資家、学術研究機関との対話や共同事業を定期的に行なっています。
RBAの詳細:https://www.responsiblebusiness.org
ICT & マイクロ・エレクトロニクス業界における水
気候変動、経済成長、ライフスタイルの変化により、地球上の限られた淡水資源がますます逼迫しています。
国際連合大学では、2030年までに、水の需要量が供給量を40%上回ると予測。
多くの産業においてビジネスの重要な資源である、水に関連したリスクのある地域が、今後地理的に拡大し、その深刻度も増していくと考えられています。
さらに、気候変動による異常気象の増加も重なることで、従来のような形で事業を進めることが、難しくなりつつあります。
ICTとマイクロ・エレクトロニクス業界には、相互に連関する水関連のリスクが数多く存在しています。
- 洪水と干ばつ:多くの場合、洪水や干ばつは予告なく発生することがあり、特に水の大量消費が必要な段階において、サプライチェーンの混乱を引き起こすことがあります。例えば、データセンターが水不足や浸水に見舞われると、ネットワークがクラッシュし、企業はサイバーセキュリティのリスクにさらされる可能性があります。
- 人員配置の混乱:サプライチェーンで働く人々が、自宅や職場で安全なWater(水)、Sanitation(衛生設備)、Hygiene(衛生環境)(WASH)を利用できない場合、欠勤や納期の遅れ、さらには労働ストライキなどの混乱につながる可能性があります。
- 風評的、財務的な損失:自社の事業やサプライヤーに寄らず、環境に著しく悪い影響を与えている企業などは、メディアや地域社会、顧客からの厳しい批判に直面し、それが風評的、財務的ダメージにつながる可能性があります。また、投資家も、投資先企業が水への影響を十分に認識しておらず、効果的な対応ができていない場合も、このリスクに直面することになります。
ICTサプライチェーン拠点3,000箇所の水リスク
上記にあげた水関連のリスクを考慮して、AWSはRBA、WWFと共同で、マイクロ・エレクトロニクスを中心としたICTサプライチェーン全体の水リスク評価を実施しました。
これは業界全体で協同した、ウォーター・スチュワードシップの促進を目的としたものです。
この取り組みにおいてWWFは、業界の水に関連したリスクを特定するため、世界3,000個所以上をWWFのウォーター・リスク・フィルター(WRF)で評価。
これにより、流域全体の水リスク(立地によってサイトが直面する可能性のある水リスク)を把握することに努めました。
この流域の水リスクは、内部のリスク(自社の操業によるリスク)ではなく、外部の水の状況から受けるリスクで、物理的な水リスク(水不足、洪水、水質、生態系サービスの状態)、風評的な水リスク、規制上の水リスクで構成されます。
評価の結果として、ICT部門はサプライチェーン全体で特に物理的リスクと風評のリスクにさらされていることがわかりました。
3,000箇所のうち、80%以上の場所が洪水の「非常に高い」または「高い」レベルのリスクに直面しており、68%が水質による「非常に高い」または「高い」レベルのリスクに直面しています。
この結果は、2011年にタイのバンコクで発生したメコン川とチャオプラヤー川流域の大規模な洪水によるサプライチェーンの混乱などの事例とも一致しています。
また洪水以外にも、水質や生態系の劣化、それに伴う風評リスクも、この業界が抱える大きな課題です。
水リスクは、所在地や流域、地域の状況によって大きく異なるため、こうした評価は、リスク全体の一部を示すものでしかありません。
例えば、低地の河口域などに形成されるデルタ地帯に位置する一部の調達拠点では、気候変動による海面上昇に伴って洪水に対する脆弱性が高まっています。
水リスクへの対応は、こうした地域の状況も理解した上で、より大きな全体像をふまえて検討する必要があります。
一方、テクノロジーに対する需要の高まりによって、ICTとマイクロ・エレクトロニクス業界では、将来的な水に対する影響や依存度が、さらに著しく高まる可能性があることも示唆されています。
気候危機の下でも、レジリエントな業界を構築するためには、サプライチェーンにおいて水に対する取り組みが果たす、重要な役割に対して認識を高め、すべてのステークホルダーが効果的に対応できるようにする必要があります。
水リスクには連鎖するという特徴があります。
このため、水課題への対応は、サプライヤー1社による自社サイトでの活動だけではなく、上流または下流のステークホルダーと協力した自社拠点外での解決策も講じる必要があります。
さらに、外部の水の状況は、流域における水の利用可能性や水質、水の利用管理方法によって左右されるため、場所によって状況が大きく異なる可能性もあります。
このような外部の状況と、企業内部での水の使用方法が組み合わさることで、企業がどのように水に影響を与え、水に依存するのか、結果が左右されることになります。
一方、内部で実施する水の取り組みは、流域が直面する、より広範な水課題に対処する上では、限定的な効果しか期待できません。
例えば、水使用の効率化施策や適切な化学物質管理などの内部的な活動だけでは、気候変動が引き起こす自然災害や、他の水利用者との相互依存を含んだ、自社の外でビジネスに影響を及ぼす要素を持つ流域の水課題を解決することは難しいと考えられています。
そこで必要となるのが、ウォーター・スチュワードシップです。
水リスク評価が肝心:ウォーター・スチュワードシップの進め方
企業ごとにウォーター・スチュワードシップの取り組みの在り方は異なります。しかし、水へのアプローチを構築するために使用できる要素には、いくつかの共通点があります。
企業がウォーター・スチュワードシップの取り組みを開始し、推進するためのポイントを紹介しましょう。
このアプローチは、サプライチェーンにおける水への取り組みを模索しているグローバルなブランドや、操業上の水リスクと事業のレジリエンス向上に取り組むための強力なアプローチを実証しようとする企業が等しく利用できるものです。
カギを握る、水リスク評価
ウォーター・スチュワードシップの中心は、確固たる水リスク評価です。
水リスク評価を行なうことで、ビジネスが水にどのような影響を及ぼし、どのように依存しているのか、またそれが現在および将来のビジネスの操業にどのような影響を及ぼす可能性があるのか、理解することが可能となります。
水リスク評価は、まず自社が所有するすべての事業所とサプライヤーの所在地をリストアップすることから始めます。
この段階でサプライチェーン全体の中で、水リスク影響が大きい工程を外して水リスク評価を行なうことは、本質的な企業の水リスク評価とは言えないので注意が必要です。
次に、このリストを用いて各所在地の流域の水リスクを評価します。
流域のリスク評価をオンラインで実施可能なツールとしてここではWWFのウォーター・リスク・フィルターをあげているが、ほかにも世界資源研究所(WRI) のアキダクトなど、があります。さらに特定地域に特化したツールである持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)のインディア・ウォーター・ツールなどもあります。
こうしたツールを使った、流域レベルのリスク評価により、企業は外部の水の状況をグローバルに把握できるようになります。
優先して取り組むべき場所の特定
流域レベルのリスク評価により、企業は、外部における水リスクに基づき、自社の水リスクのホットスポットがどこにあるのかを知る最初の手がかりを得ることができます。
このような外部環境の水リスク評価に続いて、企業は自社の事業内容(またはサプライヤーの事業内容)が外部の状況とどのように相互作用しているかを把握する必要があります。
これは操業上のリスク評価を追加することで可能となるもので、サイト固有の活動に基づき、サイトが特定の所在地でどのように水を使用し、どのような影響を及ぼしているかを把握できるようになります。
流域レベルのリスクと操業上のリスクの両方の評価を行った後、企業は特定したサイトに優先順位をつけるという重要なステップへと進みます。
優先順位付けの際には、流域リスク評価の見直しと、水リスクの高い場所に立地するサイトの集積地(自社が保有する事業所とサプライヤーの所在地)の特定も行います。
ここで得た情報と、それぞれの自社サイトやサプライヤー拠点の財務的価値に関するデータを組み合わせることで、最も重大な水リスクに直面しているサイトだけでなく、事業にとって最も重要な価値を持つサイトでの活動も優先させることができるようになります。
これは、水戦略の中で提案した活動に対して、企業内での賛同と牽引力を確実に得られるようにするために不可欠なステップです。
この評価、レビュー、優先順位付けのプロセスは、最も緊急性が高く、重要な場所から開始し、企業のウォーター・スチュワードシップの取り組みが成熟するにつれて拡大しながら、継続的に実施していく必要があります。
水に関する活動計画の策定
優先順位の高い場所を特定したら、それぞれで詳細な調査を行い、既存のサイトでの活動内容や水関連のテーマに取り組んでいる可能性のある地域の他のステークホルダーを特定するなど、より詳細なレベルで地域の状況を把握することができます。
これにより、グローバルな調査結果を感覚的に検証し、今後の水に関連する活動のための優れた基盤となりうる既存の活動を特定する機会が得られます。
こうして、それぞれの所在地に最適な活動計画を策定し、企業の戦略目標に繋げることができます。
これらの活動計画はバリューチェーン全体にわたる水への依存度、機会、影響の多様性、そして世界各地の水課題の極めて文脈的な特性を反映しており、当然ながらそれぞれの場所で異なるものになります。
活動計画は、企業の長期的なビジョンや目標という広い文脈の中で検討され、水に対して戦略的にリソースを投入する際の判断材料とされるべきものです。
適切なウォーター・スチュワードシップの実施は、各流域によって異なり外部からの評価も難しい場合が多くあります。
そのため、AWSでは、水リスクがもたらす喫緊の世界的な課題に取り組む手立てとして、世界中の専門家と協力し、ウォーター・スチュワードシップのベストプラクティスを示す、世界的に認知された規格を作成しています。
第三者認証に支えられたAWS規格は、既存の業界レベルのサステナビリティに対する取り組みを補完し、規制当局、投資家、顧客に対して、企業が自社事業やサプライチェーン全体で直面する水の課題を克服するために重要な活動を行っていることを保証する役割を果たしています。
求められるICT&マイクロ・エレクトロニクス業界の取り組み
現在、世界各地に存在する、ICTサプライチェーンの拠点の多くは、深刻な水リスクと、それを増幅させる気候変動の影響を強く受ける地域にあることが、今回紹介した報告書からも明らかになっています。
とりわけ、海面上昇や、その結果生じる塩水や淡水に関連する課題(例えば、地下水の塩分濃度の上昇など)に対し、脆弱な状況に置かれていると考えられます。
今後、日本のICT&マイクロ・エレクトロニクス業界の企業にも、まずサプライチェーン全体で水リスクを分析し、優先的に取り組むべきサイトを選んで、AWS認証などを活用した、適切かつ具体的な取り組みを開始していくことが求められます。
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