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ブラジル・パンタナール 気候変動と農業・畜産による「水」の喪失

この記事のポイント
季節的な乾燥と氾濫を繰り返す水位変動により、豊かな生物多様性が育まれる南米ブラジルの大湿地帯パンタナール。ジャガーやオオカワウソなどの絶滅危機種も生息する、この自然は今、干ばつや森林火災、隣接する広大なサバンナ・セラードの開発により、土砂流入や水質汚染の脅威にさらされています。流域の地表水は、過去30年間で75%減少。こうした影響が生態系にどのような変化をもたらしているのか明らかにするため、WWFはパンタナールの水源・上部パラグアイ川流域の基礎調査を実施しました。調査の結果をふまえ、パンタナールの自然について紹介します。
目次

野生生物と人にとって大切な水源地 パンタナール

パンタナールの自然

世界最大級の湿地として知られ、南米大陸を代表する自然でもあるパンタナール。確認されている動植物種の数は4700種以上。

その面積は19万5,000平方キロにおよび、地形は台地と低地におおきく分かれています。

熱帯性湿地を形成する低地部は、「パンタナール平原(Pantanal Plain)」と呼ばれます。

淡水魚や水鳥、ワニ類など、水に依存する生きものはもちろん、絶滅危惧種のジャガーをはじめ、陸生動物も数多くくらしています。

また、西暦2000年には、このうちブラジルのマト・グロッソ州にある4つの保護区、計1,878平方キロが「パンタナル自然保護地域」としてUNESCOの世界遺産にも登録されました。

水辺で獲物を狙うジャガー。ネコ科でも泳ぎが得意。淡水魚やカイマン(ワニ)、カピバラなどを食べる。
© naturepl.com / Andy Rouse / WWF

水辺で獲物を狙うジャガー。ネコ科でも泳ぎが得意。淡水魚やカイマン(ワニ)、カピバラなどを食べる。

パンタナール平原に隣接する台地は、「パンタナール・ヘッドウォーターズ(Pantanal Headwaters)」と呼ばれ、平原部に水を供給する集水域となっています。

つまり、パンタナール・ヘッドウォーターズに流れる河川やそこに降った雨が、パンタナール平原に流れこみ、天然の貯水池のような役割をしながら、豊かな湿地の環境を形成しているのです。

6つのバイオーム(生物群系)にわかれるブラジル。
ⓒ PlenaMata

6つのバイオーム(生物群系)にわかれるブラジル。https://plenamata.eco/en/verbete/biomas/

パンタナール・ヘッドウォーターズ(斜線)は、アマゾン、セラードの2つのバイオーム、平原部(水色)はパンタナール・バイオームで構成される。
ⓒ WWF

パンタナール・ヘッドウォーターズ(斜線)は、アマゾン、セラードの2つのバイオーム、平原部(水色)はパンタナール・バイオームで構成される。

「流域」の視点で見たパンタナール

流域という視点で見ると、パンタナールは上部パラグアイ川流域に分類されます。

パラグアイ川流域は、南米4か国(ブラジル、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン)に水を供給し、その流域面積は109万5,000 平方キロに及びます。

このパラグアイ川の上流部に位置するパンタナールは、ブラジル国やその周辺国にとって大切な水源となっています。

その用途は、産業用水や生活用水、漁業、エコツーリズムといった直接的な水資源だけでなく、淡水の浄化や、地下水の涵養、炭素吸収など生態系サービスとしての機能も、人々の生活を間接的に支えています。

野生生物だけでなく、広大な流域に暮らす人々にとっても、大切な水源地なのです。

生物多様性を育む「季節的な水位変動」

パンタナールの自然環境を形成する大きな特徴が、季節的な水位変動です。

雨季(11月~4月頃)には、平原部の7~8割が水没しますが、乾季(5月~10月頃)には、水位が下がり、陸地面積が増え、モザイク状の地形を生み出します。

河川による氾濫が起きるところでは、粘土質の栄養豊富な土壌により、拠水林(※)や低木林など、多様な植生が繁茂。

※湿原や草原を流れる川の流れに沿って両岸に帯状に続く林。川によって運ばれた土壌や栄養が養分が乏しい湿原でも樹木を育てている。

一方、貧栄養性の砂質の土壌が広がる草原やサバンナ地帯では、激しい降雨による氾濫が頻繁に起こります。

そして、実にさまざまな生きものが、このようなモザイク状の地形を活用して生息しています。

淡水魚の繁殖に欠かせない水位変動

季節的な水位変動という自然のサイクルは、パンタナールに生息する260種以上の淡水魚にとっても非常に重要です。

急激な水位の上昇に反応して生殖腺が成熟する種や、一定以上の水位に達することで放卵する種が多数、パンタナールには生息しているためです。

ドラド(Salminus brasiliensis)。美味とされ、現地ではよく食べられている。
ⓒ Klaus Rudloff

ドラド(Salminus brasiliensis)。美味とされ、現地ではよく食べられている。http://www.biolib.cz

例えば、パンタナールに生息する大型の淡水魚の一種ドラド(学名:Salminus brasiliensis)は、繁殖(産卵)のために、約400kmという長距離を移動します。

雨季のはじまりとともに、ドラドの性成熟も加速し、繁殖に向けた準備が整います。3月頃、河川の水位が最も高くなる少し前に、ドラドの産卵のピークが重なります。

孵化した稚魚にとっては、特に、十分な降雨量が保たれ、水生植物が繁茂した環境が不可欠です。水生植物は、捕食者から逃れるためのシェルターや、食物となる甲殻類や水生昆虫などのすみかとして、重要な役割を担っています。

淡水魚はパンタナールの生態系を支えている

淡水魚類は、パンタナールの豊かな生物多様性に大きく貢献しています。

ピラニアの近縁とされるパクー(Piaractus mesopotamicus)は、雑食性の淡水魚で、小型の魚や、昆虫類だけでなく、果実も食べます。

大きな口で、まるごと木の実を飲み込み、排せつすることで、種子を運搬し、分散させ、ひいては、森林の形成に寄与しています。

また、淡水魚は、ほかの生きものの餌資源としても、重要です。

水鳥、カイマン、オオカワウソ、ジャガーなど、多くの生きものが、淡水魚を食べて生きているのです。

ⓒ R.Isotti, A.Cambone / Homo Ambiens / WWF
ⓒ Frederico Viana / WWF
ⓒ Staffan Widstrand / WWF

こうした淡水魚と多くの野生生物の営みを支える季節的な水位変動は、パンタナールの生物多様性を支える重要な自然のサイクルです。

しかし、降雨量の減少や、降雨パターンの変化が起きると、自然本来の水位変動が保てなくなり、淡水魚の繁殖システムにも影響が生じる可能性が考えられます。

「水」に迫る脅威 地表水は30年で75%減

今、パンタナールとその周辺の淡水は危機的状況に置かれています。

分析によれば、過去30年間で、上部パラグアイ川流域の地表水は75%減少。今後も、減少し続けることが懸念されます。

原因は多岐にわたりますが、ひとつは、気候変動と、それに伴う降雨パターンの変化、干ばつ、森林火災などの影響が挙げられます。

水色は氾濫原、青色は水域をあらわす。本来、季節的に水であふれるはずの氾濫原が、大干ばつにより乾燥化していることがわかる。

水色は氾濫原、青色は水域をあらわす。本来、季節的に水であふれるはずの氾濫原が、大干ばつにより乾燥化していることがわかる。(出典:MapBiomass)

特に、2020年は、記録的な干ばつが発生。極端な乾燥化は森林火災の大規模化も招き、パンタナールに生息する多くの生きものたちが命を奪われました。

農業・牧畜も淡水劣化の一因

淡水の劣化のもうひとつの大きな要因には人の手による土地改変の影響があります。

パンタナールと、隣接する広大なサバンナ地帯・セラードでは、過去数十年にわたり、農業・畜産が大規模に拡大。

セラードは、特に1970年代以降、土壌改良技術や品種改良技術の向上、貿易政策などを背景とし、長い間手つかずだった自然を切り拓く形で、農地への土地転換が進展し、大豆、コットン、トウモロコシ、サトウキビなどを大規模生産する、一大農業地帯に成長しました。

日本も、セラードから農産物を輸入しています。

セラード。大豆生産の用地として森林が転換された様子。
© David Bebber / WWF-UK

セラード。大豆生産の用地として森林が転換された様子。

食料供給が増え、経済的に潤う一方、農業・畜産の急速かつ大規模な開発は、それらの産業に不可欠な水や土壌の過剰な利用につながり、生物多様性を劣化させる大きな要因になっています。

農業・畜産が環境に与える主な影響:

  • 過剰な取水
  • 農薬、化学肥料、家畜の糞尿などによる汚染
  • 植生の除去による裸地化による土砂流出→河川や支流への過剰な土砂堆積(堆積により川が消失するケースも)
  • 土地転換による生きものの生息地の分断化

ブラジル国の法律をこえた範囲まで、農地開発を進めているケースもあります。

例えば、Native Vegetation Protection Law(2012)では、水源(河川)の周囲にバッファーゾーンを設定することが定められていますが、水源の際まで開発が進められている農地もまだ存在しています。

法規制をこえて水源の際まで開発された例
© WWF-Japan

法規制をこえて水源の際まで開発された例

農業・畜産のほか、ダム開発による河川の流れへの影響、鉱業による水質や淡水生態系への影響などの人為的要因も、指摘されています。

産業それ自体は、人々の便利で豊かな生活にとって重要ですが、食料生産や経済活動を持続可能なものとしていくためにも、これを支えている環境と生物多様性の保全は、急務です。

WWFの取り組み

さらなる脅威から、まだ残されている自然を守るため、そして、本来あるべき自然の姿を再生するための取り組みが、パンタナールやセラードで、さまざまな人々の協力のもと、行なわれています。

WWFも、活動の担い手の一員として、WWFブラジルを中心に、世界各国のWWFオフィスが現場支援を実施。

世界有数の生物多様性が残るこの地域で、生物多様性の回復、すなわち「ネイチャー・ポジティブ」の実現を目指しています。

パンタナールの「水」を守る

パンタナールでは、上部パラグアイ川流域の淡水システムを保全することで、生態系を維持・継続させることを目的として活動しています。

© WWF-Sweden / Ola Jennersten

パンタナール平原での具体的取り組みは、次の4点:

  • 河川の自由な流れ(free-flowing river)や、河川同士の接続の維持・再生
  • 湿地や森林の保全
  • 保護区や、コミュニティにより生物多様性保全が行われている地域の支援
  • ジャガーの保全

特にパンタナール・ヘッドウォーターズは、保護区に指定されている区域がきわめて少なく、このままでは開発が止まりません。

新たな保護区の指定や、ダム開発にNbS(Nature-based Solutions:自然に根差した解決策)を適用し、河川の自由な流れを守る取り組みなどを実現するため、行政との協力を進めています。

セラードの自然再生活動

パンタナールの水と自然を守るためには、その重要な水源でもある隣接したセラードの環境を、加速的な農地開発から守る必要があります。

セラードでは、長期的な目標を次のとおり掲げています:

  • 生息地の土地転換をなくす
  • 劣化した放牧地を1千万ha回復
  • 自然再生により2百万haの生息地回復
  • セラードの17%を保護区化(現状、約8.7%)
  • 生物多様性に根ざした生産により、2万世帯が恩恵を受ける

これらの野心的な目標を達成するためには、WWFだけの取り組みではなく、行政、大学・研究機関、企業、そして、農家やコミュニティに住む人々など、あらゆるステークホルダーが連携し、活動を広げていくことが必要です。

具体的な取り組みとして、まず、セラードでは、自然再生活動が行なわれています。

自然再生活動のワークショップの様子。
© Silas Ismael / WWF-Brazil

自然再生活動のワークショップの様子。

地域コミュニティの人々が参加し、この地に自生するさまざまな植物の種まきを行なった。
© Silas Ismael / WWF-Brazil

地域コミュニティの人々が参加し、この地に自生するさまざまな植物の種まきを行なった。

法を守らずに土地を開発してしまった土地所有者と対話し、農地に向かない土地や川辺の土地で、自然を再生する活動を行なっています。

その他、地元コミュニティだけでなく、ブラジル全国の青少年や学校を巻き込んでの森林再生や、環境モニタリングのためのプラットフォームの構築などにも取り組んでいます。

セラードでの自然再生による土砂流出対策が、パンタナールの環境を守る

セラード地域で健全な河畔林が再生できれば、農地からの大規模な土砂流出をくいとめ、また、水のろ過機能が回復することで、汚染を低減することもできます。

このようなセラードでの自然再生活動の取り組みにより、人と動物たちにとって大切な水源であるパンタナールの水環境も守ることができるのです。

© Elton Ferreira da Silva / WWF-Brazil

日本から見ると、地球の裏側と表現されるブラジルですが、この地から、土地転換により生産された大豆を輸入する日本にとっても、環境課題は他人ごとではありません。

次世代へとつながる持続可能な食料生産のためにも、水や土壌、森林、生物多様性を保全していかなければなりません。

自然を消費するばかりではなく、維持し、再生させていかなければ、自然資源は失われる一方です。

WWFは、農地単位などミクロな取り組みから拡大し、流域やランドスケープ全体をとらえた活動を行なうことにより、自然環境に正のインパクトを生むことを目指しています。

世界的な大湿原パンタナール、そこに生息する多種多様な生きものたちを守るため、そして、人々の持続可能な暮らしを守るため、淡水や森林の自然再生活動を現地で推進していきます。

参考文献:
E. Barzotto | L. Mateus. Reproductive biology of the migratory freshwater fish Salminus brasiliensis (Cuvier, 1816) in the Cuiabá River basin, Brazil

D. Bailly, A. Agostinho, H. Suzuki. 2008. Influence of the flood regime on the reproduction of fish species with different reproductive strategies in the Cuiabá River, Upper Pantanal, Brazil. River Research and Applications. 24: 1218-1229.

M. J. Pereira, Y R. Súarez, 2019. Reproductive ecology of Otocinclus vittatus (Regan, 1904) in the Pantanal floodplain, upper Paraguay River basin.

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