「違法な野生生物取引(IWT)」のマネー・ロンダリング対策
2021/09/17
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- 年間70~230億ドルの規模と推測される違法な野生生物取引(IWT:Illegal Wildlife Trade)。年々深刻化しているこの問題は、環境問題を超えた国際的組織犯罪の側面を持ちます。IWTとの闘いには、組織犯罪の資金の流れを絶つことが有効な手立てとなることから、近年、国連やG7でもIWTのマネー・ロンダリング対策が叫ばれ、金融セクターによる対策が急がれています。2021年9月にACAMS(公認AMLスペシャリスト協会)が主催したイベントにおいても、WWFジャパンがACAMSとともに、日本の金融セクターに向けて初となるIWTをテーマにしたセッションを開催し、呼びかけを行ないました。
国際的組織犯罪として認識されるIWT
UNEP(国連環境計画)とイ ン タ ー ポ ー ルの試算によると、違法な野生生物取引(IWT)は世界で年間70~230億ドル(7,700億円~2.5兆円*)規模とされています。
UNODC(国 連 薬 物 犯 罪 事 務 所)によると、IWTの対象とされる動植物は、実に7,000種以上。
それぞれに異なる用途、形態(生きた個体、派生物、加工品など)があり、変化する需要に呼応する形で、野生生物の生息地から消費地まで、国境をまたいだサプライチェーンが形成されます。
代表的な例が、装飾品として取引される象牙、伝統薬として利用されるサイの角やセンザンコウの鱗、食用とされるウナギの稚魚(シラスウナギ)など。
いずれも、アジアの経済成長に伴う需要の高まりから、違法取引が拡大し、組織犯罪の収益源となっています。
●アジアにおける市場価格とIWT規模の例(FATFによるまとめ) (FATF 2020)
IWTは、違法・無報告・無規制(IUU: Illegal, Unreported, Unregulated)漁業や、違法伐採および関連する貿易(ILAT:Illegal Logging and Associated Trade)などと並ぶ「環境犯罪」のひとつ。
UNEPとインターポールによると、環境犯罪は、薬物犯罪、偽造品犯罪、人身売買に次ぐ第4の国際犯罪を形成し、その規模は、年間推定910~2,580億ドル(10兆円~28.4兆円*)に上り、年々拡大しています。
野生生物を搾取し、生物多様性を脅かす環境問題のひとつであるIWT。それが、過去10年あまりの間に、多大な社会的・経済的損失をもたらす国際的組織犯罪としての認識が強まり、国連総会やG7などでIWT対策へのコミットメントが採択されるほどに優先度が高まりました。
*1米ドル=110円で換算
IWTのマネー・ロンダリング対策の国際的呼びかけ
近年、IWTに関わる組織犯罪への対処という点で、「マネー・ロンダリング」の対策が強調されるようになりました。
マネー・ロンダリング対策は、長年、違法薬物やテロ資金供与対策などに関連して行なわれている、資金面から犯罪組織に対抗するためのアプローチです。
これをIWTへの対策にも取り入れることで、IWTに関わる犯罪組織の資金の流れを止め、IWTから収益を得ている組織上層関係者を摘発し、その収益を没収することが可能になります。
2017年の国連総会では、決議「Tackling the Illicit Wildlife Trafficking(違法な野生生物取引に対する取り組み)」(決議71/326)に、法整備を含むIWTのマネー・ロンダリング対策の強化を求める内容が盛り込まれ、同様の呼びかけが2019年(決議73/343)、2021年(決議75/311)の総会でも採択されています。
さらに、2021年6月のG7首脳会合(イギリス、コーンウォール開催)で採択された「2030 Nature Compact (和文:2030年自然協約)」の中でも、G7加盟国政府が、IWTのマネー・ロンダリング対策の実質的取り組みを進め、その過程で、市民社会や民間部門と連携することに、合意しています。
そして、マネー・ロンダリングやテロ資金供与対策を推進する国際機関からも、実践的なガイダンスとともにIWT対策の呼びかけが開始されています。
世界のマネー・ロンダリング対策をけん引する政府間機関FATF(金融活動作業部会)は、2020年6月にIWTとマネー・ロンダリングに関するレポート『Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade』を発表。
50ヵ国と民間機関、市民団体から集められた事例をもとに、IWTの資金フロー、マネー・ロンダリングの実態と対策のアセスメントを行ない、各国に対応の強化を呼びかけました。
このほか、各国のFIU(資金情報機関)が参加する国際組織Egmont Group(エグモント・グループ)も、IWTの金融捜査を実施する当局向けのガイダンス『Financial Investigations into Wildlife Crime』とオンラインのトレーニングツールを公開。
さらに、野生生物取引を監視する国際NGO「TRAFFIC」では、UNODCとのパートナーシップの下、世界の代表的なIWTの事例40件以上をもとに、資金フローと支払い手段のパターンを詳述したレポート『Case Digest: Financial Flows and Payment Mechanisms Behind Wildlife Crime』を2021年に発表しました。
『Case Digest: Financial Flows and Payment Mechanisms Behind Wildlife Crime』(TRAFFIC 2021)
金融セクターの取り組みとパートナーシップ
実務の中でマネー・ロンダリング対策を実施している民間金融セクターの間でも、IWT対策の取り組みが始まっています。
■ United for Wildlife
イギリス皇室の基金The Royal Foundationが2014年に立ち上げた「United for Wildlife(UfW)」
*ACAMS : Association of Certified Anti-Money Laundering Specialists(公認AMLスペシャリスト協会)
UfWの下には、「輸送」と「金融」の2つのタスクフォースが立ち上がっていて、このうちの「金融タスクフォース」に、IWTのマネー・ロンダリング対策に取り組む金融機関(2021年9月時点で44社)が参加しています。
金融タスクフォースでは、2018年に「マンションハウス宣言」を採択し、金融業界でのIWT対策の普及、IWTに関わる疑わしい取引検知のための社内トレーニング、当局への届出、ポリシー強化など、6つの取り組みにコミットしています。
●United for Wildlifeの金融タスクフォース参加機関(2021年9月時点)
■ACAMSとWWFのパートナーシップ
ACAMSとWWFでも、それぞれの専門性を活かし、民間セクターにおけるIWT対策を推進すべく、2020年8月にパートナーシップを締結。
これまでに、IWTトレーニングコースを開発し、セミナー等も協働で展開してきました。
*AML = anti-money laundering、マネー・ロンダリング対策
主にマネー・ロンダリング対策の専門家に向けたトレーニングコースはACAMSからオンラインで無料提供されています。
日本初、IWTをテーマにした金融セクター向けセッションを開催
2021年9月16日~17日には、ACAMSジャパンの年次イベント「FATF 第 4 次対日相互審査後の継続的なマネー・ローンダリング / テロ資金供与 / 制裁 / 金融犯罪対策 - 現状と課題」の中で、初となるIWTをテーマにしたパネルセッションが開催されました。
これは、ACAMSとWWFの協働により、実現したもので、金融機関をはじめとする日本の金融セクターからの参加者に、IWTの問題について知ってもらう初めての機会となりました。
IWTのマネー・ロンダリング対策は、多くの国でまだ始まったばかりです。
今後、効果的な取り組みを進めて行くためには、金融セクターにおけるIWTの認知度をあげること、そして、各国、地域が関わるIWTやその資金フロー、マネー・ロンダリングのリスクを理解し、リスクに応じた対策を政府や各金融機関で方針・制度化していくことが必要です。
WWFでは、IWTに関する知見を活かしつつ、ACAMSをはじめとするパートナーとともに、こうした金融セクターの取り組みを支援していきます。
参考情報
● UNEP-INTERPOL (2016). The Rise of Environmental Crime.
● UNODC (2020). World Wildlife Crime Report
● FATF (2020). Money Laundering and the Illegal Wildlife Trade.
● ECOFEL (2021). Financial Investigations into Wildlife Crime.
● TRAFFIC (2021). Case Digest: Financial Flows and Payment Mechanisms Behind Wildlife Crime.
● United for Wildlife Financial Taskforce
● ACAMS WWF Online Training Course on Ending Illegal Wildlife Trade