水産物のトレーサビリティ評価レポートのご紹介
2025/03/10
- この記事のポイント
- 2024年12月、水産物のトレーサビリティ向上に取り組む投資家のネットワークであるFAIRRイニシアティブは、日系企業4社を含む7社のリスク評価を行ない、報告書を発表しました。その結果によれば、水産会社のトレーサビリティに関するコミットメントはおおむね不十分であり、比較的取り組みが進んでいる2社に関しても、進捗報告が遅滞していることが分かりました。相次いで公表されている国際枠組が、トレーサビリティの重要性をさらに押し上げる中、水産企業に求められる取り組みを解説します。
FAIRR水産物トレーサビリティエンゲージメントの報告
2024年12月、FAIRR(Farm Animal Investment Risk and Return:機関投資家の畜産業・養殖業イニシアチブ)の水産物トレーサビリティエンゲージメントは、報告書『Tracing Risk and Opportunity: The Critical Need for Traceability in Today’s Seafood Supply Chains – Seafood Traceability Engagement Phase 1(仮訳:リスクと機会を追う:現代の水産物サプライチェーンのトレーサビリティ不足によるグローバル水産物大手企業)』を発表しました。

図1 FAIRR報告書表紙 (FAIRR, 2024)
英文プレスリリース(外部リンク):
https://www.fairr.org/news-events/press-releases/supply-chain-traceability-gaps-leave-global-seafood-giants-at-risk-amid
和文プレスリリース(仮訳):
Japanese_Press Release_20241204.pdf
報告書本体へのリンクはこちら(外部リンク):
https://www.fairr.org/resources/reports/seafood-traceability-phase1-progress-report
FAIRR水産物トレーサビリティエンゲージメントは、WWFやUNEP FI 持続可能なブルーエコノミー金融イニシアティブ、World Benchmarking Alliance (WBA)、プラネット・トラッカーの支援を受け、2023年に発足した投資家のイニシアチブです。
2024年12月現在、これに参加する投資家は35社、資産総額は6.5兆米ドルにのぼり、投融資に関する環境・社会リスクを軽減するために水産物のトレーサビリティ向上に取り組んでいます。
対象企業と評価指標について
今回発表された報告書は、水産トレーサビリティエンゲージメントのフェーズ1の総括で、対象となった企業は以下の7社です。
この対象は、水産業界における相対的な影響力(時価総額、水産物による収益等)やトレーサビリティに取り組む構えなど、複数要素に基づいて選定されました。
- チャロン・ポカパン・フーズ(Charoen Pokphand Foods Pcl)
- 丸紅株式会社(Marubeni Corporation)
- マルハニチロ株式会社(Maruha Nichiro Corporation)
- 三菱商事株式会社(Mitsubishi Corporation)
- 株式会社ニッスイ(Nissui Corporation)
- ノマドフーズ(Nomad Foods Ltd)
- タイ・ユニオン(Thai Union Pcl)
評価指標(KPI)は以下の通りです。
表1. アセスメント枠組(FAIRR, 2024)
1.トレーサビリティへのコミットメント | |
KPI 1.1. マテリアルリスクの認識 | IUU漁業、乱獲、土地利用転換、人権問題によるマテリアルリスクや、トレーサビリティがこれらのリスクを低減しうることを公に認識している。 |
KPI 1.2. トレーサビリティの公約 | グループ会社・下請会社レベルまで水産トレーサビリティの公約を持っている。 |
2. スコープと実施計画 | |
KPI 2.1. トレーサビリティの公約の質 | 水産物・原材料・水陸両方の餌原料の100%をデジタル・相互運用可能なトレーサビリティへの達成期間制限のついた公約を設定している。 |
KPI 2.2. 実施計画 | トレーサビリティの公約を実施するための、マイルストーンを含む計画がある。 |
3. 進捗のモニタリングと報告 | |
KPI 3.1. モニタリングと報告 | 品目数・サプライチェーンの上下流の深度・データの量や内容などトレーサビリティシステムが詳細にわたりモニタリングされ、公開されている。 |
KPI 3.2. 第三者評価 | トレーサビリティシステムが第三者によって評価されている。ノンコンプライアンス(不履行)の状況や対策が報告されている。 |
評価結果 ~日系企業は改善の余地が大幅にあり
上記指標に対する各社の情報公開の状況は、表2の通りです。
トレーサビリティへのコミットメントという点からはタイの2社が模範的と評価されました。
一方、日系企業はいずれの項目も非公開~一部公開と評価され、トレーサビリティに関しては改善の余地が大幅にあるとされています。
表2. アセスメント枠組に対する各社の情報公開状況

水産企業と投資家に求められることは?
トレーサビリティの確保は、業界による水産資源のサステナビリティの確立に向けた重要なステップであり、それを後押しする投資家の判断は、大きな意味と責任を有します。
また、これらは海洋の生物多様性を世界規模で保全していく上でも、欠かせない取り組みといえるでしょう。
上記の評価結果をふまえ、水産企業と投資家には、それぞれ次の事項の対応が求められます。
水産企業への推奨事項
フルチェーンで、デジタルかつ相互運用可能なトレーサビリティは環境・社会リスクを有意義に評価するために必要不可欠であり、任意または義務の枠組を遵守するために、ますます避けては通れない道となってきています。
また、しっかりしたトレーサビリティを実装することは、投資家や消費者からの信頼性を高めることにつながり水産業界にとってビジネスチャンスとなるものです。
しかし国境を越えて流通する水産物において、サプライチェーンを通じたトレーサビリティの確保には、多くの困難が伴います。
水産物のトレーサビリティの国際標準策定のために設立された企業間プラットフォームGDST(Global Dialogue on Seafood Traceability)によるGDST1.0などの、普遍的なトレーサビリティ基準への準拠は、サプライチェーンを通じたデータの相互運用のためのひとつの改善策です。
▶ 世界初の水産物トレーサビリティ世界標準GDST1.0の発表
水産企業が取れる具体的な対策として、報告書では次の4点が挙げられています。
- トレーサビリティデータの検証およびギャップ分析を受け、既存のデータおよび不足している情報を把握する。
- サプライチェーンのマッピングを行い、トレーサビリティが確保できている箇所及びリスクのある箇所を確認する。
- 組織のトレーサビリティに対する姿勢を見直し、取り組みをサプライヤー、顧客、株主などにどのように公表しているか確認する。
- 期限付きかつフルチェーン・デジタル・相互運用可能のトレーサビリティに関するコミットメントを更新また新設する。また、このコミットメントに対する進捗を定期的に報告する。
投資家への推奨事項
投資家がトレーサビリティの重要性に着目することは、非常に重要な第一歩です。報告書では以下4点を投資家への推奨項目として挙げています。
- サプライチェーンのトレーサビリティに関する要求事項を行動に移せるような方針として明文化し、水産関連のポートフォリオ企業へ伝える
- ポートフォリオ企業が水産物を中心としてリスクの高いコモディティのトレーサビリティに関する期限付きの目標を設定し、その進捗を開示する。
- 水産物トレーサビリティエンゲージメントのフェーズ2に参加する。フェーズ2は2025年上半期に開始予定である。また、水産関連ポートフォリオ企業との対話を深める。その際、ポートフォリオ企業と対話するために水産・環境に関する基礎知識を把握するために、協力団体などによる能力構築の機会を設けるなど、本プログラムの範囲外であっても積極的かつ包括的に取り組む。
- SeaBOS、GDST、UNEP FI 持続可能なブルーエコノミー金融イニシアティブなどを通じてトレーサビリティに関する業界内の協働を促進する。
トレーサビリティの確保を実現するビジネスモデルを
今回の調査報告において、日系企業が本枠組のなかで比較的低評価となった原因の一つに、取り扱う原料や製品が外国企業に比べて多岐にわたることが挙げられます。
複雑なビジネスモデルの中でサプライチェーンの上下流に渡り、トレーサビリティを確保するプロセスに移行するためには人・資金・時間のリソースが多く必要となります。
その中で、水産のサステナビリティの確立に向けた取り組みを推進していくためには、こうした負荷をビジネスが単体で負うのではなく、金融・行政・技術など多角的な見地から、移行プロセスをサポートしていける仕組みを考えていかねばなりません。
WWFは水産、そして海の環境問題は、社会全体の課題であるという認識のもと、関係するステークホルダーの連携と協働による取り組みを進めていきます。
*本報告書のフェーズ2(2025年上旬開始)への参加にご興味のあるアセットマネジャーの方は、是非FAIRRもしくはWWFジャパンにご連絡ください。
WWFジャパン 海洋水産グループ
fish@wwf.or.jp
関連情報
- FAIRR Seafood Traceability Engagement
- 世界初の水産物トレーサビリティ世界標準GDST1.0の発表
- GDST
- SeaBOS
- UNEP FI 持続可能なブルーエコノミー金融イニシアティブ
- FAIRR(2024)報告書『 Tracing Risk and Opportunity: The Critical Need for Traceability in Today’s Seafood Supply Chains – Seafood Traceability Engagement Phase 1(仮訳:リスクと機会を追う:現代の水産物サプライチェーンのトレーサビリティ不足によるグローバル水産物大手企業)』
- プレスリリース英文
- プレスリリース和文(仮訳)