アジアゾウについて
2020/04/24
アジア最大の陸上動物、アジアゾウ
アジアの自然と共に生きる
アジアゾウは、インド亜大陸とインドシナ半島(メコン地域)、そしてセイロン島、スマトラ島、ボルネオ島の3つの島に分布する、アジアを代表する大型の哺乳類です。
その生息環境は、スマトラやボルネオの熱帯林から、メコン地域に広がる季節林、インドのサバンナや山岳地帯、そしてヒマラヤ山麓の大草原まで、非常に多様です。
アジアゾウはアフリカゾウと同様、家族を中心とした数頭から十数頭の群で行動し、それぞれの地域の植生に応じて、さまざまな植物の葉や実、また木の樹皮や根などを食べています。
そして、こうした植物の生育や植生の形成にも貢献しています。
時に300平方キロにもおよぶその広い行動圏の中を移動しながら、食べた植物の種子を糞と共に散布するためです。
このような植生に支えられた環境には、トラやガウルをはじめ、より多くの野生生物が息づいています。
その意味で野生のアジアゾウの存在は、アジアの多様な自然を守り、形作る上で、非常に重要といえるでしょう。
アジアの人々と共に生きる
アジアの各地には古くから、知能の高いアジアゾウを「使役ゾウ」として飼いならし、共に暮らしてきた文化があります。
こうしたゾウは、「ゾウ使い」と呼ばれる技能を持った人々によって訓練され、人や荷物の運搬や、土木工事などで力を発揮しました。
現在も、こうした使役ゾウは各地で多数飼育されており、国立公園では観光客を案内したり、保護区のパトロールでも活躍するなど、さまざまな形で人の役に立っています。
使役ゾウは、人に訓練され、飼育された時点で、もはや野生のアジアゾウではありません。
しかし、文化の中で人々に親しまれ、時に神聖視され、共に生きてきた歴史は、アジアゾウという動物が持つ、大きな特徴となっています。
そしてそれは、アジアゾウとアフリカゾウの間にある、大きな違いの一つでもあるのです。
アジアゾウの分類について
アジアゾウは現在、3つの亜種に分類されています。
亜種とは、一つの種(しゅ)を、分布する地域などに応じてさらに細かく分けて分類したもの。
インドゾウ、セイロンゾウ、スマトラゾウの3亜種が知られていますが、近年は、遺伝子研究の結果からボルネオ島にすむボルネオゾウを、さらに別の亜種とする学説があります。
この他にも、西アジアのシリアや中国南部の個体群を、それぞれ別の亜種とする分類もありますが、これらはすでに絶滅してしまいました。
現在最も個体数が多く、分布域も広いのはインドゾウで、他の亜種は全て、それぞれの名前を冠した島々に分布域が限られています。
種および亜種ごとの大きさや特徴を見てみましょう。
種:アジアゾウ
学名:Elephas maximus
◇生息国: バングラデシュ、ブータン、カンボジア、中国、インド、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、ネパール、スリランカ、タイ、ベトナム
◇絶滅した国:パキスタン
◇推定個体数:41,410~52,345頭(2003年)
◇レッドリストの評価:EN(絶滅危惧種)
*スマトラゾウのみCR(近絶滅種)
◇体長:5.5~6.4m(鼻を含む)
◇尾長:1.2~1.5m
◇体高:2.7m(オス)2.4m(メス)
◇体重:3.6トン(オス)2.72トン(メス)
◇備考:上記は種としての目安(成獣)
亜種:インドゾウ
学名:Elephas maximus indicus
アジアの大陸部に分布し、アジアゾウの個体数の半分以上を占める亜種です。
身体は大きく、低地の森から山岳地帯の草原まで、幅広い環境に適応して生きています。
最大で330平方キロにもなる行動範囲を持ち、その中を群で移動しながら暮らす一方、一日に19時間も採食することがあります。
◇生息国:インド、ネパール、ブータン、バングラデシュ、中国、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナム、タイ、マレーシア
◇体長:6m~7.5m(鼻を含む)
◇肩高:1.8m~3.4m
◇体重:最大5トン(6トンの記録もあり)
◇生息環境:熱帯林、および亜熱帯の広葉樹林、乾燥林、草原
◇推定個体数:20,000頭~25,000頭
亜種:セイロンゾウ
学名:Elephas maximus maximus
インド南部の東の洋上に浮かぶ島国、スリランカにのみ生息する亜種。
12~20頭となる群れのリーダーは最年長のメスです。
他の亜種よりも牙(象牙)が短く、メスでは見えないことも珍しくありません。
一時は数が非常に少なくなり、絶滅が心配されたこともあります。
◇生息国:スリランカ
◇肩高:2.4m~3.0m
◇体重:2.0トン~5.4トン
◇生息環境:熱帯林、および亜熱帯の広葉樹林
◇推定個体数:2,500頭~4,000頭
亜種:スマトラゾウ
学名:Elephas maximus sumatranus
インドネシアの西端、赤道直下に位置するスマトラ島の熱帯林に生息する亜種です。
主食は草や樹皮や根、葉などですが、米やサトウキビ、バナナなどの農作物も好んで食べ、害獣とされることもあります。
熱帯林の伐採と共に数が激減し、アジアゾウの中では最も絶滅の危機が高い亜種です。
◇生息国:インドネシア(スマトラ島)
◇体長:最大6.1m(鼻を含む)
◇肩高:1.5m~2.7m
◇体重:約5トン
◇生息環境:熱帯林
◇推定個体数:2,400頭~2,800頭
亜種:ボルネオゾウ
学名:Elephas maximus borneensis
東南アジアのボルネオ島、その北東部のごく限られた地域にのみ生息しています。
小さな体に大きな耳、時に地面に届くほどの長い尾など、他の地域のアジアゾウと異なる特徴を持ち、独立した亜種とする学説もあります。
以前は、17世紀にイギリスの東インド会社が、当時存在したスールー王国へ贈った使役ゾウの生き残りではないかと考えられていましたが、2003年にWWFがゾウの糞でDNA解析を実施したところ、ボルネオゾウが他のアジアゾウの系統と分かれたのは、約30万年前であることがわかりました。
◇生息国:インドネシア、マレーシア(ボルネオ島)
◇肩高: 2.5m~3.0m
◇生息環境:熱帯林
◇推定個体数:約1,500頭
こうしたアジアゾウの亜種の分類は、この動物が広い分布域を持ち、多様な自然の中で生きていることを物語るものでもあります。
しかし、そのアジアゾウは今、多くの地域で個体数を減らし、絶滅の危機に追い込まれようとしています。
アジアゾウの危機
アジアゾウの分布域は、13の国に及びますが、個々の生息場所はその大半が分断されており、多くの個体群が深刻な絶滅の危機にさらされています。
IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」では、アジアゾウを「EN(絶滅危惧種)」として、絶滅の危機が非常に高い状況にあると評価。
特に、スマトラゾウに関しては、絶滅寸前を意味する「CR(近絶滅種)」としています。
アジアゾウを脅かしているのは、主に次のような問題です。
1)農地や牧草地の開発による生息地の消失や断片化
2)木材や紙パルプなどを生産するための植林活動による自然林の破壊
3)農業の害獣としての駆除や、人との衝突事故
4)象牙や食肉を目的とした密猟
最も深刻な原因は生息地の消失です。
これは、アジアゾウの主要な分布域が、インドや東南アジアなど、世界的に人口の多い地域に重なっていることと、深い関係があります。
しかも、これらの地域では今も人口が増え続けており、急激な経済成長も相まって、さらに開発に拍車がかけられようとしています。
象牙を目的とした密猟については、アジアゾウはアフリカゾウほどの被害を受けていないと考えられていますが、インドやミャンマーなどの国々では今も密猟が起きています。
この中には、食用にする肉を取るための密猟も含まれますが、実際の規模や影響の大きさは、よくわかっていません。
失われるアジアの森と共に
アジアゾウの減少がとりわけ深刻なのは、熱帯の森が失われ続けている、インドシナ半島(メコン地域)やスマトラ島、ボルネオ島といった地域です。
破壊の原因は、天然ゴムやパーム油の原料となるアブラヤシを採るための、大規模な農園(プランテーション)の開発。また、木材や紙の原料となる木を植林するため行なわれる、熱帯林の皆伐などです。
最も絶滅の危機が深刻な亜種スマトラゾウがすむスマトラ島では、生息地の森のおよそ70%が失われ、個体数もそれによって半減したとみられています。
また、森林の開発は、ゾウからすみかを奪うだけでなく、さらなる問題の発生にもつながります。
森を伐り拓いて造られた農園に、野生のアジアゾウが出没すると、人との遭遇、衝突事故が生じてしまうためです。
これらの問題は、ゾウのすみかの減少だけでなく、地域の貧困問題とも深く関係しているため、ただゾウの保護を叫ぶばかりでは解決できません。
アジアゾウを守る
絶滅の危機にある野生のアジアゾウを守るためには、次のような取り組みが必要です。
1)生息環境である森やサバンナ、草原などの保全
2)生息環境の破壊につながる開発や伐採の抑止
3)ゾウがすむ地域の人々への支援
4)密猟や象牙の密輸の防止
これらの取り組みは、いずれも複雑に関係しています。
たとえば、森は保護区を設立することでも保全することができますが、それだけで伐採が防げるわけではありません。
豊かとはいえない暮らしをしている人々が、生活のために、保護区の中でも伐採をしたり、農園を開発してしまう例が多いためです。
そして、そうした農園などで生産されるパーム油や天然ゴムなどは、その国の重要な産品として、日本をはじめ世界の各地に輸出されています。
アジアゾウという、豊かな自然環境を必要とする野生動物を守るためには、森やゾウだけでなく、地域の人々や、産業のつながりにも目を向け、改善の取り組みを行なってゆかねばならないのです。
WWFの取り組み
WWFではこれまで、各国政府との協力のもと、密猟や密輸を抑えるパトロールや監視活動に協力。
さらに、インド、タイ、インドネシアなどの、アジアゾウの生息する地域で、さまざまな調査や数多くの保護区の設立、その運営の支援に取り組んできました。
また、保護区周辺で暮らす地域の人々に、自然の大切さや、ゾウなどの野生生物についての知識と理解を深めてもらうための普及教育や、保護区のガイドとして働いてもらうためのトレーニングなども実施。
ゾウと人間の衝突を回避し、共存をしていくための取り組みを行なっています。
また、森などの自然を減少させる要因になっている、開発や伐採の影響を抑えるため、地域の人々への支援活動も展開。
森の木々が再生するスピードに配慮しながら、生態系を壊さずに、木材や紙パルプなどの森林資源を利用する「持続可能」な森林資源の利用を推進しています。
天然ゴムやアブラヤシの農園開発についても、すでにある農地の生産性を上げ、農業者たちが協力して生産コストを下げる取り組みができれば、むやみに森を伐り拓く必要もなくなります。
実際、これらの取り組みは、スマトラゾウのすむインドネシアや、インドゾウのすむミャンマーで開始され、成果を挙げ始めています。
輸出元の国々、ゾウが生きる地域にすむ人々が、暮らしをどう立ててゆくのかも考えなければ、野生のアジアゾウを永続的に保全していくことは、難しいのです。
日本の消費とアジアゾウのかかわり
アジアゾウの保全は、日本とも大きな関わりがあります。
アジアゾウのすむ森を破壊して生産される紙や木材、自動車のタイヤの原料となる天然ゴム、そして食品や洗剤、化粧品などに使われるパーム油は、日本にも多く輸入され、生活必需品として、消費されているからです。
こうした日本とアジアゾウの森のつながりは、逆に考えれば、保全活動に役立てることができます。
現地で「持続可能」な形で生産された産品を、日本などの国々が選んで購入すれば、破壊的な森林の利用や開発は、抑えることができるからです。
そして、企業に対しても、こうした「持続可能」な産品を取り扱うよう働きかけ、それを実現するためのアイデアや計画の実施にも、協働して取り組んでいます。
多くの原料や商品を取り扱い、原産国から日本などの国々へと運んで市場に提供する企業の努力が無ければ、現地の人々の努力と、消費国の人々の願いを一つにつなぐことはできないからです。
これらはあくまで、アジアゾウを保全する手段の一つにすぎません。
それでも、こうしたアイデアを考え、実行し、改善を加えていかなければ、森はさらに失われ続け、アジアゾウは姿を消してしまうでしょう。
アジアゾウの未来のために
アジアゾウと人は、どのようにすれば共存できるのか。
アジアゾウのすむ地域だけでなく、日本を含めた世界の国々で今、その知恵が問われています。
そして、その知恵を形にし、実行していくためには、同じく世界の人々の理解と協力が欠かせません。
アジアゾウの、そしてゾウたちの生きる森の未来を守りたいと願う方は、ぜひ今日から行動してください。
そのためにできることは、次の3つです。
1)FSCやRSPOなどの国際的な認証を受けた、持続可能な製品を選ぶこと
2)アジアゾウと、ゾウの森の問題を、周りの人たちに伝えること
3)現地の保全活動や、持続可能な生産を広げる取り組みを支援すること
心ある個人、企業からのご支援で活動を行なっている、WWFへのご寄付、ご入会も、その手立ての一つとなります。
ぜひ、WWFの森を守る活動を知っていただき、ご支援をご検討ください。
地球から、森がなくなってしまう前に。
森のない世界では、野生動物も人も、暮らしていくことはできません。私たちと一緒に、できることを、今日からはじめてみませんか?
関連情報
天然ゴムについて
2017年からWWFジャパンは、WWFミャンマーと共にミャンマー政府や天然ゴムの小規模農家、世界のタイヤメーカーと協力しながら森林保全活動を進めています。
これは、日本へも輸出されている天然ゴムの生産が、ゾウの貴重なすみかとなる森を破壊することのないよう、持続可能な方法での生産を支援する取り組みです。
紙やパーム油について
日本でも利用されている紙やパーム油の生産は、現地でどのような問題を引き起こしているのでしょうか?
普段の暮らしの中で、当たり前に使われている生活必需品と、地球の自然環境のつながりについて考えてみましょう。
FSCとRSPOについて
森を守りながら持続可能な方法で生産された原材料でできた商品を、消費者が積極的に選んでいくことで、現地の森林保全を支えることができます。
持続可能な紙や木材を認証するFSC®、同じくパーム油を認証するRSPO、 WWFが推進している2つのエコラベルを紹介します。
その他 アジアゾウ関連 活動記事
アジアゾウのすむ地域では、どんなことが起きている?
参考文献
Handbook of the Mammals of the World Plate3
IUCN 2020. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2020-1
ASIAN ELEPHANT:WWF US
New elephant subspecies discovered:WWF International