© WWFジャパン

人とゾウを守る最新テクノロジーとは?タイでの挑戦

この記事のポイント
絶滅危惧種のアジアゾウにとって、重要な生息国の一つであるタイ。もともとゾウを大切にするお国柄のタイでは、これまでにも、ほかの国々のお手本となるような保護活動が長く展開されてきました。その成果によって、近年は国内のアジアゾウの個体数がわずかながらも増加しつつあります。しかし一方で、ゾウが人の居住地に出没する問題も発生。その対応が求められてきました。この課題に対し、今後どのような取り組みに力を入れていくのか。テクノロジーを積極的に使った、タイの国での挑戦を紹介します。
目次

タイに生息するアジアゾウの現状

100年前まで、野生のアジアゾウは世界に10万頭が生息していたと推定されています。

それが現在では5万頭以下にまで減少し、国際自然保護連合 (IUCN)のレッドリストでは絶滅危惧種(EN)に選定されています。

特に数を減らしているのが東南アジア諸国と中国で、現在生息が確認されている8カ国(インドネシア、カンボジア、タイ、中国、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)を合わせても8,000~11,000頭しか残っていません。

タイではゾウとのトラブルが頻発

そんな東南アジアの中でも、タイには約4,000頭が生息し、増加傾向にあるなど、比較的良好な状況にあります。

しかし今度は、新たな問題が増えてきつつあります。

ゾウが人里に出没し、農作物を食べたり、家屋を損傷させたりといったトラブルが多発するようになったのです。

時には実際に亡くなる方まで出てしまう、人身事故も起こっています。

クイブリ国立公園近くのパイナップル畑。こうした場所にも野生のアジアゾウが出没することがあります。
© WWFジャパン

クイブリ国立公園近くのパイナップル畑。こうした場所にも野生のアジアゾウが出没することがあります。

マレー半島の根元、ミャンマー国境と接する、タイ南西部のクイブリ国立公園には、300頭程度のアジアゾウが生息していますが、ここでは毎日10回以上、ゾウが周辺地域の集落に出没。

農作物を荒らす被害などが発生しています。

その一方で、ゾウはタイでは神聖な存在として扱われ、重要な文化の一部にもなってきました。

だからこそ、ゾウと人が共存できる世界を作ることは、タイの人たちにとって重要なテーマなのです。

もちろんこれは一朝一夕で実現できるようなことではなく、刻々と変わる状況に対応しながら、工夫して少しずつ歩を進めていく必要があります。

最新のテクノロジーを活用したゾウとの共存を目指す試み

ゾウが保護区である国立公園から、人里に出てくるのを防止する方法には、いくつかの手段があります。

クイブリ国立公園では、その一つとして、テクノロジーを使い、ゾウの接近をいち早く知る仕組みが運用されてきました。

早期警報システムと呼ばれるこの仕組みは、ゾウの通り道に、動いたものを自動的に撮影するカメラ(カメラトラップ)を設置し、撮影された映像が管制室に送信されることで、随時対応ができる仕組みになっています。

管制室で映像を確認し、ゾウが映っていれば、近くに待機しているレンジャーにいち早く連絡し、ゾウを森に帰します。

早期警報システムのカメラトラップ
© WWFジャパン

早期警報システムのカメラトラップ

早期警報システムの管制室
© WWFジャパン

早期警報システムの管制室

現在、クイブリ国立公園の周辺には、22基のカメラトラップが設置されており、日々ゾウの出現を監視しています。

しかし、この早期警報システムも完璧ではありません。

ゾウはよく賢い動物と言われますが、その能力がここでも発揮され、早期警報システムをすり抜けてしまう例があるためです。

早期警報システムで何度か森に戻されたゾウは、追い返される場所を覚え、次に人里に出るときの道を変えてしまうのです。

そのためカメラトラップの場所も、ゾウの出方に応じて変更しなくてはなりませんが、これはすべてレンジャーなどのスタッフが手作業で対応しなければならないため、大変な時間と手間がかかります。

所定の場所に待機するレンジャー。ゾウは日中よりも夜間に人里に現れる。
© WWFジャパン

所定の場所に待機するレンジャー。ゾウは日中よりも夜間に人里に現れる。

ドローンのカメラに映ったゾウ。夜はゾウの位置を確認しにくいため、ドローンも使ってゾウの位置を確認し、レンジャーに伝えている。
© WWFジャパン

ドローンのカメラに映ったゾウ。夜はゾウの位置を確認しにくいため、ドローンも使ってゾウの位置を確認し、レンジャーに伝えている。

ゾウが暮らしやすい環境も用意

こうした問題への対策として、人里に現れたゾウを森に帰すことは大事な取り組みですが、それよりも、森から出てくるのを防止することが重要です。

そもそもゾウはなぜ、国立公園の森から出てくるのでしょうか。

その大きな理由の一つは、ゾウが生きる上で必要とする、水や塩分の確保が難しい現状あります。

現在、このクイブリ国立公園をはじめ、タイに生息するゾウの多くは、丘陵地に設けられた保護区の森で暮らしています。

しかし本来、ゾウはどちらかと平地を好む動物で、こうした環境には、湿地や池、塩分を含んだ水場などが多く存在していました。

こうした場所でゾウは水や塩分を比較的簡単に摂ることができたと考えられます。

しかし現在では、このような平地の自然のほとんどが、人の居住地や農地に変えられてしまいました。

その結果、ゾウは森が残る、しかし水や塩場の乏しい丘陵地に追いやられることになったのです。

つまりゾウは、水や塩分を求めて平地に出てくるものと考えられます。もちろん、農地にはパイナップルなどゾウが好きな食べ物もたくさん育てられているので、これもゾウを国立公園の外、人の暮らすエリアに引き付ける、大きな要因になっています。

こうした状況を鑑み、ゾウが少しでも森の中で満足して生きることができるよう、クイブリ国立公園では、人工的に水場や塩場を作る取り組みを行なっています。

水場や塩場は、ゾウ以外の野生生物にとっても欠かせない環境であることから、周辺に設置したカメラトラップの映像からは、この場所を利用する多くの野生動物が確認できています。

塩場づくりの様子。塩と土を混ぜ合わせる。
© WWFジャパン

塩場づくりの様子。塩と土を混ぜ合わせる。

ゾウと人の未来に向けて

このようなゾウの生息環境を整える取り組みに加え、地域の人々に対する、保護活動への理解の促進や、活動への参加を促す試みも行われています。

タイでは神聖な動物とは言え、被害を受けてしまった人々にとっては、ゾウは困りものの存在。ネガティブな感情を持ってしまうのも無理のないことです。

実際に野生のゾウを殺してしまうなどの報復行為にまで発展してしまったケースもあり、人とゾウの共存を阻む、深刻な課題も生じています。

こうした状況で重要なのは、まず被害者への支援、さらに、野生のゾウの存在が地域の人々にとってプラスになるような、社会的な仕組みを作ることです。

こうした考えのもと、クイブリ国立公園で実施しているのが、ゾウなどの野生動物を観察するエコツアーです。

世界各国から集まってくる観光客を案内する、このエコツアーのガイドは、国立公園周辺にすむ、地域住民の方々。

この地域は本来、農業が主産業ですが、それに加えて、国立公園への入場料やガイド料、観光客の宿泊料などが、もう一つの収入源となっています。

クイブリ国立公園の様子。遠くにガウル(ウシの仲間)の群れが見える。
© WWFジャパン

クイブリ国立公園の様子。遠くにガウル(ウシの仲間)の群れが見える。

クイブリ国立公園での野生動物観察ツアー
© WWFジャパン

クイブリ国立公園での野生動物観察ツアー

地元出身者のガイドさん。WWFでは、地域の方々がこうした仕事に携わる際に必要となる、知識や技術を伝える育成の取り組みもサポートしています。
© WWFジャパン

地元出身者のガイドさん。WWFでは、地域の方々がこうした仕事に携わる際に必要となる、知識や技術を伝える育成の取り組みもサポートしています。

アジアゾウと人とのトラブルを完璧に止める手段は今のところありません。

しかし、その生息地の現場では、さまざまな立場の人たちによる挑戦が、日々試みられています。

WWFはこれからも、可能な限りあらゆる方法を使って、ゾウと人がこれまで以上に良い形で共存できる未来を目指します。

その未来にはきっと、これまでにないテクノロジーも使われているに違いありません。

ぜひ日本からも、こうした取り組みに注目していただければと思います。

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP