国際犯罪化した違法な野生生物取引の撲滅をめざすIWT Hub
2021/09/14
- この記事のポイント
- 今も世界中で続いている、違法な野生生物取引(IWT:Illegal Wildlife Trade)。これを手掛ける国際的な犯罪組織は、世界を結ぶ複雑な流通と金融システムを利用し、密猟した野生生物やその製品、その収益を洗浄(ロンダリング)しています。今や野生生物の絶滅危機のみならず、動物由来感染症の拡大などにもかかわる問題となった、この犯罪に対処するためには、野生生物の生息国から消費国までを結ぶ、サプライチェーンに関係する全てのセクターの協力が欠かせません。そのため、WWFはアジア太平洋地域を対象とした活動ネットワーク拠点(IWT Hub)を設置。海運や金融、eコマースセクター、国際機関、ASEAN諸国などとも協力した取り組みを推進しています。
野生生物の違法取引が損なう社会の安定と安全
密猟などを伴う違法取引 (IWT) は、生息環境の破壊に次いで、世界の野生生物を絶滅の危機に陥れている、大きな脅威です。
とりわけアジアは、象牙やセンザンコウのうろこ、トラの骨や毛皮、木材などをはじめ、違法に売買された野生生物やその製品が、数多く取引されている世界最大の市場。
中でも東南アジアは、人間活動の影響により絶滅の危機に瀕している、哺乳類や鳥類、爬虫類などの陸上脊椎動物が、多く存在するホットスポットとなっています。
また、このアジアの市場が抱える巨大な需要は、アフリカなど他の地域や大陸に生息する野生生物の密猟や違法取引を、増加させる原因にもなっています。
しかし、こうした違法行為の広がりは、野生生物種の生存を脅かすだけではありません。
近年は、野生動物に由来し、人間にも感染する「動物由来感染症」のウイルスなども、野生生物の密猟、輸送、取引によって移動し、広がることで、アウトブレイクやパンデミック(世界的大流行)の発生につながる可能性が指摘されるようになりました。
実際、エボラ出血熱やSARS(重症急性呼吸器症候群)、そして2019年末から世界中に広がり、大きな被害をもたらした、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などは、いずれも過去半世紀の間に新たに発生し、世界中に拡散した動物由来感染症です。
こうした感染症のリスクをはらむ野生生物の違法取引もまた、各地域や国の経済、社会の安定や人の健康の安全に脅威をもたらす、深刻な問題となっているのです。
国際的な犯罪組織による違法取引
野生動物の違法取引はリスクが低く、収益性が高い犯罪です。
世界的なその規模は、麻薬、銃器、人身売買に次ぐ、4番目。年間70~230億ドル(およそ7,600億~2兆5,000億円)にものぼるとされます。
そこから生まれる莫大な利益が、世界的な野生動物の違法取引を引き起こす、最も大きな原因となっています。
こうした違法取引の多くを主導しているのは、法執行体制の脆弱な国や地域、汚職や腐敗、そして国際条約などの機能が十分に発揮されていない現状を利用する、国際的な犯罪組織だと考えられています。
これらの犯罪組織は、裏サイトや、ハワラ(インド~北アフリカで利用される非公式な価値移転システム)、暗号通貨、オンライン決済、ペーパーカンパニーなどを使って、手に入れた収益を洗浄し、既存の流通インフラを利用して、国境や大陸を越えて違法な野生生物製品を密輸しています。
数量ベースで見ると、違法取引される野生生物やそれに由来する製品の72~90%は、海運により輸送され、さらに近年は、インターネットを悪用したオンラインのプラットフォームによる取引も拡大しています。
野生生物の違法取引に対抗するWWFの取り組み
犯罪組織が利用している流通や金融のシステムは、国境を越えた形で広がり、非常に複雑な様相を呈しています。
この犯罪行為に対抗するためには、密猟される野生生物の生息地から、取引の中継地点、さらには最終消費地となる市場の存在する国までをつなぐ、サプライチェーンに関わる全てのセクターの協力が欠かせません。
その実現のカギとなるのは、運輸や金融、eコマース(電子商取引)に携わる民間のセクターや、税関、警察などの公共機関による、これまでには無かった、新しい協力と、そのパートナーシップの構築です。
このためWWFは2019年、アジア太平洋地域でさまざまなセクターの関係者と協力する拠点となるハブ(WWF AP - IWT Hub)を設置。
このIWT Hubは、野生生物の違法取引を阻止する上で、効果が期待される施策を促進・調整するため発足したもので、既存のWWFのプログラムと、同様の目的で活動するさまざまなパートナーの取り組みに相乗効果をもたらす役割を担うことになりました。
その主な活動の目標として、次の3点を掲げています。
- 野生生物の違法取引に利用される、流通と資金のルートを無効化する
- オンラインおよび物理的な野生生物市場を閉鎖する
- 消費者の需要を減らすキャンペーンを促進する
すでに、IWT Hubでは、ACAMS(公認AML(*)スペシャリスト協会)や、IMO(国際海事機関)、オンラインでの違法な野生生物取引を終わらせるためのeコマース企業の連合、USAID、United for Wildlife(UfW)との、官民の垣根を超えたパートナーシップを構築。
各パートナーが蓄積してきた経験も活かしつつ、違法取引の防止、検出、報告を行なうためのツール開発や、スタッフのトレーニング、法律の執行支援などに取り組んできました。
*AML = anti-money laundering(マネーロンダリング対策)
違法取引に利用される流通ルートを無効化する
世界のモノの流通は、90%が海運により占められていますが、違法に取引される野生生物製品も、その72~90%が海運を利用して行なわれていると推定されています。
これらは、合法的な貿易のためのサービスを悪用して行なわれ、貿易会社や海運業者は、その事実を知らないまま利用されているケースがほとんどです。
そのような状況の中、膨大な積荷の中から、違法に取引される野生生物を見つけ出すことは、極めて困難といわねばなりません。
この問題に対処するため、IWT Hubは複数のパートナーと協力して、海運業界が違法取引などの野生生物犯罪を特定する際に活用できるガイドを作成しました。
このガイド『The Red Flag Compendium for Wildlife and Timber Trafficking in Containerized Cargo(コンテナ貨物の野生生物および木材取引に関する危険信号(Red Flag)の概要)』は、不正や密輸、その他の犯罪行為を示す危険信号を詳述。
さらに、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)に違反して頻繁に取引される、大型ネコ科動物や、特定の海洋生物、サイ、ゾウといった大型哺乳類や木材などを含む、野生生物を特定するためのツールとなっています。
また、違法取引に利用されるリスクのあるルートについての情報や、疑わしい書類、価格、重量、外観と情報の不一致など、不正行為の典型的なポイントも解説。
複数の貨物に分割された積荷や、出港ぎりぎりになっての積載許可の要求、通常では考えにくいルートや目的地の設定、突然の送り先の変更といった不自然な行動が、違法行為の兆候である可能性なども指摘しています。
違法取引に利用される資金のルートを無効化する
野生生物の違法取引に対する法的な措置は、事件が発覚し、野生生物が押収された後も継続されなくてはなりません。
実際の違法取引に手を染めた人間を検挙するだけでなく、それで最終的な利益を得る人間を追跡し、逮捕する必要があるからです。
これは、犯罪組織を解体する上でも重要な手立てとなります。
そこでIWT Hubは、ACAMSと連携して、野生生物の違法取引に関係した金融犯罪を特定するための、認定トレーニングコースを提供しています。
この無料で利用できる自習形式のオンラインコースでは、受講者が違法な野生生物取引のリスク検出や、その報告、リスクの軽減やその是正方法などを学ぶことができます。
また、犯罪組織が行なう貿易ベースのマネーロンダリングを特定したり、実体のないペーパーカンパニーを見破る方法などについても教えています。
さらにこの他にも、民間や公的機関の金融セクターとも協力しながら、野生生物の違法取引に関連した不正行為やマネーロンダリングを特定し、これらの金融犯罪に対抗するためのツール開発やトレーニングも行なっています。
野生生物のオンライン市場を閉鎖する
他の多くの商品と同様に、野生生物やそれに由来する製品の商取引は、eコマース市場やソーシャルメディアのプラットフォーム上で盛んに行なわれています。
WWFミャンマーの報告書によると、2020年の1年間だけで、143種6,000点以上の野生動物、およびそれに由来する製品の国内向け販売が、フェイスブック上で投稿、宣伝されました。
投稿された内容の大半は、絶滅の危機に瀕しているクマ、サイチョウ、テナガザル、ビルマホシガメなど、野生から捕獲された生きた動物。さらに、投稿や宣伝が確認された事例の中には、動物由来感染症の潜在的リスクが指摘される野生ジャコウネコやセンザンコウの肉も含まれていました。
こうした事態を受け、WWFのIWT Hubでは、オンライン上での野生生物違法取引市場の閉鎖に向けてアジア地域を中心として展開するeコマース、ハイテク業界とのパートナーシップを志向しています。
また、野生生物取引に関連する方針策定ガイダンスや、トレーニングなどを提供、協力体制を構築しています。
次の動物由来感染症のパンデミックを防ぐ
野生生物の違法取引を無くしていくことは、2019年末から世界を席巻している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような未知の動物由来感染症への対策としても、必要な手立てです。
生きた野生動物やその肉の密猟、輸送、違法な取引は、人が野生生物と接触し、動物が保有する感染症の病原体を拡散させる、深刻な要因となるおそれがあるからです。
こうした問題を防ぐため、WWFのIWT HubではOIE(国際獣疫事務局)およびASEAN(東南アジア諸国連合)生物多様性センターと協力。
ASEAN加盟諸国の政策に大きな影響力を持つASEANハンドブックに、「ワンヘルス」に関する項目を設け、人や動物への健康の側面からも求められる野生生物の取引規制に関するガイダンスを作成しています。
この「ワンヘルス」とは、人と動物(野生動物と家畜を含む)、そして自然環境(生態系)の3者の健康を、一つのもの、と捉え、共に守っていくことを目指す概念です。
これまで各分野の取り組みは、人の医学、獣医学、そして森林保全などの環境分野と、それぞれに分かれて行なわれてきましたが、新型コロナウイルス感染症のような動物由来感染症の発生や拡大を防ぐためには、これらを統合して取り組んでいくことの必要性が、指摘されているのです。
実際、野生生物取引が盛んな東南アジアは、豊かな生物多様性が残る環境であると同時に、密猟や森林破壊が深刻な地域でもあります。
ASEANハンドブックに追加された「ワンヘルス」に関する項目は、今後、ASEAN加盟諸国が、未知の動物由来感染症の発生・拡大を予防するために、野生生物取引に関する法律と施行を強化するための基盤となるでしょう。
WWFは、次のパンデミックのリスクを予防するためにも、各分野のパートナーや、ASEAN加盟国およびアジアの他の国々と協力して、野生生物取引の規制やその執行を強化し、違法取引の撲滅を目指していきます。
野生生物の違法取引撲滅に向けたこれからの取り組み
WWFのIWT Hubは、その取り組みの開始以降、各方面に提供してきたツールやトレーニングなどを通じ、この闘いに重要な変化をもたらしました。
まず、マネーロンダリング対策に特化した専門家グループとの連携、そして、海運される膨大な貨物やオンライン市場において野生生物の違法取引を効率的に探知するための基盤が構築されました。
今後は主に、次の取り組みに注力していきます。
マネーロンダリングへの対応強化
ACAMSとの協力のもと、違法な野生生物取引に対するマネーロンダリング対策の現状を、金融機関に伝えることで、取り組みを強化しています。
その一環として、ACAMS とWWFによるトレーニングコースを受講した受講者から、対策の成功事例を収集し、他の受講者が応用できるようにするための調査を行なう予定です。
海運業との連携
今後、WWFは、IMO(国際海事機関) や、同じくこの問題の解決を目指すパートナーと共に、国際海運を利用した野生生物の密輸の防止と抑制のためのガイドラインを作成します。
これによって、民間部門と公共部門の能力や情報、人材が組み合わされることで、国境を越えた野生生物の違法取引に、合法的な海上輸送サービスが悪用されないよう、より踏み込んだ対応が可能になります。
オンライン取引の検出・監視の強化
オンライン取引のような、デジタル時代の利便性を悪用した手口についても、対応の強化を目指していきます。
野生生物の違法取引につながる投稿は日々増加し、さまざまな暗号用語が、絶えず変化しながら使われています。
このため、オンライン市場における違法取引の検出効率を高めるためには、新しいテクノロジーの助けが欠かせません。
そこでIWT Hubでは、こうした検出や監視を高速化する、AIによる学習機能を搭載した対応プログラムの開発を目指しています。
さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のような、動物由来感染症のパンデミックを防ぐためにも、この野生動物の違法取引の問題は、解決していかねばなりません。
違法取引を止めることができなければ、人が何十年にもわたって懸命に取り組み、築いてきた社会の安全と安心も、脅威に直面することになるのです。
野生生物の違法取引との闘いは、野生生物の保全だけでなく、人類自身のためにも、緊急かつ重要な取り組みです。
それは、特定の政府機関に課された義務であるのみならず、流通や消費にかかわる、民間セクターや個人にも、関係と責任が問われるものでもあります。
WWFはこれからも、さまざまな分野の関係者の方々と共に、その知見と力を合わせ、野生生物の違法取引問題に取り組んでいきます。