トークイベント「メコンの森で野生動物を覗き見る」を開催
2019/05/27
多くのお申し込みをいただきました!
本イベントには、予想をはるかに超える方々から参加のご希望をいただきました。当初は、WWFジャパンのセミナールームでの開催を予定していましたが、急遽、同じビル内にある貸会議室に場所を移し、追加で参加のご希望をお受けしました。
それでも、多くの方のお申し込みをお断りせざるをえませんでした。ご参加いただけなかった方々にこの場を借りてお詫び申し上げるとともに、当日の様子や、お話しした内容を、以下にご紹介いたします。
1.タイ・ミャンマー国境の、トラ保護活動について
姿の見えない野生動物、どう調査する?
イベントの冒頭、参加者の皆さまには、メコンの森で撮影されたアジアゾウ、インドシナヒョウ、そしてインドシナトラの親子の姿をとらえた、それぞれ数秒の動画をご覧いただきました。調査用に森に仕掛けた自動撮影カメラ(カメラトラップ)に記録された映像です。
野生の生きものたちの多くは、めったに人間の前に姿を現しません。絶滅が心配されるほど生息数が減っていればなおのこと。それでも、野生動物がどこにどのくらいいるのかは、保護活動を行なっていく上で欠かせない重要な情報です。
では、姿を見せてくれない生きものたちを、どうやって調査しているのか。WWFジャパン森林グループの川江心一が、現場の様子も交えて、ご説明しました。
野生のトラの状況を探る、3つの方法
トラの調査でよく用いられるのが、以下の3つの方法です。
- 足跡を探す
- フンを採取し、DNA鑑定する
- 自動撮影カメラ(カメラトラップ)を用いて写真やビデオを撮る
足跡からは、トラが森のどこをよく利用しているか、オスとメスが出会っているか、子どもがいるか、などを推定することができます。フンを採取して、DNA分析によって個体識別ができれば、生息数を推定することも可能になります。
カメラトラップは、動くものを感知すると自動でシャッターがおりるカメラを森のあちこちに設置し、トラの姿を記録するというもので、トラの縞模様が一頭一頭違うことを利用した調査方法です。写真や動画を分析すれば個体識別ができるほか、画像からは、トラの行動や、子どもを何頭連れているかなども知ることができます。
WWFの活動地域のひとつで、シベリアトラ(アムールトラ)がすむ極東ロシアでは、雪が積もる季節に、足跡とフンの調査が行なわれます。雪にはくっきりと足跡が残り、また、フンも見つけやすく、冷凍保存状態にあるため、DNA分析もしやすいためです。
※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。
しかし、今回のイベントで焦点をあてているメコン地域は、東南アジアの熱帯林。ここにはインドシナトラが暮らしていますが、雪が降ることはまずなく、足跡を頼りに調査することはできません。
また、フンも、見つけにくいだけでなく、微生物の働きが活発で、どんどん分解されてしまうため、採取できても、DNA鑑定が難しい場合がほとんどです。そのため、メコン地域においてはカメラトラップが、トラ調査の中心となっています。
トラの調査をプチ体験!
この日のイベントでは、実際に調査で使っている自動撮影カメラを、参加者の皆さまに見ていただきました。
そして、そのカメラを使って、カメラトラップ体験も実施。
10名ほどの希望者の方々が、トラになりきってカメラの前を横切り、どのように記録されるかを体験しました。
また、カメラトラップが記録した写真から、同じトラを見分けられるかどうかにも挑戦していただきました。こちらは参加者全員で、会場の電気をすべて消し、壁に大きく投影した4枚のトラの画像としばしにらめっこ。うち2枚は、同じトラの写真であることを、多くの方が見分けられていました。
実際の調査の現場では、道もついていない森に分け入って、テントで寝泊まりしながら、2週間ほどかけて、広大な範囲にカメラを仕掛けていくこととなります。また、定期的にデータの回収やバッテリーの交換なども必要です。
インドシナトラが直面する厳しい現状
かつて、インドシナトラは、メコン地域に広く分布していました。しかし、2015年の時点で、カンボジアからはすでに姿を消し、ベトナムも5頭以下、ラオスも推定2頭という状態。ある程度の数が生き残っているのは、タイとミャンマーだけだと見られています。
中でも重要なのが、タイとミャンマーの国境地帯に残る森です。タイは近年、著しく開発が進み、多くの森林が失われました。
しかし、ミャンマーとの国境地帯には、保護区(国立公園や野生生物保護区など)が30カ所ほどあり、かろうじて森が残っています。また、ミャンマー側にも森が残っています。
タイでは、これまでの調査で推定されているインドシナトラの個体数が、合わせて約100頭。しかし、まだほとんど調査が行なわれていない場所も少なくありません。タイ最大の国立公園である「ケーン・クラチャン国立公園」もそのひとつです。ここでは、トラの存在を示す痕跡も見つかっていることから、早急に調査を行ない、状況をしっかり把握することが急がれます。
インドシナトラにとって「最後の砦」ともいえる、タイ・ミャンマー国境の森。しかしここにも危機は迫っています。
タイ側では、国立公園や森林保護区に指定されている場所でも、違法伐採や野生生物の密猟などが起きています。また、ミャンマー側の森は、保護区にすらなっていないため、常に開発の危機にさらされています。特に近年、ミャンマーでは天然ゴムの生産が急速に広がっており、それと反比例するように、自然林が減少しています。
現在、世界で使用されている天然ゴムの約8割が、東南アジアで生産されています。そして天然ゴムの多くが使われているのがタイヤです。つまり、日本も、この問題と無縁ではないのです。
トラを守り、森を守るためのWWFの取り組み
自然林が天然ゴムの生産地に変わってしまうのを防ぐために、WWFでは、天然ゴムの生産や加工にたずさわっている人々を支援し、生産方法の改善を進めています。品質のよい天然ゴムが取れるようにすることで人々の収入を増やし、これ以上、森を切り開かなくても生活できるようにして、自然林が天然ゴムの生産地に変えられてしまうのを防ぐのが狙いです。
また、これから開発が進んでいくとみられるミャンマーでは、政府と協力し、開発せずに森を残すべき場所を明確にするなどの「土地利用計画づくり」を進めています。
さらに、日本をはじめ、天然ゴムを利用している国々の企業に対して、持続可能なやり方で生産された天然ゴムを選んで買い付けるよう働きかけを行なっています。
密猟や違法伐採への対策として、取り締まりにあたるレンジャー(国立公園の自然保護官)のスキルアップにつながるトレーニングを実施することも、WWFの取り組みのひとつです。
2.カンボジアのインドシナヒョウに関する報告
深刻化する密猟
この日のトークイベントでは、タイ・ミャンマー国境地帯におけるインドシナトラの保護活動がメインテーマでしたが、もうひとつ、同じメコン地域の中のカンボジアにおいて深刻化しているインドシナヒョウの密猟についても、お話をさせていただきました。
インドシナヒョウは、メコン地域周辺だけに生息しているヒョウの亜種です。ヒョウは、アフリカからアジアまで広く分布していますが、特にアジアにすむ亜種は、絶滅のおそれが非常に高く、インドシナヒョウも例外ではありません。
そのインドシナヒョウの貴重な生息地のひとつが、カンボジア東部にある野生生物保護区です。インドシナヒョウをはじめ、野生のウシの仲間バンテンや、アジアゾウ、ドール、ターミンジカなど、多くの生きものが見られます。
しかし近年、野生生物を狙った密猟が多発しています。とにかく大量のワナをしかけて無差別に獲り、バンテンならばその肉を食用に、ゾウならば象牙を利用し、ヒョウであれば、骨や毛皮を利用する、といった状況です。
機材や人材が不足する中での取り組み
WWFはカンボジアにおいても、野生生物の調査を進めると同時に、密猟ワナの撤去や、パトロールにあたる人材の育成などに取り組んでいます。
2016年から2017年にかけて、地域の行政と協力して撤去したワナは5,515個。また、生きた状態で押収した野生動物は167頭に及びました。
この地域は、保護区になっているとはいえ、国が雇用しているレンジャー(自然保護管)の人数も、パトロールに使える機材も圧倒的に不足しています。
そこでWWFでは、地域の若者たちの中から、「コミュニティ・レンジャー」を募り、トレーニングを行なって、密猟や違法伐採のパトロールにあたることのできる人材を増やしています。彼らには、現地の人々に、森や野生動物を守ることの必要性を伝えていく役割も期待されています。
メコンの森と、そこに生きる動物たちを守るために
この日のトークイベントでご紹介したメコン地域の保全活動のために、WWFでは特別寄付キャンペーン「メコンからのSOS」を実施しています(2019年5月31日まで)。
メコンの森には、トラやヒョウをはじめ、実にさまざまな野生動物が暮らしています。トラやヒョウの保護を進めることは、豊かな森を残し、そこに展開する生物多様性を守ることでもあります。
たとえば日本のトキのように、人の手で増やさなければ絶滅してしまうような状態まで追い込まれる前に、生態系全体を守ることで、絶滅のおそれのある生きものが、野生のまま生き続けていけるようにする。それが、WWFがメコン地域で実現しようとしている活動です。
メコンの森と、そこに生きる動物たちを守るためには今後、息の長い活動を継続していくことが必要となります。多くの方に、この地域や生きものたちに関心を持ち、活動を応援していただけるよう、WWFはこれからも、今回のようなトークイベントの開催や、キャンペーンなどを実施していきます。