カンボジアでのアジアゾウ保全および持続可能な天然ゴムの生産支援プロジェクト
2023/05/08
- この記事のポイント
- アジア最大の陸上動物で、現在絶滅が心配されているアジアゾウ。その生息地の中でも、カンボジアは長期的な生存がとくに危ぶまれている国の一つで、生息地の縮小や密猟がアジアゾウ減少の大きな要因となっています。WWFジャパンは2023年より、アジアゾウとその生息域の森林を守り、ゾウと地域の人々との共存を図るために持続可能な天然ゴムの生産を推進するプロジェクトに取り組んでいます。
カンボジアに残るアジアゾウの最後の生息地の1つ、東部平原地域(EPL)
生態系におけるゾウの役割
アジア最大の陸上動物であるアジアゾウは、東南アジアから南アジアにかけて13カ国に分布しており、主に森林や草地に生息。
群で広く移動しながら、確認されているだけでも82種もの植物を食べると言われるほど、さまざまな植物を食べて暮らしています。
この生息環境の中で、高い移動能力を持つアジアゾウは、食べた果物などの種子を遠くまで運ぶ種子散布の役割を果たしており、植生を回復させ、健全な生態系を維持することにも貢献しています。
さらに、木などが密生しすぎた場所では、巨体を活かして通り道を作り、他の動物の移動を助ける役割も持っていると考えられています。
大きなフンもまた、昆虫など多くの生きものの食べ物や栄養となり、生態系の循環を促しています。
最近では、成長がはやい一方で炭素量の少ない木々を好んで食べることで、成長が遅く炭素量の多い樹種の成長を助け、間接的に森林の炭素吸収量を増やすのに貢献している、という研究も報告されています(※)。
このように、ゾウは東南アジアおよび南アジアの陸上生態系において、重要な存在となっています。
(※)Berzaghi, F., Bretagnolle, F., Durand-Bessart, C., and Blake, S. 2023. Megaherbivores modify forest structure and increase carbon stocks through multiple pathways. Proceedings of the National Academy of Sciences. 120(5) e2201832120.
各地で減り続けるアジアゾウ
野生のアジアゾウの現在の推定個体数は、5万頭以下といわれており、現在も減り続けています。
IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストでも絶滅危惧種「EN(絶滅危惧種)」に選定されています。
この危機のレベルは、アフリカに生息する2種のアフリカゾウ(マルミミゾウ:CR(近絶滅種)、サバンナゾウ: EN)と変わらない高さです。
アジアゾウが減っている原因は、アフリカゾウと同じく、象牙を狙った密猟もありますが、特に深刻なのは、生息地の減少です。
森林破壊などによって、すみかを奪われたゾウが人里に現れ、農地を荒らしたり、家屋を壊したりといった被害も増えており、その報復としてゾウが殺されてしまう事例も絶えません。
カンボジアのアジアゾウは危機的状況
カンボジアには、約400~600頭のアジアゾウが生息していると考えられていますが、生息地の減少が続いており、現在も個体数は減り続けていると考えられています。
さらにその多くは、重度に分断された小さな生息地に散らばってしまっています。
ゾウは寿命が長いので、こうした生息地でもしばらくは個体数が大きく減ることはないかも知れません。
しかし将来的には、繁殖相手を見つけたり、遺伝的多様性(※)を維持することが困難になったりすることが予想され、長期的にはこうした生息地からは姿を消してしまう可能性が高いと考えられます。
そうしたカンボジアの中でも、ある程度まとまった数のゾウが生息しており、長期的な生存が望める地域は2つあり、そのうちの1つがベトナムと国境を接する東部平原地域です。
この東部平原地域でのアジアゾウ保全の活動は、カンボジアのアジアゾウを守る上で、非常に重要な取り組みとなります。
(※)ある地域にまとまって生息する同一種の集団の遺伝子の多様性のこと。他の地域から十分に移入してくる個体がいれば、遺伝的多様性は保たれるが、不十分な場合には遺伝的多様性は低下し、環境変化への適応能力が低下すると考えられる。深刻な場合には近親交配が進み、先天的な疾患を持った個体が増加する。
アジアゾウとカンボジアの森を守る取り組み
そこで、WWFジャパンでは、WWFカンボジアと協力し、カンボジアの東部平原地域のアジアゾウを保全するためのプロジェクトに取り組んでいます。
プロジェクト概要
【活動1】アジアゾウの個体数や行動パターンの調査
野生動物の保全を行なう上で、正確な個体数の情報を把握することは、より効果的な保全計画を実施するための、最も重要な要素の一つです。
しかし、東部平原地域に生息するアジアゾウの正確な数は、これまで十分な調査が行なわれてこなかったため、まだ分かっていません。
そこで、WWFのプロジェクトでは、アジアゾウのフンからDNAを抽出し、捕獲再捕獲法を用いてより信頼性の高い個体数推定を行なう予定です。
捕獲再捕獲法とは、同じ個体のDNAが繰り返し検出された割合から、統計解析によって個体数を推定する方法です。
ゾウの行動範囲やパターンを詳しく知ることも重要です。
プロジェクトでは、ゾウに首輪型の発信機を装着し、追跡することを予定しています。
こうして集められた情報は、重点的に保全すべき地域の選定や、人とゾウの衝突を回避・低減する取り組みに活かされます。
新型コロナウイルス感染症の発生により中断していましたが、これを再開し、まずは5頭に首輪発信機を装着する計画です。
【活動2】天然ゴムの持続可能な生産を通じた森林の保全
東部平原地域は、緯度が12~13度ほどで、さらにカンボジアには珍しく若干標高が高くなっているため、比較的涼しい気候となっており、東南アジア各地で森林破壊の原因となっているアブラヤシの栽培には適していません。
しかし、森林減少と関わりの強い他の農作物、すなわち「森林リスク・コモディティ」は存在します。
その1つが、タイヤや靴、ゴム手袋、ホースなどさまざまな製品に使われている、天然ゴムです。
カンボジアの天然ゴムの生産性は、1ヘクタールあたり年間1.2トンと、世界最大の天然ゴム生産国であるタイの1.6トンと比べても低くなっています。
こうした生産の不効率と、それらによって農家が十分な収入を得られないことが、新たに森を切り開き、農地を拡大する動機となっているのです。
持続可能な天然ゴムの生産を通じた森林減少の防止
貧困が森林減少の要因となっているならば、既存の農地で十分な収入が得られれば、森林減少を減らすことができると考えられます。
このことは、いくつかの研究でも明らかにされています(※)。
そのためこのプロジェクトでは、収入を増やすための取り組みとして、天然ゴムの生産性を向上させるための農家向けのトレーニングや、協同組合の設立と組合による共同取引の実現を目指した活動を実施します。
さらに、住民と合意ののもと、事前に守るべき森林エリアを地域住民と確認するなど、新たな森林破壊を生じさせないためのルール作りを行なっていきます。
また、天然ゴムは価格変動が激しくなるケースが過去に見られたため、そのような状況下での農家への影響を軽減するべく、パラゴムノキと一緒に他の農作物を植え、副収入の確保を図るアグロフォレストリーの普及も目指します。
農家の収入が多角化すれば、特定の農作物の価格変動の影響を抑え、貧困の抑止にもつなげることができます。
またより自然に近い状態で農作物を育てるアグロフォレストリーを行なうことで、そうした農地が野生動物のすみかになったり、自然の森と人の生活の場の間の緩衝帯になったりすることも期待できます。
これは、地域の生物多様性の保全にもつながる取り組みです。
アジアゾウについても、人里に出没して農作物を荒らしたり、建物へ被害を及ぼす問題が発生していますが、その原因の一つには、農地開発によって、ゾウの生息地が減少したことも、あると言われています。
そのため、持続可能な天然ゴム生産を支援することで、森林減少を防ぐ試みは、人とゾウの間で起きる軋轢(あつれき)を未然に防ぎ、人と森が調和して暮らしていくことにもつながるのです。
(※)宮本基杖 2023 熱帯林減少の原因と解決策 ―貧困削減が森林減少の防止に有効― 日林誌 105: 27-43
【活動3】国際的な天然ゴムの持続可能な生産を促進する取り組み
また、プロジェクトでは、「持続可能な天然ゴムのためのグローバル・プラットフォーム(GPSNR)」との連携も視野に入れています。
このプラットフォームには、世界のタイヤメーカーや自動車メーカーのほか、加工業者や卸業者、農家まで、天然ゴムのサプライチェーンに関わるさまざまな関係者が参加しており、世界の天然ゴム市場の55%がカバーされています。
このプロジェクトでは、取り組みの一環として、小規模農家のGPSNRへの参加を目指しており、それにより生産地からメーカーをつなぎ、サプライチェーン全体を持続可能なものとする一助としたいと考えています。
アジアゾウを守り、そのすみかである東南アジアの森を守っていく活動には、科学的な調査や、地域住民への支援、国際的なネットワークを活用した取り組みなど、多角的な要素が必要です。
WWFではさまざまな国のオフィスが協力しながら、こうした取り組みを推進しています。
活動の展開については、今後もWWFジャパンのウェブサイトでも発信していきますので、ぜひご注目ください。