タイで野生のトラの個体数が回復
2024/09/04
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- 2024年7月25日、タイ政府はタイ国内に生息する野生のトラの最新の個体数調査の結果を発表しました。その推定個体数は179~223頭で、前回の推定の148~189頭を上回る結果になっています。これは、WWFをはじめタイ国内でその保全活動に取り組んできた、関係機関やタイ政府の努力により実現した成果で、これによりタイは、東南アジアで唯一、野生トラの個体数を増加させることに成功した国となりました。
東南アジアで高まるトラの危機
アジアの生態系の頂点に立つ大型肉食獣のトラは、世界最大のネコ科動物であり、生物多様性の豊かさを示す象徴種でもあります。
自然界でトラが生きるためには、広大かつ多様な生息域の環境と、獲物となる野生動物が息づいていることが、必要とされるからです。
世界の野生のトラの総個体数は、2023年6月の最新の推定で5,574頭とされており、依然、絶滅の危機にさらされています。
危機の原因は、高価な薬の原材料として取引されるトラの骨を狙った密猟や、生息地の自然環境の破壊です。
しかし近年は、全体として個体数の回復が見られており、特に、インドやブータンなど、一部の国では、長年にわたる保護活動が奏功してきました。
一方で、危機が拡大しているのが、メコン地域やスマトラ島など、東南アジアの熱帯から亜熱帯にかけての地域です。
これらの生息域では、パーム油(植物油)や天然ゴムを生産するための農地開拓により、すみかである熱帯林の破壊が深刻化。各地でトラが減少してきました。
過去25年の間に、ベトナム、ラオス、カンボジアでは、他性のトラが絶滅。また、マレーシアやインドネシアでも、危機的な状況にあることが知られています。
タイのトラの状況と保護活動
タイもまた、密猟と生息環境の喪失により、長年にわたりトラの絶滅が心配されてきた国の一つです。
タイにはかつて、トラが国内に広く生息していましたが、現在は特に平野部では完全に姿を消しており、かろうじて西部や北部の山地林に少数が生き残っているのみでした。
そうした中、タイ政府は2024年7月、自国のトラの生息状況について、最新の調査結果を発表。
その数が179~223頭であることを明らかにし、これまでの推定値であった148~189頭を上回ったことを明らかにしました。
この背景には、近年タイでトラの保全活動と、それを支えるための資金支援が強化されたことがあります。
これによって、西部国境地帯の国立公園や野生生物保護区をパトロールするレンジャーが増強され、SMARTと呼ばれる調査や保護のための技術導入が進み、密猟やトラの生息地の劣化・減少を、食い止めることにつながったのです。
また、トラの獲物となるサンバー(東南アジアに生息するシカの一種)や、バンテンの個体数の回復にも力を入れてきたことも奏功しました。
その一環として、WWFタイでは、2021年以降、WWFジャパンの支援のもと、タイの国立公園や野生生物保護局と協力し、100頭以上のサンバーを、トラの生息地に再導入する取り組みを実現。
再導入されたサンバーを、GPS発信器付きの首輪や、自動カメラ(カメラトラップ)を使った調査によって追跡し、生存状況や移動パターンを把握することで、トラの回復につなげることに成功しました。
トラはもちろん、こうした草食動物が生きられる、森の環境を保全していくことも、将来的に保護活動を持続していく上で、大事な取り組みとなります。
また、この地域はいずれも隣国ミャンマーとの国境に位置し、トラは両国を行き来している可能性があることから、国際的な連携と協力のもと、保全を進めていく必要があります。
東南アジアのトラの回復に向けた「希望」として
タイのトラが回復したとはいっても、その数はまだ200頭を超えた程度で、決して十分とはいえません。
それでも、東南アジアでは、野生のトラが絶滅する国が続出する中で、タイは初めて、保全の努力により、トラの減少を回復に転じた、まさに自然の回復「ネイチャー・ポジティブ」を実現した国となりました。
WWFタイのナタリー・パホロヨーティン事務局長は、今回のトラの推定個体数の発表を「歴史的な瞬間だ」とした上で、次のように述べています。
「タイは、東南アジアにおけるトラ回復の希望の灯台となりました。
野生のトラの個体数を回復させるには、何年にもわたり、保全活動を継続することが必要です。この成功を基盤に、タイでは、トラ回復に向けた積極的な取り組みが生まれる機会を迎えました。
また、トラがいなくなってしまった他の国内の地域、管理の行き届いた保護区に、トラを戻す方法を検討する時が来ています」
今回の成功は、他の東南アジア諸国にも、トラ回復を支えるための活動と資金支援の拡大を促す、大きなきっかけになることが期待されます。
失われた自然、生物多様性を回復させる「ネイチャー・ポジティブ」。これを、東南アジアの地で、トラの保護活動を通じてどのように実現していくのか。
未来に向けた挑戦は今も続けられています。