© 鹿野雄一

江戸時代の「廻水路」が希少魚の生息環境に!九州大学との共同研究

この記事のポイント
九州大学とWWFジャパンは、福岡県で江戸時代に造られた歴史的土木遺構「廻水路」が、希少な淡水魚アリアケギバチの重要な生息環境になっていることを明らかにした研究結果を発表しました。これは、九州大学流域システム工学研究室(林博徳准教授・鹿野雄一特任准教授)とWWFジャパンが共同で取り組んできた、福岡県矢部川流域での希少な淡水魚の調査研究によるものです。この研究の成果は2024年6月、国際学術誌『Biodiversity Data Journal(オンライン版)』でも公開。日本の地域特有の歴史的遺構が、生物多様性の保全につながる一つの手段となり得る可能性を、広く伝える機会となりました。
目次

希少種アリアケギバチはどこにいる?

国内はもちろん、国際的にも貴重な淡水の生態系が今ものこる、九州北部の水田地帯。

ここには、世界でもこの地域の流域にしか分布していない、希少な淡水魚類が、数多く生息しています。

その1種が、九州の固有種アリアケギバチ(Tachysurus aurantiacus)です。

河川や水田周辺の水路に生息する、ナマズ目ギギ科の淡水魚で、かつては人里で見られるありふれた魚の一種でしたが、現在はその生息に適した水辺の自然環境の消失等に伴い、絶滅が心配されています。

その重要な流域の一つである矢部川流域で、2022年10月より、WWFジャパンは九州大学流域システム工学研究室と共同で、アリアケギバチの生息状況と環境のフィールド調査を実施してきました。

そして、2024年6月にその研究成果を発表。調査対象地域に造られた、歴史的な水利施設「廻水路」が、アリアケギバチの重要な生息場所となっていることを明らかにしました。

© 鹿野雄一/九州大学流域システム工学研究室

アリアケギバチと矢部川の流れ。

歴史的遺構が希少魚類の貴重なすみかに

矢部川流域の「廻水路」は、江戸時代に矢部川を境界とする久留米藩と柳川藩が、稲作に必要な水を確保するため築造した水利施設。

矢部川の本流に設けられた自藩の堰の間をつなぐ形で、両藩が築いた水路で、いずれもそれぞれの領内に水を引くことを目的としたものです。

これは、貴重な用水をそれぞれの藩が確保するための激しい水争いの歴史の象徴であり、何より、この水を巡る両藩の紛争を平和に解決した、優れた解決策でもあります。

© 九州大学流域システム工学研究室

また、現在も地域の農業や暮らしを支えているこの水路は、河川の上流と下流をつないで、魚類の回遊や、生態系のつながりを支える機能も果たし、さまざまな生物の生息に良い影響を与えていると考えられています。

矢部川流域の「廻水路」での調査

今回の共同研究では、矢部川流域に現存する7つの廻水路のうちの4つと、同じ地域を流れる2つの支流を対象に、合計30カ所の区域で、アリアケギバチの捕獲調査を実施。

また、9つの生息環境要因を設定し、個体数への影響を検証しました。

その結果、捕獲された計70個体のうち68個体が廻水路で捕獲され、9つの環境要因のうち「廻水路であること」と「水際によく植生が繁茂していること」が、アリアケギバチの分布確率を高めていることが明らかになりました。

この結果は、江戸時代に水の利用をめぐる諍いの中で築造され、紛争の解決策として活躍した廻水路が、現在では矢部川流域の生物多様性保全を支えている、という事実を物語るものであり、人と自然の共生という点においても重要な示唆を与えてくれるものとなっています。

生物多様性と歴史・文化の結びつきを後世に!

今、世界の淡水の生物多様性の豊かさは、過去50年の間に約83%が失われたとされています。

日本においても、こうした状況は年々深刻化しており、今回の調査対象となった廻水路についても、石積み護岸の老朽化や豪雨災害による被災により、コンクリート等の代替構造物による改修が進行。

生態系を支える機能ともども、今後も継続した形で維持できるかは、楽観できない状況です。

WWFジャパンと九州大学流域システム工学研究室の共同研究グループでは、今回の研究成果が廻水路の価値の見直しにつながり、アリアケギバチの生息環境を含めた生物多様性の保全、さらには地域の暮らしを伝える文化的遺構の保全に貢献することを期待しています。

また今後も、日本におけるネイチャー・ポジティブ(自然の回復)と、持続可能な社会の実現にむけた提案につながる調査研究に力を入れていきます。


*この調査研究の結果は2024年6月に国際学術誌「Biodiversity Data Journal」のオンライン版にて公開されました。
タイトル:Detour canal, a civil engineering heritage created through historical struggle for water resources, now provides the habitats for a rare freshwater fish
著者名:Yohei Yamasaki, Hironori Hayashi, Suguru Kubo, Takashi Namiki, Yuichi Kano
DOI:10.3897/BDJ.12.e119517
URL: https://bdj.pensoft.net/article/119517/

*本研究は米国コカ・コーラ財団の助成金によるご支援により行なわれました。

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