シベリアトラの保全に前進!ユダヤ自治州で初の個体数調査
2020/04/22
極東ロシア 生態系の王者の歴史
シベリアトラ(アムールトラ)は、世界に現存する6亜種のトラの中で最も大きく、そして唯一、雪降る極寒の環境に適応したトラです。
20世紀初頭、シベリアトラは約2,000頭が生息し、分布域は今よりもはるかに広大だったと言われています。
しかし、毛皮目当ての狩猟で命を狙われ、個体数が減少。
1930年代には、40~50頭しか生き残っていないともいわれ、まさに絶滅寸前の危機に追い込まれました。
しかしその後も、骨などを狙った密猟や生息地の森の伐採など、さまざまな脅威が続く中、保全活動がスタート。
保護区の制定や規制の強化、植林、密猟対策、違法伐採対策、けがをして保護されたトラの救護など、さまざまな保全活動が実現、継続され、2015年にはついに、推定で523~540頭まで、シベリアトラは回復したのです。
WWFロシアも、「ヒョウの森国立公園」や「ビキン国立公園」の設立支援をはじめ、違法伐採や森林火災を探知するシステムの開発・導入など、長年にわたり活動を展開。
こうした取り組みには、WWFジャパンを通じた、日本の皆さまからのご支援も、大きく役立てられてきました。
ところが、シベリアトラの保全活動は、個体数が回復するにつれ、新たな問題にぶつかることになりました。
今、特に問題になっているのは、個体数に比して生息域が十分に確保できていないこと。そして、山林から人里へ降りてきてしまうトラによる人や家畜に害をなす遭遇事故が、頻発し始めていることです。
シベリアトラの保全の難しさ
トラの個体数が回復し始める前から、人里にトラが出没し、ウシやイヌ、時には人を襲う事故は起きていました。
こうしたトラの多くは、怪我や病気などで、うまく狩りが出来なくなった個体です。
ところが、保全活動が進み、トラの数が増え始めると、同じく人里にトラが出没する例も増え始めました。
獲物となる草食動物が減少したり、生息地の森が分断されることも、こうした出没を増やす原因と考えられています。
このようなトラと人との衝突は、トラに対する地域住民の認識を変えてしまいます。
「害獣」としてのトラを恨み、殺してしまう例も多発。2000年から2018年の間に、人里に出てきた33頭のシベリアトラが、地域住民によって殺されました。
個体数が回復傾向にあるとはいえ、いまだシベリアトラは、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで「絶滅危惧亜種(EN)」とされる野生動物。最大でも500頭ほどのシベリアトラにとって、この問題は大きな脅威となります。
しかし一方で、トラが生きられる森や、必要な獲物となる草食動物が生きられる場所には、現状では限りがあります。
これまでの主な分布域である、ハバロフスク地方や沿海地方では、野生のトラがさらに増えても十分に生きられる環境を保全し、確保することが難しくなり始めているのです。
ユダヤ自治州での取り組み
そうした中、新たな場所にシベリアトラを野生復帰させる取り組みがスタートしました。
選ばれたのはハバロフスク地方の南、沿海地方の西に隣接する、極東ロシアのユダヤ自治州。
20世紀の初頭まで、シベリアトラの主要な分布域の一端を占めていた地域です。
しかし、過去40年間、このユダヤ自治州ではトラの生存こそ確認されていたものの、繁殖は確認されてきませんでした。
それでも、ここにはトラが野生で生きていく上で必要な環境が残っていると判断されたため、トラを野生復帰、つまり森に放し、再度定着させる計画がスタートしたのです。
再導入されるトラには、沿海地方やハバロフスク地方で人里に出没し、殺されずに保護された個体が選ばれました。
生まれすんだ場所とは離れた場所になりますが、保護したトラを同じ地域で放せば、再び人里に出てくる危険を冒すことになります。
つまり、ユダヤ自治州での試みは、こうした問題を回避しつつ、トラの数を回復させる手立てを確かなものにするための挑戦でした。
「ゾルシュカ」の成長と追跡調査
最初に再導入されたのは、「ゾルシュカ」と名付けられたメスのシベリアトラでした。
まだ小さな仔トラだったゾルシュカが、沿海地方で保護されたのは、2012年2月のこと。
母親とはぐれ、低体温症で衰弱していましたが、懸命な治療でなんとか一命を取り留め、その後、WWFが支援するリハビリテーションセンターで野生復帰のトレーニングを受けることになりました。
そして、約1年間訓練を積んだゾルシュカは、2013年5月、ユダヤ自治州のバスタック自然保護区で野生復帰を果たすことになったのです。
森へ放たれたゾルシュカを追跡するため、WWFは自然保護管理局と協力し、ゾルシュカにGPS発信機付きの首輪を装着、自動撮影カメラで観察を続けました。
一番重要なことは、果たして野生復帰したトラが新天地でうまく生き残り、繁殖できるのか。これを探ることです。
そのチャンスはあると考えられていました。
というのも、ゾルシュカが放された場所の周辺には、ザヴェントニーと名付けられたオスのシベリアトラが、少なくとも1頭は生息していることが確認されていたからです。
そして、観察を続けること約2年。
自動撮影カメラはついに、2頭の仔トラの母親となったゾルシュカの姿を捉えました。
ユダヤ自治州で40年ぶりとなる、シベリアトラの繁殖が確認されたのです。
ユダヤ自治州で実施した初の広域調査
その後もWWFロシアは、地方政府やアムール・トラ・センターなどのNGO(民間団体)と協力。
ゾルシュカと同様に、衰弱し人里で捕獲された仔トラや、密猟者に撃たれ重傷を負ったシベリアトラの個体を保護し、リハビリセンターで訓練をほどこして、ユダヤ自治州の森に放つ取り組みを継続しました。
そして、ゾルシュカの野生復帰から7年が経った2020年1月~2月、ユダヤ自治州で初めてとなる、より広範囲を対象としたシベリアトラの個体数調査を実施しました。
調査は、自動撮影カメラのデータだけでなく、足跡の大きさや歩幅等の情報を基に、個体数を推定する方法で実施。
その結果、2015年の時点では4頭と推定されていたユダヤ自治州のシベリアトラの個体数が、推定20頭まで増えたことが分かりました。
この事実は、10年前は足跡を見つけることさえ困難だったユダヤ自治州に、確実にシベリアトラが戻りつつあること。そして、このトラが生息できる健全な自然の森が、この地には確かにあることを、あらためて示すものです。
調査結果から見えた新たな課題と次の一手
調査の結果からはもう一つ、ユダヤ自治州での今後の保全に向けた、重要な手掛かりが得られました。
今後、保全活動を優先的に実施していくべき地域の特定と、今そこで起きている問題が、明らかになったのです。
今回の調査が実施された場所は、ユダヤ自治州内にある2つの野生生物保護区とその間の地域でした。
その調査からトラが多数、保護区の外に生息していることが確認されました。
つまり、ここにすむトラは法的な保護下に置かれているわけではないため、今後近隣の人里に出てきた場合や、現地で行なわれている、石炭の採掘や針葉樹合板を目的とした森林伐採など、あらためて対応しなければならない課題があることが分かったのです。
WWFはこれまでにも、2つの野生生物保護区をつなげ、今回の調査対象地域を含めた、より大きな保護区の設立を、長年にわたり政府に働きかけてきました。
今回の調査結果は、その主張の必要性を裏付け、保護区新設の重要性を改めて示す、貴重な情報となりました。
この保護区の連携と拡大については、今後も重要な課題の一つとして、継続して取り組んでいきます。
シベリアトラの保全が意味すること
さまざまな問題を突きつけられながら、長年にわたり続けられている、シベリアトラの保護活動。
その取り組みの目標は、トラという1種の絶滅危機種を絶滅から救うことだけではありません。
野生のトラを守るためには、シカやイノシシなど獲物となる草食動物の存在が欠かせませんし、そうした動物たちが生きていくには、植生の豊かな森が必要です。
豊かな極東ロシアの森林生態系、そこに息づく命、その「つながり」を視野に入れ、保全を目指すことにこそ、シベリアトラ保護の取り組みが持つ、真の意味と、価値があるのです。
トラのいる森は豊かな森であり、反対にシベリアトラが生息できないということは、その森で何か問題が生じている、ということです。
こうした森の問題はまた、世界の他の国々にも、深いかかわりがあります。
たとえば、極東ロシアの森で伐採された木材は、日本にも輸出されています。
それが、違法に伐採された木材であれば、それを日本で消費することは、シベリアトラをはじめとした野生動物や、地域の人の暮らしを、窮地に追いやることにつながるといえるでしょう。
日本でそうした木材が使われないように、WWFは企業や消費者に対し、「持続可能」な方法で生産された木材や紙の利用と、その証明であるFSC®(森林管理協議会)の認証マークが付いた製品の購入を、呼び掛けています。
このマークは、極東ロシアをはじめ、各国の森の保全を支えるエコラベルの一つ。そして、この認証された商品を選び、購入することは、日本からできる世界の森林保全活動です。
WWFジャパンも、皆さまからのご支援のもと、日本国内でこうした取り組みを促進すると共に、現地である極東ロシアでのプロジェクトを支援し、トラと、トラの生きる森の保全を進めてゆきます。
ぜひシベリアトラ、そして世界の森の保全の問題に、これからもご関心をお持ちいただき、ご一緒に取り組んでいければ幸いです。また、引き続き活動へのご支援をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
地球から、森がなくなってしまう前に。
森のない世界では、野生動物も人も、暮らしていくことはできません。私たちと一緒に、できることを、今日からはじめてみませんか?