© Ola Jennersten / WWF-Sweden

西ヒマラヤのマヌルネコ


今日4月23日は、国際マヌルネコの日です。
多くの日本のサポーターとスポンサーのご支援を受けて、WWFがユキヒョウ保全プロジェクトを行なっている西ヒマラヤにもマヌルネコは生息しています。マヌルネコは、ナキウサギやネズミなど小型の哺乳類を獲物とする肉食動物。現地の言葉で「タクシュラム」と呼ばれます。「タク」は岩を「シュラム」はネコを意味するそうです。

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© WWF-India

WWFインドのスタッフ・プリートは、マヌルネコ(Otocolobus manul)との出会いを詩的な文章で伝えてくれました。
”他のスタッフと一緒に、マヌルネコの存在が確認されている場所で観察を数日続けた後のある日、私は、 双眼鏡を覗き込んでいた。平原を吹き抜ける風が私たちの装備を揺らした。ジャングル・ブックに出てくるピース・ロック(平和の岩)に良く似た岩の上に、小さなふわふわした毛玉が止まっていた。
私たちは静かに車を降り、少なくとも50メートルは離れて、この貴重な瞬間を逃さないように注意した。私たちの存在に気づかず、それはそこに座っていた。その突き刺すような黄色い目は遠くを見つめていた。特徴的な涙線の縞模様に縁取られた毛の房は、年老いた不機嫌な賢者のひげ面のようだった。夕方の光がネコを黄金色に照らし、私たちは座ってその一挙手一投足を観察した。そして、太陽が水平線の下に沈むと、ネコは迷路のような岩の中に消えていった。”

その後もフィールドでのマヌルネコとの出会いは度々あったそうですが、その機会はだんだん減っていったと言います。地元の人々もマヌルネコがどこか遠くへいっていまったのではないか?もしかするともっと悪いことに居なくなってしまったのではないかと心配しているそうです。
昨年、プロジェクトの一環でカメラトラップを用いて実施した、肉食動物の生息調査でも、マヌルネコの姿はほとんど捉えられていませんでした。

カメラの前を動物が通ると、その体温や動きを感知して自動的に撮影できるカメラトラップ(自動撮影カメラ)は、野生動物の調査には欠かせません。通常、2台一組で設置し、野生動物がその間を通過すると両側から撮影します。ジャングルなどでは木の幹に固定しますが、森林限界を超えた西ヒマラヤでは、岩の隙間や岩石を積んだ上にカメラを設置します。
© Sascha Fonseca / WWF-UK

カメラの前を動物が通ると、その体温や動きを感知して自動的に撮影できるカメラトラップ(自動撮影カメラ)は、野生動物の調査には欠かせません。通常、2台一組で設置し、野生動物がその間を通過すると両側から撮影します。ジャングルなどでは木の幹に固定しますが、森林限界を超えた西ヒマラヤでは、岩の隙間や岩石を積んだ上にカメラを設置します。

カメラトラップに写ったマヌルネコの尾と後肢。
© WWF-India © Sascha Fonseca / WWF-UK

カメラトラップに写ったマヌルネコの尾と後肢。

カメラトラップで撮影されたラダックの野生動物。この地域に生息する3種のネコ科動物のうち最大の種であるユキヒョウ( Panthera uncia , ①)と2番目に大きいオオヤマネコ(Lynx lynx, ④)。③は、チベットオオカミ(Canis lupus chanco)で、④が、アカギツネ(Vulpes vulpes)。
© WWF-India

カメラトラップで撮影されたラダックの野生動物。この地域に生息する3種のネコ科動物のうち最大の種であるユキヒョウ( Panthera uncia , ①)と2番目に大きいオオヤマネコ(Lynx lynx, ④)。③は、チベットオオカミ(Canis lupus chanco)で、④が、アカギツネ(Vulpes vulpes)。

西ヒマラヤのマヌルネコの存続にとっての大きな脅威は人的なもので、ロードキル(交通事故死)と飼い犬が野生化した野犬による襲撃です。これまでに幼獣の交通事故による死亡や野犬に殺された事例が報告されています。

ロードキルの犠牲となったマヌルネコの幼獣
© Sandeep Chakraborty

ロードキルの犠牲となったマヌルネコの幼獣

交通網の整備は、マヌルネコにとってだけでなく多くの野生動物の脅威となっています。
例えば、WWFジャパンが野生動物の保全とその生息地となる湿地再生プロジェクトを実施している沖縄県西表島の固有種で絶滅危惧種のイリオモテヤマネコは、1978年以降100件以上の自動車による交通事故に遭い、90頭以上が命を落としています。1)
列車と野生動物の衝突事故についても報告されており、絶滅のおそれの高い鳥類であるオジロワシ、オオワシおよびタンチョウにおいて衝突事故が増加傾向にあることが示され2)、保全上の課題となっています。
マヌルネコやユキヒョウにとっても同様で、衝突という直接的な被害のほかにも道路や線路、送電線などのインフラが生息地を分断し、獲物の確保や繁殖相手探しを阻害したり、人やモノの移動が増加することで感染症拡大の懸念が増加したりするなどの影響を及ぼしています。WWFでは、ユキヒョウの生息地域でのインフラ整備に関するガイドラインを作成し、ユキヒョウを象徴とする生態系を劣化させないインフラの導入を意思決定者、政府や関係者に求めるなどの活動も行なっています。

1) 西表野生生物保護センター https://iwcc.jp/accident/
2) Kobayashi et al. (2024). Long-term data reveals increase in vehicle collisions of endangered birds in Hokkaido, Japan. Conservation Science and Practice, 6, 12, e13250.


ユキヒョウ保全プロジェクトでは、野犬の問題にも取り組みを開始しています。狂犬病を媒介しうる野犬の増加は、野生動物の保全のみならず、地域住民の公衆衛生にも大きく関わるため、WWFは、保健衛生を所管する官庁を含めた政府や地域NPOと一緒に対策の検討を行なっています。
こうした取り組みが功を奏してフィールドスタッフが毎回マヌルネコに会えるようになること期待しつつ、日本のスポンサー、サポーターの皆さんのご支援と応援の声を確実に届けます。(野生生物グループ 若尾)。

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自然保護室(野生生物)、TRAFFIC
若尾 慶子

修士(筑波大学大学院・環境科学)
一級小型船舶操縦免許、知的財産管理技能士2級、高圧ガス販売主任者、登録販売者。
医療機器商社、海外青年協力隊を経て2014年入局。
TRAFFICでペット取引される両生類・爬虫類の調査や政策提言を実施。淡水プロジェクトのコミュニケーション、助成金担当を行い、2021年より野生生物グループ及びTRAFFICでペットプロジェクトを担当。
「南西諸島固有の両生類・爬虫類のペット取引(TRAFFIC、2018)」「SDGsと環境教育(学文社、2017)」

子供の頃から生き物に興味があり、大人になってからは動物園でドーセントのボランティアをしていました。生き物に関わる仕事を本業にしたいと医療機器業界からWWFへ転身!ヒトと自然が調和できる世界を本気で目指す賛同者を増やしたいと願う酒&猫好きです。今、もっとも気がかりな動物はオガサワラカワラヒワ。

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生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

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