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SBTs for Natureトライアル分析についての報告書を発表

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2025年4月、WWFジャパンと株式会社ブリヂストン、デロイト トーマツ グループの三者は、SBTs for Natureのトライアル分析についての報告書『SBTs for Natureトライアル分析 -2030年ネイチャーポジティブ国際合意とランドスケープエンゲージメントの有用性の視点から』を発表しました。これはWWFジャパンと株式会社ブリヂストンとが協働で実施する持続可能な天然ゴムのための取り組みを実例とし、策定作業が進行中の自然分野における目標設定のフレームワーク、SBTs for Natureのガイダンスに基づく分析や評価をトライアルとして行なったものです。
目次

ネイチャーポジティブ国際合意

近年、国際交渉の場では、世界の生物多様性の取り組みを促進するさまざまな合意が相次いで交わされています。

例えば、2021年11月の国連気候変動枠組条約、第26 回締約国会議(COP26)で発表された「2030年までに世界の森林減少と劣化に終止符を打ち、回復へと転換させる」という国際目標、「森林・土地利用に関するグラスゴー・リーダーズ宣言」。

そして2022年12月の国連生物多様性条約の第15 回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」における「2030 年までに自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め、反転させるための緊急の行動をとる(ネイチャーポジティブ)」という国際目標。

これらはいずれも、深刻化する気候の変化や生物多様性の損失といった課題を背景に、国際社会が2030年に向けた道筋を示し、森林や自然の減少傾向を反転させ、回復へと向かわせることを目的としたものです。

2030年までに自然の減少傾向を反転させ、回復軌道に乗せる(ネイチャーポジティブ)ための23の行動目標が設定

2030年までに自然の減少傾向を反転させ、回復軌道に乗せる(ネイチャーポジティブ)ための23の行動目標が設定

ところが今、世界はこれらの目標を達成する道筋から大きく外れてしまっています。2024年11月にWWFが発表した「Living Planet Report-生きている地球レポート2024-」では、世界の生物多様性の豊かさが1970年比で73%減少していることが報告されました。

また、他の国際NGOや研究機関などによって設立されたForest Declaration Platformによれば、2023年の世界の森林減少は637万ヘクタールであり、これは2030年までに森林減少と劣化に終止符を打つという国際目標に至る軌道から45%も逸脱していることも明らかになりました。

2015~2023年の世界の森林減少(2024 Forest Declaration Platform: Forest under fire より作成 )と農地拡大のために森林や草原が急速に失われるブラジルのセラード

2015~2023年の世界の森林減少(2024 Forest Declaration Platform: Forest under fire より作成 )と農地拡大のために森林や草原が急速に失われるブラジルのセラード

自然分野における目標設定のフレームワーク SBTs for Nature

このような状況下で、世界の森林減少・劣化の主要因となっている農林畜産物の生産や調達に関わる企業が、いかに事業と自然との関係を理解し、改善に向けた行動をとれるかに、当事者である企業はもちろん、国際機関や金融機関やなどの注目が集まっています。

2023年9月に公表されたTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示枠組みを例にとっても、2025年度までの情報をTNFDに沿って開示する意向を示したTNFD Adoptersに登録する国別企業数は、世界のなかで日本が最も多く、こうしたことからも関心の高さを読み取ることができます。

これと同様に注目を集め、議論が進展しているのがScience Based Target Network(以下、SBTN)が主導する自然分野における目標設定のフレームワーク、Science Based Targets for Nature(以下、SBTs for Nature)です。

土地、淡水、海洋、生物多様性の4つの領域で、企業の事業活動がバリューチェーンに与える影響を測定し、目標を定め、具体的な行動へと結びつけることを目的とし、その実施手順として示される5つのステップのうち、ステップ3までの詳細ガイドラインが公表されています(2025年3月時点)。

SBTs for Natureの5ステップアプローチ(SBTNウェブサイト等より作成)

SBTs for Natureの5ステップアプローチ(SBTNウェブサイト等より作成)

明らかになったランドスケープエンゲージメントの有用性

WWFジャパンと株式会社ブリヂストンは、天然ゴムの持続可能性に注目が集まり始めた2017年頃より、調達方針策定やサプライチェーンの上流における自然生態系への配慮や人権尊重の確認(デューデリジェンス)等に関して協働をスタート。2023年頃からは、天然ゴムの生産現場での協働を開始すべく、そのフィールドの選定と準備に着手し、翌年インドネシアのスマトラ島にてプロジェクトを開始しました。

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WWFジャパン:「持続可能な天然ゴム」を目指して インドネシアでブリヂストンとの協働がスタート

これは、1990 年代よりスマトラで自然保護活動を展開してきたWWFインドネシアの専門的な知見や地域との繋がりと、同社が長年培ってきた天然ゴム生産に関わる深い知見や高い技術とを組み合わせて実施する小規模農家による天然ゴム生産の持続可能性向上に焦点を当てた取り組みです。

『SBTs for Natureトライアル分析 -2030年ネイチャーポジティブ国際合意とランドスケープエンゲージメントの有用性の視点から-』

『SBTs for Natureトライアル分析 -2030年ネイチャーポジティブ国際合意とランドスケープエンゲージメントの有用性の視点から-』

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現在公表されているSBTs for Natureガイダンスでは、土地利用分野に関しては、以下の3つのターゲットについて説明がされています。

・ターゲット1:自然生態系の転換ゼロ
・ターゲット2:ランドフットプリントの削減
・ターゲット3:ランドスケープエンゲージメント

このうち、今回のトライアル分析では特にターゲット3のランドスケープエンゲージメントにフォーカスし、実際のプロジェクトと照らし合わせながら、SBTs for Natureで必要とされる指標の検討、ベースラインの確認、目標設定、目標達成のための対応策などについて詳細に整理を行ないました。結果として、ブリヂストンと実施するスマトラ島での持続可能な天然ゴムのためのプロジェクトが、SBTs for Natureと高いレベルで整合し、かつ対応が可能であることを確認しました。

また一連の分析や評価を通じ、このような生産現場における取り組みが、企業単位での自然生態系の転換ゼロ目標(ターゲット1)を実現するための具体的なアプローチとしても有用であることの理解につながりました。つまり2030年までに世界の森林減少と劣化に終止符を打ち、自然を回復軌道に乗せる(ネイチャーポジティブ)という国際目標の達成に向けた企業の具体的な貢献としても意義があるということです。

本トライアル分析にて選択した指標と目標の概要

本トライアル分析にて選択した指標と目標の概要

国際合意の期限まで、残された時間はそう長くはありません。

とりわけ企業の調達活動における持続可能性向上は一朝一夕で成しうるものではなく、一社単独の努力で完結できるものでもありません。

さらに、少なくとも現状では世界共通の万能なツールは存在せず、さまざまなステークホルダーがいるなかで、単純明快な正解も導きにくいのが現状でしょう。

だからこそSBTs for Natureにおいても重視されるように、バリューチェーンに関わる他の企業、時には行政やNGO等のステークホルダーと協力体制を築いてゆくことが、目標の実現に役立ち、しかるべき成果を生み出すために不可欠と考えられます。

大きな目標を達成するための手段の一つとして、SBTs for Natureの枠組みが上手く活用され、企業の意思決定や具体的な取り組みが加速することを期待します。

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