日本の食を支える南米ペルーの小規模漁業の改善
2023/10/10
- この記事のポイント
- 豊かな海洋生物が息づく海に面した漁業大国、南米ペルー。ここで主要な水産物の一つ、アメリカオオアカイカの漁業に従事しているのが、20,000人以上とも言われる小規模零細の漁業者です。しかし、この地で漁獲されるイカは、日本にも多く輸出され消費を支える一方、サステナビリティについての大きな課題を抱えています。そのため、WWFは漁業者と共に、トレーサビリティの確保を中心とした取り組みを推進。イカを食べている消費者にもこうした問題と日本のつながりついて理解を広げる活動を行なっています。ペルーの海での取り組みについて報告します。
南米ペルーの小規模漁業
マチュピチュやナスカの地上絵といった世界遺産で有名な南米のペルー。
日本の3倍以上の面積を有する国土は、海岸地帯(コスタ)、山岳地帯(シエラ)、密林地帯(セルバ)の大きく3つに分けられ、それぞれの場所で特有の自然環境が育まれています。
主要な産業としては、山岳地帯での亜鉛や銅などの鉱業が知られていますが、海岸地帯での漁業も盛んで、中国、インドネシアに次ぐ世界第3位の天然水産物の漁獲量をほこる漁業大国でもあります(※1)。
南極海から北上する冷たいフンボルト海流(ペルー海流)によってつくられるプランクトン豊富で良好な沖合の漁場は、生物多様性も高く、鯨類や海鳥など多種多様な生きものが生息しています。
ペルーの漁業において漁獲量の大部分を占めているのはアンチョベータ(ペルーカタクチイワシ)で、企業が大規模な漁船で漁を行ない、畜産・養殖用飼料または農業用肥料の原料などとして使われます。
一方で人間が直接食べる水産物については、主に零細の漁業者が小規模な漁船を用いて漁を行ない、日本でも馴染み深いカツオやサバなどさまざまな魚介類が漁獲されます。
中でも、中南米の太平洋沿岸に分布するアメリカオオアカイカは、年間漁獲量が40~60万トンにのぼり、世界全体の漁獲量の50%以上をペルーの漁獲が占めています。
ペルーで最も重要な魚種の一つとなっているこのイカの漁を行なう漁業者の数は、2万人以上とも言われています。
日本でもイカは、サケ、ブリ、マグロ、エビなどと並び、よく食べられている水産物の一つですが、消費の多くを輸入にも頼っています。
アメリカオオアカイカは、普段あまり見聞きしたことがないかもしれませんが、シーフードミックスや冷凍イカ、惣菜加工品など身近なところで使われおり、日本人のイカの消費に欠かせません。
実際、ペルーは中国に次いで、日本が多くのイカを輸入している国。
その現地の海で、イカ漁に携わっている2万人以上の小規模零細の漁業者が、日本の食の一部を支えているといっても過言ではないのです。
※1: Food and Agricultural Organizaion (FAO). The State of World Fisheries and Aquaculture 2022.
小規模漁業が直面する課題
こうした国内外の水産物の消費において重要な役割を担うペルーの小規模漁業は今、大きな課題に直面しています。
それは、小規模零細の漁業者の多くが非正規に漁を行なっており、漁船の正規許可を得る必要があるということです。
非正規の漁船が多い現在の状況では、漁獲や流通が不透明になりIUU(違法・無報告・無規制)漁業由来のイカを蔓延させてしまいます。
漁業の状況を正確に把握することも困難になり、サステナブルなイカ漁業に向けた漁業管理を行なうことも難しくなります。
正規の許可を得た漁船の数は増加していますが、登録に必要な要件を満たすための作業に多くの時間や労力を要したりすることもあり、非正規の漁船もいまだに多く、大きな課題となっています。
これに加えて、ペルー沖の公海上で大量にアメリカオオアカイカを漁獲する大規模な外国漁船が、ペルーの小規模漁業にとって心配の種となっています。
中にはIUU漁船の存在も指摘されており、ペルーの漁業者の生計を守っていくためにも、漁獲からのトレーサビリティ(追跡可能性)の確保や実効性のある国際的な漁業管理が求められています。
【参考:IUU漁業について】
WWFの漁業者との取り組み
WWFペルーでは、こうした課題に対処するための取り組みを小規模零細の漁業者と共に進めており、WWFジャパンはその取り組みを支援しています。
その一つが、電子的に漁獲や流通のデータを登録・管理することができるスマートフォンアプリ「トラスアップ(TrazApp)」の漁業・流通現場への導入です。
このアプリを用いることで、トレーサビリティが確保され、誰が、いつ、どこでアメリカオオアカイカを漁獲し、どういう経路で流通しているかを明確にすることができます。
トラスアップは、ペルー政府にも公認され、漁船の正規許可を得るうえでも重要なツールとなっており、実際に多くの漁業者が関心を示しています。
アプリは誰でも無償で使うことができますが、漁業者が自らダウンロードして使い方を理解し、実際に使用するのが難しい場合もあります。
そのためWWFペルーでは、漁業が盛んな地域にスタッフが常駐し、トラスアップに関する講習会や漁業者へのサポートを行なっています。
その成果もあり、2019年にアプリの導入を開始して以来、利用者数は年々増加。
現在までに累計300名以上の漁業者が利用し、毎年ペルーの年間漁獲量の5%程度に相当する2万トン前後の漁獲のデータがトラスアップに登録され、透明性が確保されたアメリカオオアカイカの流通につながっています。
また、トラスアップで収集された漁業データは、国際的な漁業管理のためにも役立てられています。
ペルー沖を含む南太平洋の公海上の水産資源は、南太平洋地域漁業管理機関(SPRFMO)と呼ばれる国際機関で、関係する国や地域が集まり、持続可能な利用を目指し議論が行なわれます。
アメリカオオアカイカも重要な対象魚種の一つで、実効性のある保全管理のための措置の検討にトラスアップのデータも活用されています。
このように、IUU漁業由来のイカを排除しサステナブルな漁業を推進するうえで、漁業者との取り組みは不可欠です。
一方で、ペルーの小規模零細の漁業者が将来にわたってアメリカオオアカイカ漁業を続けていけるようにするために、そのイカを食べる日本の消費者だからこそできる役割もあります。
【参考:南米ペルー 水産物の電子トレーサビリティシステム「トラスアップ(TrazApp)」】
日本の消費者がペルーの小規模漁業を支える
日本の普段の暮らしの中で、イカやイカを使った商品をお店で選ぶ際に、誰が、どこで、いつそれを漁獲し、どういう経路でやってきて目の前に陳列されているか、考えてみたことはあるでしょうか。
そうしたことをお店で聞いたり、製造会社に問い合わせてみることは、サステナブルなイカ漁業のためにできる第一歩であり、消費者だからこそできる役割です。
残念ながら、水産物の流通経路は非常に複雑かつ不透明な点が多く、またサプライチェーン上の多くの企業でトレーサビリティシステムが整備されていません。
そのため、分からないという回答だった場合でも、消費者が知りたいと伝えることは、お店や製造会社がそうした情報を集め始めるきっかになります。
そしてそれが、お店や製造会社が漁獲や流通の情報が明らかなイカの調達に取り組み、トレーサビリティの確保やIUU漁業由来のイカを排除することにつながります。
南米ペルーで小規模零細の漁業者により行なわれるアメリカオオアカイカ漁業。
遠く離れた日本の消費者も、ペルーのアメリカオオアカイカ漁業、さらには漁業者の生計を支える一翼を担っています。