2.水産調達コードの評価と、本来あるべき「持続可能性に配慮した水産調達コード」
水産物をめぐる問題
歴史的に人類は食糧を生産する目的で海洋を利用してきた。近年、世界的なたんぱく質供給源としての水産物の重要性は増しており、一人当たりの平均水産物消費量は1961年に9.0kgであったものが、2016年には20.3kgへと増加した。一方、世界的な過剰漁獲の影響からすでに33%の水産資源が枯渇状態にあることが指摘されている。加えて実効性ある資源管理の大きな障害となる「IUU (違法・無規制・無報告)」漁業由来の生産規模は、世界的に年間10億ドルから23億ドルとされており、適切な漁業管理体制を導入することで年間約50億ドルの増益が見込めるとする意見もある。
こうした背景から、持続可能な水産物調達の確保は、消費の現場から適切な資源管理の枠組み導入と遵守状況の向上を促進し、海洋生態系の保全だけではなく、世界的な食糧安全保障問題や沿岸地域の暮らしの改善にも貢献するものとして重要視されている。日本は世界でも有数の水産物消費国であることから、日本が持続可能な水産物消費社会の模範となり、持続可能な水産資源利用を牽引する役割を担うことが期待されている。
なお、水産物調達にあたっては、一般に以下のようなリスクが想定される。
- 「合法性」のみの確認に留まり、生産活動による生物多様性や地域社会への悪影響のないことが確認できていない、あるいは悪影響が実際に発生している。(枯渇状態にある資源の取扱いや対象種以外を漁獲してしまう混獲、生産者を含む地域社会のステークホルダーへの人権や労働環境等への配慮が不十分であるとの指摘を受ける)
- サプライヤーの自己宣言等に基づく合法性証明が、上記合法性のみの確認に留まることにより環境面、社会面へのリスク管理を担保できないことに加え、十分に水産資源枯渇のリスクを緩和できていない
- 各種の書類等の分別管理の不徹底や、漁獲段階からの一貫したトレーサビリティの構築が不十分であることにより、調達された水産物の由来が把握できていない。
- オリンピック・パラリンピック大会に特有のリスクとして、水産資源の持続可能性に関心のある国際的な利害関係者利害関係者が、調達した水産物の追跡調査等を行った結果、調達コードに沿った調達実績が、実際には「持続可能な開発目標(SDGs)への貢献」を目指した本来の調達方針に適合してないと指摘されるケースも想定されうる。
オリンピック・パラリンピック大会がグローバルなイベントであることに鑑み、上記のようなリスクを十分に管理しつつ持続可能な方法で生産された水産物を積極的に利用することが求められる。そのため、合法性の基準はEU等の最も厳しい水準と同等に設定し、最低限以下の事項を確認すべきである。
水産物調達コードをめぐる課題解説
調達に関する基本原則では、東京2020組織委員会が大会の準備・運営段階で提供する物品(選手村で提供される食材なども含む)について、誰が、どこからとってきたのか、どのように供給されているのか、について、資源の保全や、生物多様性、生態系へ配慮することをうたっています。
しかし、現在の調達コード、つまり実際にそれらをどのように満たすか、を定めた「基準」は、生態系を保全し、持続可能性を担保する上で、不十分な内容となっています。どこにその課題があるのか、どのような基準が必要なのか、を解説します。
【解説】現在の調達コードについて
調達に関する基本原則では、誰が、どこからとってきたのか、どのように供給されているのか、について、資源の保全や、生物多様性、生態系の保全へ配慮することをうたっています。
調達コードの原則については、こちらを参照(公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のサイト)
基本原則としては、持続可能性を担保するためのポイントが網羅されているものの、現在の調達コード、つまりそれらをどのように満たすか、を定めた具体的な調達基準は、十分な内容になっていません。
特に生態系の保全と、それによって求められる、持続可能性を担保する上では、困難な内容となっています。
特に大きな課題は次の3点です。
水産物調達コード3つの課題
- エコラベルの認証などを取得した品でなくても「資源管理計画(漁業)」、「漁場改善計画(養殖業)」が導入され、行政機関に確認されていればよいとされており、生態系保全の視点が不十分である。
- 透明性等に問題が残る認証制度も認めており、その認証を取得した水産物もよいとされている。
- 現状追認コードで、国産の9割が該当する内容になっている。また、持続可能な調達を後押しするレベルの内容になっていない。
【解説】課題点
水産物の調達について、その原則としては(持続可能性に配慮した水産物の調達基準の2.)、資源だけでなく生態系にも配慮をするとしています。これは、方向性としては評価すべきものです。
しかし、水産物の持続可能性を担保するためには、「水産資源の状態」「生態系への影響」「管理体制」の3つのポイントをすべて網羅しなければ、それは持続可能な水産物とは言えません。
水産資源の状態 | 資源量が良好な状態で維持されているのか、資源管理がきちんと行われているか |
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生態系への影響 | 絶滅危惧種を漁獲していないか、他の魚介類や海洋生物を混獲していないか、また漁業や養殖業が、その周辺の環境や生物多様性に配慮しているか |
管理体制 | 上記2つのポイントを管理する規制や仕組みがあり、かつそれが遵守されるための運用やマネジメントがなされているか |
現在の調達コードの課題点は、これらがすべて網羅されていない点にあります。
特に、生態系への影響に関しては、まったく考慮しなくても、その水産物は調達できることになってしまっています。
根本的に大きく問題となるのは、認証をうけた水産物以外の水産物について基準をさだめた調達基準の4.です。
【持続可能性に配慮した水産物の調達基準 4】
上記 3 に示す認証を受けた水産物以外を必要とする場合は、以下のいずれかに該当するものでなければならない。
(1)資源管理に関する計画であって、行政機関による確認を受けたものに基づいて行われている漁業により漁獲され、かつ、上記 2 の④について別紙に従って確認されていること。
(2)漁場環境の維持・改善に関する計画であって、行政機関による確認を受けたものにより管理されている養殖漁場において生産され、かつ、上記 2 の④について別紙に従って確認されていること。
資源管理計画もしくは漁場改善計画を作成していない場合、または行政機関による確認を受けていない場合→
(3)上記 3 に示す認証取得を目指し、透明性・客観性をもって進捗確認が可能な改善計画に基づく漁業・養殖業により漁獲または生産される場合を含め、上記 2 の①~④を満たすことが別紙に従って確認されていること。
※上記2④:当該水産物の漁獲または生産に当たり、関係法令等に照らして適切に措置が講じられていることを確認する。
このように、認証を受けていない水産物については、法令を遵守の上で、資源管理計画もしくは漁場管理計画があれば、これを調達することが可能、つまり持続可能性を担保するとされています。
*資源管理計画とは:漁業を対象にしたもので、国や都道府県が策定する資源管理指針に基づき、漁業者が、魚種または漁業種類ごとに、自主的に行う資源管理措置について作成するもの。対象の魚種・漁業種類の現状、海域、資源管理措置(休漁や漁獲量制限、網目の拡大など)、取組期間等を記載している。
*漁場管理計画とは:養殖業を対象にしたもので、漁協などが共同または単独で作成するもの。養殖による環境への負荷を漁場の範囲内におさえることにより、養殖漁場環境の維持・改善をはかり、持続的な養殖生産を行うため、養殖業者自らが、自主的に行う管理措置について作成するもの。対象の魚種、水域、その水域の動植物の種類、漁場の改善目標、改善を図るための措置等を記載している。
しかし、このように計画がある、というだけでは、環境に配慮したことにはなりません。
さらに、これらの「計画」には、対象の魚の資源管理とは別に、生態系への配慮を行う視点が不十分であったり、そもそもその配慮されていない内容が含まれています。
その漁業または養殖業の対象の水産物の数だけ守れば良い、というのは、持続可能性を担保する、という観点からは不十分です。また、「生態系への影響」のポイントが抜け落ちていることも、持続可能性が担保できていないことを物語っています。
また、計画があれば良しとする場合については本来、持続可能性を担保した計画があり、かつそれがきちんと実行されていることが必要になります。
しかし、水産庁の資料によれば、現在ある1930の漁業資源管理計画を検証した結果のうち、約63%はその資源の状況が横ばいもしくは減少の傾向にあり、一方で資源が増加している魚種は、36.7%にとどまっています。(水産庁 規制改革推進会議水産ワーキンググループ資料より)
つまり、持続可能性を担保するために網羅すべき3つのポイントの中で、「資源の状態」のみをみても、6割以上の資源が増加していないことがわかります。
また、3つめの「管理体制」についても、「漁業資源管理計画」および「漁場改善計画」が確実に実行されるための仕組みがあるかどうかは、明らかにする必要がなく、そのプロセスが不透明であるといわざるを得ません。
ここで定められている「漁業資源管理計画」の対象となる魚種は、実際に日本の漁獲量の9割をカバーしています。また、「漁場改善計画」があるものについても、日本の養殖生産量の9割が、この対象です。
つまりこれらの計画の対象となる漁業を、全て認めている調達基準は、実質的にどのような水産物でも「持続可能なもの」と見なしてしまう危険性をはらんでいる、ということです。
資源状態、生態系への影響への配慮、管理体制が不十分であるにもかかわらず、調達基準をクリアしている、と認めてしまえば、現状を何も改善することなく水産物が調達され、持続可能性が確実に担保できないリスクがあります。
以上より、持続可能性に配慮した水産物の調達基準としては、大きな課題があると言わざるを得ません。
また、認証を受けた水産物については、持続可能性の観点の基準を満たすものとして、認めることとしています。
大会組織委員会が認める認証制度
大会組織委員会はMSC、ASC、MEL、AELという4つの認証を、持続可能性に配慮した認証制度として認めています(持続可能性に配慮した水産物の調達基準 3)。このうち、MSCとASCは国際的に認められている認証制度であり、取得のためには、「資源状況」「海洋環境影響」「管理システム」について、科学的かつ客観的な指標を用いて、調査・報告を行ない、第三者機関のチェックを受けることで、信頼性を担保しています。
しかし国内の認証制度にとどまっているMELとAELは現状、そうした透明性を担保する手続きが十分に行なわれていない例があり、それらを判断する情報も不十分で、国際的な信頼と持続可能性を担保できるのか、疑問が残ります。
【水産物に関し推奨する調達コード】
国際的な大会として、また未来にのこすべきレガシーとして今、どのような基準が、持続可能性を担保する上で必要なのでしょうか。
WWFジャパンは次のような調達基準を推奨しています。
■確認事項
- 漁獲対象や餌となる魚の資源状況
- 混獲等、生産活動に起因する海洋環境への影響
- 中長期的視野に立った、適切な資源管理体制および漁業管理体制の有無
- 先住民族・地域社会に関わる社会紛争の有無や労働者の労働環境
- 製品から漁獲・養殖した生産現場まで追跡可能なトレーサビリティの有無
■推奨する確認方法
- IUU(違法・無規制・無報告)漁業由来の水産物の排除、保護価値の高い海洋の保全、労働環境など社会面での配慮にコミットする調達方針を策定し、適合する水産物の供給をサプライヤーに要求すること
- 適切な記録等によって生産現場まで遡ることが可能な、透明性あるトレーサビリティを確立すること
- 方針へ合致した調達の手段として、天然魚についてはMSC認証製品、また養殖魚についてはASC認証製品を、その加工・流通・販売時の管理に必要なCoC認証を取得した上で調達することが最も確実である。
- MSC、ASC認証製品の調達が困難な場合は、科学的かつ客観的な指標を用いた方法で、①資源状況、②海洋環境影響、③管理システム(管理体制と管理制度)の3点に関するリスクアセスメントを行い、これらにつき客観的に進捗確認が可能な中長期的な漁業・養殖業の管理及び改善計画を、多様なステークホルダーと協働して実施している生産者からの調達を優先すること
- 認証製品や中長期的管理・改善計画を行っている製品の調達が困難な場合は、事業にて調達する可能性のある水産物について、科学的かつ客観的な指標を用いた方法で、①資源状況、②海洋環境影響、③管理システム(管理体制と管理制度)の3点に関するリスクアセスメントを行い、その結果を参考としてリスクの低いものを取扱い、かつリスクの高い水産物の取扱いを避けること
- 具体的方法の検討・導入については、国内外供給元、国内外有識者、NGO、民間企業などからなる多様なステークホルダーが参加可能な透明性のあるプロセスを確保すること
i. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO), 2016
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iii. D.J. Agnew, J. Pearce, G. Pramod, T. Peatman, R. Watson, J.R. Beddington and T.J. Pitcher. 2009. Estimating the worldwide extent of illegal fishing. PLoS ONE, 4(2): e4570
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