子どもたちと守る、ボルネオ島に残された熱帯雨林
2020/09/04
守りたい生き物が命をつなぐ熱帯雨林
地球上の生物種の約5%が生息するアジア最大の島、ボルネオ島。島では、哺乳類だけで222種、植物にいたっては15,000種以上が確認され、世界有数の生物多様性を誇る熱帯雨林が広がっています。かつては、島全体が熱帯雨林で覆われていましたが、さまざまな開発などによって、過去半世紀のうちに急速に森が減少し、現在までに約50%が消失してしまいました。
「ボルネオの心臓」となる貴重な地域
島に残された自然環境の中で、特に生物多様性が豊かな地域を、WWFは「ハート・オブ・ボルネオ(ボルネオの心臓)」と呼び、優先的に保全活動を実施しています。ここには、島内最大のカヤン・ムンタラン国立公園があり、鬱蒼とした森が広がっています。
森に生かされ、森と共に生きてきた人々
カヤン・ムンタラン国立公園が設立する前から、この地域には、魚、果物などの食べ物、また燃料となる薪を、熱帯雨林から得て暮らす人々がいました。そこに大きな変化が訪れたのは、1980年のことです。地域一帯が保護区に指定され、森での狩猟採集にも制限がかかり、人々は従来のような伝統的な暮らしができなくなってしまっていました。そこで1990年に、WWFインドネシアは、地域住民による森林資源の利用状況の調査を開始。住民参加型の管理計画をもった国立公園の設立にむけて、政府へ働きかけてきました。その甲斐もあり、1996年には保護区から国立公園に昇格が決定。そこには狩猟採集ができる地域が設けられ、これまで約4半世紀にわたり、この地域特有の文化や伝統と共に、熱帯雨林と保全が実現されています。
国立公園に隣接する、小さな「ロン・ウムン村」
WWFジャパンとWWFインドネシアが2017年から共に教育を通じた森林保全活動を実施している「ロン・ウムン村」は、このカヤン・ムンタラン国立公園に隣接した小さな村です。人口は約600人、135世帯の村で、人々は稲作をしながら、熱帯雨林から魚や果物などを得て暮らしています。中には、発電機を使用する家庭もありますが、村に電気は通っておらず、学校も周囲の12もの村々から子どもたちが通う小・中学校が1校ずつあるのみです。村に行く方法は空路に限られており、インドネシア国内からは、つながる道路もありません。アクセスの不便さもあり、村をとり囲む熱帯雨林は、大規模な開発を免れてきました。
しかし近年、州都から村まで道路を建設する計画が浮上、早ければ2021年には、計画への着手が見込まれています。新しい道路の建設は、これまでの小さな村の暮らしが、大きく便利になる可能性がある一方で、さまざまな懸念が予測されます。開発に関与する企業との交渉などをきっかけに、村の領域や土地利用に関して、意見の対立や、問題が生じると、これまで守られてきた村の伝統や文化、そして熱帯雨林とそこにすむ野生生物も失われてしまいかねません。
森を守る人を育てる
熱帯雨林は、生き物の重要な生息地としてだけでなく、人々にも水を供給し、洪水を防ぎ、また伝統薬の原料を提供するなど、地域の人々にも恩恵をもたらしています。しかし、その保全は、WWFだけが「守ろう!」と声を上げるだけでは実現しません。大きな道路開発が迫る、ロン・ウムン村のような地域では、まず村人自らが周囲の熱帯雨林がもたらす経済的、環境的、社会的、そして文化的な価値を改めて認識し、次世代にそれを伝えていく方法を一緒に検討する必要がありました。
道路が開通したずっと先の将来も見据えた村のあり方を考える中で、熱帯雨林を守る理由を、村の人々が自らの暮らしの中に見出すことができたなら、WWFの支援後もなお、熱帯雨林は保全され続けていくでしょう。
ESD、持続可能な開発のための教育とは?
この村での保全活動では、持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)という教育方法を利用しています。これは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)を中心に、「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するグローバル・アクション・プログラム」として2013年から開始され、今も世界中の国と地域で実施されている教育方法です。
点数で測る教育とは異なり、複雑な問題を抱える新しい開発に対し、経済的、環境的、社会的、そして文化的にも質の高い生活を、次世代にもたらすことができるのか、つまり、その開発が「持続可能かどうか」という視点で見極め、実際に行動できる人の育成を目標としています。
活動の支援対象は、学校の教員と児童ですが、保護者を含む村の大人も参画できるよう工夫しています。村の人々は、熱帯雨林がもたらす価値を改めて見直しながら、「持続可能な開発」という新しい考え方に触れはじめています。
村の学校が抱える課題
活動を進める上では、学校が抱えている課題を把握することが大切です。主体的に熱帯雨林を守り続けられる村の子どもたちの育成を目指して、今ある3つの課題に対応しながら、WWFはESDの取り組みを進めています。
1.教育への課題 | 島の最奥に位置する学校であるため、教員には新しい教育方法に触れる機会がありませんでした。教員には「都会の学校のように新しい教育方法を学びたい。」「教科書の内容を聞かせるだけでなく、村の周りに残された自然や文化を絡めて教えたい。」という思いがあります。 |
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2.施設での課題 | 今は2~3人の児童が、古いもので70年代の教科書を一緒に使っています。その一方で、たくさんある本は単に積み上げられていて、誰も読んでいません。また、村にゴミを処理する施設はなく、ゴミがちらかる学校からは「設備を充実させたい。」という希望もありました。 |
3.資金への課題 | 設備を充実させるには、資金も必要です。政府からの補助金は少ないため、「地域の人々の協力を得ながら、学校で使える資金をうまく得られる仕組みを考えたい。」といった需要も生まれています。 |
WWFが具体的に進めてきた取り組み
1.教育内容や教育方法の見直し
まずは、児童が村の近隣に残る熱帯雨林の貴重さを実感できるよう、土地の利用状況を把握できる研修を教員向けに実施しました。教員たちは今いる環境の希少さを改めて認識する機会となり、野外環境を活用した教え方も、一緒に検討することが可能になりました。少しずつ新しい教育方法も確立され、野外で児童たちが実際の自然に手で触れて学べる機会が増えてきています。
2.校内の設備の充実
校内では、図書室の充実を図りました。電気やインターネットがない環境で調べものをするには本が唯一の情報源です。しかし、学校にある本は古いものが多く、誰も使用していませんでした。そこで、教員や生徒だけでなく、村の人々も積極的に学べる環境を整備するために、まずは図書室に本棚を作り、整理しました。WWFからも熱帯雨林の大切さを伝えるための専門書などを寄贈しましたが、目指すところは地域の人たちが本を身近に使用するようになり、必要な本を自分たちで揃えていく姿です。適切な運用を目指して、今後は図書室の管理方法の研修を実施します。
また、ゴミが散乱する問題に関しては、村にとって新しい考え方となる3R(リユース、リユーズ、リサイクル)の普及を進めています。限りある資源をできるだけ有効利用することは、保全に取り組む上で欠かせない考え方です。まずは、生ごみなどの有機物と、プラスチックなどの無機物の分別の大切さとその方法を伝えました。今後は、ゴミ箱を設置すると共に、生ごみからたい肥を作る方法や、プラスチックの再利用方法を学んでいく予定です。
3.資金調達への挑戦
資金不足に関しては、環境に配慮しながら収益が得られる「グリーンビジネス」についての研修を実施しました。新しい道路の開設は、これまでにない販路を村にもたらします。ボルネオ島の他の地域では、新たな販路ができたことで、木材の無秩序な伐採や、換金作物を生産するための熱帯雨林での農園の拡大など、森林破壊が進んできました。そうした事態を避けるため、研修では、熱帯雨林がもたらす資源を使いきることなく、持続的な管理を通して資金を得られるビジネスプランについて教員が議論し、生徒たちに向けた授業の導入を検討しました。
この研修からは、熱帯雨林で採れる植物を利用し、伝統的工芸品を販売するアイデアが発表されました。これは森がもたらす経済的な価値を教えられるだけでなく、地域特産の工芸品を作ることで伝統的・文化的な価値も引き継がれます。そして何より、製作や販売を通じて、熱帯雨林がもたらす自然の恵みを体感できる環境的な価値を人に伝えることができるため、生徒向けのプログラムとして採用が決定しました。
生徒たちに向けて、広がってゆく取り組み
このプログラムでは、熱帯雨林の素材を利用した村の工芸品の作り方を生徒たち自らが受け継ぎながら、資金を得ていく仕組みになっています。生徒たちはまず、自らが習いたい・受け継ぎたいと思う伝統工芸の職人を村の中から探し出し、講師依頼をします。次に材料となる植物を、森のどこで、どんな時期に、どのように探し出すのか、どれくらい採ってもいいのか、といった入手方法を学び、作り方を習得します。完成した工芸品は、村のお祭りなどで販売され、得られた資金は学校で自然環境を学ぶ野外キャンプの活動への経費に利用されるようになりました。
プログラムを考案したフォニ先生のコメント
森の恵みや、伝統的知識や技術をこどもたちに伝えていきたいとずっと願っていましたが、以前は、どのように伝えれば良いのか分かりませんでした。でもWWFの取り組みを通じて、プログラムを考えることができ、今は確かに子どもたちにそれが伝わっていることを実感しています。
他の村へも広がる取り組み
これまで他校の教員同士には交流がありませんでした。しかし、ESD研修を受けた教員の呼びかけで、周辺の小中学校の教員との勉強会が設けられ、情報交換をする機会が生まれています。教員が自主的に新たな活動を生み出すことこそ、ESDが求める姿の一つです。この勉強会では初めて野外で実施した授業や、新しい教え方について話し合い、WWFが実施した研修内容についても紹介する機会がもたれました。他校の先生からも、ESDを学び、実施してゆきたいという前向きなコメントがあり、勉強会は今後も継続して実施されていく予定です。
WWFジャパン 自然保護室 森林グループ
フィールドプロジェクト担当 天野陽介
「自分の目が黒いうちに本当に保全活動がうまくいったかどうかは、判断できない。それは次の世代が決めること」
これは、私が学生時代の恩師に言われ、常に心に留めている言葉です。自然が破壊されるのはあっという間ですが、回復は難しく、できたとしても人の一生のよりも長い時間がかかることも珍しくありません。そうした中、皆さんからいただいたご支援で実施できる活動の意義と効果を高め、続けていくためには地域住民の理解と協力が欠かせません。「教育」は単に知識をつけるだけでなく、人と人を結び付けるツールであり、保全活動の中でも欠かせない要素です。ある1人が100のことを出来るようになるよりも、村の1人ひとりが、1つでも行動を起こせるようになれば、より良い社会への歩みを止めることなく、目指していけると思います。
ロン・ウムン村の自然は豊かで、日本の里山のように美しい場所です。私たちが普段活動する他の場所と異なり、今は目立つ環境問題もありません。しかし、いずれ開通される道路によって経済の波が来た時に本当の挑戦が始まるのでしょう。その時、何を維持し、何を変えていくのかを決めるのは地域の方々です。人と自然が共生する社会は必ず実現できると信じています。ロン・ウムン村でもボルネオの森の息吹きがずっと健やかに保たれ続けていけるよう、精いっぱい活動を進めていきます!
2020年9月現在に至るまで、ロン・ウムン村でのコロナウイルス感染事例は(COVID-19)報告されていませんが、村の学校も一時的に休校になる処置がとられています。
学校で学ぶことが出来なくなった生徒たち。ロン・ウムン村では教員が生徒一人一人の家を回って教える工夫をしています。
ぜひ引き続きご関心をお寄せいただき、現地で進む進捗を見守りながら、ご支援いただければ幸いです。
地球から、森がなくなってしまう前に。
森のない世界では、野生動物も人も、暮らしていくことはできません。私たちと一緒に、できることを、今日からはじめてみませんか?