「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律の点検・検証結果 (令和2年11月30日)」に対する提言


農林水産大臣 金子 原二郎 殿

公益財団法人日本自然保護協会
公益財団法人日本野鳥の会
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン
特定非営利活動法人ラムサール・ネットワーク日本
特定非営利活動法人オリザネット
一般社団法人リアル・コンサベーション
(全法人公印省略)
 

農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律において、農業の有する多面的機能は「国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」と定義され、農産物の供給の機能と一体のものとして生ずる極めて重要な機能と位置付けられている。このうち自然環境、特にこれを構成する生物多様性は、国土の保全や水源のかん養などの生態系サービスが十分に発揮される上で不可欠なものであり、持続的な食料生産の支えともなる基盤的な要素である(MEA 2005、FAO 2019)。農林水産省生物多様性戦略(農林水産省2012)においても、農業は「生物多様性と自然の物質循環が健全に維持されることにより成り立つもの」とされている。

近年、農地など二次的な自然に生息する多種多様な生物種が環境省レッドリストに掲載され(環境省2013)、国レベルの農地生態系の評価においても生態系の質や量・農作物の多様性などが、過去50年から現在まで急速に損失していると評価される(環境省2021)など、日本の農地の生物多様性は顕著に衰退している。本法律をより適切に運用することによって、この農地生態系の危機的な現状を改善し、農業の生産性と持続性を両立させ、持続的な地域づくりに貢献し、国民が農地の有する多面的機能のもたらす恩恵を十分に享受できる環境を作ることができると、私たちは考えている。

以上のような問題意識から、2020年11月に公表された点検・検証結果(農林水産省2020; 以下、「点検結果」と呼ぶ)および今後の施行方針・制度運用に対する提言を、下記の通りとりまとめた。


 

提言1.多面的機能の発揮促進の十分な効果検証をすべき
本法律の効果検証においては、多面的機能の発揮が促進されたかを検証することが本来もっとも重要であり、定量的な効果測定などに基づく点検・検証が必要である。今回の点検結果P2において「農業の有する多面的機能が適切に発揮されていると評価されている」と記載されているが、この評価の根拠となる客観的かつ定量的なデータは、過去の第三者委員会も含めほとんど示されておらず、本法律の効果検証が十分になされているとはいえない。
さらに、法改正の要否についても、点検結果P5において、本法律に基づく制度を利用している都道府県などでの制度運用状況に関するアンケート結果のみに基づいて「改正不要」と結論付けられている。
年間約1,600億円もの税金が投じられる施策であり、本法律の本来の目的である多面的機能の発揮が実質的に促進されたのかどうかを科学的・客観的な根拠に基づいて測定および評価する仕組みへ改善し、効果の検証結果を国民にわかりやすい形で提示すべきである。

提言2.生物多様性を劣化させる事業への支援を見直し、生物多様性保全活動を義務化すべき
本法律に基づく多面的機能支払制度において、土水路のU字溝化・コンクリート化などが広く行われている実態がある(農林水産省2018a)。これらの事業は生物多様性の損失につながりうることが多くの調査研究から明らかになっている(Natuhara 2013、渡部 2014、Katayama et al. 2015など)。個々の事業が生物多様性へ与える影響を十分に検証・評価し、多面的機能の発揮の促進という本法律の目的から逸脱している事業については支援を見直すべきである。2010年の第10回生物多様性条約締約国会議で決議された愛知目標においても、目標3に「生物多様性に有害な補助金の廃止・改革」が掲げられている。本法律に基づく制度は、農業の基盤である自然環境の保全に資する活動を支援する制度へと転換すべきである。具体的には、1)水路改修の際に生物の移動・生息を妨げないような環境配慮型の工法(鬼倉ら2020)を地域に沿った形で採用する活動の推奨と支援促進、2)生物多様性保全上の重要度にあわせて工法を選択するしくみ(丹波篠山市2020)の推奨、3)環境保全型農業直接支払制度の一部で行われているような保全効果評価のための指標生物調査のさらなる推奨と汎用化のための技術改善、4)栃木県・滋賀県での制度運用例のような生物多様性保全活動の支援要件における義務化、5)自然環境の知識を有する者からの助言制度などの新たな支援の仕組みを導入することが望まれる。
また、多面的機能支払制度において、大規模水路整備などの工事を外部委託で実施する事例が多い現状がある(農林水産省2018a, 2019)。農地における生物多様性は、土手の草刈やため池のかいぼりなど地域住民を主体としたきめ細やかな伝統的な管理活動によって維持されてきた。それぞれの土地の伝統的管理や自然環境を十分に考慮しないような外部委託事業が増大すれば、生物多様性のさらなる劣化が危惧される。また、外部委託の増大は、地域の共同活動で行われてきた伝統的な管理活動への支援に割く予算の減少につながりかねず、制度の対象を「地域住民による共同活動により営まれる農用地の保全に資する各種の取組」としている法律の趣旨からも外れることとなる。外部委託のあり方をより良い形に転換するとともに、法律や多面的機能支払制度の趣旨の普及や各地の優良共同活動の事例の広報をさらに進めるべきである。

提言3.自然環境や生物多様性の保全機能の向上に資する活動の支援を増やすべき
世界的な潮流の中で国民の環境意識が高まり、農林水産省生物多様性戦略が策定されているにもかかわらず、本法律に基づく3つの支払制度の中でも生物多様性の保全に最も寄与しうると期待される環境保全型農業直接支払制度の予算は著しく少ない(点検結果P5)。生物多様性保全のさらなる推進のために、当該予算を拡充すべきである。また、支援の対象となる生態系保全活動の種類を全都道府県で増やして活動の選択肢を広げ、多様な生物多様性保全活動が広く全国で取組まれるように改善すべきである。
また、多面的機能支払制度においても、生態系保全などの農村環境保全活動が支援の対象となっているものの、資源向上支払(共同活動)に取組む組織における農村環境保全活動の内訳は、「景観形成・生活環境保全」に取り組む組織が全体の9割に及び、「生態系保全」に取り組む組織は3割と少ない(農林水産省 2018b)。「生態系保全」活動を増やすために、加算措置の見直しなど支援の方法を改善すべきである。

提言4.生物多様性に詳しい専門家・NGOも制度設計や見直しに参画させるべき
本法律の点検にあたって、農業団体関係者との意見交換は多数実施されてきたが、環境NGOとの意見交換の場はほとんどなかった。本法律が目的とする自然環境保全、特に生物多様性保全に貢献する制度とするために、検討会への参加や意見交換の場を設定するなど、生物多様性に詳しい専門家・NGOも制度の設計・見直しに参画させるべきである。

以上

引用文献
FAO (2019) The State of the World’s Biodiversity for Food and Agriculture, J. Bélanger & D. Pilling (eds.).FAO Commission on Genetic Resources for Food and Agriculture Assessments. Rome.
Katayama, N., Y. G. Baba, Y. Kusumoto and K. Tanaka (2015) A review of post-war changes in rice farming and biodiversity in Japan. Agricultural Systems 132: 73−84
環境省. (2013) 我が国の絶滅のおそれのある野生生物の保全に関する点検とりまとめ報告書 P17.
環境省 (2021) 生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021
Millennium Ecosystem Assessment (2005) Ecosystems and Human Well-being, Island Press, Washington. D.C.
Natuhara, Y. (2013) Ecosystem Services by Paddy Fields as Substitutes of Natural Wetlands in Japan. Ecological Engineering 56: 97-106.
農林水産省 (2012) 農林水産省生物多様性戦略
農林水産省 (2018a) 資料3:多面的機能支払交付金の施策評価に関する調査結果について(平成30年7月26日第10回多面的機能支払交付金第三者委員会)p13,24
農林水産省 (2018b) 資料1:平成29年度多面的機能支払交付金の取組状況(平成30年7月26日第10回多面的機能支払交付金第三者委員会)p16
農林水産省 (2019) 多面的機能支払交付金の施策の評価p12
農林水産省 (2020) 農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律の点検・検証結果
鬼倉徳雄, 中島淳, 林博徳, 西山穏 (2020). 水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック. WWFジャパン
丹波篠山市 (2020) 農村環境の生態系保全に配慮した水路整備指針
渡部 恵司 (2014)コンクリート水路によるカエル類の移動障害と個体群保全に関する研究. 農村工学研究所報告 (53) 63-104

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP