© Jacqueline Lisboa / WWF-Brasil

【開催報告】セミナー「日本の農産物輸入が世界の流域・淡水生態系に及ぼすリスクを地図化―SBTs for Natureも視野に―」

この記事のポイント
世界の年間水使用量の約7割が農業用水として使用されています。日本は、食料品をはじめ農産物の原材料調達を海外に依存する輸入大国として、世界各地の水を多く利用していると言えます。そのような現状を踏まえ、WWFジャパンは、サウジアラビア・王立キングアブドラ大学の和田義英教授と連携し、日本の輸入に着目しながら、農産物生産が世界の流域・淡水生態系に及ぼす影響を地図化する共同研究を実施。2024年7月18日には、調査研究の成果について初めて報告するセミナーを開催し、環境・生物多様性への負荷が大きい日本への農産物輸出国が、南米や東南アジアの国々でとりわけ強く影響が出ていることを発表しました。
目次

人の暮らしに不可欠な「水」

人々の暮らしは、水なしには成り立ちません。直接口にする飲み水や、洗濯・掃除などで使用される生活用水だけでなく、食料品や衣料品、工業製品など、あらゆるモノの生産過程でも「水」が使用されています。

とりわけ、食品・飲料やコットン製品などの原材料となる農産物生産には、世界の年間水使用量の約7割が使用されています。

メキシコのアボカド、ブラジルの大豆生産のように、天水(雨水)だけでは水量がまかなえず、灌漑農業により、水を多量に使用しながら生産活動が行なわれている例も少なくありません。

© WWF Mexico / Jenny Zapata

メキシコ・チワワ州での灌漑農業の様子。元々渇水リスクの高い地域で、貴重な川の水や地下水を使用する灌漑農業を拡大していることにより、さらにリスクが高くなっている。このように、世界の農業生産の現場では、流域リスクと操業リスクの高い場所が重なることが起きている。

こうした水の資源としての利用が加速・拡大する一方で、水の健全性を生み出す母体である、川や湖、湿地などの自然環境は、過去半世紀の間に、その豊かさを大きく失ってきました。

さらに、健全な水環境を支える淡水生態系は、危機的な状況に陥っています。淡水の生物多様性の豊かさは、過去50年間の間に、約83%失われたとされています。

地域によっては、淡水生態系の恵みである淡水魚を主なたんぱく源とし、漁業によって生計を立てている人々もたくさんいます。淡水魚が地域のビジネスや食文化の礎になっているのです。

しかし淡水魚たちは今、多くの場所で、汚染による影響を受けたり、氾濫原が縮小して産卵場所まで移動できなくなったり、といった危機にさらされています。

これは一例ですが、社会のあらゆる側面に関係する水は、あらゆる産業を支える、重要な資源でもあるのです。

© Hkun Lat / WWF-Myanmar

ミャンマーの市場の様子。淡水魚が地域社会に動物性たんぱくをもたらすと共に、人々の生計を支えている。

生産地の状況把握から着手を

脅威にさらされている水や淡水生態系を保全していく上で、ビジネスはどのような行動を取る必要があるのでしょうか。

第一歩として、「状況把握」が肝要です。

日本のさまざまな事業のサプライチェーンを俯瞰して、どこから原材料調達を行なっているのか。

そして、生産地ではどのような水環境が広がり、どのような物理的リスク(洪水・渇水・汚染など)をはらんでいるのか。

特に、リスク把握では、現状の把握に加え、気候変動などの変化していく要因を捉えた将来リスクの把握も必要になっていきます。

TNFDやCDPなどの情報開示枠組みや、SBTs for Natureの目標設定枠組みにおいても、企業はバリューチェーン全体でサステナビリティに取り組むことが求められており、水への関心も高まりつつあります。

一方で、日本は多くの原材料や、農作物や工業製品などを、多く海外からの輸入に依存しながらも、それらを調達している国々で、水に対しどのような影響が生じている(将来的に生じ得る)のか、状況把握がまだまだ十分とは言えない状況です。

そこで、WWFジャパンは、サウジアラビア・王立キングアブドラ大学(KAUST大学)の和田義英教授と連携し、農産物生産が、世界の流域・淡水生態系に及ぼす影響を地図化し、把握するための共同研究を実施。

2024年7月18日には、その内容を報告するセミナー「日本の農産物輸入が世界の流域・淡水生態系に及ぼすリスクを地図化―SBTs for Natureも視野に―」を開催しました。

今回のセミナーでは、和田教授に本研究成果についてご報告いただくとともに、関連して、CDP Worldwide-Japan榎堀都氏より、ネイチャーポジティブを達成するための自然情報開示と目標設定についてご紹介いただきました。

© WWFジャパン

セミナー概要

イベント名 【WWFジャパンセミナー】日本の農産物輸入が世界の流域・淡水生態系に及ぼすリスクを地図化―SBTs for Natureも視野に―
日時 2024年07月18日(木) 14:30 ~ 16:30
場所 東京都千代田区九段北1-8-10住友不動産九段ビル4階(ベルサール九段)
参加者数 54名
主催 WWFジャパン
プログラム ■はじめに(WWFジャパン 並木崇)
■講演
・自然情報開示 いま企業に求められること(CDP Worldwide-Japan 榎堀都氏)
・日本の農業貿易が世界の流域・淡水生態系に及ぼす影響把握(サウジアラビア・王立キングアブドラ大学 和田義英教授)
・現地で起きていること(WWFジャパン 羽尾芽生)
■質疑応答
■閉会(WWFジャパン 並木崇)
■名刺交換会
備考 同日、意見交換会を実施(会場参加のみ)

講演概要

講演1 自然情報開示 いま企業に求められること CDP Worldwide-Japan 榎堀都氏

CDPの質問書では、これまで気候変動、水セキュリティ、フォレストそれぞれ別々に開示を求めてきたところ、今年から質問書を一つに統合することになりました。

これは、2050年までにネットゼロ、2030年までにネイチャーポジティブを達成するためには、気候変動と自然の課題に同時に取り組まなければならない、という考えに基づく変更です。

国際潮流としても、昆明・モントリオール生物多様性枠組(COP15)や、第1回グローバル・ストックテイクの成果(COP28)などにおいて、気候変動の影響を軽減し、自然や生物多様性への影響を最小化していくことが協調されています。

なお、気候分野では、測定基準や開示基準のグローバル・スタンダードが整備されてきているものの、自然/生物多様性分野では、特に測定基準にはまださまざまな指標やツールが用いられた状態。目標設定基準についても、SBTs for Natureがようやく設定されはじめた段階で、初期段階と言えます。実際に企業の取り組み状況を見ても、まだまだ進んでいません。

開示についても同様の傾向で、各国の開示規制は、気候変動はG20諸国において成熟しつつありますが、自然分野では一部の国を除き、整備が進んでいません。

一方、自然情報開示の標準化に向けたグローバルな動きは、着実に高まっていると言えます。特に、大企業や多国籍企業、金融機関については、バリューチェーンを踏まえた生物多様性へのリスクや依存・影響の把握が求められています。

水分野について、日本企業の情報開示の現状を見てみると、水リスク評価を実施している企業のほとんどで、直接操業でのリスク評価はできていますが、サプライチェーン、バリューチェーンでのリスクはまだ把握できていない企業も多数あります。

開示に取り組み始めた企業は、水に関するリスクと機会の認識度合いが低いという傾向もあり、早く情報開示に取り組み必要な情報を得ること、継続してリスク把握をしていくことが重要です。

登壇者スライド抜粋

自然情報開示にあたり、重要なポイントは3つ:

  • ダブルマテリアリティ:環境から企業が受ける影響だけでなく、企業が環境に及ぼす影響(インパクト)を鑑み、自社にとって重要課題なのかを検討する。
  • 優先順位付け:淡水、土地、海洋、生物多様性などさまざまな自然課題があり、例えば淡水ひとつをとっても、取水・排水・水質など、さまざまな指標がある。バリューチェーンを含め、自社の関連する事業活動や地域などを踏まえ、優先的に対応すべき課題を決定する。
  • ネイチャーポジティブを達成するための開示:自然喪失への直接要因を回避・軽減することが優先で、そのあとに、自然の状態を再生していく。ステークホルダーにとって有益で、科学に基づいた開示、取り組みを行なう。

また、目標設定枠組みであるSBTs for Natureは、まだ最終化されていませんが、現状公開されているステップ3までは、TNFDのLEAPアプローチと親和性が高く、SBTs for Natureに取り組むことで、TNFDの開示の精度を高めることができると言えます。

大切なポイントは、ネイチャーポジティブを達成するために何が重要か考え、自然の課題に関連する、依存・影響やリスク・機会を考慮しながら、優先順位付けを行なうことです。

そして、自然の課題は、一企業だけで解決できるものではなく、サプライヤーや顧客、地域の人々など、さまざまなステークホルダーと協力し取り組む必要があります。

© WWFジャパン

講演2 日本の農業貿易が世界の流域・淡水生態系に及ぼす影響把握 サウジアラビア・王立キングアブドラ大学 和田義英教授

農業生産と水は深く関連しており、例えば、世界の主要な農業地域では、地下水の涵養が非常に限られたところで行われていることが多いことが挙げられます。

10年後、20年後という近い将来を考えても、地下水涵養が行なわれていない農業生産により、地下水位が著しく低下し、汲み上げができなくなるリスクがあります。

また、世界の農業生産が地下水の枯渇に与える影響について(和田教授が)研究したところ、日本も、例えばトウモロコシなどの農産物を米国から多量輸入することで、一大穀倉地帯であるグレートプレーンズの地下に広がるオガララ帯水層の地下水位の低下に影響を及ぼしていることがわかっています。

農業貿易と地下水の枯渇への影響を国ごとに示した図。日本を見ると、特に米国や中国、メキシコの地下水への影響があることがわかる。

出典:Dalin, Wada et al. (2017; Nature)

トウモロコシを例にとると、最新のIPCCのシナリオでは、これまでの知見よりも数年早く2030年頃から、気候変動によりトウモロコシの生産量が減少するとの見込みが発表され、世界的に生産量が20%減少する可能性があります。

トウモロコシは主に南半球で生産されており、(北半球に比べ)南半球の水には特に気候変動の影響が大きく出てくることが推測されています。

今回の研究「日本の農業貿易が世界の流域・淡水生態系に及ぼす影響把握」では、①日本の農業貿易の現状について、輸入量だけでなく食料安全保障や貿易ネットワーク分析などの観点から分析し、②日本の農業貿易による世界の流域・淡水生態系への影響とリスク評価を実施しました。

①について、まず、日本の農業輸入を見てみると、トウモロコシ、小麦、大豆など、主要な穀物の大部分を米国、カナダ、豪州、ブラジルから輸入しています。

英国エコノミスト誌による世界各国の食料安全保障ランキングによると、日本は世界で6位と、最上位層に位置付けられていますが、評価の内訳を見ると、「価格」「入手のしやすさ」といった項目は高評価なものの、「質と安全性」「サステナビリティと適応」の項目では、向上の余地があります。

なお、すべての農産物を統合して見た食料安全保障だけでなく、個別の農産物については、個別詳細な調査により、各地域での農業生産による影響の把握が必要になります。

今回の研究では、SBTs for NatureのHigh Impact Commodityも踏まえながら、12の農産物(派生プロダクトを含む。)※を対象として日本の農業貿易のネットワーク分析を実施しました。

※12の農産物:米、バナナ、大麦、キャッサバ、カカオ、コーヒー、落花生、菜種油、パーム油、大豆、サトウキビ、小麦

①農業貿易のネットワーク分析では、過去20年間の日本の貿易データを国連食糧農業機関(FAO)から抽出し、指標として、2か国間の貿易量の安定性、貿易量の頻度、輸出国が世界の貿易量に占める割合(世界の貿易量の支配性)を基に分析し、併せて国内政治リスク・地政学リスクも把握しました。

大豆の農業貿易ネットワーク分析を地図化したもの。左上図は2か国間の貿易量の安定性、右上図は貿易量の頻度、下図は輸出国が世界の貿易量に占める割合(世界の貿易量の支配性)を示す。

例えば、大豆で見てみると、過去20年間、日本の大豆輸入は、米国、ブラジル、中国に頼っており、この貿易傾向は安定していることがわかります。

それでは、これらの生産地では、水・淡水生態系にどのようなリスクがあるのでしょうか。

下図は、大豆の生産地での水・淡水生態系へのリスクを地図化したもので、赤色は日本の主な輸入相手国/生産地のリスク、青色はその他の主な生産地のリスクを表しています。

日本の主な大豆輸入相手国である、米国、ブラジル、中国のいずれも、比較的環境リスクが高いことがわかります。

なお、このリスク分析は、②日本の農業貿易による世界の流域・淡水生態系への影響とリスク評価として、「淡水の生物多様性」「土地・水不足」「水質」の3つのリスク分析をそれぞれ行ったうえで、統合リスクを評価したものになります。

リスク分析に用いた指標としては、次のとおり:

  • 気候・環境・水資源のデータ:気温・降雨量の変化、洪水・渇水の頻度、水不足の頻度(需要と供給)、水質汚染、土壌侵食、森林火災
  • 生態系のデータ:森林などの植生の変化、生態系・生物多様性の変化(陸域と水中)、人口の変化
  • 脆弱性・適応能力のデータ:国・地域の適応能力(ジェンダー指標・天候情報へのアクセス・水・エネルギー資源へのアクセス・労働生産性・移民・貧困・開発指標・ガバナンス指標・インフラ開発)

例えば、淡水の生物多様性リスクを見てみると、南米、西・中部アフリカ、東南アジア(特にメコン川流域)などで非常に高リスクであることがわかりました。

淡水の生物多様性リスク・マップ。0.4以上の値が高リスクとして評価している。

他の二つの指標「土地・水不足」「水質」を統合しても、これらの地域では特にリスクが高く、特に、ブラジルの一部地域では、すべての指標において非常に高リスクという分析結果となりました。

本セミナーでは、一部の農産物を取り上げて解説しましたが、12の農産物の分析により、次のように結論付けられます:

  • 日本の農業貿易は多様な貿易国との輸出入の関係性で繋がっており非常に複雑化している為に各農作物単位での詳細な分析が重要になる。
  • 環境・生物多様性への負荷が大きい日本への輸出国は、南米や東南アジアの国々であることが今回の分析で分かった。
  • 日本の主要な貿易国のブラジル、フィリピン、インドネシア、などは、農業活動による環境・生物多様性への影響が他の国々より高く、貿易の安定性も農作物によってはさまざまで、大豆・コーヒーは貿易は比較的に安定しているものの、大麦・菜種油の貿易は量と頻度は年によっては大きく変化がある。
  • 農作物のトウモロコシ、大豆、バナナ、オイルパームなどは、水質・土地・水不足や淡水生態系に大きく影響を与えている地域で育っており、将来のさらなる農地の拡大は環境・生態系への影響が非常に危惧される。
  • 日本への主要輸出国は国内の政治や地政学リスクによってさまざまな影響を受けているが、近年の欧州、アメリカにおける選挙並びに地域の地政学リスクは近年では増大する傾向にある
  • 気候変動による農業生産への影響は数年先からすでに出始め、長期的な視野で日本の食糧自給を考える必要がある。さらに環境・生物多様性への影響はすでに多くの農業地帯で常態化しており、さらなる水質汚染・地下水の枯渇・水不足・特定生物の絶滅は食糧自給に大きなリスクがある。

本研究では、水、気候、土地、森林などの統合的な評価を盛り込んだ点は世界的にも新しい取組みであり、日本の輸入する農産物生産地での統合的な評価として、検討し得るものです。

さらに、今回は世界地図でリスク把握を行ないましたが、より詳細に分析するためには、農産物ごと、地域ごとのケーススタディも重要です。

© WWFジャパン

講演3 現地で起きていること WWFジャパン 羽尾芽生

WWFジャパンは、日本が農産物サプライチェーン上で関わるブラジルとエクアドルの二つの現場に焦点を当て、これらの地域で水や淡水生態系にどのような脅威が迫っているか、そして、これに対応するためにWWFが企業や行政、地域の人々などステークホルダーとの連携によりどんな取り組みを行なっているのかを説明。

ブラジルは、今回の研究結果で、農業生産による水・淡水生態系への影響の大きい、高リスク地域であることがわかりました。

WWFジャパンとしては、農業生産と水の観点で、ブラジルのなかでも特にセラードとパンタナールという二つの地域に着目しています。

これら地域は、動物相・植物相いずれも多様で、生物多様性の非常に豊かな地域であるだけでなく、「水」の観点では、ブラジルの主要な水源として重要な役割を担っており、豊富な地下水を貯留しています。

出典:PLENAMATA https://plenamata.eco/en/verbete/biomas


セラードとパンタナールは、隣接しているものの、環境は異なります。

セラードは、乾燥したサバンナ地帯で、草原や、比較的低い木などが自然に生えるような環境です。もともとの面積は200万㎢、日本の国土の約5倍でブラジルの20%に相当します。しかし今ではその約半分の面積が、大豆畑や放牧地に転換されている、巨大な農業地帯です。

パンタナールは、世界最大級の湿地(パンタナール湿原)を有する地域。雨季には、パンタナールの約8割が氾濫するとされ、このような季節的な氾濫が、生物多様性に重要な役割を果たしています。

© Andre Dib / WWF-Brazil

氾濫原が広がるパンタナール

例えば、淡水魚の繁殖と水位変動には、密接な関わりがあります。

急激な水位の上昇に反応して生殖腺が成熟する種や、一定以上の水位に達することで放卵する種が多数います。

また、氾濫により水生植物が繁茂することで、稚魚などが捕食から逃れるためのシェルターや、食料源が提供されます。

淡水魚は、陸生生物にとっては重要な食料源。オオカワウソやジャガーなどの希少種も、淡水魚を食べて生きているのです。

さらには、この地域に暮らす人々や観光客も、淡水魚を食べ、川や湖でシュノーケルを楽しみ、自然の恵みを身近なところで享受しています。

豊かな自然の広がるセラード・パンタナールですが、今、この地域の水に脅威が迫っています。

水色は氾濫原、青色は河川など水域をあらわす。本来、季節的に水であふれるはずの氾濫原が、大干ばつにより乾燥化。

出典:MapBiomasをもとにWWF作成


上図は、2018年と2020年の地表水の変化を表したものですが、2020年には甚大な干ばつにより、氾濫原のほとんどが失われ、森林やサバンナだけでなく、湿地にも火災が延焼し、多数の動物が死亡しました。

このような干ばつや降雨パターンの変化は、2020年に限った出来事ではなく、近年、何度も発生しており、将来的にも頻度や規模が拡大していく可能性が予測されています。

また、水と淡水生態系に及ぶ脅威の原因は、気候変動だけではありません。農地からの大規模な土砂流出により、河川に多量の土砂が堆積し、川が埋まってしまうケースも少なくありません。ダム開発により、河川の流れが改変されている場所もあります。

このように、農地開発など人為的な活動も、パンタナールの水に影響を及ぼす大きな一因となっています。

ブラジルから大豆を多量輸入している日本にとっても、生産地での環境課題は他人事ではありません。長期的に農作物の生産を行なっていくためにも、水資源や、生態系サービスを提供する自然環境を保全する必要があります。

WWFブラジルでは、企業や地域住民の支援を得ながら、自然再生活動(レストレーション)をランドスケープ全体で行なうことで、農地から流出した土砂が堆積できるような河畔林の再生に取り組んでいます。ステークホルダー間連携による、影響の低減が進められています。


一方、エクアドルは、ブラジルに比較すると低いリスクとなっていますが、ここでもローカル・レベルで見ると、サプライチェーンに影響を及ぼすような水リスクが発生しています。

日本はエクアドルからバナナを輸入していますが、エクアドル国内最大のバナナ生産地帯であるグアヤス川流域では、洪水、季節的な渇水、汚染が課題となっています。

バナナ農地が水没し、数年間にわたって作付けできなくなった場所もあります。

また、農地由来の汚染により、特に下流の水質低下が生物多様性に影響を及ぼすことが考察されています。

© WWF Ecuador

洪水に沈むバナナ農園の様子。地域にもよるが、低地で栽培することの多いバナナは、洪水被害を受けやすい。

このような水リスクに取り組むため、現地では、企業とWWFの主導による「責任ある水利用管理」の取り組みが行なわれています。


責任ある水利用管理において、現地の水課題に「流域」単位で取り組み、あらゆるステークホルダー間で連携するコレクティブアクション(協同活動)を通じ、水や淡水生態系への影響を低減することを目指しています。

バナナ農園でのAWS認証取得や廃棄物管理、生産者の経済的ベネフィットの確保など、農地レベルの取り組みから開始し、農地と水源の間に生物多様性を育むエコロジカル・コリドーの拡充など、流域レベルの取り組みへ拡大しています。

この地域からバナナを調達・流通している企業などを中心に、責任ある水利用管理が進められています。

現地の状況把握により、わかったことは次のとおりです:

  • ブラジル:マップ上もリスクが高く(①淡水生態系リスク、②土地・水不足リスク、③水質リスクいずれも高リスク)、ローカルでも大きな課題あり。水リスクの影響は、生きもの、食文化、ビジネスなど幅広く及ぶ。
  • エクアドル:マップ上のリスクは中程度だが(①淡水生態系リスクは高リスク、②土地・水不足リスクと③水質リスクは中~低リスク)、ローカルでは課題あり(洪水、季節的な渇水、汚染がバナナ生産にも影響)。
  • マップ上のリスクが比較的高くないところでも、ローカル・レベルのリスクを把握し、重要調達地で活動を開始している企業がある。

WWFジャパンとしては、今回の研究結果やWater Risk Filter、Aqueductなどの情報・ツールを活用し、グローバルなリスクの把握を行なうこと、サプライチェーンの把握とトレーサビリティの確保を行なうこと、そのうえで、ローカルのリスク・状況もできる限り加味した優先流域・地域の絞り込みが重要だと考えます。

優先順位付けの後は、責任ある水利用管理の考え方に基づき、流域レベルでの協同活動やサステナブルな生産活動を実施していくことが、優先流域・地域での課題解決のためのステップとなります。

© WWFジャパン

まとめ:重視すべきは水をめぐるバリューチェーンと総合的なリスク

現在、企業はバリューチェーン全体でサステナビリティに取り組むことが求められており、この潮流はさらに指標や基準が整備され、拡大していくことが推測されます。

トレーサビリティの確保には、まだ課題が大きいところ、日本全体としての農産物輸入による生産地への影響の傾向は、今回の研究成果として把握することが可能となりました。

今回の研究では、環境・生物多様性への負荷が大きい日本への農産物輸出国(※今回調査対象の12品目に限る)は、南米や東南アジアの国々だということが分析されましたが、より細部を見ていくと、その他の場所でもさまざまな影響があります。

具体的なアクションにつなげるためには、よりローカルに絞ったケーススタディも必要になっていきます。そして、リスクを考慮する際には、気候、水、森林、土壌など、総合的なリスクを加味することが重要です。

WWFジャパンとしては、引き続き、企業をはじめステークホルダーと連携し、リスク把握や現地での課題解決に向け、全力で取り組んでいきます。


本セミナーへのご質問、ご関心をお持ちの企業関係者の方は、下記までお問い合わせください。特に海外でのローカルのインパクト把握など、WWFの各オフィスにも知見があるので、ご関心をお持ちの場合は一度ご相談頂ければと思います。

WWFジャパン淡水グループ:water@wwf.or.jp

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