長期戦略提言:脱炭素社会ビジョンは評価できるものの、 非連続的なイノベーション依存での先延ばしは懸念
2019/04/02
政府「パリ協定長期成長戦略懇談会」の提言が2019年4月2日に発表された。提言が、2018年10月発表のIPCC 1.5℃に関する特別報告書の内容を踏まえ、「脱炭素社会」に向けたビジョンを打ち出したことは歓迎したい。しかし、そこに至る道筋としての「戦略」には数々の課題が見られる。中でも、脱炭素達成の手段として、非連続的イノベーションに大きく依存しており、直近でできることを軽視している。これは問題を将来世代へ先送りすることに他ならない。長期を見据えつつも、「今」やるべきことに向き合わなければ、現在世界中で若者が訴えているように、世代間の衡平を確保できないだけでなく、本来の目的である脱炭素社会の実現をも先延ばしすることになる。
1. IPCCの1.5℃特別報告書を不十分ながらも踏まえ、「脱炭素社会」ビジョンが打ち出された
IPCCの1.5℃特別報告書の知見を踏まえた上で、日本としても、世界的な取り組みの中で貢献していく意思が示されたことは評価できる。また、「脱炭素社会」がビジョンとして中心に据えられている点も評価できる。しかし、その表現は曖昧であり、2050年80%削減が明記されたほかには、定量的な目標はなく、ビジョンとの乖離をうめていく具体的な方法も触れられていない。また、本気で1.5度をも視野に入れるならば、2050年80%削減では不十分な点も触れられていない。
2. 再生可能エネルギーについては「主力電源化」の具体化が必要
再生可能エネルギーについて、エネルギー基本計画を踏襲した「主力電源化」という表現が使われた。再生エネ大量導入に向けた意思が改めて打ち出されたことはよいが、「2050年に電力の100%再生エネ化」のような具体的な定量目標が不可欠である。
3. エネルギー効率改善に関する具体的な目標や政策的裏付けがないことが問題
産業、民生、運輸の各分野において、エネルギー効率における日本の優位性は失われており、改善を促す政策がなければ他国に遅れをとる可能性が高い。
住宅・建築物については、一度作られると数十年の寿命を有するため、これらが更新されるタイミングで最高効率のものが導入されるべき点が、提言でも強調されている点は評価できる。しかし、現時点ですでに住宅への省エネ基準導入が、2020年以降に先延ばしされてしまっている問題点への指摘がない。
4. 国内外の石炭の段階的廃止への意志が弱い
日本国内の石炭について、「石炭火力発電等への依存度を可能な限り引き下げることに取り組んでいく」という形で、「等」に曖昧さを残しつつも、依存度低下が打ち出された。しかし、今まさに大量の石炭火発の建設計画が存在し、これらが建設されれば、2030年目標の達成すら危ういことへの危機意識が欠けており、具体的な政策が提示されていない。
また、海外への石炭火発支援については、日本に対する国際社会の視線が最も厳しい分野でもあるにもかかわらず、明確な方針変更の意志が示されていない。この点は大きな問題である。
5. カーボン・プライシング検討の緊急性が不十分
カーボン・プライシングについては、「専門的・技術的な議論が必要」との認識が示されている。しかし、現状の国内の気候変動政策では、炭素含有量の多い石炭使用の増加に歯止めをかけることができていないのは明確であり、エネルギー効率改善が重要だと言いながらも、それらを促す具体的な政策的裏付けも触れられていない。日本経済の成長にもつながるカーボン・プライシングの具体的な制度設計を行う方針を明確に打ち出すべきである。
6. 国内の「率先垂範」からさらに一歩踏み込むことが必要
世界第5位の排出大国である日本が、国内での削減を、海外での排出量削減の貢献によって代替しようとすることは責任放棄に他ならない。日本の取り組みをもって海外での削減に貢献していくにしても、日本自身が脱炭素社会に向かっていなければ、貢献に説得力はない。その意味で、「日本が率先垂範する必要」が認識されている点は心強いが、具体的な行動として国内の2030年目標の改正に取り組むことが必要である。
7. 原子力依存からの脱却を忘れていないか
原子力は、リスクや価格の面からもはや選択肢としての優位性はない。段階的に廃止していく方針を打ち出すべきであるが、その点について、提言は述べていない。
8. 非連続なイノベーションの重視が、これまでの課題への取り組みを連続的に先延ばしする
脱炭素に向けて、非連続なイノベーションが重視されているが、その際に、水素やCCUS、鉄の水素還元製鉄などの(現存しないものも含む)技術が「将来」できることをあてにする一方、現在建設計画がある石炭火発の問題や系統接続に悩む再生エネの問題など、「今」やるべきことには強い政策を求めていない。これは先延ばしの姿勢にほかならず、これまでの日本の気候変動政策の、きわめて「連続的な」問題点である。
9. グリーン・ファイナンスの重要性の認識を足掛かりに、評価をする制度を
グリーン・ファイナンスの重要性が明示的に認識されていることは評価できる。これをふまえ、炭素生産性を高めている企業が、金融市場から適切に評価される制度を積極的に整備していき、同時に、投資家サイドも、そうした基準で評価することを積極的に奨励する制度を整備することが必要である。ただし、イノベーションに取り組んでさえいれば投資家から無条件に評価されると考えるのは大きな誤解であり、脱炭素に向けて自らの炭素生産性の向上にも注力している企業こそが評価されることに注意が必要である。
10. なぜ12月以降のプロセスが非公開になったのか
懇談会の議論は、12月の会合までは、一般傍聴は不可能でありつつも、会議があったこと自体は公開されていた。その後、突然4月に提言が発表された。提言が「国民一人一人に自覚をもって」と促すのであれば、なおのこと、この議論自体を透明性高く行うべきではなかったか。
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■参考
WWFジャパン『脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ』
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