© Andrew Kerr / WWF

「GXリーグ基本構想」で示された方向性への懸念

この記事のポイント
気候変動(地球温暖化)の脅威を回避するため、2050年までのカーボンニュートラル実現と、経済成長の達成を目指した経済社会システム全体の変革が求められる中、2022年2月1日に経済産業省はGXリーグ基本構想を発表しました。その中心となるのはカーボンプライシングの手段の1つである、企業による自主的なカーボン・クレジットの取引制度です。しかし、この基本構想にある現時点の制度案には、少なくとも、1)総排出量の規制、2)参加の義務づけ、3)履行確保措置の設定という3つの点で課題があり、早急な改善が必要です。温室効果ガス排出削減に向けた政策の在り方として、本当に効果のある手段となり得るか。GXリーグ構想の課題と共に解説します。
目次

発表されたGXリーグ基本構想

世界の平均気温の上昇を1.5度に抑制する、この「パリ協定」の目標を実現するために、日本にも2050年までにカーボンニュートラルを実現することが求められています。

そのためには、2030年に2013年比で温室効果ガス排出量の46%削減を達成し、「50%の高みに向けて挑戦」しなければなりません。

こうした中、経済社会システム全体を脱炭素型に変革していく「手段」として、企業をはじめとする温室効果ガスの排出主体に、排出量に応じた負担を課す「カーボンプライシング(CP)」が注目されています。

この手段も組み込む形で、2022年2月1日に経済産業省はGX(グリーントランスフォーメーション)リーグ基本構想を発表しました。

これは、1.5度目標の実現を掲げる企業の参加を募り温室効果ガス排出削減の自主的目標を設定することを求めるほか、カーボン・クレジットの取引活性化やそのための市場創設などを柱とした施策を、官民共同で推進する、という構想です。

政府による、2050年カーボンニュートラルの達成に向けた日本の排出量削減政策としても、内外から注目されています。

しかし、このGXリーグ基本構想には、重要な問題があります。

構想の重要なカギとして示されている、各企業による自主的目標の設定とその達成に向けた取組み、および企業間でのカーボン・クレジットの取引制度案では、十分な温室効果ガスの排出量削減が、実際に可能なのか、疑問があるからです。

GXリーグ基本構想を問う3つの観点

GXリーグ基本構想では、参加要件を充たし、趣旨に賛同・参加を表明した企業に対して、次の3つの「場」への参画を求めています。

 イ)自主的な排出量取引を行なう場
 ロ)2050年の社会の未来像を議論する場
 ハ)市場創造・ルールメイキングを議論する場

特に、温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みの中核的な仕組みが、イ)の「自主的な排出量取引を行なう場」です。

そこでは、企業が自主的な温室効果ガスの排出削減目標を策定すると共に、それを金融資本市場に開示。目標が達成できなかった時、不足分を補うため、企業間での排出量取引を自主的に実施することになっています。

しかし、上記の「場」を前提に今後GXリーグの制度詳細の議論が進んだ場合、十分な排出削減量が確保されるかについては、大きな懸念が残ります。

十分な排出量削減の確保が担保されるかを確認するには、キャップ&トレード型の「排出量取引制度(ETS)」を参考に、その有用性を確認する必要があります。

カーボンプライシングの中でも、「炭素税」やETSは、国際的にも効果のある排出削減の手段と目されており、2021年4月1日時点で65の国と地域で広く導入が進んでいます(※)。

炭素税とETSの持つ大きな特徴は次の2つです。

  • 社会的に必要とされるコストを最小化できる効率性を持つ
  • 排出主体である企業の十分な参加と、排出削減に向けた各種義務の履行を、法的な強制力をもって確保できる

また、排出単位当たりで税率を定める炭素税に比べ、総排出量にキャップ(上限)、つまり絶対に達成すべき排出削減を明確に定めるETSは、より高い効果と確実性が期待できます。

GXリーグが十分な排出量削減を確保しているかを判断するには、上述のETSの特長から得られる、少なくとも次の3つの条件の充足を確認する必要があります。

  1. 国の削減目標(NDC)と整合する形で、総排出量の規制がなされているか
  2. 十分な範囲の企業に制度参加が義務づけられているか
  3. 排出削減に向けた取組みの履行を確保するための措置があるか

(※)出典:The World Bank, Carbon Pricing Dashboard(閲覧日:2022年4月1日)

EU-ETSとの比較

そこでWWFジャパンは、EUで先行実施中のEU-ETSと比較し、GXリーグの3条件への該当性を検討。

日本の2050年・2030年の各目標を達成するための政策として、十分な排出削減が可能かどうかを検討しました。
EUでは、現在EU-ETS(EU域内排出量取引制度)と呼ばれる制度が運用されています。

これも完璧な制度ではなく、WWFを含む環境NGOからは厳しい批判を受けています。しかし、、WWFジャパンでは今回、実際に運用されているカーボンプライシングの先例制度として、特に環境NGOとしての視点から重要であると考えられるポイントについて、GXリーグとの比較を試みました。

条件ごとの比較の詳細は、次の通りです。(2022年4月現在)

【条件1】国の削減目標と整合する形で総排出量の規制がなされているか

現状のGXリーグ基本構想案の課題点

  • GXリーグに参画する企業各社は、2050年カーボンニュートラルに整合的と自らが考える2030年の排出量削減目標、すなわち「自主的目標」を策定するに留まっている。
  • 一方で、各企業の目標を、日本の国としての削減目標(NDC)に整合するよう、政府が調整する過程は無い。
  • このため、日本のNDCよりも厳しい目標設定を行なう企業は少なくなるとみられる(これを実施するインセンティブを持つのは、自主的目標を超過する削減で、カーボン・クレジットの創出を狙う一部の企業に限られる)。
  • 2030年の削減目標に整合するタイムラインで、各社の排出量の総和を段階的に縮小させる仕組みがない。
  • そのため、各社による「自主的目標」の削減量の総和が2030年の日本の削減目標に合致する保証は無い。

(参考)EU-ETSでの対応

  • EU-ETSではEUの国別削減目標(NDC)に基づいて、固定排出源を1,572MtCO2eと定めるなど、総排出量のキャップが設けられ、その範囲内で排出枠の発行・取引が行なわれている。
  • また、当該キャップは毎年2.2%のペースで段階的に縮小する。
  • さらにEUの2030年削減目標が強化されたのに伴い、EU-ETSの対象部門からの排出量も、2030年に2005年比で61%削減するよう、キャップの再設定と、毎年の縮小ペースを4.2%に強化する提案が、欧州委員会より出されている。
  • このように2030年の削減目標に合致するように総排出量の設定と段階的な縮小が行なわれている。
  • 環境NGOからは、そもそもの2030年目標が不十分との指摘もあるが、ETSの対象部門に対する目標と、国(地域)の目標と整合させる努力はなされていると言える。

【条件2】十分な範囲の企業に制度参加が義務づけられているか

現状のGXリーグ基本構想案の課題点

  • GXリーグへの参加は、あくまで企業の任意であり、義務付けられていない。離脱についても制限がない。
  • また、基本構想では各種の参加インセンティブが、金融資本市場や労働市場、政府から提供されることが想定されているが、どのようなインセンティブで、どの程度の企業の新規参画につながるか予見性が乏しいと言える。
  • 政府による支援にも財政的な限界があることを踏まえると、GXリーグの対象企業の拡大には不確実性が残り、排出削減が十分なものになるかは見通せない。
  • GXリーグには2022年4月時点で、約440社(日本全体の排出量の28%相当)が「賛同」している。しかし、今後の実証事業を経た本格実施に向け、「賛同」企業すべてが自主目標を持った自主取引制度に参画するかは不明。

(参考)EU-ETSでの対応

  • 任意参加の制度ではなく、法的な義務を課すEU-ETSは、排出許可証を持たない主体による、排出を伴った活動を認可していない。また、この排出許可証の発行対象施設はEU指令で指定される。
  • そのため、企業の意思でEU-ETSから離脱することはできない。
  • EU指令の改定で対象施設が追加されれば、求められる排出削減量も確実に増える。
  • 現在、EU-ETSの下で約11,000の発電施設・固定施設等が対象となっており、EU全体の排出量のうち約4割をカバーしている。

【条件3】排出削減に向けた取組みの履行を確保するための措置があるか

現状のGXリーグ基本構想案の課題点

  • 現段階の基本構想では、自主的目標を達成できなかった企業に対する罰則が想定されていない。
  • 罰則に代わり、未達企業に金融資本市場からのガバナンスに一部期待が寄せられているようだが、現時点では期待できない。
  • なぜなら、金融機関や投資家が、必ずしも削減効果の評価に必要な知見を有しているとは限らず、またそうした評価の実施や知見の獲得に要する追加的コストを負担するインセンティブも乏しいものに留まりっているため。
  • 金融機関等によるエンゲージメントは効果が表れるまでに時間を要し、自主的目標の未達をもって、直ちにダイベストメントを実施することも期待できないと考えられる。
  • これらの要素を勘案すると、本来であれば金融機関等ではなく、政府の責任の下で排出削減を進めるべきである。
  • 罰則などの履行確保に向けた国による措置が無く、金融機関等による規律も、その機能を代替するには不十分であると考えられる。

(参考)EU-ETSでの対応

  • EU-ETSの下では、企業などが保有する排出枠を超過し、なおかつ目標分に相当する排出枠の調達を行なわない場合、罰則が適用される。
  • 該当企業には二酸化炭素換算量1トン当たり100ユーロの罰金が科されると同時に、当該超過量相当分の排出枠を引き続き調達する義務を負う。
  • また社名も公表するなど、企業の取組みの確実性を担保している。

【その他】カーボン・クレジットの活用について

なおGXリーグ基本構想では、企業に自主的な排出削減の取り組み以外にも、カーボン・クレジットの活用や、その未来像、ルールメイキングを議論するとしています。

特に、クレジットの活用に関連しては、GXリーグでは自主的目標の未達の場合におけるクレジットの充当や当該目標の超過削減によるクレジット創出などが想定されており、今後の議論において対象クレジットなどの詳細な条件が検討される見込みです。

しかし、クレジットの活用にもいくつかの問題があります。

まず、クレジット発行の根拠となる排出削減の評価には、ベースラインの検証など困難が伴います。

仮に、不適切な評価が行なわれ、実際の削減効果よりも過大なクレジットが発行された場合、その使用が実際には、社会全体での排出量の増加をもたらすおそれがあります。

また、既存の有効な削減技術の導入費用よりも、クレジットの方が安価な場合には、企業の資金が十分にそうした技術の導入に向けられず、結果として多く温室効果ガスを排出する、旧態依然の産業構造が長期に固定化することになりかねません。

EU-ETSにおいても、フェーズ3までは一定の条件下でクレジットの使用が認められていましたが、現在のフェーズ4の下での使用は想定されていません。

このように、クレジットの活用には慎重な姿勢が必要であり、本来は極めて限定的な役割を付与するに留めるべきです。

以上の課題を考慮すると、今後GXリーグの議論の中でクレジットの活用が具体化し、運用が開始されたとしても、自主的な排出削減の不十分さを補うだけのメリットは期待できません。

早急な「実のある」カーボンプライシング導入に向けた議論を

以上の検討により、現状のGXリーグの基本構想に基づいた議論が進んだ場合、十分な排出量削減が確保されるとは考えられず、またそれを補うだけの、効果的な施策の実現も期待できません。

日本が国として、十分な排出量削減を確保できるカーボンプライシングを実現するならば、個別企業の自主性に支えられた仕組みよりも、ETSのような明確な削減目標を設定できる制度の導入が、より適した判断といえるでしょう。

ETS導入に対する懸念にも、すでに行なわれている諸外国での制度運用の経験から、得られる知見を活用すれば、制度設計の段階で、予想される問題にも対処法を準備できます。

例えば、ETSの排出枠をオークション方式で配分するならば、その収入により、企業への投資を支えることができます。

また、他国・地域でもETSの導入が進む中、それらと同水準の制度を導入することは、日本が国境調整措置の対象外であり続けられる保証が無いことや、他国・地域のETSとの将来的な排出枠の融通が困難となる、といった、現状で考えられる懸念や、ビジネスリスクの払拭につながります。

2030年まで、残された時間はわずかであることに鑑みると、GXリーグの基本構想に基づいた制度設計の議論に、時間を空費するべきではありません。

この基本構想では「産業界の取組の進捗が芳しくない場合には、政府によるプライシングも視野」に入れる、とありますが、これは悠長に過ぎるといえるでしょう。

優先するべきは、2030年の削減目標を達成するタイムラインに沿うように必要な施策を具体的かつ迅速に検討することです。

「パリ協定」と脱炭素が、国際的にもビジネスの明確な指針となった今、脱炭素に向けて着実に進むかどうかを、企業各社の自主性に任せてよい時代は、終わろうとしています。

また、これ以上の脱炭素の遅れは、日本の経済成長そのものにとっても、足かせとなりつつあります。

政府は早急に方向性を転換し、ETSなど「実のある」カーボンプライシングの導入に向け、具体的な制度設計の議論を始めるべきです。

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP