【動画あり】イベント報告 トークセッション「イルカが教えてくれること~南米と日本の意外なつながり~」
2019/09/27
トークセッションは動画でご覧いただけます
1.調査でわかったチリイルカの生息状況と危機
はるかな国、チリへ想いを馳せる
南米の太平洋沿岸に位置するチリ共和国。日本から見ると、地球のほぼ反対側にあたります。空路でも日本からチリまでは約30時間。多くの日本人にとって、なかなか訪れる機会の少ない国なのではないでしょうか。
実際、トークセッションにご参加いただいた方々の中で、チリに行ったことのある方は、わずか1名のみでした。
しかし実は、日本にすむ私たちの暮らしに、チリ産の「あるもの」が深くかかわっている、というのが今回のトークセッションのメインテーマです。
その謎を解き明かす前に、まずは、チリについて少しでも具体的に感じていただけるよう、チリの自然環境や生きものについてご紹介しました。
WWFが主にプロジェクトを行なっているのは、チリの中でも南の方、「パタゴニア」と呼ばれる地域です。沿岸には、氷河が削り出した複雑な海岸線が続き、マゼランペンギン、フンボルトペンギンをはじめとするさまざまな海鳥や、海を主な生息地としているミナミウミカワウソ、アシカの一種で南米固有のオタリアなどが暮らす、まさに「命の海」が広がっています。
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トークセッションは、WWFジャパン事務局のミーティングスペースで実施しました
謎多きチリイルカを追って
チリの沿岸には、世界最大の鯨類、シロナガスクジラを含む、多くのイルカ・クジラ類が見られます。その中でも、特に生態などがよくわかっていないのがチリイルカ(ハラジロイルカ)です。
そこでWWFは2016年から、チリイルカの調査を開始しました。調査の中心地となっているのが、チリ南部に浮かぶチロエ島です。ここには、陸地に深く切れ込む、細長い入江がたくさんあり、そこが静かな沿岸環境を好むチリイルカにとって、大切なすみかになっていると考えられています。
では、実際にどのくらいチリイルカが生息しているのか。調査では、小型ボートでチリイルカの観察を行ない、個体識別することによって、推定個体数を割り出しています。
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小型ボートでチリイルカを探し、背びれの撮影をする
チリイルカの個体識別に挑戦!
チリイルカの大きな特徴のひとつが、丸みをおびた背びれです。調査では、この背びれを頼りに、まず他の種類のイルカ(ミナミカマイルカなど)とチリイルカを見分けます。そして、チリイルカであれば背びれの写真を撮り、形や傷などをもとに、個体識別をしていきます。
会場では、参加者の皆さんが、ミナミカマイルカとチリイルカの背びれを、写真を使って見分けてみることにチャレンジ。また、4枚の背びれの拡大写真をもとに、個体識別にもチャレンジしていただきました。
参加者全員が、あっというまにミナミカマイルカとチリイルカの区別がつくようになりましたが、個体識別では、答えに迷う場面も。参加者同士で話し合いながら、正解を探る楽しい時間となりました。
実際には、数千枚の写真を撮影し、それをひとつひとつ確認しながら個体識別をしていくというスタッフの話に、驚きの声もあがっていました。
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先端が丸みをおびているチリイルカの背びれ。右の個体と左の個体では、背びれ全体の形が少し異なる
明らかになってきたチリイルカの危機
現場の調査では、チリイルカが見つかった場所の水深や、塩分濃度、水の透明度など、その海域の環境も調べています。これは、チリイルカがどのような環境を好むかを知るのに役立ちます。
WWFの調査によって、チロエ島全域にわたるチリイルカの生息状況が明らかになってきました。チリイルカの推定個体数や、重要な生息地を特定できたのは初めてのことで、大きな成果となりました。
同時に、チリイルカの危機も明らかになりました。生息域が、工業地帯や市街地、漁場、船舶の航路、養殖場など、人間が利用する場所と重なっている場合が多いのです。
このうち、チリイルカに対して、特に大きな脅威となっているのが、「刺し網」を使った沿岸漁業と、サケ(サーモン)の養殖です。
刺し網は、海中に網を広げておいて、そこにかかった魚を捕る漁法です。チリイルカがこの網にかかると、溺れて命を落としてしまいます。哺乳類であるイルカは、私たちと同じ肺呼吸。定期的に「息継ぎ」をする必要があるのです。
刺し網は、必ずしも漁業者だけでなく、一般の人たちがレクリエーションとして仕掛けることも少なくありません。その網が放置され、チリイルカだけでなく、マゼランペンギンなどの海鳥も、たくさん被害を受けています。
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漁網にかかって命を落としたマゼランペンギン
日本にも輸出されるサケを育てるために
チリ南部の沿岸域には、無数のサケ養殖場が広がっています。海の中にいけすを作って、ある程度の大きさまで成長したサケを育てるには、波の穏やかな入り江が最適。しかしそこは、チリイルカが好んで暮らす場所でもあります。
サケ養殖がチリイルカに与える影響のひとつは、刺し網と似ていて、養殖場を囲っているネットにひっかかり、溺れてしまうというもの。チリイルカは、サケのエサに寄ってくる小魚を食べようと養殖場に近づき、ネットにひっかかってしまうのです。
ほかにも、サケのえさの食べ残しによる水質の悪化や、サケの病気を防ぐために海中に投じられる薬品などによる海洋生態系への影響もあります。
WWFジャパンが、遠くチリの海洋環境保全にかかわっているのは、まさにこの「サケ養殖」に関係しています。なぜなら、チリで養殖されるサケの一大輸出国が日本だからです。現在、日本で消費されるサケの4割くらいがチリ産です。スーパーなどの鮮魚コーナーで「チリ産」の文字をよく見かけることはもちろん、コンビニのおにぎりやサケ弁当、回転寿司の「サーモン」などにも、チリ産のサケが多く使われています。
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サケの養殖いけす。こうした施設が、チリ沿岸には無数に広がっている
2.ペルーの海にも広がる影響
アンチョビの大量捕獲が招く危機
サケ養殖に伴う海洋生態系への影響は、実はチリだけでなく、チリの北側にあるペルーの海域にも及んでいます。
ペルー沖は、世界でも有数のアンチョビの産地として知られています。そして、ペルーで漁獲されるアンチョビのほとんどが、養殖用のえさに加工されます。チリのサケ養殖でも、日本で行なわれているさまざまな養殖業でも、ペルー産のアンチョビが大量に使われています。
アンチョビは、海の食物連鎖の土台を支える重要な生きもの。大量にとりすぎる状態が続けば、この先、海洋生態系に影響がでてくるおそれもあります。また、アンチョビを獲る漁網に、ウミガメが絡まる事故もあとを断ちません。
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WWFでは、漁網に絡まったウミガメを安全に海に帰す方法の普及にも取り組んでいる
3.南米の生きものたちのために、日本でもできること
「命の海」を守るASCマーク
WWFは、チリやペルーの海洋環境と、そこに息づく多様な生物たちを守るために、漁業者や養殖業者、政府に働きかけて、環境に配慮した、持続可能な養殖業へと改善するよう求めています。
その方法のひとつが「ASC認証」の普及と拡大です。ASC認証は、水産養殖管理協議会という団体が管理している認証制度で、養殖を行なう際に、環境や人権などに配慮するよう求めるものです。その基準の中には、海の環境や野生生物の生息域を守ることなども盛り込まれています。
WWFの働きかけもあり、現在、チリのサケ養殖生産量の約20%が、ASC認証を取得しています。そして、少しずつではありますが、日本の店頭にも、ASC認証製品が並ぶようになってきています。
ASC認証を受けた水産物には、「asc」と書かれたマークが付きます。消費者は、このマークを選んで買うことで、環境や生きもの、人権などに配慮した養殖業を応援することができます。
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「asc」のマークが付いた水産物は、少しずつ日本の店頭にも並ぶようになってきている
イルカが教えてくれること
今回のトークセッションの主役となったチリイルカは、日本の暮らしが、遠く離れたチリの海洋環境に、深いつながりを持っていることを教えてくれています。
そんなチリイルカが象徴する、南米の海の生きものたちを守るために、ぜひ「asc」のマークを覚え、そして、近くのスーパーの「ご意見箱」などに、「asc」のマーク付き商品を求める声を届けてほしい、ということをお伝えして、今回のイベントは終了しました。
WWFはこれからも、チリをはじめとする南米の海の豊かな生物多様性を守るために、ASC認証制度の普及や、保護区の拡大、野生生物の調査などに取り組んでいきます。
◆イベント開催概要
トークセッション
「イルカが教えてくれること~南米と日本の意外なつながり~」
開催日時:①8月21日(水)19:00~20:30
②8月23日(金)19:00~20:30
開催場所:WWFジャパン東京事務所
参加者数:各回30名
主催:WWFジャパン