1.東京大会「脱炭素の取り組み」の評価
東京大会は、パリ協定の始まる2020年にふさわしく、初めてカーボンゼロ、すなわち「脱炭素」を目標に掲げた大会です。
脱炭素社会を目指す大会として、再生可能エネルギー100%で大会を運営し、まず可能な限りの省エネルギーを図ったのちに、残る排出量をオフセットするという考え方が採用されています。、さらに都市鉱山である先進国・日本の大会としてのリサイクルの推進が、東京大会の取り組みとして明確に掲げられており、パリ協定時代の国際スポーツ大会にふさわしい取り組みです。
再エネの調達方針に関しては、再エネ発展途上の日本の現状を反映して、やや中途半端な取り組みとはなっていますが、全体としては今後の自治体や企業の温暖化対策のモデルとなりうる良い方針といえます。日本社会の脱炭素化を促すレガシーとなることが期待されます。
パリ協定の始まる2020年に、カーボンゼロを目指す大会
東京大会は、Towards Zero Carbon (脱炭素社会に向けて)ということで、「可能な限りの省エネ・再エネへの転換を軸としたマネジメントを実施することにより、世界に先駆けて脱炭素化への礎を全員参加で築く」と明示しました。
そのために、まず大会によって温室効果ガスがどれほど排出されるかを把握し、それからすでにある会場を使うなどして、CO2の排出を回避しています。さらに、その既存会場や競技会場の省エネルギー化をはかり、再生可能エネルギーを活用し、その後に残った排出量を、オフセットする、という考え方にのっとって計画が実施されています。
これは、トップダウンで科学に基づいた「脱炭素化」という目標を決め、その後に可能な限りの排出の回避、削減を実施し、それからオフセットする、という気候変動対策のまさに王道にのっとった方策です。これは、国のみならず、企業や自治体にとっても今後の気候変動対策のモデルとするのにふさわしい考え方です。
再生可能エネルギー100%の運営
東京大会は、目標として再生可能エネルギー100%の運営を謳っています。東京大会の考える再生可能エネルギー(再エネ)は、下記の通りとされています。
- 発電源が明確で持続可能な再エネ電気
- 環境価値によって再エネと位置づけられる電気
これを基に東京大会が調達する再エネは、以下の視点を入れたものとし、可能な限りⒶⒷ両方を満たすものを優先し、状況によっては(A)(B)どちらかを満たすものを選択できるとなっています。
(A)太陽光・風力・地熱・バイオマス・水力など発電源を重視する。(B)環境価値については、トレーサビリティがあるものを優先する。
出典:大会組織委員会(2019) 「持続可能性進捗状況報告書」
これは、日本の現状の再エネ比率が16%程度(2017年度)に過ぎず、再エネ導入において日本は発展途上であることを鑑み、現状可能な中で再エネ100%を実現するためにとられたものです。
一口に再エネといっても、その定義は様々で、一律に決めることは現状では難しいので、東京大会の持続可能性を議論する「脱炭素ワーキンググループ」において検討の結果、上記のようにまとめられました。
WWFは、東京大会が再エネ普及の推進力となり、大会後に再エネ導入の動きが加速してレガシーとして残ることが最も重要だと思っています。その視点から、東京大会の以下の二つの取り組みに注目しています。
一つは、再エネがどこに由来しているものかを公開する動きを後押しすること、そして既存会場の場合に、その会場がもともと契約している電気を、より再エネ比率の高い排出係数の低い電気に変えていこうとする動きを後押しすることです。
東京大会の会場には、仮設会場と恒久会場があります。仮設会場に供給する電気と、恒久会場における東京大会運営時に必要な臨時電力(増加分)では、発電源が明確な再エネ電気だけを供給する電気メニューを導入する予定です。そして発電源の内訳を入手して、公表していく予定です。
一口に再エネといっても、何の再エネで、どこに由来するのかは、持続可能性を見るうえで非常に重要なポイントです。そのため再エネの発電源をきちんと公開するという方針は、発電事業者に向けて、由来を明示するインセンティブを与える重要なメッセージとなります。
また、恒久会場では、東京大会の運営時だけに必要な臨時電気だけではなく、もともと契約している電気があります。その通常時の電気も、なるべく再エネ比率が高い、CO2排出係数の低い電気を供給する電力会社を推奨しています。
これは電力事業者に、再エネ比率を高く、そしてCO2排出係数をより低い電気を供給しようというインセンティブを与えることにつながります。東京大会を契機として、大会の間だけではなく、「再エネ比率の高い電力事業者」の市場価値が上がり、消費者や事業者により選ばれるようになることが強く望まれます。
ただし、まだ再エネの導入が十分ではない日本の現状を鑑み、再エネ導入比率やCO2排出係数の具体的な定量目標は見送られました。これらがより強いインセンティブとならなかったことは、WWFとしては残念であると考えます。
東京大会に使用するオフセットの条件
そもそもパリ協定における「脱炭素化」とは、温室効果ガスを実質ゼロにすることです。すなわち、排出を可能な限り減らした後に残る分は、たとえば森林によるCO2吸収によって相殺する(=オフセットする)というように、実質的にゼロにしていくことを意味します。
2020年に開催される東京大会では、省エネ実施や再エネ導入には現実的には制限があるので、排出の多くの分を、排出クレジットを充てることによってオフセットすることになります。
ただしオフセットするということは、何をもって本当に温室効果ガスが減ったとみなすか、すなわちどんな排出クレジットを使うか、ということがカギとなります。なぜならば、いい加減に排出クレジットを使ってよいことにすれば、実際には排出は減らないからです。
たとえば「省エネ機器を買いました。その省エネ機器で減った分を東京大会でオフセットに使います」としながら、「その省エネ機器で減った分は同時に自社で減った分として使っています」とするならば、これは省エネによって生じた排出クレジットを2重にカウントして使っていることになり、実際には東京大会で増えた分の相殺にはつながりません。
すなわち、東京大会にどのようなオフセットクレジットを使ってよいことにするかが、東京大会の「脱炭素化」の有効性を決めることになるのです。
「脱炭素ワーキングループ」の議論の結果、東京大会では、オフセットの条件として以下の4つの条件を採用しました。
東京2020大会のカーボンオフセットに使用するクレジットの条件
- プロジェクトは「追加的」でなければならない。
- カーボンクレジットの二重カウントを避けなければならない。取引を記録し、客観的な検証を可能とする独立したシステム(登録簿や取引ログ)が必要。
- プロジェクトは、独立した監査機関によって、有効化および検証されなければならない。
- プロジェクトは、対象地域の社会・経済・環境に対して、悪影響を与えず、むしろ、便益をもたらすものでなければならない。具体的には、SDGsに対する貢献を説明できなければならない。
上記の条件を満たす例
- 自治体キャップ&トレード制度のクレジット
- GS:Gold Standard(海外VER:Verified Emission Reduction)
原則として2020年9月30日までに無効化申請しているクレジットを使用
このオフセットの条件は、パリ協定時代にふさわしいグローバルスタンダードな条件です。
この条件を満たしているものとして、開催地東京都の実施しているキャップ&トレード制度のクレジットや埼玉県のクレジット、さらに海外クレジットとしては、環境十全性を確保していることで知られるゴールドスタンダード認証を受けているクレジットなどが挙げられています。
これらの条件は、今後のスポーツ大会やイベントのみならず、国や自治体・企業のオフセットの条件として模範となる方針です。
「東京2020大会における市民によるCO₂削減・吸収活動」の意義
東京大会では、これをきっかけとして、多くの方々がCO2削減や吸収に貢献する活動に取り組み、大会後にもレガシーとして削減行動が定着して広がっていくことを目指しています。
そのため、多くの方が脱炭素社会へ向けた取り組みに取り組んでもらえるように、市民によるCO2削減・吸収活動を集めて、公表することになっています。
その取り組みとしては、家庭においてLED照明などの省エネ家電に買い替えること、車から公共交通機関に乗り換えること、自治体などが手入れの行き届いていない森林の整備をすることなどが挙げられています。
これらから生じる削減や吸収量は、一定の算定式で定量化されて、公表されることになっています。2050年温室効果ガスゼロを目指す横浜市や熊本県、東京都新宿区などがすでにプロジェクトを発表しており、市民が参加しやすいようになっています。
詳しくは東京2020大会における市民によるCO2削減・吸収活動をご覧いただき、奮ってご参加ください!
この東京大会の「市民によるCO2削減・吸収活動」の優れているポイントは、東京大会の排出を相殺するカーボンオフセットとは切り離した活動であることです。
いわゆる「オフセット」は、1990年から続く国連交渉において、真に削減につながる排出クレジットはどうあるべきか、ということが長年にわたって国際的に議論・検討されてきました。
なぜならば、オフセットする、ということはある場所での排出を他の場所での排出減少で相殺するということなので、もしその他の場所での排出減少が、真に減少しているものではないならば、単に排出増を許すことになってしまうからです。そのためオフセットしてよいクレジットには国際的な議論を反映した厳格な条件が付けられています。
東京大会の排出は、この厳格な条件にのっとったクレジットでオフセットされることが決まっていますので、この「市民によるCO2削減・吸収活動」は、そこにはカウントされません。あくまでも「市民によるCO2削減・吸収活動」によって生じた減少分は、追加の減少として別にカウントされることになりました。
こうした整理によって、東京大会のオフセットは国際的に評価される取り組みとなっているのです。
このオフセットの手法は今後のイベントのみならず、自治体や企業のオフセットの取り組みにおいて踏襲されるべきレガシーとなることが期待されます。
大幅なCO2削減となる「鉄リサイクル」の推進
日本のCO2排出量の約12億トンのうち、鉄鋼業のプロセス由来のCO2排出量はそのうちの約14%(2016年度)を占めています。こういったプロセス由来のCO2排出量をいかに下げていくかは温暖化対策として重要な課題です。
一方で先進国日本はすでに高層ビルなどが立ち並ぶ、いわゆる「都市鉱山」の宝庫です。東京大会は、「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」で、携帯電話やパソコン、デジタルカメラを回収して、リサイクル金属をメダル製作に活用しています。
この「都市鉱山」からは、毎年取り壊された建築物などから鉄スクラップも大量に発生しています。こういった鉄スクラップをリサイクルして鉄鋼を生産すると、鉄1トン当たりのCO2排出量を4分の3も削減することができるのです。
すでにアメリカでは、リサイクル鋼材の生産比率は70%近くに達しており、欧州では40%程度です。しかし日本の現状は、リサイクル鋼材の生産比率が25%程度と低くなっています。この比率を欧米並みに上げることができれば、日本の鉄鋼業のCO2排出量を大幅に削減することが可能となります。
そこで東京大会は、「電炉鋼材などのリサイクル鋼材」を温暖化対策の目標の主要な指標の一つと位置付けたのです。
パリ協定で目指す脱炭素化には、この鉄リサイクルの推進が不可欠といっても過言ではありません。東京大会の方針は、今後の日本にとって欠かせないレガシーとして踏襲されることが期待されます。
東京大会の残すレガシー
このように東京大会の脱炭素の取り組みには、今後の日本のあるべき温暖化対策としての模範となる方針が数多く含まれています。
再生可能エネルギーの取り組みには、過渡期の日本の状況から中途半端になっている点もありますが、全体としては、下記に代表される効果的なCO2削減など、先進的な取り組みが形作られています。
- トップダウンの目標の決め方
- 排出の回避・削減・再エネへの代替・オフセットという手法
- 再エネの由来特定や排出係数の少ない電気の推進
- 厳格な基準に基づいたオフセット
- 鉄リサイクルの推進
今後の国や自治体、企業における模範として、レガシーとしてこれらの方針が踏襲されるにふさわしい東京大会の脱炭素の取り組みです。