生物多様性スクール2023第5回 農業 土と水から考える―新しい農業への転換は始まっている!
2023/12/01
- この記事のポイント
- 世界の生物多様性の豊かさは過去50年で69%損失し、また地球の平均気温は産業革命前よりすでに1度以上上昇したと報告され、地球環境はいま、危機的な状況にあります。WWFジャパンは、生物多様性の劣化を食い止め、回復に転じさせる「ネイチャー・ポジティブ」に向けて、著名な有識者を招いて身近な切り口で生物多様性について考えるオンラインセミナー「生物多様性スクール」を開催。2023年シリーズでは、気候(Climate)と自然・生物多様性(Nature)の2つの危機の同時解決や双方への配慮をテーマにして、取り組みの先進事例なども紹介していきます。7月31日に行なった第5回「生物多様性と農業~土と水から考える」のポイントをお届けします。
生物多様性と農業~土と水から考える
気候変動対策や生物多様性の回復への鍵は、持続的な農業の推進や普及です。大量の温室効果ガスの排出、農地や牧草地に転換するための森林破壊、農薬使用による土壌や海洋の汚染、淡水を大量に使用する穀物や綿花(コットン)等の農産物の栽培など、さまざまな課題をはらむこれまでの農業。80億人を養うための持続可能な農業への転換は、人類の喫緊の課題です。そのような中、土が吸収する二酸化炭素(CO2)の量を増やしたり、生物多様性保全にもつながったりする未来型の農法が世界的に注目されています。
今回は、土壌生態学者で環境配慮型の農業の研究と実践に努める福島大学の金子信博氏をお招きし、生物多様性と農業について考えました。また、WWFジャパン淡水グループの久保優から、トルコでの水環境と土壌の保全に資するコットン栽培の試験的取り組みを紹介しました。全回の進行はWWFジャパン理事で共同通信編集委員の井田徹治氏です。
スクールのポイントをグラフィックレコーディング(グラレコ)を使ってお伝えします。(グラレコ制作:aini 出口未由羽さん)
開催概要: 生物多様性スクール2023 第5回「生物多様性と農業~土と水から考える」
https://www.wwf.or.jp/event/organize/5361.html
日時
2023年7月31日(月) 16:00 ~ 18:00
場所・形式
Zoomによるオンラインセミナー
ゲスト
金子信博氏 福島大学 食農学類教授(土壌生態学)
参加登録者数
1361名
土には地球の生物多様性の4分の1が集中*
金子氏はまず、世界のフードシステムにより、温室効果ガス排出量の3分の1、生物多様性への人為的影響の約半分がもたらされていると紹介し、食生活や農業による地球環境への影響の大きさを示しました。そうした中、農地の土壌生態系の保全をすれば、生物多様性の保全と気候変動対策の両方が可能になると言います。あまり知られていませんが、私たち人間の足元には、狭い土壌の表層に多くの土壌動物や微生物が暮らしており、複雑な生物の関わりが営まれています。複雑な土壌構造は、土壌の高い生物多様性を実現しています。土には実に、地球の生物多様性の4分の1の生き物がいると考えられています*。しかし現在、土壌生物の生物多様性は危機的な状況にあり、私たちはその生態系サービスを失いつつあります。それは引いては農業にも影響があります。
*2023年8月7日、地球上の生物種の3分の2が土壌にいるとする論文が科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されました。
https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2304663120
意外!耕さないと土の生物多様性が増え、気候変動対策にも
意外なことに、金子氏は「耕さない」ほうが土の生物多様性が高まると言います。有機農業で、耕す場合と耕さない場合を比較した実験では、耕さないほうが土壌炭素が増え、有効態のリン濃度が高くなり、土が良くなりました。また土壌動物が20倍にも増えました。土壌の生き物が増えるとそれらが餌となって、害虫の天敵も増えます。実験では収穫量にはあまり差がありませんでした。実は世界中で、不耕起栽培が広がりつつあり、技術革新が進んでいます。こうした農法は、国連食糧農業機関(FAO)が「保全農法」として小規模農家等に推奨しています。不耕起栽培の耕地面積は世界で12.5%にも及びますが、日本ではまだ進んでいません。また複数の研究で、耕さない農業は土壌に炭素やメタンなどの温室効果ガスを吸収し、水はけがよくなることで強い雨にも対応できるとされています。つまり、土壌を保全する農法を推進することで、生物多様性の保全と気候変動対策につながります。現在、生物多様性の保全と農地における温暖化対策がリンクしていないのは課題です。
水リスクとコットン
WWFジャパン淡水グループ久保優からは、水に配慮した農業として、トルコでのコットン(綿花)生産の活動を紹介しました。世界のコットンの実に57パーセントが、水リスクのある地域で栽培されています。繊維産業はサプライチェーンの各工程(コットン生産、染色プロセス等)で大量の水を使用し、汚染にもつながっていることが指摘されています。こうした中、WWFは企業に対してサステナブル・コットンの調達を求め、消費者にはGOTS、OCS等のトレーサビリティが確保された認証製品を選ぶこと、繊維を巡る環境・人権課題を正しく理解し、ブランドや企業に対して声を上げることをお願いしています。
繊維産業や綿花生産が盛んなトルコ南西部のブユックメンデレス川流域では、中流部は染色工場からの排水による水質悪化、下流部はコットン生産による水資源の枯渇、最下流域では湖や湿地の生き物の生息に影響が出るなどの課題があり、WWFはコットンの生産現場での改善等に取り組んでいます。水使用量の低減に向けて、土壌の保全にも貢献し、保水力を高める目的で、リジェネラティブ農業や節水農業を試行しています。
土や水を保全する農業へ、システム転換に必要な政策とは?
(ディスカッション)
井田氏の土や水を保全する農法への転換はすでに起きているか?という問いに対し、金子氏は、有機農業の不耕起栽培は世界でもまだ少数派だが、土の健康や土壌保全への関心が非常に高まっており、特にEUは包括的な土壌の保全策を開始していると言います。金子氏は日本の風土に適した水田での不耕起栽培の展開にも期待を示しました。久保もサステナブル・コットンの供給量はまだ世界的に少ないものの、世界的に非常に注目されていると言います。また、「食システム転換のために必要な政策は?」という問いに対し、金子氏は、農業の一番大事な資本は土壌と位置付けて、生態学的な知見を農業に取り入れてほしいと語りました。さらに、そもそも農産物の価格が安すぎると指摘。支援策や補助金も重要だが、本来は適正な価格で農家が勝負できるようにすることが大切と訴えました。久保は「政府の方針として有機農業の推進は掲げられているが、環境にどういう正の影響があるのか、目的が良く見えない。生物多様性を法律の理念、目的の中で位置づけていくことが重要と語りました。政策が果たす役割は大きいようです。