エキゾチックペット密輸の動向と法執行分析の報告書を発表
2020/06/11
「エキゾチックペット」の人気とそこに潜む問題
日本では、国内にもともと生息していない動物が一般家庭で「エキゾチックペット」として飼育されています。
実際、スローロリスやフクロウ、オオトカゲなど、実に多様な種がペットとして取引されており、テレビやSNSで紹介されているのを見たことがある方も多いかもしれません。
「珍しい」という理由から人気を高めている種も多くいます。
例えば、絶滅のおそれのある動物を守るための国際条約である「ワシントン条約(正式名称:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)」で国際取引が規制されているカワウソ。
日本で需要がある一方、国内で入手が困難なためか、海外からの密輸事件が近年目立っていました。
このように、絶滅のおそれのある動物が日本に密輸されてしまう事件は、カワウソに限らず後を絶ちません。
しかしそれにもかかわらず、これまでその全貌は明らかになってきませんでした。
そこで今回、WWFジャパンの野生生物取引調査部門であるTRAFFICは、日本にまつわるエキゾチックペットの密輸の実態を明らかにするため、調査を実施。
2020年6月11日にその結果をまとめた報告書『Crossing the Red Line:日本のエキゾチックペット取引』を発表しました。
この報告書は、どのような動物がどの国から密輸されているのか。そして、なぜ密輸が止まないのか。その背景を、密輸事件の押収データや犯罪者の処罰に関する情報の分析、さらに密輸品の市場価格の推定を使って明らかにしたものです。
密輸された動物たち
日本の税関で押収された動物
過去の密輸の動向を探る上でまず参考としたのが、日本の税関による、ワシントン条約に掲載されている動物の密輸入の差止記録です。
本来、ワシントン条約で掲載された動植物種を、国際取引する場合は、輸出国の政府が発行する「許可書」を、日本の税関に提出する必要があります。
この許可を得ずに日本に無断で持ち込んでしまうと密輸となり、税関で差し止められるのです。
本調査では2007年から2018年の差止記録を確認。
その結果、78件の記録から、合計1,161匹ものエキゾチックペットとして取引される動物が密輸の疑いで差し止めされていたことが分かりました。
密輸された動物の多くは爬虫類で、全体の7割を占め、哺乳類、鳥類が続きました。
感染症をうつす可能性のある動物の密輸も発覚
密輸された動物の中には「感染症法(正式名称:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)」のもとで輸入が禁止されている、霊長(サル)類が185匹、コウモリ類が10匹も含まれていたことも明らかになりました。
感染症法により輸入が禁止されている種・分類群の差止
霊長類の中でも特に目立ったのは、ペットとして日本のメディアに取り上げられることもある、スローロリスです。
税関で差し止められることなく、国内に入っていたら、ペットとして取引されていたかもしれません。
このように検疫を受けずに密輸された動物は、現在世界的に猛威を振るっている新型コロナウイルスに代表される「動物由来感染症」の病原体を持っている可能性も否定できず、危険が伴います。
ペットの密輸ルートと手口
際立つアジア諸国からの密輸
今回の調査では、日本への密輸の輸出国として13の国・地域が特定され、その中でも目立ったのがアジア諸国でした。
とりわけ、中国や香港からは淡水ガメの密輸が多く差し止められ、タイやインドネシアからは哺乳類や鳥類が多く密輸されていたことが明らかになっています。
アジアの中でもエキゾチックペットの一大消費国として知られる日本での需要が、近隣諸国からさまざまな絶滅のおそれのある動物を密輸する引き金となっていることが懸念されます。
さらに、アジアから日本に密輸される動物の中には、アフリカや南米に生息する動物も含まれており、実際の密輸ルートはより複雑かつ広範に及ぶと考えられます。
国際空港へ旅客機で、国際郵便で、クルーズ船で
密輸の輸送手段は、旅客機が65%と最も多く、成田国際空港に次いで関西国際空港が主要な差止場所であることが分かりました。
これは、最短の航空ルートが、特に哺乳類や鳥類などの生きた動物の輸送に適しているため。また、主要な国際空港が、アクセスの良さと、膨大な人の往来に紛れて監視の目をかいくぐり易いことから、密輸のターゲットになっているためと考えられます。
旅客機に次いで多かったのが、国際郵便。
爬虫類やクモ、昆虫の密輸にこの手段が使われていました。
さらに注目すべきは、クルーズ船による密輸です。
中国や台湾、香港などの東アジアと九州や沖縄をつなぐ便が近年増加していますが、これをエキゾチックペットの密輸に使った事件が発覚しています。
こうしたクルーズ船を使った金や薬物の密輸も頻繁に行なわれていることから、そうした犯罪に対する警戒の意識も高まっています。
国内外のメディア報道に見る日本が関わる密輸
海外で差し止められた日本向けの動物 ワシントン条約非掲載種も
本調査ではさらに、海外の輸出国で発覚し、差し止められた、日本への密輸事件も、多数確認しました。
この主な情報源となったのは、新聞各紙の報道です。
その結果、2007年から2019年6月にかけて少なくとも28の事件が発覚し、合計1,207匹のエキゾチックペットとして取引される動物が差し止められていたことが明らかになりました。
日本の税関での差し止めと同様に、爬虫類の密輸例が多くみられましたが、ワシントン条約では規制されていない種も、ここには含まれていました。
たとえば、オーストラリアのマツカサトカゲや、南米に生息するクワガタムシやカブトムシなどで、これらは生息国の法律でのみ保護されている種になります。
いずれも、日本のペット市場で人気がありますが、ワシントン条約でまだ規制されていないために、ひとたび生息国から違法に持ち出されてしまえば、日本の税関で差し止めることができず、国内市場に「合法的に」流通してしまうのです。
日本の固有種の海外への密輸も
さらに、日本から海外に向けてエキゾチックペットが違法輸出されている事例も明らかになりました。
その中で特に注意すべき点は、日本にしか生息しない希少な固有種が、最大で461匹、違法輸出のターゲットとなり押収されていたことです。
その一例であるリュウキュウヤマガメは、沖縄の一部にしか生息していない絶滅危惧種。海外のエキゾチックペット市場で人気があり、2018年には60匹を香港に密輸した日本人が現地で逮捕され、有罪判決を受ける事件がありました。
こうしたペット目的の違法取引により危機にさらされている日本の固有種を守ることは、WWFジャパンが注力している活動のひとつです。
なぜ密輸が止まないのか
原因その1:日本国内の法規制の欠如
そもそも、なぜ「密輸」が起きてしまうのか。
さまざまな背景要因がある中で、とりわけ問題となっているのが、日本国内での取引を規制する法制度の欠如です。
たとえば、国際的な取引や、生息国では取引が規制されている希少な動物であっても、それを日本国内で取引することを規制する包括的な法律はありません。
ワシントン条約などの規制を破ってこうした動物を密輸し、ひとたび日本国内に持ち込んでしまえば、それらの個体はほぼ
規制を受けることなく「合法的」に市場で取引が行えてしまうのです。
そして、密輸に成功すれば珍しい動物が高値で売却できる、日本の現状も犯罪を促進している大きな要因です。
調査からは、税関で差し止められた事件のうち、2014年から2018年の事件だけでも推定市場価格が約5,410万~1億2,560万円に達していたことが明らかになりました。
発覚した事件を分析すると、一度の密輸で差し止められた動物の日本での末端市場価値は、約150~360万円と推定されています。
日本国内で入手が難しい希少なカメや小型サル、カワウソ、タカなどは一匹100万円以上で取引されるケースもおおく、密輸の重要な標的となっていることが伺えます。
原因その2:摘発率の低さ
密輸が止まないもう一つの重要な理由に、日本でこうした野生生物取引にかかわる犯罪行為を働いても、摘発される可能性の低さがあります。
密輸をたくらむ犯罪者の視点から見て、密輸が発覚しない確率が高く、また、発覚して処分されたとしても痛手にならない日本の市場は、格好の場所。
その実態も今回の調査の結果から見えてきました。
こうした法執行が抑止力として十分に機能しないことが、エキゾチックペットの密輸を「ローリスク・ハイリターン」のビジネスに仕立てているのです。
密輸犯にとっての最も厳しい関門であるはずの、税関による水際での監視にも、まだ不十分な点があります。
日本の税関の記録によれば、2008年以降、エキゾチックペットの差し止め件数は、年あたり10件以下にとどまっています。
日本のように活発にエキゾチックペットの取引を行なう国としては、この摘発数は十分とはいえない可能性があります。
日本と同じようにエキゾチックペットの一大消費国として知られるアメリカと比較すると、日本の「合法」輸入量はアメリカの少なくとも15%に相当。
それにもかかわらず、「違法」な輸入の差し止めは、アメリカの2%程度にとどまっています。
また、輸送手段や場所、動物の種類によっても、監視能力や摘発率に差がある可能性が高いこともわかり、監視の穴が密輸に悪用されていることが懸念されます。
原因その3:抑止力にならない罰則
今回の調査では、発覚した密輸事件が法的にどのように対処されたのかについても情報を収集。
その結果、近年になって密輸事件を検察に告発し、刑事事件としての扱いを求める傾向が強くなっていることが分かりました。
実際、組織的な犯罪グループが関与していると考えられる事件もあったことから、エキゾチックペットの密輸を重大な刑事事件として扱う近年のこの姿勢は評価できるといえます。
しかし一方で、違法行為が起こることを未然に防ぐ「抑止効果」として、法的な制裁が十分でない可能性も明らかになりました。
その裏付ける例として、再犯の多さが上げられます。
今回情報を収集した12の密輸事件で特定された18名の被告のうち、少なくとも4名は過去に野生生物の違法取引に関係した前科があり、再犯でした。
さらに、判決の結果が確認出来た14名の被告人のうち、執行猶予なしの懲役刑を言い渡されたのは3名のみ。
他の被告には3年から4年の執行猶予が与えられていました。
これに類した例として、海外で発覚した事件でも、密輸を繰り返す日本人の事例が報告されています。
問題の解決に乗り出すにあたって重要なことと
今回の調査により、日本へのエキゾチックペットの密輸の実態と、それを取り巻くさまざまな問題が明らかになりました。
こうした事態を改善するためには次のような「変化」が必要です。
まず何より欠かせない要素となるのは、「法的な枠組みを見直すこと」。
一旦、密輸に成功すれば、日本国内で「合法的」な取引、すなわちロンダリングがいくらでも可能になる日本の「エキゾチックペット市場」は法的に、より適切に管理されなくてはなりません。
また、感染症を媒介する可能性のある動物が密輸されていたことに鑑み、公衆衛生上のリスクについても、現状で十分な認識や制度的枠組みが整っているのか、見直すことも喫緊の課題です。
これができなければ、日本はこれからも、密輸した動物で高額の利益が得られる、ブラックなペットの国際市場となりつづけるでしょう。
さらに、エキゾチックペットの密輸という、さまざまな動物、国や主体が関わる複雑な問題に、効果的に対処するため、国家間や国内外を問わず、法律の執行機関や輸送業界、NGOや専門家を繋ぐ協力体制が欠かせません。
情報と専門的な知見の素早い共有によって、密輸の可能性を早期に発見し、適切な対処を促していく必要があります。
そして最後に、流行やメディアの煽りによる「エキゾチックペット」への需要と、それに伴う密輸誘発の危険性を私たち自身が理解することが大事です。
絶滅のおそれのある野生動物と、どのように接していくべきなのか。
自然との共存のあり方を再考し、生物多様性を後世に残していく、その責任を果たす上で、違法取引による野生生物犯罪を撲滅することは、重要な取り組みの一つです。
WWFジャパンでは、エキゾチックペットのように、密輸や過剰な利用によって絶滅の危機に追いやられている野生生物の保全のために、政府や企業、メディア、消費者や一般市民など各アクターに対して、それぞれが取るべき手立てや考え方を示し、共に実現していく取り組みを継続していきます。