ワシントン条約第18回締約国会議(CITES CoP18)報告
2019/09/30
延期され、開催されたCITES-CoP18
現在、絶滅の危機にあるとされる野生生物の種数は、世界で2万8,000種以上。この絶滅危機の大きな要因の一つに、過剰な採集や乱獲、密猟があります。
「ワシントン条約(正式名称:絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)」は、この問題を解決する手段の一つとして1973年に定められた国際条約で、現在180カ国を超える国々が加盟。
約3年に一度の締約国会議(CoP)の場には、各国の政府代表が集まり、設けるべき取引規制のルールや実施の方法、条約の在り方についてなどの重要な決定をおこなっています。
その18回目の開催となった、今回のCITES-CoP18は、当初2019年5月にスリランカで開催が予定されていました。
しかし、テロ事件の影響により、急遽開催を延期。会場もスイスのジュネーブに移し、2019年8月17日から28日にかけて開催されることになりました。
過去最多の議題
今回のCoP18には、各加盟国の政府代表に加え、多くのNGO(非政府組織)やメディアが参集。
10日間の会議で、過去最多となる107の議題が審議されました。
テーマ | 議題 | 内容(例) |
---|---|---|
管理・予算 | 1~8 | 手続き規則、予算、委員会、条約の言語 |
戦略 | 9~23 | 戦略ビジョン、多国間条約との連携、農村地域社会、需要削減 |
解釈と実施 | 24~59 | 遵守事項、規制の実施(合法取得の証明、無害証明、輸出割り当てなど)、取引の例外 |
個別の種 | 60~104 | ウナギ、サメとエイ、ゾウ、ウミガメ、大型ネコ科、リクガメと淡水ガメ、スズメ目、両生類、樹種 |
附属書改正提案 | 105 | 56の附属書改正提案 |
閉会 | 106~107 | 次回CoPのホスト国、参加国などから閉幕に当たっての発言 |
成果と課題
今回、重要なテーマのひとつとなったのは、ワシントン条約の在り方や、長期的な指針となる条約の目標、他の多国間条約・国際機関との連携など条約全般に影響する「戦略」にかかわる議論です。
CoP18では、この戦略に始まる多くの議題が審議され、条約の効果を最大化するための重要な合意がいくつも生まれました。
さらに、毎回注目される「附属書」の改正についても、多数の進展がありました。
「附属書」は規制対象となるそれぞれの野生生物の国際取引のルールを定めたもので、この決定が、商業取引の規制や禁止につながることから、毎回注目されるCoPの主要な議題となっています。
CoP18では、56の附属書改正提案が審議され、うち46の提案(一部は修正提案)が採択されました。
この中には特に、日本でもペットとして人気の高いコツメカワウソについての取引規制の決定が含まれています。
また、ウナギやゾウ、ウミガメといった個別の動植物の種や分類群にについて行なわれてきた取引規制の実施などについても、45の議題が並び、それぞれ決議や決定が採択されました。
今回のCoP18は、希少な野生生物の保全に向けて、新たな取引規制の導入や実施強化に関する決定をはじめ、多くの前進が見られた会議となりました。
しかしその一方で、加盟する国々の間では、野生生物の取引規制や、利用の在り方について、見解の相違が生じる問題も起きています。
現地で会議に参加したスタッフより、ハイライトを報告します。
成果:「戦略」と「実施」にかかわるハイライト
CoP18では、条約の方針や、その在り方について議論する「戦略」に関する議題の提議や報告が行なわれました。運用や条約の「実施」に関わる議題をあわせ、審議された議題は60近くにのぼります。
その1:「戦略ビジョン」の採択と2030年目標
今回実現した「戦略」の大きな成果の一つは、ワシントン条約の「戦略ビジョン」が採択されたことです。
この「戦略ビジョン」では、世界の国々が、生物多様性の保全と持続可能な利用を実現する上で、「ワシントン条約」が中心的な役割を果たす国際枠組みであることを確認。
さらに国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の達成にも貢献するものであることを再確認し、2030年までにすべての国際取引が合法的かつ持続可能に行なわれることを、条約の目標として掲げました。
その2:先住民や地域社会との関わりについての議論
また、これに関連した持続可能な開発に関わる議題として、「農村の地域社会」や「先住民」の生計(livelihoods)に関する議論にも注目が集まりました。
日々の暮らしの中で野生動植物との直接的なつながりを持つ、こうした人々は、ワシントン条約で野生生物の取引が規制されることにより、さまざまな社会・経済的な影響を受ける立場にあります。
つまり、野生生物の利用と保全の現場に最も深くかかわる、その成功のカギを握る重要な関係者の一人でもある、ということです。
こうした関係性を踏まえ、CoP18では、地域の農村や先住民が、どのように条約の意思決定や実施のプロセスに参加していくべきなのか、長い議論が行なわれました。
このテーマは、次回開催されるCoP19に向け、引き続き議論を重ねることが決まりました。
国ごとに事情が大きく異なり、簡単に答えの出る課題ではありませんが、こうした議論が幅広く行なわれるようになったことは、進展といえます。
その3:違法取引対策の加速と強化
もう一つ「戦略」に加え、条約の「実施」に関連した重要な議論として多く提議されたのは、国際的な違法取引と、野生生物犯罪への対策です。
近年はこれらの問題について、ワシントン条約が国際的な取り組みの中心的な役割を担うようになってきました。
その中で、今回のCoP18では、広がる連携や取り組みの様子が、会議での議論やサイドイベントを通じて、多く報告されました。
たとえば、「戦略」の議題で報告された、国際的な連携体制の中核となっている、「野生生物犯罪撲滅のための国際コンソーシアム(ICCWC)」を通じた取り組み。
これは、ワシントン条約やインターポール(国際刑事警察機構)など5つの国際機関が協力して、2010年に設立した組織で、各国の法執行機関を支援し、違法取引の捜査や摘発において、成果を上げています。
また、地域レベルでも「野生生物法執行ネットワーク(Wildlife Enforcement Networks:WENs)」などの連携が広がり、違法行為の摘発や取り締まりにあたる人材の育成などに、大きな成果を上げています。
CoP18期間中には、同じスイスのジュネーブで、WENsの第3回目となる国際会議も開催(8月21日~22日)され、法律の執行にかかわる人材の能力向上や、地域間での連携の強化が話し合われました。
また、規制の「実施」に関わる議論の中でも、関連した議題としてインターネットの匿名性を悪用した「野生生物サイバー犯罪(wildlife cybercrime)」への対策推進や、センザンコウやオウム、ローズウッドなど多岐にわたる種の違法取引が蔓延する、中西部アフリカ地域で法律の執行を支援する決定も採択されました。
成果:「附属書」への掲載と個別の種についての決定
CoP18では、56の附属書掲載提案のうち、46の提案(一部は修正提案)が採択され、新たな規制内容が決まりました。
さらに、ワシントン条約で取引が規制されている個別の対象種や、その他の関連した種についても、規制の実施や違法取引対策を強化するための取り組みが合意されました。
その1:エキゾチックペットの取引問題に光
ワシントン条約では、ゾウやトラ、サイなどの象徴的な大型動物に注目が集まりがちですが、珍しい野生動物のペット、すなわち「エキゾチックペット」の取引についても、高い関心が寄せられています。
この「エキゾチックペット」として取引される野生動物は、鳥類をはじめ、爬虫類、両生類、小中型哺乳類、節足動物など。
幅広い野生動物が対象とされており、日本を含む世界の各地で、違法取引の発覚と摘発が後を絶ちません。
この問題への対応として、今回のCoP18での附属書の改正では、ペット取引の対象種が多数、より厳しい取引規制を受けることになりました。
代表例の一つが、日本でペット人気の高いコツメカワウソや、ビロードカワウソです。これらのカワウソ類は、今回「附属書Ⅰ」への掲載が決まり、商業目的での輸出入が禁止されることになりました。
そして、他にも多数のカメやトカゲ、ヤモリ、イモリなど、同じくペット目的の取引の影響を受けている種の規制強化が合意されました。
提案種 | CoP18の結果 |
---|---|
6.コツメカワウソ | 附属書Ⅰ |
24.トガリツノハナトカゲ | 附属書Ⅱ輸出割当ゼロ※ |
25.オマキアガマ(Cophotis ceylanica) | 附属書Ⅰ |
26.コブハナアガマ(Lyriocephalus scutatus) | 附属書Ⅱ輸出割当ゼロ※ |
27.トカゲモドキ(中国とベトナム原産種) | 附属書Ⅱ |
28.トッケイヤモリ | 附属書Ⅱ |
29.ダウディンイロワケヤモリ(Gonatodes daudini) | 附属書Ⅰ |
36.インドホシガメ | 附属書Ⅰ |
37.パンケーキガメ | 附属書Ⅰ |
39.イボイモリ(中国原産の2種) | 附属書Ⅱ |
また、附属書の改正以外の議論でも、このエキゾチックペットの問題は注目され、提案が検討されました。
たとえば、スリランカやアメリカ、コスタリカ、EUなどが提案したいくつかの議題です。
これらは、現在のところ条約対象種にはなっていないものの、世界的にペット取引が行なわれている種を含めた、スズメ目の鳥類(~6,000種)や、観賞用の海産種(~2,300種)、両生類(~6,500種)について、国際取引の問題を提起し、取り組みを進めることを求めたもの。
こうした議題からは、今後、国際的な取引状況の調査の実施などが決まりました。
さらに、ペット取引で問題となることの多い「ロンダリング」についても、CoP18では新たに厳格な対応をとるための決議が合意されました。
ロンダリングとは、違法なものを合法であると偽ることを指します。
ペット取引では特に、野生で違法に捕獲(密猟)したり、密輸したりした個体を「飼育繁殖」と偽る行為が頻繁に行なわれます。
今回の決議では、これらの行為を抑止するため、「合法に取得したことの証明」を厳しく求めることや、そのためのガイドラインが採択されました。
これは、各国のワシントン条約の管理当局が、それぞれ対応強化などに取り組むことで実施。ロンダリング個体が輸出されることを防止するしくみとして活用されることが期待されるものです。
その2:サメ、ウナギ、トラなどでも対策強化
ペット取引される種のほか、附属書改正では、アジアで伝統薬として利用されるサイガをはじめ、フカヒレなどとして国際取引されるサメやエイ類、アフリカと南米の希少な木材樹種などで新たな取引規制が決定しました。
提案種 | CoP18の結果 |
---|---|
2. サイガ | 附属書Ⅱ輸出割当ゼロ※ |
5. キリン | 附属書Ⅱ |
19. カンムリヅル | 附属書Ⅰ |
42. アオザメ | 附属書Ⅱ |
43. ギターフィッシュ類 | 附属書Ⅱ |
44. ウェッジフィッシュ類 | 附属書Ⅱ |
45. イシナマコ3種 | 附属書Ⅱ(施行猶予12か月) |
55. アロエ | 注釈の変更 |
57. セドロ(Cedrela spp.) | 附属書Ⅱ(施行猶予12か月) |
なかでも、附属書Ⅱへの掲載が決まったギターフィッシュやウェッジフィッシュと呼ばれるエイの仲間は、2019年7月に改訂されたレッドリストで、16種のうち1種を除く全てが「近絶滅種(Critically Endangered)」に指定。
各地で絶滅の危機が危ぶまれている中、ワシントン条約での決定が、国際的な保全の取り組みの後押しとなることが期待されています。
さらに、附属書改正以外の個別の種に関する議題では、保全の取り組みや違法取引対策の強化に向けた様々な決定も採択。
CoP18では、附属書Ⅰで国際取引が禁止されているトラやヒョウ、ジャガーなどの大型ネコ科動物をはじめ、アフリカゾウ、ウミガメ、センザンコウなどで、違法取引の監視や法執行の強化に向けた個別のステップが合意されました。
また、違法取引の防止に加え、持続可能な利用の確立がカギとなるのが、附属書Ⅱで国際取引が規制されている種。これらに関する議題でも進展が多くありました。
例えば、ヨーロッパウナギが附属書Ⅱに掲載されているウナギ類。CoP18では、深刻な違法取引が報告されている同種の対策にくわえ、まだ掲載がされていない二ホンウナギなど他のウナギ種においても、資源管理やトレーサビリティ強化に向け、協調した取り組みを求める決定が採択されました。
近年、附属書Ⅱ掲載が増加しているサメ類でも、規制の効果的な実施に向けた多くの成果を確認。サメ類の保全に関する決議の強化や、次のステップに関する決定が合意されました。
CoP18で実現した、上記のような規制や取り組みの強化は、これまで問題とされてきた、さまざまな野生生物の違法、または過剰な取引への対応をリードする、重要な進展といえるものです。
そして、これらを実行に移すために欠かせないのが、実施面や資金面での様々な協力。各締約国をはじめ、条約事務局や他の国際機関、NGOを含む多くの関係者の協調した努力が必要となります。
課題:保全と利用をめぐる対立
前進と評価できるさまざまな決定がなされた一方で、今回のCoP18においても、取引や保全をめぐる国や地域間での見解、立場の相違が明らかに見られました。
これは、国際的な協調のもと、取り組むことが求められる野生生物取引の問題の解決にとって、大きな課題となるものです。
その1:アフリカの分断
1973年にワシントン条約が採択されて以来、その締約国会議(CoP)の場では、歴史的にアフリカゾウやシロサイといったアフリカの大型動物の保全と利用をめぐる対立が続いてきました。
これを象徴するのが、アフリカゾウやサイをめぐる取引です。
アフリカ大陸に広く分布するこれらの動物は、過去に大規模な密猟が起きた大陸東部を中心とする生息国と、比較的密猟の犠牲が少なかった南部アフリカ諸国とで、見解に大きな相違が生じています。
まず、アジアにおける象牙や犀角の消費増加に伴い、密猟の被害が繰り返されている東アフリカや、中西部のアフリカ諸国は、「需要があるから密猟が無くならない」と主張。
合法的な取引の再開に断固として反対しています。
また、国際取引のみならず、各国の国内での取引についても、全面禁止や市場の閉鎖を強く求めています。
一方、野生のゾウやサイの個体群の維持に成功してきた、ボツワナや南アフリカ共和国、ナミビアなどを中心とした南部アフリカ諸国は、豊富な野生生物を自国の「資源」として管理し、利用する権利を主張。
象牙などの合法的な輸出の再開と、それによって得られる利益を、保護管理の費用や地域コミュニティの支援に必要な資金に充てることを求めてきました。
こうした姿勢の違いは、各国の政治経済的状況や環境・外交政策とも深く結びついています。
特に、大きな分断が生じているのは、南部アフリカの16か国が加盟する「南部アフリカ開発共同体(SADC)」と、ケニアなどアフリカゾウの生息国を中心に32か国が参加する「アフリカゾウ連合(AEC)」の関係です。
SADCは、南部アフリカ諸国の貧困削減及び生活向上のため、域内の開発、安全保障、経済成長の達成を目的とした地域機構。
かたやAECは、地域社会の利益をエコツーリズムの発展を通じて促進し、アフリカゾウの個体数を健全な状態で維持することを目的とした連合体です。
また、AECは象牙の取引に依存しないことも掲げており、南部アフリカ諸国が参加していないことも特徴です。
この両者の対立は、CoP18でも鮮明に顕れる形になりました。
合法取引の再開を求める南部アフリカ諸国と、完全な禁止を求めるケニアなどのアフリカゾウ連合参加国。
附属書の改正提案をめぐる双方の主張は、すべてにおいて反対の主張となり、議論は平行線をたどりました。
まず、南部アフリカ諸国が提案したアフリカゾウやミナミシロサイの部分的な合法取引を求める提案は、投票でことごとく否決。
また、ケニアなどが求めた、南部アフリカのアフリカゾウ個体群を附属書Ⅰに移行し、いかなる取引も禁止する提案も否決されました。
結果的に、アフリカゾウとミナミシロサイに関しては、現行の国際取引規制がそのまま維持される形となりましたが、両者間の対立もまた、そのまま引き継がれることになりました。
提案(提案国) | CoP18の結果 |
---|---|
8.ミナミシロサイ(エスワティニ) 附属書Ⅱ掲載のエスワティニ(※)の個体群の注釈を削除 |
否決 賛成25: 反対102:棄権7 |
9.ミナミシロサイ(ナミビア) ナミビアの個体群を附属書ⅠからⅡへ(注釈:生きた個体とハンティングトロフィーの取引に限定) |
否決 賛成39: 反対82:棄権11 |
10.アフリカゾウ(ザンビア) ザンビアの個体群を附属書Ⅱへ(注釈) ★提案国が修正提案:未加工象牙の取引を可能にする注釈を撤回 |
否決 賛成23: 反対102:棄権13 |
11.アフリカゾウ(ボツワナ、ナミビア、ジンバブエ) 附属書Ⅱ(ボツワナ、ナミビア、南アフリカ、ジンバブエ)の注釈を変更 ★提案国が修正提案:未加工象牙の取引をワンオフ・セールに限定する修正 |
否決 賛成23: 反対101:棄権18 |
12.アフリカゾウ(ブルキナファソ、コートジボワール、ガボン、ケニアなど) 附属書Ⅱの個体群を附属書Ⅰへ |
否決 賛成51: 反対67:棄権22 |
その2:国際合意の危機
CoP18では、このアフリカの対立が、より深刻な局面を迎えるやりとりが多く見られました。
南部アフリカ諸国は、アフリカゾウやサイの取引に関する提案がことごとく否決される中で、「ワシントン条約が不当に野生生物の取引を制限している」として、アフリカゾウ連合や他の加盟国に対し繰り返し抗議の意を強くあらわにしました。
実際こうして大差で否決された提案の中には、ナミビアの出した、自国のミナミシロサイの国際取引を条件付きで認める提案のように、実は、附属書の掲載基準に照らして判断するならば、問題のない提案も含まれていました。
その反対に、ケニアやセネガルが提出していたキリンの附属書Ⅱ掲載提案は、国際取引の影響がそもそもあるのかどうかなど附属書掲載の基準を満たすかに疑問が呈されながらも、投票で可決。これに対しても、南部アフリカ諸国は強く抗議し、SADCとして留保を宣言しました。
さらに、対立が深刻な局面を迎えたのは、既存の決議の改正に関する議題。
これは現在、附属書Ⅱに掲載された生きたアフリカゾウの輸出に関わる決議で、今回のCoP18では、これを「生息域外への移動を認めない」ように改正する提案を、ブルキナファソや二ジェールなどAEC側の主張に立つ国々が行なっていました。
議案は、分科会で採択されたのち、EUが、会議の終了間際に限定的な例外を明記するための再審議を請求。
この再審議の提案過程において、ジンバブエなどの南部アフリカ諸国は、「附属書の改正手続きを経ずに「決議」の改正によって取引を制限しようとする卑怯な策略だ」として、議題の提案国とEUに対し、条約の締約国に認められている権利「紛争の解決(第18条)」の申し立てを行ないました。
この申し立ては、条約の解釈や適用について、締約国間で「紛争」が生じた場合に、交渉や仲裁裁判所などの仲裁を求めるなどの措置を求めるものですが、過去にこれが実際に申し立てられた例はありません。ワシントン条約が発効した1971年以来、史上初めての対応となり、会議には大きな混乱が生じました。
結果的に、事務局は「紛争の解決」は、議論の過程ではなく、決定に対して適用されるものであるとの整理をし、ジンバブエなどの申し立ては退けられ、EUの修正案が投票により可決されました。
一連の経緯と結果を受け、閉幕のスピーチにおいて、タンザニアがSADCを代表し、ワシントン条約からの離脱の検討を示唆。このように、アフリカゾウなどをめぐる混乱は、個々の国々の主張の相違にとどまらず、複数の国家のまとまり同士の対立にまで発展しています。
その中で示された、他の加盟国やCoPの決定に対する強い抗議が示す分裂は、国際協調の重みを失わせ、ワシントン条約の合意とその効果に対して、深刻な懸念を及ぼす問題になりつつあります。
これは今後も続くことが予想され、直接は関係のないはずの、象牙以外の問題や取り組みの実践にあたっても、トラブルの基になる可能性があります。
その3:水産種の掲載と規制
ワシントン条約でもうひとつ、関係国間の立場の隔たりが顕著なのが、水産種の附属書掲載に関する見解です。
日本など水産物を多く扱う一部の加盟国の間には、マグロやウナギといった水産種にワシントン条約の取引規制を適用することに対する根強い反発があります。
その一方で、特にCoP16以降、絶滅のおそれのあるサメ類を、附属書に掲載する提案が多く出され、次々と可決されてきました。
CoP18でも、太平洋小島嶼国をはじめ、欧州連合(EU)、中西部アフリカ諸国、メキシコなど異例の50か国以上が共同でサメ類の掲載を提案しました。
これに対し、日本やASEAN諸国などは掲載に強く反対。
提案の審議に至っても意見は二分したままで、そのまま票決が行なわれることになりました。
結果、アオザメ類、ギターフィッシュ、ウェッジフィッシュなどのサメ類18種と、イシナマコ3種について「附属書Ⅱ」に掲載されることが、賛成多数で可決されました。
提案種 | CoP18の結果 |
---|---|
42.アオザメ、バケアオザメ | 可決(賛成102:反対40:棄権5) |
43.ギターフィッシュ類 | 可決(賛成109:反対30:棄権4) |
44.ウェッジフィッシュ類 | 可決(賛成112:反対30:棄権4) |
45.イシナマコ類3種 | 可決(賛成108:反対30:棄権7) |
今回、取引規制の対象となったサメ類は、フカヒレや魚肉として、ナマコは高級食材として国際的に取引され、ほとんどの種がIUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」で絶滅危惧種に指定されています。
しかし、附属書への記載や改正が必要かどうかの判断は、レッドリストへの掲載状況のみでなされるわけではありません。
附属書の改正提案を審議するにあたっては、提案されている対象種が「掲載基準」を満たすかどうかが重要なポイントとなります。
これは「決議9.24(CoP17改正)」と呼ばれる、提案種の生物学的な状況や、取引の影響などを評価するためのガイドラインで、提案国は、当該種がこの基準を満たしているとする根拠を提示しなければなりません。
しかし、このガイドラインも、種ごとに異なる生物学的特徴や、そもそもデータがあるかどうかといった事情を加味して、柔軟に適用される必要があります。そのうえ、解釈によっても見解に相違が生じるため、簡単に結論が出せるわけではありません。
中でもCoP18に提案されていたアオザメに関しては、FAO(国際連合食糧農業機関)やIUCNの専門家の間でも、ワシントン条約の「附属書Ⅱ」の掲載基準を満たすかどうかの評価が分かれていました。
また、このような評価の差異の裏には、「附属書Ⅱ」自体の解釈について、持続可能な利用を前提に現状で絶滅の懸念のある種の状況を改善するために使うのか、あるいは、より絶滅の恐れが差し迫った種(附属書Ⅰ掲載の一歩手前)に使うのか、といった違いがあることも明らかになっています。
こうした問題が象徴するように、水産種については、ワシントン条約の附属書に掲載することが妥当かどうかについても、疑義を示す意見が出されています。
実際CoP18でも、アンティグア・バーブーダが「水産種については、附属書掲載のデメリットが大きい」として、保全上の効果が明らかになるまで、水産種の新たな掲載提案を控えることを加盟国に勧告する決議案を出し、物議をかもしました。
圧倒的な反対意見を受け、提案は不採択となりましたが、日本などは支持を表明。
このように個別の種に関する議論以前に、水産種の保全については、そもそもワシントン条約による取引規制ではなく、漁業管理によってなされるべき、とする国々の立場が、今も一部に根強くあります。
今回、CoP18で、水産種18種を「附属書Ⅱ」に掲載する決議については、票決によって提案国に軍配が上がりました。
しかし、「掲載の決定」がそのまま「保全の達成」を意味するわけではありません。取引の規制は、あくまで保全のための手段の一つであり、何よりもこの規制自体を多国間で協力しながら、実施していく必要があります。
また、票集めのためのロビー活動やパフォーマンスにばかり力がそそがれるようなことになれば、見解の異なる国々の間では、さらに対立が深まり、条約の根幹にある共通理念や、それにもとづく客観的な意思決定がゆがめられてしまうおそれが出てくるでしょう。
水産物をめぐる対立もまた、象牙をめぐるアフリカの対立と同様、根深くまた他へと派生する危険性を帯びた問題になっています。
今後の取り組みと次回のCoPに向けて
ワシントン条約は183もの締約国が参加する大きな条約であり、取引対象となる野生動植物も多岐にわたるため、利害関係や主張の対立があるのは珍しいことではありません。
しかし、ワシントン条約では、提案をめぐって意見の対立が生じ、全ての加盟国の合意が得られない場合、直ちに票決が行なわれる規則になっています。
このため、アフリカ諸国の分断や、水産種をめぐる見解の相違のような、深刻な対立が生じた場合でも、交渉による解決を目指すことが困難になります。
科学的根拠の精査や、解決を見出すための丁寧な議論、そして国際協調を尊重する姿勢と相互理解が、何よりも今、求められているということ。
これを踏まえ、有効な議論の土台が作れるかどうかが、表向きには見えてこない、ワシントン条約の裏の課題といえるかもしれません。
CoP18の終了後、また、3年後に開かれるCoP19までの間に、日本をはじめ各国政府は、条約の締約国として、今回の決議内容を確実に実践していかねばなりません。
そして、その決議は、加盟国や関係機関、関係者が協力して取り組むことで初めて、「野生生物の保全と持続可能な利用」という効果が発揮されます。
日本に関しては、特に、象牙の合法的な国内市場を維持する立場として、中国などへ向けた違法輸出の横行と不十分な国内の規制の現状とを正しく見据え、ワシントン条約の決議に照らして実効性のある対策を進める必要があります。
また、日本が深くかかわるエキゾチックペット取引や水産種に関するCoP18でのさまざまな決定事項に対しても、積極的な取り組みが期待されます。
ワシントン条約のCoPに、オブザーバーとして参加しているWWFとTRAFFIC(日本ではWWFジャパンの野生生物取引調査部門)では、どのような時も、科学的根拠と予防的アプローチに基づく意思決定が行なわれることが重要と考え、包括的で建設的な議論と改善の実現を、各国代表に対して働きかけています。
CoP18の最終日に発表された、次回2022年のCoP19の開催国はコスタリカ。
このCoP19に向け、WWFとTRAFFICでは各国政府や関係機関に対し、支援と提言を続けていきます。