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象牙問題とワシントン条約CoP18 (補足)議論を終えて

この記事のポイント
2019年8月17日から28日にかけてスイスのジュネーブでワシントン条約第18回締約国会議(CITES CoP18)が開催されました。ワシントン条約は、野生生物を過度な取引から守るための国際条約。その締約国会議は、野生動植物の保全と持続可能な利用の実現に向けて締約国が一同に会し協議する場です。今回の会議の議論の中から、特に日本に関係の深いアフリカゾウの象牙の問題を振り返りながら、日本に今、何が求められているのかを考えます。
目次

アフリカゾウ保全の難しさ

アフリカゾウはサハラ以南のアフリカ大陸、37カ国に生息する、陸上では最大の野生動物です。

1970年代後半にはおよそ134万頭いたと推定されていますが、象牙を狙った密猟により、現在はおよそ42万頭にまで減少。

密猟の嵐はその後、一旦沈静したものの、2000年以降に再発。今もその脅威が続いており、違法な取引の摘発や、密輸された象牙の押収が多発しています。

その脅威を払拭するために、現在各国がその対策強化に力を入れています。
これは、アフリカゾウの生息国だけでなく、アジアの象牙の消費国、そして違法取引の中継地となっている国・地域の全てに、対応の努力が求められるものです。

しかし、この国々の思いは決して一枚岩にはなり切れていません。
それぞれの国が、さまざまな課題を抱える中、同じアフリカゾウが生息する国にも、生息状況や密猟の脅威が異なり、対応への考え方に違いがあります。
結果として、統一した保全政策の実施が困難な状況にあります。

アフリカにおけるアフリカゾウ地域別の生息数の割合(AESR, 2016)※アフリカゾウの約7割が南部アフリカ地域に生息する<br>

アフリカにおけるアフリカゾウ地域別の生息数の割合(AESR, 2016)
※アフリカゾウの約7割が南部アフリカ地域に生息する

アフリカゾウ違法に殺された割合:地域別(CITES CoP18 Doc.69.2 Addendum)※0.0は、発見された死体が全て自然死、1.0は全てが違法な捕殺であったことを表す※地域ごとに傾向が大きく異なる。南部での密猟の脅威は比較的少ない。<br>

アフリカゾウ違法に殺された割合:地域別(CITES CoP18 Doc.69.2 Addendum)
※0.0は、発見された死体が全て自然死、1.0は全てが違法な捕殺であったことを表す
※地域ごとに傾向が大きく異なる。南部での密猟の脅威は比較的少ない。

象牙の需要と密猟の脅威

国際的な保全対策のひとつの枠組みとして、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:CITES)が1975年に発効しました。野生生物を保全する上で、取引を制限することは重要です。それまで何のルールもなく行われていた野生生物の国際取引。過剰な利用によって高まる絶滅の危機から野生生物を守るため、国際取引を規制するのがワシントン条約です。

アフリカゾウの牙=象牙は、同条約の下、1989年より原則として国際取引が禁止されています。

ところが、2000年代後半になり、象牙の違法取引の動向に顕著な変化が見られはじめました。ワシントン条約の下、象牙の違法取引をモニタリングしているETIS(ゾウ取引情報システム)のデータでは、象牙の違法取引、つまり密輸は、ピークとなった2011年の少し前から現在に至るまで高い水準が続いています。

象牙の押収件数/量の推移(CITES CoP18 Doc.69.3(Rev.1))

象牙の押収件数/量の推移(CITES CoP18 Doc.69.3(Rev.1))

2019年に入っても、中国で7.8トン、中国に向かう中継地であるベトナムで9.12トン、同じく中継地であるシンガポールでも8.8トンの象牙が押収されています。こうした大量の象牙を得るために、アフリカゾウは現在、年間2万頭という数が違法に殺されていると試算されています。

象牙の違法取引とアフリカゾウの密猟が止まない背景には、「象牙」の所有が富の象徴とされるアジア地域で近年の経済発展に伴い需要が伸びたことが大きな要因と考えられています。

さらに、紛争の軍資金の調達など他の国際的な犯罪と、象牙の違法取引が関係していることも指摘されており、国際的にも看過できない大きな問題となっています。

ワシントン条約CoP18での議論

こうした状況を受け、およそ3年毎に開催されるワシントン条約の締約国会議においても幾度となく議論が重ねられ、さまざまな対策強化を図る決定がされてきていますが、未だに解決の糸口が見えない議論が多く残されています。

そのひとつに、各国にある象牙市場をどうするべきか、閉鎖することが必要ではないか、持続可能な利用を維持するべきではないか、という議論があります。

ワシントン条約の下、象牙の国際取引は禁止されていますが、各国の国内での取引については、それぞれの国内法によってどのように規制するのかには違いがあり、今も合法的な国内取引を認めている国があります。

日本はその一例で、「種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)」の下、一定の規制があるものの、象牙の取引が認められています。

ここで取引されている象牙は、過去に合法的に輸入した在庫、たとえば、1989年に象牙の国際取引が禁止になる前に輸入したものなどで、新しく製造、販売することのできる活発な象牙市場を有しています。


そして、2019年8月17日~28日にスイスのジュネーブで開催されたワシントン条約の第18回締約国会議(CITES-CoP18)において、日本にも大きく影響を与えるひとつの提案がされていました。

国内に象牙市場を有する国すべてに対し、その象牙市場を「閉鎖」するよう、ワシントン条約の規定として勧告をする、という内容です。

ケニアを中心として、東部/中西部アフリカ諸国などによる提案で、需要があることが違法取引や密猟を引き起こしているために、それらを根絶することが必要という考えです。

(提案国)東部:エチオピア、ケニア、中央部:ガボン、西部:ブルキナファソ、コートジボワール、リベリア、ニジェール、ナイジェリア、非アフリカゾウ生息国:シリア

決議10.10の役割

これは、既存の決議10.10の内容を改正するというもので、実は前回の締約国会議(CITES-CoP17、2016年9月)においても同様の提案がされ議論された経緯があります。

決議10.10は、ゾウの取引に関して締約国や事務局が実施すべき施策を記した条約の公式文書。元々、国内の取引管理や違法取引・密猟を阻止するための対策について各国に求める内容が盛り込まれているものですが、前回の会議CoP17の際にもケニアを中心として、各国の象牙市場の閉鎖、つまり国内の商業取引を停止する措置を求める内容を盛り込むように提案がされていました。

審議の結果、すべての市場ではなく「密猟や違法取引に寄与する市場」については、閉鎖を勧告する、という修正した内容が採択され、現在までその効力を発揮しています。

決議10.10
(抜粋)

すべての締約国および非締約国に対し、管轄域内において、密猟または違法取引に寄与する合法的な象牙市場がある場合、緊急を要する問題として、必要なあらゆる法律、規制および法執行手段を用い、商業目的の未加工および加工象牙の取引を行う国内市場を閉鎖するよう勧告する

品目によっては本閉鎖の狭い例外として認可される可能性があるが、いかなる例外も密猟または違法取引に寄与してはならないことを認識する

密猟または違法取引に関与している合法的な象牙市場が管轄域内にあり、商業目的の象牙の取引を行う国内市場を閉鎖していない締約国に対し、緊急を要する問題として、上記の勧告を実施することを促す

この決議決定を受けて、2016年以降は特に、国内の象牙取引の規制強化を図り政策変更を実行する国が増えています。

特に最大の消費国である中国が、2017年末をもって、国内の象牙の製造、取引を原則禁止としたことは大きな政策転換となり、国際的にも一定の評価を得ました。

その影響を判断するにはまだ少し時間が必要ですが、決議採択後、3年近く経った現在においても止まない密猟や違法取引の脅威をより深刻な事態と捉える国々が再度、市場の残る国に対して強い措置を求めた形となります。

決議10.10をめぐる課題

しかし、今回のCoP18においても、決議10.10をめぐる提案内容が、すべての国に受け入れたわけではありませんでした。

その大きな理由なる見解は、下記の3点です。

1)ワシントン条約は、あくまで国際取引を規制するもの。各国の国内市場の閉鎖を求めるのは条約の範疇を超えるものである
2)本件については、前回会議で既に議論され結果が出ている。再議論よりも現行の決議の実施に注力すべきである
3)すべての市場が密猟や違法取引に寄与している根拠がない

特に3点目については、日本が強く主張している点でもあります。

これら客観的な意見がある一方で、差し迫った密猟の脅威を阻止するために必要な措置として、あくまで市場閉鎖を訴える意見も強く、2時間にも及ぶ応酬が繰り広げられました。

この背景には、アフリカゾウ生息国37カ国各国の政治経済的状況や環境・外交政策の違いも影響しています。

決議改正の提案国を含む、東アフリカや、中西部アフリカ諸国は、密猟の脅威を阻止するために、いかなる手段をも講じるべき、と主張。

その一方で、生息数が安定し密猟の脅威の少ない南部アフリカ諸国などは、象牙を自国の自然資源のひとつと考え、それによって利益を得る権利を主張しました。またこの国々は、これで得られた利益を、保護区の管理費用や地域コミュニティの支援など、アフリカゾウの保全に必要な資金とすることを希望しています。

こうした立場の対立については、今回CoP18の議論の中で、アフリカゾウに限らず随所で見られ、今後条約の施行を進める上でも根深い課題を残しています。

決議10.10をめぐる議論の結末

今回のCoP18の決議10.10の議論では、埋まらない対立を回避する方法として、審議の冒頭にアメリカが一つの代案を提案していました。

この代案の内容は、決議10.10の修正はせずに、次回CoP19までに実施すべき内容を示す決定(Decision)を新しく設置する形で、象牙の国内市場を維持している国に対し、密猟や象牙の違法取引の要因となることを防ぐ対策の実施状況の報告を、各年で開催されるワシントン条約の常設委員会へ提出を求める、というものです。

結果、意見の応酬は続きましたが、最終的には全会一致を得て、アメリカによる代案をベースにした内容で合意。

提案が採択され、その報告と常設委員会での検討内容が次回CoP19において審議されることが決まりました。

条約の「決議」は、条約の施行を各国がどのように運用していくかの指針となるもので、長期的な視点で条約の規制内容を担保する役割を果たしています。

決議10.10については、前回CoP17の際に、より多くの時間を費やし、事情の異なる国々の意見を取り入れ修正された内容が採択されましたが、今回はそれを支持、維持する結果となった形です。

そして、新たに採択された「決定」により、日本を含む象牙市場を有する国は、密猟や違法取引に寄与しないことを確実にする施策を、より厳しく、実効力のあるものとして実施することが課せられたことになりました。

日本に必要なこと

日本は象牙の消費国であり、過去に合法的に象牙を輸入した経緯から、大量の在庫を保有しています。1970年代から1980年代にかけて最大の輸入国と言われるほどでした。

そして、それらの在庫を利用して、現在でも新しい製品を製造し、国内で象牙取引を継続する国として、世界から注目をされています。

そうした中、政府は、日本は近年起きているアフリカゾウの密猟由来のものではない在庫を利用しており、国内取引は厳格に管理され、また、水際を取り締まる税関の報告より、近年違法に「輸入」された象牙がほとんどないことから、象牙取引に対する政策の見直しをする必要はない、と主張しています。

しかし、WWFジャパンの野生生物取引監視部門TRAFFICの調査からは、日本から海外に違法に「密輸」されている象牙があることや、国内で合法性の証明が求められない製品の取引が盛んに行われていることがわかっています。

2011年から2016年の間に日本から違法輸出として押収された象牙。95%が中国向けであった。(ETIS、2017年8月時点)

2011年から2016年の間に日本から違法輸出として押収された象牙。95%が中国向けであった。(ETIS、2017年8月時点)

特に違法な日本からの輸出(密輸)については、一番の消費国である中国向けのものがほとんどです。
この事態が続けば、国内で違法象牙の取り締まりを強化実施している中国の政策を阻害し、需要そのものを喚起する一因にもなりかねません。

CoP18においても、こうした日本の状況を踏まえ、日本での対策が不十分であるとの指摘がケニアや西部アフリカ諸国を中心とした国々から出されていました。

そして、域内に象牙市場を有し同様の指摘をされていたEUが審議の中で、密猟や違法取引に寄与しないことを確実にする対策をとる確かな約束を示したのに対して、日本政府は、違法に「輸入」(※)された象牙がほとんどないことを強調した発言をするに留まり、対照的となりました。

※2011年から2016年の間に日本への違法輸入として押収された象牙は、43.14kg/20件(ETIS、2017年8月時点)


違法な輸入も輸出も、水際の取り締まりが非常に重要ですが、それ以上に、日本にある在庫がなぜ、国外へ密輸されているのか。
国内の管理体制、規制状況が十分なのか、象牙市場を有する日本のような消費国は、その実態をしっかりと把握した上で最大限の対策を取ることが重要です。

日本政府はまず、「決議10.10」で勧告されている「違法取引に寄与する」国内市場を有していることを認めることも必要です。

WWFジャパンは、日本政府に対して、政策の見直しを早急に行なうように働きかけをしています。

更に今後は、今回CoP18で採択された、国内市場を維持している国に求められる密猟や象牙の違法取引の要因となることを防ぐ対策の実施状況の報告についても、その内容が実態に即したものになっているか、実効性のある施策が検討されているかなど、調査を継続していきます。

©WWF US / Colby Loucks

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