次期生物多様性国家戦略 提言書(その3)


環境大臣 西村明宏殿
(公財)世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
事務局長  東梅 貞義
 

WWFが2022年10月に公表した『生きている地球レポート2022』*1 では、生物多様性の豊かさを生きている地球指数(Living Planet Index:LPI)により測定し、報告している。その結果、世界全体において、1970年を基準年とした場合、LPIは69%減少しており、地域別では中南米が最も顕著に減少(-94%)、また淡水に生息する種が激減傾向(-83%)であることが示された。

現状、世界はネイチャー・ネガティブに向かっている。現在の社会経済システムは、自然資本に対するコストをほとんど考慮に入れておらず、またほとんどの生物圏および生態系サービスの経済的評価がされていない。現在の成長パラダイムは、無制限の資源採取に基づいて形成されている。経済政策は多くの場合において環境や社会への影響を考慮しておらず、「採る・作る・捨てる」システムは一方向性である。つまり生物の生息環境の破壊や、処理が不可能な大量の廃棄物による深刻な汚染をもたらし、自然資源を含む天然資源のみならず、人類に必要な生態系サービスを供給する地球環境の永続、すなわち人類の存続そのものを脅かしている。政府による公約の多くは、社会や経済活動には適用されておらず、それゆえに現状の社会経済システムには、ネイチャー・ポジティブが示されてから2年経過した現在でも適切なかじ取りがなされていない。まず進めるべきことは、生物多様性損失に関わる5つの直接要因と間接要因を念頭に、自然資本ストックに対する有害な活動を洗い出し、改善・停止することである。そして社会経済システム改革と富と資源の公平な配分を組み合わせる必要がある。

気候変動に対する国の責任と目標値が明確になった今、気候変動対策を中心に環境対策が図られているように見えるが、気候変動と生物多様性は表裏一体の関係であり、双方の目標の達成が不可欠である。現在の生物多様性国家戦略素案においては、ネイチャー・ポジティブの軌道に乗せることを念頭に置いた数値目標が国家政策として盛り込まれておらず、ネガティブな環境影響に対して後追いで対応する政策が中心となっている。生物多様性の主流化を進めるためには、ガバナンスや社会経済システムを見直し、強化された環境保全に加えて、経済活動全体を転換するための対策を講じていくことが求められる。

次期生物多様性国家戦略策定に関し、以下3項目において提言する。
1.ネイチャー・ポジティブにむけた軌道の確保
2.保全活動を通じた生物多様性回復
3.経済活動と生物多様性主流化

1.ネイチャー・ポジティブにむけた軌道の確保

a. ネイチャー・ポジティブに整合した数値目標の確保
「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(以下KM-GBFという)においては、セクションB目的並びにセクションF 2050 年ビジョン及び 2030 年ミッションにおいて「生物多様性の損失を阻止・反転」させるとし、ネイチャー・ポジティブに資する文言が明記された。

多くの文献から、ネイチャー・ポジティブを確保するためにはいわゆる環境保全だけでは足りず、需要と供給の双方の取組が必要であることが示されている*2 。一方で、現状の生物多様性国家戦略行動計画においては、ネイチャー・ポジティブに向けた軌道に乗せるために必要かつ効果的な指標とその行動計画目標が示されているとはいえない。例えば、第2部第3章行動目標3-1に企業による生物多様性に向けた取組が記載されている。本行動目標においては日本の天然資源の海外依存度等を参考にしながら*3 、特に生態系に負の影響を与えているセクターを日本国内において精査し、「企業活動を通じて」負から正への転換に資するより具体的な目標と指標、さらに施策が必要となるのではないか。自然への負の影響の最も大きな要因は、生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)による報告書でも指摘されたように、陸域、陸水域及び海域の改変、さらに自然資源の非持続的な採取であるが、これらは経済産業省が管轄となる国際貿易との関連性が重要視されうる。しかし現状の対策では、日本の需要が国際貿易を通じて引き起こしている、供給側での負の影響を減らすという意味での結び付けが全くされていない。

b. 生物多様性とサーキュラー・エコノミーの相乗効果の創出
政府は以前より今後の政策はカーボン・ニュートラル、サーキュラー・エコノミー、そしてネイチャー・ポジティブの三本柱となることを明言し、それぞれが相互に関係することを示している。サーキュラー・エコノミーは、廃棄物と汚染の削減、製品と資源の循環利用、さらに自然の再生が定義として含まれており、本国家戦略とも非常に親和性が高いと思料するが、現状の国家戦略素案の5つの基本戦略におけるサーキュラー・エコノミーの明確な位置付けがなされていない。天然資源利用においては、世界における日本のフットプリントが大きいことが指摘されている中*3、プラネタリーバウンダリーやエコロジカルフットプリントも考慮に入れた形で、日本が影響を及ぼす海外へのフットプリント削減についての具体的な施策を、基本戦略1並びに基本戦略3の双方で検討すべきである。日本で唯一具体的なサーキュラー・エコノミーの推進戦略(プラスチック資源循環戦略)や政策(プラスチック資源循環促進法)が導入されているプラスチックの分野においても、生物多様性のさらなる損失の回避に資するよう基準年を明確とした定量的削減目標の設定、代替用として無制限な拡大が懸念されるバイオマス由来の素材の使用における持続可能性の担保、資源採取時から廃棄後までのライフサイクル全般での環境負荷を低減させるため取組を生物多様性戦略にしっかりと組込むことが必要ではないか。

c. 国の財政政策への組み込み
日本政府も議論に参加しているAn overview of Nature-Related Risks and Potential Policy Actions for Ministries of Finance *4、並びにCentral banking and supervision in the biosphere: An agenda for action on biodiversity loss, financial risk and system stability *5においては、生態系の回復の追求を財政面から検討できるとしている。世界経済は自然に深く依存し、自然に大きな影響を与えていること、経済・金融分野における自然関連リスクの顕在化は、政府、特に国家の財務に有害な影響を与える可能性があること、また 自然関連リスクは避けられないものではなく、経済や金融セクターが自然に与える影響を変えることで軽減することができ、そこでは財務省が極めて重要な役割を担っていることなどが示されているが、それらを生物多様性国家戦略に反映すべきである。また当該報告書で示された以下内容を行動計画に含めるべきである。

財務省(ならびに金融庁)による以下と取組を実施することが推奨される。
  • 自然関連リスクに対する理解を深め、政府全体の認識を高める
  • 気候変動との統合の取り組みを踏まえ、自然関連の基準を戦略や意思決定に統合するための措置をとる
  • 自然関連リスク管理を関連省庁や規制当局、監督当局、中央銀行のカウンターパートと連携して行う
財務省(ならびに金融庁)は、以下の政策手段を用いて自然関連リスクを管理しうる
  • 評価、測定基準、意思決定支援ツールの開発と適用(例:自然資本会計(NCA)の導入または支援、国内総生産(GDP)の代替案の開発、自然損失シナリオの開発など)
  • 持続可能な社会の実現に向けた経済政策改革の支援(例:有害な補助金に関する自然関連リスクの評価・啓発、有害な補助金の段階的廃止に関する提言、環境税・取引可能な許可証・生態系サービスへの支払いプログラムの導入による自然の価値の意思決定への統合の支援)
  • 自然に最も大きな圧力をかけている主要部門に、自然に関連するリスクと機会を統合する(例:自然に配慮した計画、統合的なランドスケープ・シースケープ管理、自然に基づく解決策への投資)
  • 自然に対する資金導入(例:自然関連投資の特定、気候・自然金融分野の統合的な政策枠組みや戦略、政府・企業の自然関連情報開示、国の自然投資計画、地球公共財への投資、国債市場へのアクセス、ブレンドファイナンス、革新的金融手法、インキュベーターやアクセラレーター)

加えて、KM-GBFターゲット18は、「補助金を含む生物多様性に有害なインセンティブを 2025 年までに特定し、公正、公平、効果的な方法により、廃止、段階的廃止または改革を行う。もっとも有害なインセンティブから開始し、2030 年までに少なくとも年間 5,000 億ドルを大幅にかつ漸進的に削減し、生物多様性の保全と持続可能なために有益なインセンティブを拡大する」となっている。ターゲット18に相当する対日本への戦略と行動計画が生物多様性国家戦略素案において欠落しているため、現状値を含め数値目標の追記が必要である。

2.保全活動を通じた生物多様性回復

a. 質を重視した30by30の追及
2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議でKM-GBFが採択され、ターゲット3において「2030年までに、陸域、陸水域並びに沿岸域及び海域の少なくとも 30%」(暫定版仮訳*6 )を保護区とすることが決定した。健全な生態系を維持するためには、地球上の陸域、陸水域、沿岸及び海域の40-80%を保護区とすべきとする専門的知見が示されている中 *7*8 、30%は生物多様性保全の質を重視した保護区として最低限確保すべきであると考える。例えば、日本の生態系保全において特に重要とされているような生物多様性の保全の鍵になる重要な地域(Key Biodiversity Area: KBA)や生態学的もしくは生物学的に重要な海域(Ecologically or biologically significant areas: EBSA)、さらにモニタリングサイト1000といった保全の観点から重要とされている箇所が、自然共生サイトやOECM(Other effective area-based conservation measures )を含めた保護区に認定される保証は現在のところなく、連携を検討すべきでないか。実際にKBAとして報告されている228か所のうち、109箇所が保護地域外となっており、EBSAに関しては国立公園等の保護区と重なる部分があるものの、管理状況は示されていない。またモニタリングサイト1000では保護区との関連性に関わる記載が示されておらず、管理方法も含め情報が不足している。また国内の絶滅危惧種のカバー率や生態系サービス全賦存量の割合など保全の優先性を検討し、質的な確保を求めるべきではないか。基本戦略1に記載のあるように、連結性の向上は、生態系の保全にとって非常に重要な位置づけとなるが、連結性向上にあたる行動計画が示されていないため追記が必要である。

自然共生サイトに関して、その登録者は増加傾向にあり、生態系保全への寄与が期待されている。一方で生態系保全の専門的知識を備えている登録者は限られていると思料する。保全の観点から自然共生サイトの役割を踏まえたうえで、まずは法的な位置づけを明確にすること、さらにモニタリング指針などのガイドライン等を示すことで、質的な確保を担保すべきである。

陸水生態系では絶滅が危惧される動植物は多く、長期的に生物種の絶滅リスクが増大して いるとの報告*9が環境省より示されている。リスクがより高いところにより重点的に対策をするのが道理に適っている。このような報告を十分に加味したうえで、陸水域として計上する地域の定義を改めて明示し、陸水域単独での保護区割合を示すことが必要ではないか。また国土交通省(河川環境管理計画、流域治水関連法・計画等)、農林水産省(食料・農業・農村基本法、環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律、土地改良法、みどりの食料システム戦略等)とも連動しながら、水田・水路の多面的価値に着目し、陸水域生態系保全のための具体策を示すべきである。すでに国内においては、重要里地里山500*10、生物多様性の観点から重要度の高い湿地*11、都道府県や市区町村などの生物多様性地域戦略で指定されている地域などがあり、質的な観点を特に重要視したうえで保護区に含めるための具体策を示すべきである。さらに、KM-GBFのターゲット14では生物多様性の主流化を求め、あらゆるレベルにおいて、効果的な法律上、政策上、行政上の手段 を促進することが求められている。一般的に生物多様性の主流化とは生物多様性とそれをもたらすサービスを、それに依存し影響を与える政策や実務に適切かつ十分に織り込んでいくことであると理解されており*12、行動変容(基本戦略4)、基盤・連携(基本戦略5)はもとより*13、土地管理、農林水産業、経済並びに貿易などに及ぶものと理解している。主流化を促進するために、圃場整備、水路改修などの工法に対する生物多様性保全への脅威を排除するため、事前調査や計画・工法、事後調査を含めて、農林水産省、国土交通省とともに改善を含めた施策を策定すべきである。また、農林水産省、国土交通省、都道府県、市区町村、土地改良区などの土地改変に関連する各種組織団体は、農業行政および治水行政上の整備であっても、現状の生物多様性を劣化させていないか事前アセスメントすることを必須要件とし、維持・向上させる改修計画を徹底するよう関連法案等に反映させることを施策として盛り込むべきである。現在の生物多様性国家戦略素案の戦略と行動計画には上記のような具体的記載がないことから、適宜追記を願いたい。

b. 劣化した土地の回復について
行動目標1-2「土地利用及び海域利用による生態系の負荷を軽減することで生態系の劣化を防ぐとともに、既に劣化した生態系の30%の再生 を進め、生態系ネットワーク形成に資する施策を実施する」は、KM-GBFのターゲット2「生物多様性と生態系の機能及びサービス、生態学的健全性及び連結性を強化するために、 2030 年までに、劣化した陸域、陸水域、沿岸域及び海域の生態系の少なくとも 30%で効果的な再生が行われることを確保する」に対応する行動目標であると理解している。日本の土地改変状況を加味しながらKM-GBF ターゲット2を達成するにあたり、現在の生物多様性国家戦略行動計画において、具体的な数値目標が少ない。例えば土地の管理については国交省所管であり、目標達成に対する役割は大きいと思料するが、国交省が対応する21施策のうち5施策のみでしか具体的な目標値が示されていないなど、30%再生を確保するには施策として不十分ではないか。ベースラインも不明瞭であり、2030年での進捗を測定できない状況にある。目標を達成するための基盤となる法律は自然再生推進法とその自然再生基本方針となると思料するが、30%の確保を達成しうる体制になっているか、日本全体での達成をどの様に図るのかなど、検討する必要がある。必要に応じて自然再生推進法を次回改訂のタイミングでKM-GBFの目標達成を考慮し、連結性の重視や30%の再生を図るべき施策、劣化した生態系を再生する生態系ネットワーク形成に資する施策実施を検討かつ充実化させるべきである。

c. 野生生物の適切な管理による生態系の保全
日本はペット利用される野生動物を年間推定40万頭も輸入し、その数は増加傾向にあることから、より厳しい飼養管理対策が国際的にも求められている。過去にも遺棄や放出による生態系損失につながる事例が国内で散見されていることを踏まえ、基本戦略1 (3) 野生生物の保全「③ 野生生物に影響を与える可能性がある飼養動物の適正な管理に係る取組」において、「我が国においては、多種に渡る野生動物が飼養されており、特に家畜化されていない動物については、動物の本能、習性及び生理・生態に即した適正な飼養の確保が困難であることから限定的であるべき」 ことを明記するべきである。これは、「生物多様性国家戦略2012-2020」*14において、野生生物の適切な保護管理等の施策の基本的考え方としてすでに合意されているものの、現在検討中の生物多様性国家戦略において欠落しているため、確実に組み込むべきである。

また、行動目標1-5では「希少野生動植物の法令に基づく保護を実施するとともに、野生生物の生息・生育状況を改善するための取組を進める」ことが掲げられ、その具体的施策の説明として、希少野生動植物に関する「捕獲・採取等の規制や流通管理を実施すること」と記載がある。外国産希少種を多く輸入し、商業目的で利用している日本は、海外の生物多様性に負の影響を与えていることはKM-GBFターゲット4を遵守する観点からも、対策を強化すべきである。したがって希少種の指定や違法行為の監視の徹底に留まらず、野生生物の採取、加工、販売など流通等に携わる事業者に対して透明性のある事業を確保するために、野生生物及び製品の由来等を追跡可能とするトレーサビリティの確保の促進を重点施策として含めるべきである。たとえば、具体的政策1-5-4「希少な野生動植物の適正な流通管理」については、より具体的に「トレーサビリティの確保」まで言及するべきである。

3.経済活動と生物多様性主流化

英国政府財務省が作成したダスグプタ・レビューは、人類が依存する自然資本への投資
に失敗し、代わりにその資産基盤を急速に侵食し、経済的コストと将来の災害に対する脆弱性を増大させている深刻な制度と、市場の失敗を強調している。ほとんどの生物圏および生態系サービスは誤った価格で取引されているか、まったく価値がないものとして取引されてしまっている。世界の貿易システムには共通の基準がなく、環境および社会的外部性を考慮することはほとんどない。このため、国際貿易は劣悪な社会状況や輸出品の生産を奨励し、生態系や自然資本に不利益を与えてきている。
自国、自社の経済の発展のために、他国の生態系に負の影響を与えることがないように、自然に対する影響と依存を把握したうえで、ランドスケープ/シースケープアプローチを実施し、的確な調達方針、並びにトレーサビリティの確保が必須になる。一方で、現行の国家戦略素案においては、基本戦略 3 の下において自然関連情報開示の取組推進と自然資本の理解促進に向けた取組が示されているものの、実効性のある調達やトレーサビリティ確保に向けた規制や法整備との乖離が見受けられる。

更に現在の「森林リスク産品」(サバンナや泥炭地、湿地などの生態系で生産される産
品を含む)の調達 や水産物の調達には、取組の改善が必要となっており、基本戦略 3、並びに相当する行動計画を追記すべきである。

a. 森林リスク産品の調達
現状、日本の森林リスク産品調達においては、木材以外には非合法なものや持続可能でない産品を規制する法律はない。一方、欧州連合(EU)では森林破壊防止のためのデューデリジェンス義務化に関する規則が、2023年あるいは2024年内に施行されることが想定されている。この新しい規則は、森林破壊を伴う製品のEU域内での流通を防止するために事業者にデューデリジェンスを義務付けることで、EUが世界の森林減少および森林劣化に与える影響を軽減し、温室効果ガスの排出と生物多様性の損失を減少させることを目的としている。この目的を果たすため、同規則では生産国での合法性の確認のみならず、森林破壊を伴うリスクを最大限確認し、緩和することを求めている。規制の対象産品は、木材、パーム油、大豆、カカオ、コーヒー、牛肉、天然ゴム、対象商品を原料とする派生製品など多岐にわたり、森林破壊・劣化の主な原因は上記製品を生産するための農地拡大であり、それら製品を輸入するEU諸国にも責任があるという理解のもと成立に至った。イギリスでは違法な森林破壊を禁止する法律が既に成立しており、アメリカでも同様の法案が提出されている。先進国が次々に自然生態系に負の影響を与えるサプライチェーンを排除する方向に向かっている。森林リスク産品の一大消費国である日本にも、国際社会の中で相応の責任を果たすことが求められていると考えられるため、欧米諸国と同等の規制を整備することが急務と考えられる。

b. 水産物調達
日本国内の水産マーケットにIUU(違法・無報告・無規制)漁業による水産物の流通を防止することを目的に制定されている、「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(通称:水産流通適正化法)」の施行が開始された。本法は日本市場に流通する水産物がルールを守って漁獲されたかを確認するものであり、海外で漁獲された水産物についてもトレーサビリティを確保し、自然資本を尊重し、生態系の保全を確保するためものである。

一方で、国際的な海洋資源環境の保全を強化するためにも、さらなる改善が重要である。日本に流通するすべての水産物に段階的に拡張できるような電子漁獲証明書と報告システムを確立すること、漁船への電子モニタリング機器搭載といったシステム全体を通じてより高い透明性を確保し、EUおよび米国の既存の輸入管理制度と整合性のある主要データ要素 (KDEs) を含む、GDST (Global Dialogue on Seafood Traceability) などの国際基準と一致するトレーサビリティ・システムを開発し水産サプライチェーンへの導入を推進すること、他の65ヶ国同様に、漁船、冷凍輸送船及び補給船に関する情報をFAOに提供すること、 日本で大量に消費され、かつ、IUU漁業のリスクがある、マグロ類、ウナギ類、その他の天然・養殖魚種など、日本の輸入規制の対象魚種を増やすこと、対象水産物の資源管理をすることが必要となる。加えて混獲やゴーストギアとも呼ばれるALDFG(放棄・紛失・投棄される漁具)といった水産業が生物多様性へ及ぼす悪影響を国や自治体、漁業者が把握し対処することなどが必要である。
現在基本戦略3には主に国内対策に関わるところが記載されているものの、国際的な漁業管理に関わる施策、さらに企業におけるトレーサビリティ・システムの検討がされていない。

c. 陸水生態系に大きなインパクトを与えている産品の調達
世界の陸水生態系は過剰な取水利用、汚染、土壌採掘、土地改変、気候変動に伴う洪水・干ばつ等の影響を受け危機的な状況にある*15。特に、食料や繊維原料(綿花等)の農産品の生産や、繊維・化学・ICTエレクトロニクス等の製造、飲料用の取水、鉱物資源採掘等が高い水負荷を与える産業として着目されている。

日本は、農産物をはじめとしたこれらの多くの資源・産品を海外からの輸入・調達に頼っており、世界の淡水生態系の危機に対して負の影響を与えている。負の影響の低減のためには、水リスクのある産品を取り扱う企業による、企業ごとの水リスクの把握と、その結果に基づいた企業ごとの重要流域の特定と対策、流域に関連するステークホルダーと協力した集団行動が重要であり、こうした取り組みはウォーターステュワードシップ(Water Stewardship)として世界的に注目を集め、海外においては先進的な企業による取り組み事例が出始めている*16。

日本においては、現在のところ淡水利用の観点で非持続可能な生産を行っている産品の輸出を規制する法律は整備されておらず、一部の企業によって自主的な取り組みが限定的に行われているに過ぎない。繊維産業に関して、環境省は2021年4月に「SUSTAINABLE FASION これからのファッションを持続可能に」と題した報告書を発表し、企業と消費者の双方に対し水環境への負荷を含む環境負荷の削減を求めるアクションを起こしている*17。一方で、同報告書でも指摘された「トレーサビリティ」の課題については、例えば日本国内では「オーガニック・コットン」の表記に関しての規制が存在せず、消費者が正しい選択を行う前提も整えられていない等、取引規制以前のルール・規制作りにも未だ課題があると言わざるを得ず、消費者目線で検討が行われている基本戦略4 行動目標4 だけでなく、基本戦略3における位置づけ明確にすべきではないか。

日本政府は、第四回アジア・太平洋サミットにおいて「熊本水イニシアティブ」を発表し、特にインフラ開発の支援を通した防災・減災や安全な水へのアクセスの側面での積極的な水課題への国際貢献を表明*18したが、重要な水課題である世界の淡水生態系・生物多様性保全のためには、水負荷の高い産品の生産の持続可能性を高める取り組みも同様に重要で、国際的なリーダーシップを発揮することが望まれる。そうしたことから、生物多様性国家戦略の中でも、産品の取引に伴う水負荷の課題や、その削減への手立てとしてのウォーターステュワードシップについても包括的に盛り込むことを期待する。また、非持続可能に生産された水負荷の高い産品の輸入に対する規制、並びに企業によるウォーターステュワードシップの取り組みを支援する制度を整備することで、日本企業による淡水生態系への負荷を下げ、生物多様性保全に貢献することを期待する。

以上

*1 WWF ジャパンウェブサイト
https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5153.html
*2 Leclère, D., Obersteiner, M., Barrett, M. et al. Bending the curve of terrestrial biodiversity needs an integrated strategy. Nature 585, 551–556 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2705-y
*3 United Nations Environment Programme, 2019. NATURALRESOURCE USE IN THE GROUP OF 20, Status, Trends, and Solutions Japan
*4 Power, Samantha; Nepomuk Dunz, and Olga Gavryliuk. 2022. An Overview of Nature-Related Risks and Potential Policy Actions for Ministries of Finance: Bending the Curve of Nature Loss. Coalition of Finance Ministers for Climate
Action, Washington, D.C. © Coalition of Finance Ministers for Climate Action.
*5 The Network for Greening the Financial System (2021) Central banking and supervision in the biosphere: An agenda for action on biodiversity loss, financial risk and system stability, Final Report of the NGFS-INSPIRE Study Group on Biodiversity and Financial Stability
*6 昆明・モントリオール生物多様性枠組(暫定訳)
https://www.env.go.jp/content/000097720.pdf
*7 Woodley et al. (2019) A review of evidence for area‐based conservation targets for the post‐2020 global biodiversity framework, PARKS vol 25.2
*8 Chaplin-Kramer et al. (2022) Mapping the planet’s critical natural assets. Nat Ecol Evol. 2023; 7(1): 51–61.
*9 環境省 生物多様性及び生態系サービスの総合評価に関する総合評価 2021(JBO3)
*10 環境省 重要地里地里山 500
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/pdf/satoyama_500.pdf
*11 環境省 生物多様性の観点から重要度の高い湿地
https://www.env.go.jp/nature/important_wetland/
*12 CBD ウェブサイト
https://www.cbd.int/mainstreaming/
*13 状態目標・行動目標と昆明・モントリオール生物多様性枠組みのゴール・ターゲットとの対応関係整理表
*14 生物多様性国家戦略 2012-2020 ~豊かな自然共生社会の実現に向けたロードマップ~(192~193 ページ)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives/files/2012-2020/01_honbun.pdf
*15 https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4193.html
*16 WWF Water stewardship
https://wwf.panda.org/discover/our_focus/freshwater_practice/water_management/
*17 環境省 Sustainable Fashion
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/
*18 「熊本イニシアティブ(概要)」資料
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/content/001479357.pdf

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