次期生物多様性国家戦略への提言書(その2)
2021/12/10
2021年12月までに日本を含む94の国と地域が誓約した「リーダーによる自然への誓約」 、2021年に採択されたG7カービスベイ首脳コミュニケや2030年自然協約 、G20のローマ首脳宣言 を経て、生物多様性の危機および対処が、国際社会にとっての最重要課題の一つであるという認識が広がっている。また、気候変動枠組条約第26回締約国会議会期中に示され、141か国が賛同している森林破壊停止宣言 を通じて、生物多様性の課題は気候変動の問題と表裏一体であり、世界規模での活動の必要性が明確になった。
新型コロナウィルスによるパンデミックの根本的な原因は、人間活動による生態系の破壊と、野生生物の生息地が奪われたによるものである。失われた多くの人命、世界的な経済的損失、貧困層の増加等を考えると、もはや環境政策だけでは留まらないことは明白である。現状、我が国においては気候変動の取組が優先して実施されているが、生物多様性における目標が達成しなければ、気候変動対策も失敗に終わることは間違いない。すでに日本は「ネイチャーポジティブ」に対して国際的に誓約している一方で、「ネイチャーポジティブ」を真の意味で実現させる議論が、現状なされていないことに危機感を覚える。
生物多様性保全に関する具体策は、森林・陸上生態系や海洋生態系等の保全、自然資源や野生生物の採取・流通・販売の適正化や不正な取引の取り締まり、各種農林水産業のあり方の変革など、様々な形をとりうる。これら自然の危機や各分野での取組の必要性は、今日になって初めて指摘されたわけではなく、これまで様々な分野・局面を通じてWWFジャパンは訴えてきた。しかし、世界全体としての生物多様性の危機に対処するためには、より包括的な視点が必要になってきていることもまた事実であり、「生物多様性国家戦略」がそうした包括的な取組の結節点となれるかどうかが問われている。
以上を背景として、生物多様性の包括的な取組として、4つの提言を行う。
提言1. ネイチャーポジティブに資する具体的数値目標の提示
現在検討されている次期生物多様性国家戦略の2030 年に向けた取組の柱や国内目標 として、1.自然共生社会構築の基盤としての生態系の健全性の回復、2.人口減少社会・気候変動等に対応する自然を活用した社会的課題解決、3. ビジネスと生物多様性との好循環、そしてライフスタイルへの反映、が挙げられている 。
一方、この柱の中で明確な数値目標が掲げられているのは、1の生態系の回復に係る30 by 30にのみに留まっている。生物多様性の損失から2030年までにネイチャーポジティブへの軌道に乗せるためには、地球規模生物多様性概況第5版(GBO5) で示されている8つの社会変革、さらにLeclèreらが示したBending the Curve においては生息地の保全に加えて、需要側と供給側の対策が必要とされている。したがって生態系保全のみに留まらない数値的な目標が必要であり、少なくとも上述した2及び3に対しても明確な数値目標を掲げ、必要な施策を探求すべきである。
提言2. 生物多様性主流化と、ネイチャーポジティブを担保する国内ガバナンスの強化
WWFジャパンは2020年12月に次期生物多様性国家戦略への提言書 を提示している。別添1、別添2では、生物多様性の保全に関わりうる既存法律を一覧にし、生物多様性との関連性を明記すべき法律を示した。生物多様性に直接的に関わる法律の見直しだけでなく、間接的に関与している法律においては特に生物多様性の損失を助長している可能性が高く、国連生物多様性条約ポスト2020生物多様性枠組交渉 の目標18「生物多様性にとって有害な奨励措置の転用、目的の変更、改革又は撤廃を 公正・衡平に行うことで、最も有害な補助金のすべてを含め、少なくとも年 5,000 億ドル減 額し、また、公共及び民間の経済的及び規制的なものを含む奨励措置が生物多様性に対して 正もしくはニュートラルなものであることを確保する」 に即しているものではない。保全の側面からの事前検討が十分でないことについて、早期の改善を求める。
生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)が作成した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」 や日本環境省による「生物多様性及び生態系サービスの総合評価2021」(JBO3)には間接要因の重要性が示されている。間接要因には人口(人口動態など)、社会文化(消費パターンなど)、伝染病に加え、経済(貿易など)も要因として含まれており、環境行政の域にはもはや留まっていない。さらに国連生物多様性条約ポスト2020生物多様性枠組交渉においても、その目標14には、「すべての行動及び資金の流れが生物多様性の価値に合致することを確保 しつつ、政策、規則、計画、開発プロセス、貧困削減戦略及び会計、さらに、政府のすべて のレベル及び経済界のすべてのセクターにわたる環境影響評価に生物多様性の価値を全面 的に統合する」 とした生物多様性主流化が求められており、今後、陸域・海域を含めた30 by 30を実現するための体制強化はもとより、貿易・経済や人の健康・福祉といった観点からも、分野横断的な取り組みは不可避である。したがって、関係する利害関係の整理を早急に進めつつ、省庁間連携を図り、分野横断的な取り組みにより数値目標達成に努める必要がある。
さらに、国家戦略で掲げた目標とそれに伴う施策に対して実効性を担保するためには、モニタリングとその評価を徹底する必要があると考える。現状、特に海域に関しては過去データがなく、陸水域においても情報が乏しいことが、課題としてあげられており、早期の対応が求められている。
提言3.生物多様性回復に整合したビジネス活動へのトランジション
IPBESによる地球規模評価報告書やJBO3等に記載されている間接要因には経済や物のグローバルな移動も含まれており、また海外からの物資に依存する我が国としては、生態系保全に即した経済活動に対し、早急な対策を講じる必要性がある。特に国内外を対象に調達先の持続可能な利用を考慮し、生物多様性に関する情報基盤整備、および「トレーサビリティの確保」に必要な制度の導入を確保すべきである。
また日本の金融機関や企業等へのヒアリングの結果によると、自然資本の意義や、経済的インセンティブについて理解が浸透していないことが課題として挙げられる。WWFが創設機関の1つとして推進する自然関連財務開示タスクフォース(TNFD)や自然に関する科学に基づく目標設定(SBT for Nature)の実施についても、日本特有の経済構造を念頭に、関係する利害関係の整理を早急に進めつつ、実施を促進する対応策を講じる必要がある。
提言4 教育の充実と企業や消費者の行動変容
ビジネスにおける生物多様性への取組を加速するためには、消費者の意識の変容に留まらず行動の変容を促すことが必須である。消費者において、生物多様性保全のための取組としては環境配慮商品の選択に対する一定数の理解がある一方で、実際に自ら行動を起こし他者に働き掛けるまでには至っていない。したがって消費者による環境配慮商品の購買意欲は弱く、ビジネスのインセンティブを生み出せていないという悪循環が生じている。
政府・省庁主導による情報発信の強化、メディア露出機会の創出、自治体による生物多様性に関する取組促進、学校教育などあらゆる機会を通じて、生物多様性の認知拡大に留まらず、生物多様性の損失が消費者個人レベルにおいてどれだけ実生活に影響を及ぼすのか、ビジネスにおいてどれだけの経済的影響をもたらすのか、理解と行動を促す必要がある。そのためには従来の保全活動だけでなくビジネスにおける生産と調達変容、消費者の行動変容を強く推し進めるべきである。