琉球列島における生物の多様性保全に関する(提言書)
2018/10/25
沖縄県知事 玉城デニー 殿
会 長 末吉竹二郎
拝啓 時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
この度は、来県知事の初当選、誠におめでとうございます。
日頃、自然環境の保全にご尽力を賜り誠にありがとうございます。
さて、WWFジャパンは、設立当初より琉球列島の生物多様性保全を重視した取り組みを進めて参りました。
特に1980年の世界環境保全戦略(WWF、IUCN、UNEPにより策定)以降、島嶼生態系として重要なエリアとされた琉球列島の自然保護に力をいれて来ております。
今般、知事が公務を始められるに当たり、改めて下記の通り、保全に向けた提言をまとめさせて頂きました。
世界的にもその価値が認められている沖縄の自然を後世に伝えるため、ぜひご高覧いただければ幸いです。
なお、これまでWWFジャパンが取り組んできた主な取り組みや意見書、要請書については、添付の琉球列島関連活動リストをご確認下さい。
辺野古沿岸の自然環境の価値について
琉球列島の島々は、1500万年前に大陸の辺縁から次第に分離し、島としての形成過程を経てきました。その自然は、亜熱帯林やマングローブ林、サンゴ礁や干潟など多種多様な生き物が織りなす、世界的にも類を見ない貴重な生態系を有しています。
WWFが1998年に発表した、地球上の自然を代表する地域を選定した「グローバル200」においても、世界的に保全を優先すべき地域とされたほか、世界自然遺産の候補地として、その価値が認められた琉球・奄美の生態系の重要な一角をなしています。
特に沖縄島東部の辺野古・大浦湾地域は、環境省のレッドリストで絶滅危惧種IA類に指定されたジュゴンの生息地であり、2000年アンマン、2004年バンコク、2008年バルセロナでそれぞれ開催された世界自然保護会議(IUCN:国際自然保護連合の総会)においても、この辺野古周辺地域の保全と個体群の存続を確実にするための適切な対策を講じることが公式に求められました。
この辺野古・大浦湾沿岸の海域ではジュゴンのみならず、この地域だけに生息する固有種も確認されており、過去に行なわれた生物調査の結果によれば、30種以上の甲殻類の新種が見つかっています。したがって、前述のIUCN等の国際的な視点からの評価も踏まえ、この海域は、世界的にも重要な生物多様性を有する、優先的に保全されるべき環境であると考えられます。現在進められている米軍基地の建設工事は、周辺の生物多様性を不可逆的に失う結果となることが懸念されます。
これら内容を踏まえ、WWFジャパンは基地建設事業について改めての中止・見直しを行なうとともに、今後の国による施策や開発事業の計画と実施においても、計画の段階から十分検討・考慮し、関係する制度の見直しを求めます。
琉球列島の世界自然遺産への登録について
琉球列島の自然は、日本が世界に誇る、豊かな自然であるだけでなく、地域の人々が享受している生態系サービスの母体でもあります。将来にわたってその恩恵を受け続けられるよう、保全政策をとることが必要です。実際、沖縄では地域の自然環境を基盤とした生活や文化が育まれてきました。それら人間活動による自然資源の生産や消費を持続可能な形で保ちながら、自然および景観の保全を行なうことが、日本における重要な課題の一つと認識しております。
沖縄島北部のやんばるには、南西諸島の中でも最大級の面積を誇る亜熱帯林が残り、ヤンバルクイナやヤンバルテナガコガネをはじめ、WWFの調査の結果、30年ぶりに生存が確認されたオキナワトゲネズミなど、国際的にも希少かつ固有の野生生物の生息地となっています。しかし、こうした地域では、開発や農地からの赤土の流出にともなう水域や海域の汚染が、今も深刻な問題になっています。
また、観光を目的とした過剰な開発や、不用意な大型クルーズ船の誘致なども、観光の原資であるはずの貴重な自然を脅かしています。
世界でも最大級のアオサンゴがのこる海域を擁した石垣島の白保では、現在、海岸近くに地上4階建て年間10万人宿泊規模のリゾートホテルを建設する計画が持ちあがっています。この開発計画地域には公共下水道がなく、汚水排水は地下浸透させるとしていますが、アオサンゴをはじめとするサンゴ礁や、産卵に上陸するウミガメ類などへの影響が強く懸念されています。
さらに、琉球列島では、外来生物(マングース、グリーンアノール、ノネコ等々)による影響が大きく、外来生物法の対象になっていない国内移動の外来生物を含めた対策の強化が求められます。
こうした懸念点をふまえ、世界自然遺産の指定を進めて行くにあたり、今後、以下の内容について、速やかに検討が図られ、具体的な計画や方針策定が進められることを期待するものです。
外来生物について:
県は、国や地元自治体と連携し、民間NPOや専門機関らとの共同を通じて;
- 特定外来生物の対策とモニタリングが行なわれる実施体制を構築すること。
- 地域住民への理解拡大に向けた広報・普及活動の拡充を図ること。
- 侵略的外来種の根絶事業に十分な予算と人員を投入するべきこと。
- 大型クルーズ船で来訪する観光客などにより、意図せず外来生物が持ち込まれる問題への対応策を検討すべきこと。
やんばるの保全について:
やんばるにある米軍の北部訓練場区域について、全域の返還に向けた両国間での合意スケジュール策定と、日米地位協定に基づく合同委員会を通じた、公園区域に隣接する周辺の地域での既存施設及び軍用機や車両の使用の削減または中止を図るよう、国に働きかけること。
赤土の流出防止を通じた海およびサンゴ礁の保全:
県及び国は、地域の林業、農業に起因した赤土の流出に伴う、サンゴ礁などの海洋環境への環境影響を軽減する包括的な対策事業を、各市町村との連携のもと、保全の取り組みを拡大推進する中長期的な事業計画を策定すること。
また、タンカー事故等による油汚染対策については、事故の発生確認後、可及的速やかに対応する仕組みを整えること。
環境に配慮した観光のルールと体制の整備:
県は、自治体と連携し、科学的調査に基づく環境許容量を基に、地元の観光ガイド事業者らが参加した、自然に配慮した観光業の適正な利用ルールと監視体制を整備すること。その際、一部の観光ガイド事業者が行なっている、ガイド料から地域の保全活動に資金を拠出する仕組みを拡大し、基金を設立すると共に、他の事業者らへの参加拡大に向けた協議会を設立すること。
大型クルーズ船就航を含む開発事業に対する十分な検証と厳しい認可:
石垣島白保でのリゾート開発を一例とした、県内各地での大型の開発案件について、自然環境への影響を最小化するよう慎重に検討し、県としても専門家の意見を踏まえつつ、不適切な場合は、認可をしないこと。
大型クルーズ船の就航に関しては、野生生物が生息・生育する貴重な地域の十分な調査を行なうことを条件とし、「予防原則」に基づいた自然環境への影響を回避する判断を優先すること。また事業の実施は、そうした懸念の払しょくが明確になった上で進めること。
世界自然遺産のあり方について:
世界自然遺産への登録は、決して環境保全上のゴールではないこと、また観光客の増加を目的としたものではないことを、あらためて認識すること。
世界自然遺産とは、世界と未来から預かった財産であり、登録はその確かな保全を約束するものである。登録の実現は、真の取り組みに向けたスタートであることを、謙虚な姿勢で受け止め、今後の保全活動に尽力すること。
沖縄諸島や奄美諸島などからなる島々は、本土とは全く違った亜熱帯性の植生と動物相だけでなく、その気候に応じた風土や文化も育んできました。この琉球列島に産する野生生物と、地域の文化を保全して行くためには、それら野生生物とそれを取り巻く豊かな自然環境を、奄美諸島、沖縄諸島と大東諸島、および八重山諸島(宮古諸島を含む)など一体の自然と見る視野を以て、保全を進める必要があります。沖縄県が主体となり、琉球列島を一体として保全の先陣を切ることを望むものです。
以上の通り琉球列島の環境の保全を、強く求めます。