世界自然遺産登録を前に 沖縄本島の自然をめぐる現状
2019/09/27
- この記事のポイント
- 年間を通じて多くの観光客が訪れる沖縄。その魅力は、海や亜熱帯の森をはじめとする多様で豊かな自然と、地元の人々が育んできた文化に秘められています。しかし、そうした貴重な自然を脅かす工事が、各地で進められていることも忘れてはなりません。南西諸島の世界自然遺産への登録が現実味を帯び始めている中、沖縄本島における開発の現場を紹介します。
沖縄の観光をめぐる現状
強い日差しが降り注ぐ夏、沖縄には多くの人が訪れます。2018年度、沖縄県の観光客数は999万9,000人で過去最高を記録し、6年連続で過去最高を更新しました。
また、クルーズ船の寄港回数の増加などを背景に海外からの観光客数も、初の年間300万人を突破。沖縄の観光業は好調が続いています。
しかしかつては、アメリカでの9.11テロ事件やSARSの拡大による風評被害、バブル崩壊やリーマンショックといったさまざまな事件や経済動向の影響により、この沖縄の観光は大きな打撃を受けてきました。
また、第二次世界大戦後1972年に日本に復帰した沖縄では、その直後より、軍の雇用員の解雇や、沖縄海洋博覧会に関連した企業の倒産などが相次ぎ、県内の失業率は全国平均の約2倍と高い数値で推移。2000年代の初めには月別の失業率が9%台を記録するなど、長年にわたり、沖縄ではこれが大きな課題となってきました。
この現状を変えた大きな要因の一つが、観光業です。
観光を中心とした景気は上向きとなり、現在は失業率も改善。2019年2月には初めて、全国平均を下回る2.1%を記録しました。
他にも沖縄県内の経済を表す指標は、いずれも上昇傾向にありますが、これは過去20年間の沖縄の経済状況が大きく変わっってきたことを示しています。
しかし、経済の上向きが続く状況の陰で、解決してこなかった、自然保護上の問題は、今も存在し続けています。
好調な観光業の振興に伴う新たな開発も各地で進められており、南西諸島の世界自然遺産への登録が実現すれば、これにさらに拍車がかかることも懸念されます。
さらに、経済が低調であった頃から進められていた大規模な開発計画についても、いまだに続けられている例があります。
沖縄最大の干潟「泡瀬干潟」の埋立て
その一例が、沖縄県沖縄市の中城湾にある泡瀬干潟での埋め立て事業「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業」です。
泡瀬干潟は、県内では最大規模の干潟の面積で、砂、泥、サンゴ礫、海草藻場、サンゴ礁からなる多様な環境を見ることができます。
この広大な干潟にはシギ・チドリ類など多くの渡り鳥をはじめ、貝類、ゴカイ類などの底生生物が息づき、その多様性は国内有数の豊かさを誇ります。
ここで現在進められている、「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業」はm、1980年代に埋立てが構想され、2002年に工事が開始。
これまでに、中断を挟み、また当初の計画目的も変更されていますが、現在は明確な活用方法が曖昧なまま工事が続けられています。
当初の計画よりも狭い面積にはなったものの、干潟の中央には巨大なコンクリートの囲いが設けられ、その周囲には、残された干潟が広がっている状態です。
それでも、7月初旬になると、この干潟の沖合にある、満潮時でも干出する瀬で、環境省が絶滅危惧II類(VU)に指定する海鳥のコアジサシが繁殖。
また、潮が引いた干潟の上には、あちらこちらにシオマネキやコメツキガニが作り出す砂の塊をみることができるほか、潮干狩りで貝を取る人々でにぎわうなど、人にも多くの恵みを与えてくれる景観のなごりをとどめています。
WWFジャパンはこれまで長年にわたり泡瀬干潟の保全を求めてきましたが、埋立区域内には現在も土砂が投入されており、ここに生息していた多くの生きものは、姿を消してしまいました。
また工事の進行に伴って行なわれた、海草やサンゴの移植も保全の代わりになっているとはいえず、全てが生き残っている状態ではありません。
何より、大きな構造物ができた後には、これまであった海藻や藻場があった場所も減少しているといいます。
過去の環境とは大きく変化してしまった泡瀬干潟ですが、現在の埋め立てを免れた干潟を確実に残し、これ以上、工事が生物に影響を及ばないよう、あらためて確かな対応が求められています。
辺野古・大浦湾に面した基地建設の今
こうした観光などに関連したもの以外にも、沖縄ならではの規模と頻度で、大きな開発が問題になっています。米軍基地に関連した開発です。
沖縄県は、 全国の米軍専用施設面積の約70.6%が集中していますが、この米軍専用施設の移転や整理にともない大規模な基地建設や訓練場の工事が進んでいます。
その一つが、沖縄本島の西海岸に位置する辺野古の海で進められている、新たな基地建設にともなう埋め立て工事です。
この現場を目の前にした大浦湾は、南西諸島でも屈指のサンゴ礁が残る海です。
元々広大で穏やかな大浦湾は、湾内の海底は起伏が多く、浅い所と深いところが入り混じっているため、海の色はさまざまな青色に見え、とても美しい光景が広がる海でした。
また湾内には、砂場や岩場、湾の奥にはマングローブが広がり、さらにいくつかの大規模サンゴ群集も存在しています。
とりわけ、湾奥のユビエダハマサンゴ群集、中央部の高まりには「ハマサンゴの丘」とよばれる群集が広がり、北側には大規模なアオサンゴ群集も確認されています。
アオサンゴは、石垣島の白保サンゴ礁でのアオサンゴ群集が有名ですが、この雌雄に分かれた白保のアオサンゴ群集とは少し様子が違っており、大浦湾のアオサンゴはすべて雄で、同じ遺伝子型を持っています。
この遺伝子は、沖縄各地の他のアオサンゴとは異なる型であることが解っており、これが世界中でも大浦湾のみに存在し、長い年月をかけて増えてきた群集であることが明らかになっています。
さらに、現在埋め立てが進んでいる場所は、以前は海草が繁茂する藻場と呼ばれる海域で、その海草を食べに、国際的な絶滅危機種であるジュゴンもやって来ていました。
まさに大浦湾は海の環境と生物の多様性に富んだ海域なのです。
しかし、こうした美しい大浦湾の景色も、今では過去のものになりつつあります。
10年前に工事が開始されてより、辺野古・大浦湾の状況は大きく変化しました。
湾の中央には、長く続くオレンジ色のオイルフェンスが幾重にも張り巡らされ、作業船や監視船などの大小さまざまな船が浮かんでいます。
また、辺野古崎からは埋め立て用の長いコンクリート護岸が伸び、陸では高さ数十メートルのクレーンが工事を進めている様子が見られます。
2019年3月18日には、沖縄島今帰仁村運天漁港沖の防波堤付近で、一頭のジュゴンの死骸が発見されました。また、これまで生存が確認されていたもう2頭の個体も、現在は確認されていません。
基地建設との因果関係はわかりませんが、これらの野生生物が生きていた環境が、確実に10年前とは変化していることは確かです。
また、沖縄島の西側、本部半島の塩川地区では、この工事の埋め立てに使用する土砂を掘るため、大規模な地形改変が起きています。このように一つの基地建設が他の地域の自然も破壊しているという新たな懸念材料も生まれているということです。
WWFジャパンは、これまでに基地建設に関する意見書や声明において、地域の重要な生態系の脅威になる開発の見直しを求めてきました。
また県民投票で多くの県民の反対の意思が示されてなお、工事は進められています。
これらにも代表される通り、辺野古の基地建設については今も大きな問題として認識されており、、2019年6月19日に行なわれた参議院外交防衛委員会では、伊波洋一議員が辺野古軟弱地盤問題について質問しました。これに際し、海底の様子を説明するにあたって、日本自然保護協会とWWFジャパンが2009年の合同調査結果をもとに発行した資料『辺野古・大浦湾 アオサンゴの海 生物多様性が豊かな理由(わけ)-合同調査でわかったこと-』が活用されています。
環境面、社会面、さまざまな課題を抱えた辺野古の問題は、今もまだ解決を見ていません。
「やんばるの森」高江のヘリパッド建設
同様に、米軍施設の建設に関連し問題は、陸域でも生じています。
その一例が、沖縄県東村高江地区の「やんばる」の森で行なわれている、新たなヘリパッドの建設です。
「やんばる」とは、沖縄島北部に広がる亜熱帯の森のこと。スダジイを中心とした照葉樹林には、多くの貴重な野生動植物が息づいています。
この森の各所には以前から、米軍の訓練場とされてきたエリアが広くありました。
ヘリパッドの工事もそこで行なわれていますが、那覇防衛施設局(当時)の「環境影響評価図書(2006年)」によれば、建設予定地とその周辺で記録された野生生物種は、実に4,158。
そこにはヤンバルクイナやノグチゲラをなど、地球上でこの沖縄島北部の森にしか分布していない固有種・固有亜種が、動物、植物それぞれ11種ずつ含まれています。
さらに、ここには絶滅のおそれのある種が177種(環境省レッドリスト)、188種(沖縄県レッドリスト)も含まれ、天然記念物も、国指定、県指定それぞれ8種が記録されていることもわかっています。
「やんばる」の森でのヘリパッド工事地域では、ノグチゲラの繁殖期にあたる3月~6月の間、工事を差し止めています。
しかし、ヘリパッドが完成すれば、時期に関係なく、ヘリコプターやオスプレイが飛来することになるでしょう。
地元には、このオスプレイの危険性と共に、その大きな騒音に大きな不安を感じている方々がいます。そしてこの騒音は、人間だけではなく、この森に生きる多くの野生動物にとっても、大きな脅威となるものです。
貴重な野生生物の宝庫である「やんばる」の森は、2013年の「奄美・琉球世界自然遺産候補地科学委員会」において奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島の4地域が推薦候補地として選定され、現在、世界自然遺産登録を目指しています。
その実現に向けたステップとして、2016年9月15日には国内で33番目の国立公園として「やんばる国立公園」が誕生しました。
しかし、こうした保全に向けた動きの一方で、長年にわたり解決を見てこなかった、このヘリパッドの問題は今も置き去りにされています。
WWFジャパンはこれまで、「やんばる」を国際的にも優先的に保護すべき重要な自然環境の一つと位置づけ、意見書や工事実施に対する声明を出してきました。
そして今、あらためて、「やんばる」はもちろん、南西諸島の自然が今本当に世界自然遺産にふさわしい環境として、適切な形で保全されているか、問い直す時が来ています。
1980年代から南西諸島の自然保護に取り組み、その実現を訴えてきたWWFジャパンは、今後も沖縄の環境に影響を及ぼすさまざまな問題に注視しながら、その保全を目指した活動を継続していきます。