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企業に求められる「ネイチャー・ポジティブ」とは?投資家が注目する生物多様性の取り組み

この記事のポイント
生物多様性の回復「ネイチャー:ポジティブ」が今、ビジネスの世界でも大きく注目されています。特に、2022年の「昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)」の成立以降、企業にとって生物多様性は、気候変動(脱炭素)と並ぶ、重要な環境課題となりました。しかし、数ある企業の取り組みの中には、実際には生物多様性の保全に資する内容になっていない例や、見せかけだけの環境活動「グリーンウォッシュ」に相当する例も見受けられ、これを問題視する声も高まっています。真の「ネイチャー・ポジティブ」実現のため、2030年までにビジネスには、どのような変革が求められるのか。また、金融機関や機関投資家は、企業の取り組みをどう評価していくのか。KMGBFのターゲットをふまえつつ、解説します。
目次

生物多様性はなぜ重要? ~ビジネスの観点から

今、ビジネスの世界では「ネイチャー・ポジティブ」、すなわち失われ続ける生物多様性の「回復」を志向する動きが高まっています。

この動きには、金融機関や機関投資家なども注目。ビジネスへの投融資を担う、こうしたステークホルダーに向けた、情報開示のフレームワーク「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」に、どう対応していくのかも、各社の関心を集めています。

その動きを後押しする大きなきっかけの一つとなったのが、2022年12月に開催された、生物多様性条約第15回締約国会議(CBD-COP15)において採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)」です。

これは、生物多様性保全の世界の約束とも言うべきもので、2030年までに達成するべき、23のターゲット(目標)を設定。

その達成には、各国政府だけでなく、社会の多様なステークホルダーの取り組みが重要であることについても、強調されています。

また、何よりも生物多様性は、気候や社会の安定、そして水や原材料の安定した供給といった、経済活動の根幹にも深くかかわり、これを支えています。

そのため、生物多様性の喪失は、深刻なビジネス・リスクになるという認識も、国際的に広がりを見せています。

各地で続く森林破壊。世界経済に深刻な打撃をもたらした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、こうした森林破壊によって人間社会に持ち込まれた、未知のウイルスが引き起こしたと考えられている。第二、第三のパンデミックを避けるためにも、生物多様性の保全は欠かせない。
© Philippe T. / WWF-France

各地で続く森林破壊。世界経済に深刻な打撃をもたらした新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、こうした森林破壊によって人間社会に持ち込まれた、未知のウイルスが引き起こしたと考えられている。第二、第三のパンデミックを避けるためにも、生物多様性の保全は欠かせない。

企業が「30by30」よりも重視すべきターゲットとは?

KMGBFでは企業も、生物多様性保全にかかわる重要なステークホルダーの一つに位置付けており、これに貢献することを目標に掲げる企業も増加の一途をたどっています。

企業の中には、自社の生物多様性の取り組みとして、KMGBFのターゲット3「30by30目標」に参加する企業も少なくありません。

陸と海のそれぞれ少なくとも30%を、保護地域またはOECM (保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)に指定し、保全する、というこのターゲットに、企業が加わることの意味は、確かに大きいと言えるでしょう。

しかし、KMGBFには、この30by30よりも前に、あるいは同時に、企業が取り組むべきターゲットがあります。

ターゲット15の「ビジネスの影響評価・開示」です。

このターゲット15が事業者、特に大企業や金融機関等に求めているのは、生物多様性にかかわるリスクや、生物多様性への依存や影響を評価し、持続可能な消費のために必要な情報を開示すること。

これらを通じて、ビジネスがもたらす生物多様性への負荷を削減し、正の影響を増加するための措置を、確実に講じることです。

これは、各企業が手掛け、金融機関や機関投資家が投融資の対象とするビジネスそのものを、持続可能(サステナブル)なものに切り替えていく必要があることを示しています。

その意味で、30by30のような、緑地の保全や回復といった、地域や社会貢献(CSR)的な取り組みとは根本的に異なる、ビジネスの本質にかかわる取り組みといえます。

つまり、ビジネスを通じてしか達成できない「ターゲット15」は、KMGBFが企業や金融に求める、最重要の目標なのです。

企業に開示が求められる生物多様性に関連した「情報」

自社ビジネスが、どのように生物多様性に依存し、影響を及ぼしているか。情報の対象となる範囲をどう設定し、また、そこにはどのようなリスクがあるのか。

こうした情報開示の枠組みの一つとして、2023年、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が正式に開始されました。

これは、世界の金融機関が、自然環境の損失や、生態系サービスの低下につながるビジネスへの投融資を止め、保全を促進するビジネスに資金を回す、そのための情報開示を企業に求めるもので、WWFはUNDP、UNEP FI、Global Canopyなどの各機関とともに、その発足と支援に取り組んできました。

このTNFDへの関心は高く、2024年1月に発表された「TNFDアーリーアダプター」登録企業のリストには、その時点で80社の日本企業を含む、世界320社が名前を連ねました。

アーリーアダプターとは2023年、2024年、あるいは2025年度の企業報告を、TNFDに沿った形で開示する意向を宣言した企業で、参加する日本企業は、2025年1月初旬までに135社まで増えています。

TNFDが求めるバリューチェーン全体を視野に入れた情報の開示

TNFDは環境のみならず、さまざまな分野に関連した情報の開示を企業に求めていますが、そのポイントの一つとして、「バリューチェーン」があります。

これは、サプライチェーンとほぼ同義で、企業がビジネスを展開する際に、直接操業だけでなく、原材料の調達や製品やサービスを提供した消費者までをも含む「バリューチェーン全体」で、生物多様性へのリスクの把握と、負の影響を回避することを重要するものです。

たとえば、さまざまな製品の原材料となっている「植物油」として知られるパーム油は、東南アジアを中心とした国々で生産されるアブラヤシの実から作られていますが、その農地(プランテーション)の開発のため、熱帯林が広く破壊される問題が生じています。

TNFDではこの場合、パーム油を扱っている企業に、自社が購入している原材料が、こうした問題に加担した形で生産されていないか、調査し、情報開示することを求めています。

つまり、製品やサービスの生産・加工・流通をとおして「森林破壊や自然生態系の転換がないこと」を確認することが必要とされるのです。

原材料の購入元が完全に外部の企業であっても、その調達には責任を持たねばなりません。そのための対応までもビジネスの一部に組み込み、購入元に対して、問題の改善を要請したり、協力するといった取り組みを行なう必要があるということです。

巨大なバリューチェーンを持つ大企業ほど、こうしたビジネスの在り方を見直すのは、簡単なことではありません。

しかし、これは今では、KMGBF達成に欠かせない国際社会からの期待であり、経済活動やビジネスのリスクを回避する上でも欠かせない、企業の使命となっています。

そして金融機関や機関投資家も、企業が自社ビジネスにおいて、どれだけサステナビリティにかかわる高い目標を開示し、その課題に真摯に取り組んでいるかを見定め、投融資を決める時代になろうとしています。

「グリーンウォッシュ」を回避するためにも

このKMGBFのターゲット15「ビジネスの影響評価・開示」が、企業にとって重要である、もう一つの理由に「グリーンウォッシュ」の回避に欠かせない、という点があります。

これまで長い間、企業による環境保全といえば、地域や社会への貢献といった、本業のビジネスとはかかわりのない、CSR活動などが大きな要素を占めてきました。

植林を行なったり、ビオトープを作ったりといった活動は、そうした取り組みの典型的な例といえます。

しかし、ビジネス自体を通じた生物多様性への配慮と、サステナビリティの実践に取り組まない企業が、こうした活動を自社の環境活動として発信した場合、これは「グリーンウォッシュ」と見なされるリスクがあります。

30by30に参加している場合であっても、これは同様です。

どれほど日本の国内で植林をやっても、その植林活動が自社の事業活動の拠点あるいはバリューチェーンと関係のない場所であれば、それはTNFDなどの自然関連情報の開示には使えません。

それどころか、原材料を調達する過程で、つまりバリューチェーン上で海外の熱帯林破壊にその企業のビジネスが加担していたら、それは見せかけだけの環境配慮、つまりグリーンウォッシュに相当する、ということです。


こうしたことからも、KMGBFのターゲット15は、企業に求められる生物多様性の取り組みの根幹であることがわかります。

2030年に向けて ~企業に求められる生物多様性の取り組み

SDGs(持続可能な開発目標)や、TNFD、またSBT for Nature(科学に基づく自然関連目標)といったフレームワークによる情報の開示。

これらに関連した、さまざまな環境保全の取り組みは、今や企業のブランドイメージをも大きく左右する要素となりました。

環境保全や環境配慮が、ビジネスやさまざまなサービスの一部として、定着し始める中、これからは、見せかけやイメージだけでなく、実際にその取り組みの実態がどうなっているのか、その中身が、より注目されるようになります。

2030年までの生物多様性の回復「ネイチャー・ポジティブ」と、2050年までの温室効果ガスの排出ゼロを指す「ネットゼロ」を実現することは、国際社会が一つとなり、未来のために達成しなくてはならない、重要な目標です。

そして、さまざまな産品の生産、加工、流通、消費を改善し、持続可能なライフスタイルの確立を導く、産業界のサステナビリティの確立は、そのための一つの重要なカギといえるでしょう。

TNFDなどを活用しながら、企業が自社ビジネスの方針の中で、まず環境についての目標を設定すること。それを実践し、情報を開示することは、その最初の一歩となる取り組みです。

日本でもネイチャー・ポジティブへの注目が高まり、取り組みを進める企業が増えるのは歓迎すべき流れです。

WWFはKMGBFの達成に向けた取り組みの一つとして、生物多様性の保全と回復に貢献する、ビジネスと金融の在り方を追求し、その実現を働きかけていきます。

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