© Ranjan Ramchandani / WWF

これを読めばトラ博士?!絶滅危惧種トラの生態や亜種数は?

この記事のポイント
トラとは、アジア大陸に分布するネコ科最大の動物です。トラは古来より、アジアの文化の中で力や威厳の象徴として、さまざまな形で親しまれてきました。トラが生息していない日本でさえ、それは変わることはありません。現在トラは、世界的に絶滅が心配されている動物の一種です。
目次

20世紀初頭、10万頭が生息していたといわれるトラは、現在約4,500頭前後にまで減少しました。トラはかつては、毛皮やトロフィー(動物の頭部を剥製にした壁飾り)、大物撃ち(大型の動物を狙ったスポーツ・ハンティング)を目的とした狩猟の犠牲になり、現在は、漢方薬の材料にすることを目的とした密猟と、大規模な生息環境の破壊に脅かされています。

生態系の頂点に立つトラを守る

1970年代にインドで行なわれた トラの保護活動「オペレーション・タイガー」は、WWFが手がけた初めての大型プロジェクトでした。

その後、WWFは保護区の設立や生態調査など、トラの各生息国において、さまざまな活動を展開。違法な野生生物取引に関する調査や監視活動、自然保護区の整備やレンジャーの育成、各国政府による保護政策への支援などに取り組んできました。
これらの活動はいずれも、トラだけでなく、トラがすむ地域の自然や、他の野生動植物を保全する取り組みとして行なわれ、多くの成果をあげています。

しかし、トラの密猟や密輸は絶えることなく起きており、生息環境の破壊も続いています。
WWFは現在も、世界各地で、トラを絶滅から救うと同時に、生態系の頂点に立つこの動物の保護を通じて、その生息地の自然環境を広く保全する取り組みを行なっています。

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トラの生態

トラは現存するネコ科では最大の動物で、かつてはアジアに広く分布していました。現在の生息域は、中国北部やロシアなどの亜寒帯、インドやベトナム、マレーシア、インドネシアなどの熱帯から亜熱帯に及びます。また、生息環境も密林や湿地、マングローブ、サバンナや標高3,000m以上の高山まで、地域によってさまざまで、多様な環境に適応しています。
すむ地域によって、体の大きさや体毛の長さなどに違いがみられますが、生息環境の相違によるものと考えられます。

基本情報

分類
食肉目 ネコ科
学名
Panthera tigris
寿命
約15年
繁殖
3~4歳で繁殖可能。一回の出産で、平均3~4頭の子を産む。
サイズ
頭胴長:平均で140cm~280cm
体重:90㎏~306kg (亜種による個体差あり)
生息地
熱帯雨林、マングローブ、北方林(タイガ)など
個体数
2,608~3,905頭 (推定(成獣のみ)IUCNレッドリスト 2022年版)
食物
イノシシ、シカ、スイギュウなど
レッドリスト
EN=絶滅危惧種

多様な環境に適応

トラは、チーターやライオンと異なり、草原のような視界の開けた場所で見られることは滅多にありません。熱帯林、北方林、背丈の高い草むらなど見通しの悪い場所に多く生息しています。トラの縞模様は、茂みなどに身を隠す際、体の輪郭をぼやかす効果があるといわれています。

しかし、トラの生態は今も多くが謎に包まれています。特に、東南アジアの熱帯林に生息するトラなどは、調査が非常に難しいため、個体数を含め、不明な点は少なくありません。今後の保護活動を推進してゆくためにも、トラの生態や分布域、個体数の調査は、継続して行なっていく必要があります。

© Antonio Olmos / WWF-UK

生態

暮らし

トラは、母親と子どもは共に生活をしますが、基本的には単独生活を送る動物と考えられています。オスとメスはともに縄張りを持ちますが、行動圏は大きく異なります。オスはとりわけ広く、しばしば複数のメスの行動圏と重なる行動圏を持ちます。メスは、獲物となる生物の量の多い所を中心に比較的狭い範囲で縄張りを持ち行動します。これは、母親が子どもを養うために、定期的に子どものところへ戻る必要があるからです。それに対し、オスの行動圏はメスの3~4倍、亜種によってはそれ以上の広さを持つといわれています。これはオスにとって、メスに接近することが大きな目的の一つであるためと考えられています。

繁殖

トラは3~4年で成獣になります。繁殖期は、ロシアのような北方では冬、インドでは雨季明けに訪れますが、インドネシアなどの熱帯では一年中繁殖します。妊娠期間は約100日。1回の出産で産まれる子どもは3~4頭で、体重は約1kgです。子育てはメスが行い、オスが直接携わることはないとされています。生後4~8週間たつと、子どもは、母親について歩けるようになります。授乳期間は3~6カ月で、生後1年半ほどの間は、子どもは母親から食べ物を与えられ、育てられます。その後、子どもは母親の縄張りを離れ、次第に自分の行動圏を確保するために独立していきます。

狩り

トラは単独で狩りをし、獲物がくるのを待ち伏せするよりも、積極的に探し回ることの方が多いようです。一晩の狩りで10~20kmを歩くことが普通ですが、狩りの成功率は低く、10回に一回くらいしか獲物を倒せません。
トラは長距離走ることが得意ではなく、狙った獲物の位置を突き止めると、茂みを利用しながら、獲物に20m近くまで接近します。獲物との距離が十分縮まったところでトラは突然獲物に向かって跳び出し、特に発達している前あしと肩の筋肉、そしてするどいかぎ爪を使い、獲物をしっかりと押さえ込みます。
トラの美しい縞模様は、獲物に忍び寄ったり草などに潜んで待ち伏せするときに体の輪郭をぼやかす効果があるといわれています。

トラは、小動物から、大型動物まで、地域に生息するあらゆる動物を捕食します。メス1頭の場合、8日に一回程度の割合で大型動物の狩りに成功すれば足りるとされています。大型動物を捕らえた場合、トラは獲物の周辺にとどまり、骨と皮になるまで時間をかけて食べつづけます。

© Souvik Kundu / WWF

トラの亜種

トラには、いくつかの亜種が知られています。亜種とは、種に準じた生物学上の分類です。同じ生物種でも、生息する地域や環境によって、身体的な特徴などに違いが出る場合、亜種という形で分類します。

アジア広く生息するトラも、あくまで1種の野生動物ではありますが、地域や生息地の環境、生態によって、複数の亜種に分けられています。

トラはながらく、8ないし9つの亜種に分けられていました。
シベリアトラやベンガルトラといった呼称は、この亜種ごとに付けられた名前です。

しかし最近は、大陸の亜種を一つとしと、これにスマトラ島など島嶼に分布する亜種を加えた、大きく2つの亜種にわける分類が採用されるようになっています。

生息地域ごとに見られるトラの特徴

ベンガルトラ
生息地:インド亜大陸(スリランカを除く)
特徴:全体的に赤黄色、または褐色。耳は外側は黒く、白斑があり、内側は白い。 毛は短く、冬でも2cmほどしかない。縞は他の亜種と比較すると少ない。
全長:雄-2.7~3.1m/雌-2.4~2.65m
体重:雄-180~258kg/雌-110~160kg
シベリアトラ(アムールトラ)
生息地:中国東北部、ロシア沿海地方のアムール川流域(北朝鮮北部にも残存説あり) 特徴:現存ネコ類の中で最大といわれる。冬毛は赤みがかった黄色。夏毛は冬に比べて赤みが強い。体毛は長く、厚い。
全長:雄―2.7~3.3m/雌-2.4~2.75m
体重:雄-180~306kg/雌-100~167kg
アモイトラ
生息地:中国華南地方 (野生では絶滅した可能性が高い)
特徴:かつては中国南部に広く分布していた。毛皮は赤みがかった黄土色。腹部は他に比べて明色。縞は幅が広く、短い。
全長:雄-2.3~2.65m/雌-2.2~2.4m
体重:雄-130~175kg/雌-100~115kg
インドシナトラ
生息地:インドシナ半島
特徴:ベンガルトラよりも小型。毛色はアモイトラよりも明色で、ベンガルトラよりも暗色。縞は太く、数が少ない。
全長:雄-2.55~2.85/雌-2.3~2.55m
体重:雄―150~195kg/雌-100~130kg
マレートラ
生息地:マレー半島
特徴:インドシナトラと同亜種とされていたが、遺伝子調査の結果、2004年に別亜種とされた。
全長:インドシナトラに近いと考えられる
体重:インドシナトラに近いと考えられる
スマトラトラ
生息地:スマトラ島(インドネシア)
特徴:スマトラの熱帯雨林に生息する。ベンガルトラよりも小型で縞模様の間隔が狭い。ほおの毛は長いが、首のたてがみは短い。
全長:雄-2.2~2.55m/雌―2.15~2.3m
体重:雄-100~140kg/雌-75~110kg
カスピトラ
生息地:中央アジア地域、ヒルカニア地方(カスピ海沿岸周辺部)
特徴:ベンガルトラよりも小型で縞模様の間隔が狭い。ほおの毛は長いが、首のたてがみは短い。古くからヨーロッパでトラとして知られていたのは、このカスピトラといわれる。
全長:雄-2.7~2.95m/雌-2.4~2.6m
体重:雄-170~240kg/雌-85~135kg
バリトラ
生息地:バリ島(インドネシア)
特徴:トラの亜種中、最小といわれていた。1940年代に絶滅。
全長:雄-2.2~2.3m/雌-1.9~2.1m
体重:雄-90~100kg/雌-65~80kg
ジャワトラ
生息地:ジャワ島(インドネシア)
特徴:縞が細く、小型。1980年代に、生息地の熱帯林の減少や狩猟によって絶滅した。
全長:雄-2.48m/雌- 記録なし
体重:雄-100~141kg/雌-75~115kg

トラの個体数

トラは熱帯雨林からサバンナに至る、さまざまな自然環境の中で生きる野生動物です。20世紀の初め、トラは世界に10万頭が生息していたといわれていますが、今日では、約4,500頭前後の野生のトラが生き残っているのみと推定されています。

推定総個体数

4,485頭
3,140頭(成獣のみ)

(IUCNレッドリスト 2022年版)

国別の推定個体数

バングラデシュ 114
ブータン 103
カンボジア 0
中国 20以下
インド 2,967
インドネシア 393
ラオス 0
マレーシア 100以下
ミャンマー 22以上
ネパール 235
ロシア 386
タイ 145-177
ベトナム 0

出典:IUCN 2022、National Survey 2004~2020

常夏のメコン地域と、毎年冬には雪に包まれる極東ロシア…どちらの地域にもトラは暮らしています。
地域によって個体数を調べる方法も違います。

© WWF-Indonesia / Saipul Siagian

トラの分布域

トラは20世紀の初めまで、アジア大陸に広く生息していました。しかし、その生息域は100年間で9割以上が失われ、トラは減少の一途をたどってきました。現在も、トラの生息する自然環境は、残された場所の多くで、危機に瀕しています。

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失われ続ける生息域

森が開発などで失われ、人里が森の奥まで広がると、人とトラの接触や衝突が起きるようになります。このことは、危険な動物とみなされたトラの駆除を増やすだけでなく、密猟の機会も増やすことにつながります。こうして同時に進む自然破壊と密猟は、トラだけでなく、さまざまな野生動物を各地で深刻な絶滅の危機に陥れてきました。

▲100年前のトラの生息域(推定)

現在のトラの分布域

現在、インド亜大陸にはベンガルトラが、極東ロシアの針葉樹林にシベリアトラが、中国南部の亜熱帯~温帯の森林にアモイトラが、スマトラの熱帯林にスマトラトラが、そして、ミャンマーからベトナムにかけての熱帯林にインドシナトラが生息しています。

各国にあるトラの生息地は、大小さまざまですが、そのほとんどは相互につながりをもっておらず、将来的にはトラが生き残れないような、分断された生息地になっています。
このことは、食物などの不足や、近親交配による遺伝子の劣化を引き起こすおそれがあるため、保護の上でも大きな問題です。

出典:IUCN, IUCN Red List of Threatened Species. (2009-2014).


インド亜大陸

インド亜大陸を主な生息地とするベンガルトラは、インド、バングラデシュ、ネパール、ブータン、ミャンマー西部に分布しています。

インド&バングラデシュ

インド亜大陸の中で、トラの分布域として特に重要なのは、インドとバングラデシュにまたがるガンジス川河口のスンダーバンズです。ここにはマングローブに覆われた、1,000平方キロにおよぶ広大な大湿地帯が広がっており、両国がそれぞれの領土を国立公園に指定しています。これを一つのまとまった保護区としてみると、スンダーバンズは世界最大のトラの生息地になります。

ネパール

インドとの国境にまたがるチトワン国立公園、バルディア国立公園とスクラ・パンタ野生生物保護区、パルサ野生生物保護区に主に生息しています。ヒマラヤ山脈のふもとに位置するブータンには、トラの生息に適した環境が多くありませんが、わずかながら生息が確認されています。

東南アジア

ミャンマーからベトナムにかけて広がるインドシナ半島一帯は、インドシナトラとマレートラの生息地です。また、スマトラ島には島の固有亜種スマトラトラが生息しています。これらのトラの生息環境である熱帯雨林は、調査が非常に難しく、今も分からないなことが多いため、推定個体数にはかなりの幅があります。しかし、各地で熱帯林の伐採が進んでいることから、深刻な個体数の減少が起きていると考えられています。

ミャンマー

内政の混乱により、ミャンマーでは長い間、トラの生息状況などに関する調査や管理が行なわれてきませんでした。現在も実際にどのくらいの数が生息しているかよく分かっていません。

タイ

西部の山岳林を中心とした保護区に、トラが生存しています。深い森に生息しているため、精密な調査が難しく、正確な個体数はわかりませんが、いずれも数は多くないと考えられています。それでも、保護活動が安定して行なわれているタイは、インドシナ半島では最大のトラの生息地となっています。

ベトナム

ベトナムは20年ほど前まではトラの重要な生息国でした。しかし、その後の経済発展に伴う開発の進行や、密猟などにより、現在は絶滅してしまったと考えられています。

カンボジア

ベトナムと同様、かつては重要な生息国の一つでしたが、長年にわたる内戦の終結後、復興と開発が進む一方で、十分な調査や保護が行なわれてこなかったため、野生のトラは絶滅したと考えられています。一部では再導入(飼育個体を野生に還すこと)の試みもなされていますが、まだ成功はしていません。

ラオス

かつては、トラが広く生息していたとみられていますが、国内の政治的混乱などが長く続いたため、生息状況についてのくわしい調査や、国際協力による保護活動が行なわれてきませんでした。 さらに、国の混乱が収まった後の経済復興と大規模な開発により、生息環境が広く消失。現在は野生のトラの生存は確認されていません。

マレーシア

マレー半島の熱帯林にはマレートラが生息しています。しかしその数はわずかで、絶滅が心配されています。主な生息地は、国内最大の保護区であるタマン・ネガラ国立公園。この場所の他にも、合計数万平方キロに及ぶ野生動物保護区や森林保全地域がありますが、個体群は分断されています。開発が困難な山岳地には、比較的森が多く残っていますが、平地部では危機が深刻です。

インドネシア

インドネシアにはかつて、3つの島に、それぞれトラが生息していました。しかし、20世紀の100年間に、ジャワ島に分布していたジャワトラと、バリ島に分布していたバリトラは絶滅。残されたスマトラ島のスマトラトラも、熱帯林の深刻な破壊によって、絶滅寸前の危機にあります。しかも、生息地の各地で、森の分断と、人間との衝突、そして密猟の脅威にさらされています。

東アジア

中国

かつて中国にはかなりの数のトラが生息していました。黄河以北の北東部にはシベリアトラ、長江流域にはアモイトラ、南部国境地帯にはベンガルトラやインドシナトラが生息していました。しかし、今日生き残っている野生のトラは、ほとんどいないと見られており、まさに絶滅寸前の状況です。 華南に生息するアモイトラについては、1990年の調査で足跡や掻き傷などが湖南、広東、江西、福建省の11カ所の保護区で見つかり、20~30頭ほど生き残っていると推定されました。しかしその後、確実な記録は途絶え、野生の個体は絶滅した可能性が高いとみられています。 一方、北東部に生息していたシベリアトラについては、北朝鮮国境付近の長白山脈や、ロシアとの国境付近に生息が確認され、保護区の設立やパトロール強化により個体数が増加していると考えられています。

ロシア

ロシア沿海地方のシホテ・アリニ山脈を中心に、シベリアトラが生息しています。1996年の調査では個体数が500頭以下という結果がでていますが、その後の保護活動により個体数は微増。 保護区もシベリアトラが生息するシホテ・アリニ、ウスリー、ラゾフスキー、中国との国境付近や、ウラジオストックのケトロパヤ・パジ保護区など、既存の保護区に加え、新たな保護区も設立されています。しかし、密猟の脅威は今も続いており、一方でトラの生息範囲が広がってきたことで、人との間での遭遇事故が多発するなど、新しい問題も生じています。

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トラを脅かす問題

トラは20世紀初頭、世界におよそ10万頭いたと考えられています。しかし、現在では、バリ島、ジャワ島、カスピ海沿岸などではすでに絶滅しており、その他の地域でも生息地が狭められ、数も激減しました。

© Ranjan Ramchandani / WWF

減少の要因

トラはその美しい縞模様の皮のために、毛皮や壁掛け、絨毯などに使われてきました。ファッションや、上流階級の人々の地位や権力を表わすためにトラの皮は一時多くの需要がありました。また、漢方薬にすることを目的とした、トラの骨などを取るための狩猟も、さかんに行なわれてきました。

1975年、ワシントン条約によって絶滅の危機に瀕する動植物の取引が規制されるようになりましたが、今も密猟は無くなっていません。現在起きている深刻なトラの密猟は、主にアジア地域で使われる漢方薬の需要に、大きな原因があります。

ハンティング

1930年頃まで、インドではトラ狩りが頻繁に行なわれていました。特に、当時の植民地時代には、イギリス人や上流階級の人々による狩りが多く行なわれていました。これらの狩は、トロフィー(動物の頭部を剥製にした壁飾り)を競う、いわばスポーツのようなものでした。当時は特に狩りを規制する法律もなかったため、多くのトラが殺されたといわれています。

現在は、トラの生息国では、トロフィーを目的にした狩猟は禁止されています。しかし、インドをはじめ、トラが生息する各国で行なわれてきた、毛皮などを目的としたハンティングは、トラの個体数を大幅に減少させる、大きな原因になってきたと考えられています。

生息地の減少

1940年から1980年にかけてアジアの各地では、トラの生息環境が劣化・減少しました。インドでは農地開発、スマトラ島ではアブラヤシのプランテーション(植林)のために広大な森林が次々と伐採されました。

森林が減少すると、そこに生息する多くの動植物が減少し、それによりトラは食物を見つけることは困難になります。そして、家畜や時には人を襲うようになり、トラと人々の衝突が起るようになりました。害獣とされて毒殺されたり、銃殺されるケースも少なくありません。

また、人口が増加し、トラが生息していた地域に、集落やプランテーションが作られることによって、生息地が分断されると、少ないトラの個体数の間で交配が繰り返されるため、遺伝子の多様性を喪失させるため、産まれる子の数の減少や、生き残る確率の低下を招くことにつながると考えられています。

トラの生息地は今、人口の増加や開発の拡大によって、またそこから派生するさらに多くの問題によって、急激に失われつつあります。現在、トラが生息できる環境は、人口の少ない地域や、管理の行き届いた国立公園のような豊かな自然が残る、限られた場所にしか残されていません。

薬としての需要

多くの国で、トラの取引が違法とされる現在においても、生息国の各地では、密猟は起きています。漢方薬などの伝統的な薬剤の原料とされるトラの骨や体の部分は、高価な値段で取引されており、トラが減少する主要な原因となっています。1970年以降、東南アジアの経済発展に合わせてその需要は増加。さらに、トラが使用されている薬はアジアだけにとどまらず、ヨーロッパやアメリカ合衆国など、アジア人の活動する場に広く出回っています。

漢方薬などの伝統的な薬剤として使われる体の部分

  • 脳...吹き出物、にきび
  • 眼球...癲癇(てんかん)
  • ひげ...歯ブラシとして加工される
  • 骨...体力回復、しびれ
  • 雄の生殖器...強壮剤
  • 尾...皮膚病

トラの体の各部分は、アジアで1000年以上も前から薬として使われてきました。また、薬としてだけでなく、お守りとしても崇められてきました。トラがお守りや病気に効力を持つとする文化は、アジア各地に古くから見られるものです。

現在、漢方薬などの原料として、トラの需要がどれだけあるのかは、明らかではありません。しかし、1995年にはインドだけで115頭のベンガルトラが密猟されました。今も、薬の原料とすることを目的とした密猟は、世界中でトラを絶滅に追いこむ、大きな要因になっています。

日本とのかかわり

日本はかつて、トラを使用した医薬品を多く輸入し消費する、世界でも最大級の市場の一つでした。

中国は1993年、日本に対するトラの骨の医薬品の輸出を禁止しましたが、日本国内では、その後も小売業者が在庫を売ることが合法的に認められていました。また、1993年に中国からの輸入が禁止された後も、新たにトラの医薬品が日本に持ち込まれている可能性があることが、トラフィックの調査により明らかになっています。

また、観光客などがトラの骨を海外(中国、香港、マレーシア、タイ)で購入しており、手荷物の一部として日本に持ち込むケースも多くありました。これは、ワシントン条約によって禁止されている行為ですが、日本ではなかなかその取締りが十分にできていません。

WWFとトラフィックは、この現状の改善を求めて日本政府に働きかけ、署名活動や市場調査など、さまざまな取り組みを行なってきました。そしてその結果、2000年4月に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)が改正され、トラを使用している医薬品の、国内での製造、販売が全面的に禁止されました。

しかし、現在もアジアだけでなく、ヨーロッパなどでもトラを利用した医薬品が使われていると言われ、その需要がトラの密猟を後押ししています。トラを脅かす密猟の問題は、トラが生息する国だけでは解決できない問題なのです。

© Richard Barrett / WWF-UK

トラを絶滅から救うために

現在、世界中の人間のさまざまな活動が、トラを絶滅の危機に追いやっています。その大きな理由の一つは、漢方薬の需要に基づく虎骨の取引です。特にその消費国のアジアの国々は、国の法律やワシントン条約に基づいた取引や売買を禁止し、税関や警察に技術的援助を行うことも大切です。さらに、トラを使った漢方薬に替わる薬をみつけ、利用者に広めていく必要があります。

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今何が必要か

現在、国際的にも高まってきたトラ保護を求める声は、トラの生息国に対して十分な保護を求めるだけの大きな力になっていますが、各国で取り組まれるべき、法律の強化や国境付近の資源管理、また、密猟や密輸に対する取り組みは、決して十分とは言えません。
これらの国々の多くは、国際市場での農産物価格の低下などによって経済が悪化しており、負債が増加しているからです。そして、このことが、トラの保護に関しても悪影響を及ぼしています。

世界経済における環境保全という視点をより強くするべく改革を行い、トラの生息国である途上各国と、豊かな先進国との間にある資金の巨大な流れをかえることも、長期的な保護活動の実現を確実なものにするためには必要なことです。

地域レベルでの行動

トラを保護するためには、トラが生息する地域の住民の要望にも応えられるような、保護プログラムの実践が必要です。
インドやネパールでトラの保護管理に長く携わってきた専門家や科学者たちは、国立公園や保護区の制度は、地域の人々にも利潤をもたらすものでなければ、いずれ崩壊してしまい、トラの保護も成功しないだろうと、指摘してきました。

保護区近隣や保護区内に住み、先祖の代からトラの生息地を利用してきた住民たちのことも十分考慮しなくてはなりません。そうしなければ、トラと人間の間で起きる衝突の問題は解決せず、また、さらにトラの生息地は違法伐採などによってさらに狭められてしまうでしょう。

1 地域住民への配慮

野生生物の保護や、持続可能な社会づくりは、その地域に関わるさまざまなレベルの、あらゆる関係者が参加しなくては達成できません。トラの生息する森林を保全する場合も、その森の資源で生計を立てている地域住民の努力と、積極的な関与が必要とされます。また、生息地の管理方法を開発するためには、自然資源管理グループや地域の団体、女性団体、資源管理組織など、地域を関連機関や団体を通じた活動を行ない、関心を高める必要があります。

2 資源保護の技術

自然資源を保全するために、伝統的、現代的な農業の現場において、また河川流域や森林の管理に際して必要とされる、幅広い技術を身に付ける訓練が行われています。自然資源を持続的に利用する技術を手に入れ、なおかつそれを利用する権利や、適切な報酬が得られるようにすることは、地域の人々が自主的に周囲の環境を保全しようと心がける、最初の基盤です。これらのことを実現してこそ、森林を蘇らせ、トラに与える影響をより少なくする農業の生物学的手法を確立することができます。しかし、それまでには、長い時間がかかります。

3 外部機関の利用

NGOや政府、銀行などの機関は、保護活動に資する地域住民の能力向上を支援する力を持っています。地域社会の持つトラの保護への関心も、それを実行するだけの技術や能力がなければ、そして、生活を支えるだけの報酬が得られないのであれば、環境を守ろうとする努力や、活動への関心は薄れてしまうでしょう。資源の不足や貧困は、違法な森林伐採や野生生物の密猟を引き起こす大きな原因になります。

新しい関連機関の設立や、既存の機関の強化につながる計画の施行、監視や評価活動に参加する人々の取り組みに、保護活動の成否はかかっています。また、現代の科学技術の発展とは別のところで、各地の伝統的な知識から方法を学ぶことも、保護活動に役立つということを忘れてはなりません。

トラの生息地とその被食動物の保護

各地にあるトラの生息地周辺では、生計を立てるために牧草地が耕作地に転換されたり、過剰な土地利用によって土壌の劣化が起こりました。その結果、家畜は痩せ、土地の生産性は低下。また、過剰な森林伐採の結果、燃料用や建築用の木もなくなり、収入源も限られるようになりました。こうして荒廃した保護区内の土地では、地域住民が中となった自然資源の再生が必要とされています。そして、そのためには、政府の専門機関や民間の自然保護団体などが、協力や支援を惜しまず、持続的な資源の利用を実現しながら、環境の保全をめざしてゆかねばなりません。その計画には健康教育や医療設備の充実も含まれるべきでしょう。

トラを保護するためには、トラはもとより、その食物となる動物たちが生息する、地域の自然を守らねばなりません。そのことは、トラを頂点とする生態系を広い視野で捉え、保全してゆくことを意味しています。

コリドー(緑の回廊)の設置

生息地が分断されて孤立し、わずかな個体数しかいない個体群では、必ず近親交配による遺伝子の劣化が起きます。これを防ぐためには、獲物となる大型の動物が生息する、広い生息域を保全し、維持してゆかなければなりません。しかし、多くの場所では、トラの生息地と人間の生活圏が隣接していたり、交錯しているので、現在ある保護区を拡大することは困難です。そこで、生息地と生息地、保護区と保護区の間に回廊(コリドー)を設けることで、分断された個体群の生息エリアをつなぎ、そこを通って一頭でも多くのトラが行き来することで、遺伝子の多様性を保っていく必要があります。長期的には、これらの取り組みが、トラの個体数の安定につながることが期待されます。

普及・環境教育

自然資源の持続可能な利用と開発に際して重要なのは、教育です。これは地域全体を対象にしたものと、地域外、たとえば都会の居住者などに焦点を当てて行うものとが重要です。外部者への普及・教育活動は、その人が保護区を訪れ、動植物の美しさに触れ、生態系の機能について知ることで、世論の関心の高まりを喚起することにつながります。
そしてこのことは、地域の人々の保護活動への参加を促し、自分の身の回りの自然に対して誇りを持つことにつながります。

また、外部者が訪れるエコツアーのような方法は、そこからあがる収益を、保護区の管理や維持を行っている地域に還元することが理想です。今日、実際に野生のトラを見る機会に恵まれている保護区はごくわずかしかありません。そしてこれらのゾウやサイ、珍しい鳥などを見ることは、観光客を呼び集める大きな要因になっています。それらの動物の存在を普及や教育に活かす事も、保護活動の重要な要素なのです。

各国での行動

トラとその生息地の保護を行なってゆく際に、きわめて重要な点は、トラが生息するそれぞれの国が中心となって、積極的な取り組みを行なう必要があるということです。しかし、各国に生息するトラは、現在の法のもとで、手厚く保護されているとは言いがたい状況に置かれています。生息国の中には、トラをはじめとする野生生物の保護に関する法律の整備が行き届いていなかったり、法律があっても十分に機能していないところが多くあります。これらの国々では、法律を改正したり、施行のための体制を整えたり、また新たに法律を作る必要があります。

また、地域レベルでの保護活動を続けるためには、トラの保護を実現する上で適切な活動の範囲、政策、方法を政府が導入し、実施を支援する必要があります。自分たちの資源の管理が許可されている個人や地域を補償するといった、土地の権利や森林産品使用の権利を改善することもできます。各国の政府は、保護区周辺、または保護区内の地域社会が協力して取り組みあたることを実現させることができます。このような協力した保護活動や、共同で行なわれる資源管理によって、地域住民の生計とトラの保護を両立させることができるのです。
政府は、木材分野に限らず、資源の効率的な利用を促進させる経済政策を導入し、トラが生息している環境を違法に破壊する者に罰則を課すことができます。

こういった政策を実現する上で、時には国家の機関自体を改善する必要がある場合もあります。多くの国は、政府部局、大学、企画作成組織は中央集権的な構造を持っています。そのため、地域の状況を正しく把握しきれないケースもしばしば見受けられます。自然資源や保護管理を実現する際、政府が地域社会にも権限を与え、効果的な運用を可能にするためには、保守的かつ官僚中心的な体質を変えない、限り困難がつきまといます。そして、これらの体質が変わらなければ、トラやその生息地の存続を脅かす密猟や、地元住民との摩擦は、絶えることはないでしょう。

国際的な保護行動

政府をはじめとする国際社会の意思決定機関が、トラの保護の必要性を認めない限り、地域社会がどれほど保護活動を展開しても、効果は出ません。ワシントン条約に加盟していないトラの生息国であるブータンやカンボジア、ラオス、北朝鮮、ミャンマーといった国々は、早急に条約に加盟することが望まれます。

130カ国以上が加盟しているワシントン条約は、トラやその製品の国際的な商業取引を禁止していますが、この決議が実際に効果をあげるかどうかは、この決議に対応した各加盟国の法律の整備や法の施行にかかっています。また、消費者として関わっている、生息国以外の国々にも、大きな責任があります。

国境を挟んだ地域にトラが生息しているようなケースでは、一方の国の保護活動が、他の近隣諸国の活動と調和しておらず、結果的によい進展が見られないこともあります。逆に、1994年のグローバルタイガーフォーラムの設立は、国境を越えた協力体制を生み出しました。トラの生息国がもつ財源は非常に限られていますが、EU、アメリカ、日本など経済的に恵まれた国々は、世界の財産であり豊かな自然の象徴でもあるトラを保護できる十分な人材を育成するために、財政と技術を支援することが求められています。

WWFは各国政府や研究者、地域の人々との協力のもと、各地で持続可能な資源の利用を推進しながら、トラが生き続けることのできる自然環境の保全をめざし、現在も活動を行なっています。


トラ保護の歴史 ~オペレーション・タイガー

ベンガルトラの危機

1969年のIUCN(国際自然保護連合)第10回総会で、「インドを中心に分布しているベンガルトラが急減している」という報告がなされました。報告をしたのは、インド、デリー動物園のディレクター、カイラシュ・サンカラ氏でした。サンカラ氏はIUCNの総会で他の保護活動家と共に、ベンガルトラの危機的な状況を強く訴え、ベンガルトラをレッドデータブックに記載するよう求めたのです。20世紀初頭、インドに4万頭いたベンガルトラは、この時2,500頭にまで激減していました。

その後まもなく、インド政府はトラの狩猟を禁止。他の国もそれに続きました。しかし、1972年に、インド国内で行なわれたトラの個体数調査の結果は衝撃的なものでした。インドに生息するトラの個体数は、予想を大幅に下回る2,000頭以下になっていたのです。
この調査結果を受け、WWFはトラを絶滅から救うのための大規模なプロジェクトを開始しました。

インドでの挑戦

1972年、WWFの創設者の一人であったガイ・マウントフォートは、インド、バングラデシュ、ネパールの各国を訪れ、政府関係者にトラの保護政策を実施するよう要請しました。

このマウントフォートの要請に最初に応えたのが、ベンガルトラ最大の生息国であるインドでした。当時のインド首相インディラ・ガンジー女史は「このインドで最も美しい動物、トラを犠牲にしてまで、我々は利益を追求しようとは思わない」と宣言し、直ちに政府として、トラ保護活動「プロジェクト・タイガー」に取り組むことを発表。すぐさま首相直属のトラ保護のための特別機関を組織しました。

インド政府が最初に取り組んだことは、トラの保護区を設定する作業です。そして、それぞれの保護区に人の利用を禁じる地域と、規制のもと利用が許可される緩衝地帯(バッファー・ゾーン)の設置に取り組み始めました。

WWFは、このインド政府の取り組みに対し、100万USドルの支援を決定。過去に例を見ない、大規模な保護作戦「オペレーション・タイガー」を発動し、インド政府と共に、トラの保護活動をスタートさせました。

このプロジェクトのオフィサーに任命されたのが、IUCN(国際自然保護連合)の種の保存委員会キャット・スペシャリスト・グループ(各国政府や、生物・生態・種の保存に携わるNGOに助言を行う国際的な専門家機関)のピーター・ジャクソン博士です。この「オペレーション・タイガー」は後に、インド周辺の国々にも、その規模を拡大してゆくことになります。

インドで新しく設立される保護区には、竹林やサバンナ、マングローブのある沿岸の森林など、様々なタイプのトラの生息地が選ばれ、最終的には、23カ所の保護区が新設されることになりました。しかし、それはインドにとって大きな痛みを伴うものでもありました。このプロジェクトの実施によって、インドが失った森林産業収入は、1,400万USドルにのぼったといわれています。しかし、この取り組みは後に、ベンガルトラを絶滅寸前の危機から救う、大きな価値あるものとなりました。

世界中からの支援

インド以外の国でも、WWFは「オペレーション・タイガー」を通じ、さまざまな取り組みを行ないました。

バングラデシュでは、新たに3つの保護区が設定されたほか、国立野生生物局が設立され、シェイク・ムジバール・ラーマン首相(当時)は5年間の森林製品産出の凍結と、トラの狩猟の全面禁止を打ち出しました。
また、ネパールでは3つの保護区が設立され、WWFとアメリカのスミソニアン研究所の協力により、それまで行なわれてこなかった、さまざまな調査や研究が実施されました。

さらに、これらの取り組みを支援するため、世界の各国で募金活動も行ないました。この呼びかけに応え、世界中から集められた募金は、オペレーションの開始後わずか3年間で180万USドルにのぼりました。その大半は、欧州8カ国で子どもたちが中心になって行なった、トラ保護のためのキャンペーン活動で集められたものでした。

その後も、世界各国からトラ保護のための支援金がWWFに寄せられ、その総額は、開始から28年の間に2,900万USドルにのぼりました。WWFはこの支援をもとに、他の国際機関やNGOと共に、トラの直接的な保護活動や、トラやその食物となる動物の生息地の保全といった間接的な保護活動にあてました。

試練は続く ~人間とトラの間で

1983年、インドのトラの個体数はそれまで確認されていた2,000頭から3,015頭へと50%回復しました。ネパールでも300頭にまで回復、バングラデシュでは減少が止まり、極東ロシアでもこの時、わずかながらシベリアトラの個体数増加が確認されていました。

しかし、その一方で、WWFをはじめとする関係機関の懸命な保護活動にもかかわらず、インドネシアでは1980年代にジャワトラが絶滅。イランやトルコなどに生息していた亜種のカスピトラも、WWFの調査では確認できず、1970年代の記録を最後に姿を消してしまいました。また、20世紀半ばには4,000頭がいたとされる中国南部のアモイトラも減少を続けていました。

インドシナトラも減少が心配されていました。この頃、インドシナ半島各地で吹き荒れていた内戦の嵐が、さまざまな調査活動や保護の取り組みを阻み、これらの国々の自然と、そこに生きる野生生物を脅かしていたからです。

オペレーション・タイガーの開始から10年が経った1980年代当時、個体数調査がきちんと行なわれていたのはインドだけで、その他の地域での個体数推定は、決して精度の高いものではありませんでした。

また、インドにおいても、プロジェクトの成功だけが強調され、その他の失敗や残された課題については、目を向けられることがありませんでした。確かに、トラの保護区の設立は、水源となる流域の森を保全し、土壌の侵食が止まり、水資源が守ることにつながったため、地域住民の中には少なからず、その恩恵にあずかった人たちがいました。
しかしその一方では、森の利用が制限されたうえに、野生動物が農作物を荒らすなどの被害を被るなど、利益を得られなかった人たちもまた多かったのです。

1982年、当時、ネパール国立公園野生生物局の生態学者であったヘマンタ・R・ミシュラ氏と、インド野生生物研究所のディレクター、ヘメンドラ・S・パンワー氏は、人間とトラなどの野生生物の間におきる衝突が増えている、という二度目の警告を発しました。
人間と野生生物の双方に利益となるような保護方法を関係国が探し出せるのか、疑問を投げかけたのです。二人は、「トラ保護活動を今後もうまく継続するためには、トラ特別保護区をきちんと管理する一方で、地域社会の利益も確保することが欠かせない」と指摘しました。

 

「保護計画に携わる人たちは、トラ保護区と地元地域の両方を尊重して、トラ保護区と共存していく意味を人々に理解させ、周知徹底しなければならない。さもなければ、発展途上国のトラの保護区制度はいずれ崩壊してしまうだろう」。

危機ふたたび

オペレーション・タイガーの開始からおよそ20年後の1990年代、その懸念は現実のものとなりました。
たとえば、1980年代から、インドのランサムホールでは明らかにトラの密猟が行なわれていましたが、トラの姿がたびたび見られたことや、他の保護地域でもトラが救われているという安堵感が広がったためか、トラが漢方薬に利用されるために殺されているという報告にも十分な対処がなされなかったのです。
その結果、この場所ではトラが壊滅的なまでに減少してしまいました。保護区内の推定個体数は、わずか20頭前後。一時の保護の成功に対する慢心が、再び危機を招くことになりました。

1992年、IUCNの種の保存委員会キャット・スペシャリスト・グループも同じ頃、インド亜大陸だけでなく、アジア南部や極東ロシアでもトラやヒョウが激しい密猟にあっているという警鐘を鳴らしました。
ロシアでは、1991年のソ連崩壊後、財政難から森林や国立公園の管理、そして密猟の取締りが行きわたらなくなり、トラは激しい密猟と生息環境である森林の減少によって、大きな危機に直面。インドネシアやマレーシアでも、1990年代の10年間に、熱帯林が急速に劣化・減少したため、トラの生息環境はどんどん狭められ、密猟や密輸も頻繁に起きています。

2008年12月17日、インド環境森林大臣は、国内のベンガルトラの推定個体数が1,411頭に減少したという、衝撃的な事実を発表しました。1990年代から再び盛んになった密猟や、森林伐採、開発などが、この深刻な危機の背景にはあるとみられています。

これまでに行なわれてきた、全ての取り組みが上手くいった訳ではないにせよ、1970年代に始まったトラ保護活動は、それなりの成果をあげてきました。その取り組みは、各地で絶滅寸前の危機に追い込まれていたトラを、密猟者の手から守り、安心して生きられる生息場所を確保してきたのです。21世紀の初めまで、インドが世界で最大のトラの生息国であり続けてきたのも、その背景に、長年にわたる保護活動の効果があったことは間違いありません。

しかし、その成果が永続的なものであるという保証は、どこにもないのです。
21世紀、 トラの保護活動は、再び大きな課題に直面しています。

トラと、トラがすむ森を守る取り組みをぜひご支援ください

WWFのトラ保護活動

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もしもトラがいなくなったら?

もしもトラがいなくなったら…実は、その問いに答えることは簡単ではありません。 なぜなら、ひとつの生物種がいなくなってしまった場合、生物たちのつながりの中でなにが起こるか正確に予測することはできないからです。

トラのような捕食者がいないと、シカやイノシシの個体数が増えすぎ、彼らの食料である植物が減少し、同じ植物を食料やすみかにしていた昆虫類や小動物にも影響が及ぶかもしれません。 また昆虫類や小動物が減少すれば、今度はそれらを食料としていた鳥やサルといった生物が減少していくうえに、昆虫や小動物に受粉等を手伝ってもらっていた植物類はさらにその数を減らしていくかもしれません。

こうして網の目のように張り巡らされた生物のつながりがひとつ切れてしまうと、連鎖的に様々なことが起こってしまう可能性があるのです。

複雑な生態系のなか生物たちは、食う食われるの関係だけでなく、共生関係にあったり、すみかを提供したりと様々な形で複雑につながりあっています。
一種欠けてしまったらなにが起こるかわからないということの重大さとおそろしさ、そのことに私達は気がつくべきでしょう。多様な生き物たちのつながりそのものを守る、生物多様性を守るとはこのことなのです。

トラの背後にあるもの。
それは圧倒的な広さの森、そしてトラの命を支えるシカやイノシシ、草食動物を支える森の実り、草木の受粉を支える虫や鳥たち…。

トラの存在は、幾重にも重なり合う命のつながりそのものです。もしもトラがいなくなったら… 命のつながりがとぎれてしまうのです。

トラとその生息地の自然を守るために

野生のトラの絶滅を食い止めるため、WWFはいくつかの長期的な保護プロジェクトを展開しています。虎骨やサイ角といった漢方薬に重点を置いた、違法な野生生物取引に関する調査や監視活動、生息地の保全の強化、保護区の管理官やトラと地元の人々の間で起きる軋轢の軽減、地域の自治体を通じたフィールドスタッフや、公園管理官、住民に対する普及や訓練の実施、密猟の防止がプロジェクトのねらいです。

また、トラの生息地以外の国々でも、積極的な支援と協力の呼びかけを行なってきました。1993年「プロジェクト・タイガー」の20周年を記念して、IUCNのキャット・スペシャリスト・グループのメンバーとWWFを含めた世界中の専門家が「グローバル・タイガー・フォーラム」を発足させる署名を行ないました。

この署名には、トラの生息国である14カ国中、中国、北朝鮮、ラオスを除く11カ国が参加し、1994年3月にはニューデリーで初めて、各国政府の高官が集った会合を開きました。さらにWWF主催の1995年3月の会合で、カンボジア、ラオス、ベトナムの専門家が初めて顔を合わせ、トラを救うための地域協定が作成されました。

資金支援については、1993年、WWFオランダがインドシナのトラ保護プロジェクトを支援するため、70万USドルの寄付を集め、WWFイギリスも1995年にインドシナトラおよびベンガルトラ保護の募金キャンペーンを行いました。WWFドイツも同年11月にアムールトラ保護のためのキャンペーンを行っています。

さらに、1998年には、年の干支である寅年に合わせ、WWFは国際的なトラ保護のPRを行ないました。

WWFジャパンも1997年から98年にかけて、国内でトラ保護の呼びかけを行ない、トラ保護や調査のための募金を行なったほか、トラを脅かす密猟の大きな原因となっているトラ骨の日本国内での販売規制を含めた法体制の改正などを求めました。多くの方にご協力をいただいた署名や、政府への働きかけの結果、2000年4月、日本では「種の保存法」が改正され、トラの身体を含めた製品の国内での売買が禁止されることになりました。

© naturepl.com / Anup Shah / WWF

世界各地での取り組み

インド

トラ保護活動と保護区管理

1991年、WWFはイギリスの海外開発庁と協力し、ランサムホール国立公園一帯で、地域の環境開発プロジェクトを支援しました。このプロジェクトは、一般の地域と保護区の間に位置する緩衝地帯(バッファー・ゾーン)で行なわれ、公園近隣の3つの村がその試験的な実施場所に選ばれました。

プロジェクトのスタッフは、人々が暮らす上で公園内の資源を利用しなくてすむ方法を模索し、地域の人々と共に、バッファー・ゾーンの荒廃した自然を回復する取り組みを行なっています。また、このプロジェクトでは、燃料用の薪のための植林や、畜産技術の改良、土壌や水の保全計画、生活のための労働を強いられている女性への支援を行ないました。

また、1994年のグローバル・タイガー・フォーラムでは、WWFはインド政府によるトラ保護活動の新しい取り組みを支援するため、10万USドルの資金提供を行いました。また、長期間に及ぶ保護区プログラムを計画。インドにおけるトラ保護区のネットワーク強化のため、国内の野生生物専門家であるランジットシン博士をコンサルタントとして起用し、様々な活動を展開しました。

1995年から96年にかけて、WWFはインドのマナス、ドュドワ、ランサムホールの各保護区を始めとする特定のトラの保護区を選出し、その各地域で環境開発と保全を両立する提案を実施してきました。その主な活動は以下のような内容でした。

  • 保護区内におけるNGOの監視ネットワークの設立
  • 活動をアピールするキャンペーン活動を行い、メディアの関心を引く
  • 保護区のデータベースの作成
  • 普及や教育活動の実施
  • 政府の政策や保護計画、法律、またその決定に対する助言や提言
  • 保護に関わる人たちの人材育成

インドのトラ保護政策が開始から25周年を迎えた1998年の寅年、インド政府は大々的な保護活動の拡張を発表しました。保護のための予算がほぼ倍額の1100万ドルに増額されたほか、23カ所のトラ保護区が25カ所に拡充されたのです。また既存の保護区についても、地域での取り組みを重視した保護計画が進められることになりました。

WWFが行なったTCP(Tiger Conservation Programme)

WWFは1997年に設立したトラ保護プログラム(TCP:Tiger Conservation Programme)での活動を通じ、インド政府の取り組みを支援しています。このプログラムの部長には、1972年にインドでトラ保護活動の第一歩を踏み出し、以後NGOによる保護活動などを通じて大きな功績を残してきた、ランジットシン博士が就任。以後、このTCPはWWFのトラ保護活動において、最も重要な取り組みとなりました。

TCPの活動は、保護区のみに限らず、トラが生息する地域に広く共通した持続的な利用と保全をめざすものです。この取り組みの中には、各地域での保護計画や、保護区をめぐる中央政府と州政府の間の協力体制を補強する活動が含まれます。

TCPは、特に重要な7つのトラの生息地域に、ラジオや自動車、ボート、そして活動資金を供給し、さらに9つの国立公園に対しても支援を行ないました。また、あまり知られていない生息地についても、保全することで長期的なトラ保護に繋がると考えられる場所については、支援を行なうことにしています。

TCPの主な活動は、次のとおりです。

  • 特に重要なトラの生息域で政府が実施する密猟対策や、調査・保護の上で必要とされる技術を支援すること
  • 違法な取引を監視するトラフィック・インドの活動を強化し、密猟対策のためのネットワークを各地域にも広げること
  • トラの生息地での調査と現状の評価を行なうこと
  • 保護区の管理活動を支援すること
  • 人とトラの間で起きる衝突を減らすこと
  • 保護に携わる人材の育成を支援すること
  • トラ保護に関する広報活動を行なうこと

また、TCPは、トラの調査方法に関するフィールド・マニュアルも作成。さらに、インドのトラ研究機関やトラフィック・インドと共に、野生生物の密輸対策として、インド-チベット国境警察のトレーニングも実施しました。これまでに、TCPが支援してきたインド国内の保護区は、19カ所にのぼります。この他、家畜がトラに襲われた際に、被害に遭った地域住民に対して補償を行なう制度の導入にも協力。この制度は、1998年にスタートしました。

しかし、それでも保護区外の地域では、トラと人間の衝突が続いている場所が多く、根本的な解決が必要とされています。1999年、TCPは、1998年1月から1999年9月までの間にトラに殺された家畜の数は1225頭にのぼると発表しました。

21世紀のインドのトラ保護活動

インドではその後も、インド政府や各国立公園との協力のもと、さまざまなトラ保護活動が展開されました。 インド環境森林省がWWFを含むパートナー団体の協力のもと、2010年に行なった推定生息頭数調査の結果では、1,706頭を確認。過去最低を記録した2006年の調査で、1,411頭とされていた個体数が、回復傾向にあることを明らかにしました。 また2013年8月には、インド北東部のビハール州にあり、ネパールのチトワン国立公園とも隣接しているヴァルミキ・トラ保護区で、 WWFインドは、ビハール州森林局、インド野生生物トラスト(WTI)と協力し、調査用の自動カメラを設置。それまでは確認されていなかった野生動物の生息を確認し、管理が不十分で荒廃していた保護区が回復している傾向を指摘しました。 さらに、インド政府は2014年、 既知の生息地のみならず、その可能性のある地域を含めた18の州、計30万平方キロ以上で、史上最大規模の調査を実施。その結果、2014年時点の推定個体数として、2,226頭という数字を発表しました。

バングラデシュ

ガンジス川の河口、バングラデシュとインドの国境を越えて広がるマングローブの大湿地帯スンダーバンズは、世界最大のトラの個体群が生息する保護区です。ここには、インド側とバングラデシュ側、双方併せて、500頭から600頭以上のベンガルトラが生息していると考えられています。しかし、ここでも、森林の違法な伐採や木材の取引、野生動物の密猟や密輸、過剰な漁業などが起こっており、トラをはじめとする多くの野生生物に危機が迫っています。

これらの問題に対し、WWFはバングラデシュ政府と協力しながら、活動を行なっています。また、2001年には、インドとバングラデシュのトラ保護関連の専門家を集め、保護や調査のための技術向上をめざしたワークショップを開催しました。

ネパール

WWFはネパールの野生生物国立公園省の設立を支援し、インドサイやベンガルトラなどの保護に長く携わってきました。その主な活動は、チトワン国立公園、バルディア国立公園、さらにスカラ・パンタおよびパルサ野生生物保護区などで行なわれました。

1991年、WWFは国立公園野生生物保護局に対してチトワン国立公園、バルディア国立公園でのトラやインドサイの密猟問題対策を支援するプログラムを立ち上げました。アメリカのマッカーサー基金と共に、WWFは密猟対策部隊を保護区内に組織。1995年には、WWFオランダが資金支援を行ない、さらに組織を拡大しました。この組織の編成による取り組みは、のちにパルサ野生生物保護区にも広げられることになります。

また同じく1995年には、国立公園野生生物保護局の後援で第二回ワシントン条約トレーニングと一般への啓発ワークショップが開催されたほか、トラの保護プランに必要な機器の提供や、生息調査を実施したりしたほか、メディアや学校を通じ教育プログラムも実施されました。

しかし、1990年代初頭、チトワン国立公園では、大規模なトラの密猟が起こり、公園西部では生息個体の25%が密猟に遭いました。1995年にチトワン国立公園やパルサ野生生物保護区で押収された虎骨は8件。その大半は完全な骸骨の状態でした。

その後、ネパール政府は保護の取り組みに乗り出し、1993年、村人の通報で35人の密猟者や取引人を拘留したほか、トラフィックと共同で取引の現状調査を実施。WWFも、1990年から1994年にかけて行なわれたこれらの取り組みを支援しました。その結果、一時は個体数の減少に歯止めがかかり、密猟は減少。しかし、完全に密猟や密輸が無くなったわけではなく、継続した取り組みが求められています。

チトワン国立公園

1989年、WWFはネパールでトラ関連の環境保全型開発プロジェクトを開始しました。その最初のフィールドになったのが、インドサイやトラなど、多くの野生生物が生息するチトワン国立公園周辺の森林です。米国国際開発庁(USAID)の援助やマッカーサー基金の支援を基に、野生生物管理トレーニング施設用の場所や機材を選定し、その場所で生活している農民たちとともに植林事業を開始しました。

燃料になるなど実用性が高い固有種7種の若木を数万本と、草が植えられました。原則的に自然資源の利用を禁じた自然保護区と、地域住民が利用可能な周辺の緩衝地帯(バッファー・ゾーン)を分けた国立公園の管理手法は、ネパールでは1993年に法制化され、今に至っています。

この他にもWWFは、ネイチャーコンサーバンシー、世界資源研究所と共に取り組んでいる生物多様性ネットワークの活動を通して、国立公園の周辺に住む約6万人の農家の人々が参加した普及プロジェクトも実施しました。これは各地域で行なわれていた森林保全プログラムの成功を拡大させる試みで、村の人が利用する森林資源の確保や、洪水の防止、そして木材の伐採により劣化した森林をよみがえらせることを目的としたものです。とりわけ、荒廃してしまった1000ヘクタールのバッファー・ゾーンで森林を回復させることは重要でした。

また、このプロジェクトで実施したエコツアーによる利益は、地域住民に還元されたほか、森林保全プログラムの費用に充てられました。プロジェクトは生物多様性ネットワークによって1994~1997年にかけて初期段階の実施が支援され、WWFアメリカも資金支援を行ないました。さらにWWFは、キングマヘンドラ自然保護財団に対しても技術支援を実施しました。

バルディア国立公園

チトワン国立公園と並び、ネパールで最も重要な国立公園が、バルディア国立公園です。WWFは1973年からバルディア国立公園での野生生物とその生息地の保護プログラムを支援してきました。以後、1990年代後半までにWWFはさまざまな支援を行ない、資金の一部は公園内に生息するトラの保護活動や、チトワン公園から同じく絶滅の危機に瀕したインドサイの再導入などに使われました。

また、WWFはキングマヘンドラ自然保護財団やネパールの国立公園局と協力しながら、地域に根ざした持続可能な開発と、生物多様性の保全活動にも取り組みました。

ブータン

狩猟の禁止や、罰金の強化にもかかわらず、90年代のブータンではトラの密猟が無くなることはありませんでした。密猟や生息地の分断・喪失の脅威と戦うため、WWFはいくつかの国立公園を中心とした地域で、トラの保護プロジェクトを支援しました。

1995~1996年に実施した密猟対策プログラムには9万6,000ドルを支援したほか、トラやその食物となる草食動物の調査を実施する森林レンジャー育成のためのトレーニング、フィールドマニュアルの作成などを支援しました。

ロイヤル・マナス国立公園 およびブラックマウンテン国立公園

ブータン国内にあるトラの最も重要な生息地は、インドとの国境付近に位置するロイヤル・マナス国立公園です。ここはインド領内のマナス・トラ保護区と地理的に繋がっており、豊かな生態系が保全されているため、トラは2つの国を行き来しています。さらに、ここに緑の回廊(コリドー)を作り、ブータンで新たに設置された、ブラックマウンテン国立公園にもトラが移動できるようにする計画を立案。トラの生息域の拡大を目指しました。

しかし、ブータン側のマナス国立公園内には、手付かずの森が広く残っているものの、公園周辺では開発や伐採が進んでいるため、楽観はできません。また、周辺にすむ住民とトラとの間に起きるトラブルを防ぐために、トラなどの野生動物が家畜や農作物を食い荒らすことを防除する必要があります。作物の被害が深刻な地域では電気フェンスを設置するほか、住民が農業以外からも収入が得られるよう模索が行なわれ、さらに、ブータン女性連合とともに、女性の起業に対する援助や農家の人々が低金利で受けられる融資の整備などが実施されました。

WWFは世界各地から寄せられた資金を元に、ブータン森林局が必要としていた警備用道路の敷設や、国立公園スタッフの住居、フィールドで使用するさまざまな機材、国立公園の境界線の設置などを準備するため、ロイヤル・マナスでのプロジェクトに約50万ドルの資金支援を計画。1994~1995年にロイヤル・マナス国立公園へ9万5,000USドル、ブラックマウンテン国立公園に8万5,000USドル、その他、野生動物の重要な生息地の保護計画のために16万USドルの支援を行いました。

1990年代の終わりに、WWFがブータンで支援した調査活動によると、ブータンには、極東ロシア、スンダーバンズ(インドとバングラデシュの国境地域)に次ぐ、規模の大きなトラの個体群が生息していることがわかりました。この結果を受け、WWFはトラの継続的な調査とその結果の蓄積、フィールド・スタッフの養成、密猟の防止、地域での普及活動などの取り組みを行なっています。

ロシア

WWFはロシア環境省、ロシア科学アカデミー、ウラジオストック環境研究所、イギリスのタイガートラスト、アメリカ国際開発局など様々な団体・機関と協力して、極東ロシア沿海地方を最後の生息地としているシベリアトラの保護に取り組んでいます。

1991年のソ連崩壊以後、ロシアでは国立公園の管理や密猟、密伐採の取締りが行きわたらず、シベリアトラもその影響を受けています。それまで微増しているとさえ言われていた個体数は再び減少。さらに広域で進む森林伐採が、深刻な危機を招いています。

1998年に起きた大規模な森林火災は、240万ヘクタールの森を焼き払い、トラの生息地の分断と、食物となる草食獣の減少を引き起こしました。また2001年から2002年にかけての冬には、沿海地方西南部で前代未聞の大雪が降り、食物を失った多くのシカなどが餓死したため、シベリアトラやアムールヒョウも危機に見舞われました。このような突然の気候の変動は、地球温暖化の影響が原因とも言われています。

WWFは1990年代からシベリアトラの保護活動を本格化させ、長期間にわたる生息環境の保全と生息数の調査、メディアを使った保護区内や地域全体で行われる保護教育の支援、地域の住民と野生生物が共存できる資源管理、分断されたトラの生息地をコリドーでつなぎ、保護区を拡大する取り組みなどを行なっています。1998年にはWWFドイツが、沿海地方の二つの保護区に対して、30万ドルの資金支援を行ないました。

現在も横行し続ける密猟の防止も、大きな課題です。ロシア・中国の国境地帯をはじめとする地域では、今も密猟と密輸が盛んに行なわれています。WWFは密猟の取り締まりプロジェクトに対する支援を実施。この結果、パトロールが継続されて行なわれるようになりました。1998年の一年間に、5つの密猟防止チームが調査した船や自動車は、337にのぼります。

また、WWFロシアは1998年、極東ロシア地域および東アジアに生息する、トラを含めた野生生物の取引に関するワークショップを開催しました。これは、ワシントン条約に基づいた適切な取引管理の施行をめざしたものです。

インドネシア

WWFは、世界でも最大級の熱帯域の自然保護区、スマトラ島のケリンチ・セブラ国立公園で、これまで多年にわたり自然保護活動の支援を行なってきました。

WWFは、1976年以降、インドネシアでのオペレーションタイガーの一環として、スマトラ島とジャワ島で複数のプロジェクトを支援。このプロジェクトでの調査によって得られた研究データが、1980年のグヌン・ルーサー国立公園、1981年のケリンチ・セブラ国立公園の設立を含めた多くの保護区の設立につながりました。

この2つの国立公園は、スマトラトラの大きな生息地であり、保護活動を行なう上でも、きわめて重要な地域です。1995年から1996年にかけ、WWFは約44万6,000USドルをケリンチ・セブラでの活動に拠出しました。また、この公園内には約2万8,000人の住民がいますが、これらの人々による地域のコミュニティーやNGOが参加する保護活動の強化・育成は、スマトラでの保護プロジェクトの大きな目標となっています。

スマトラ島北部の山岳地域にあるグヌン・ルーサー国立公園でも、公園周辺で生活する人間とトラの生息圏が交錯し、トラブルが起きています。この問題は、スマトラ島でのトラ保護活動における最大の難関といえるでしょう。

WWFは、この問題に対するフィールド・モデルを考案・実施し、公園管理のために、組織的な住民の支援を得ようとしています。政府の支援によって地元に産業が作られ、地元経済が活発化することでトラの密猟などを軽減することをめざしています。

タイ

タイにおけるWWFのトラ保護は、1976年のカオヤイ国立公園に対する支援活動に始まりました。以後、カオヤイ国立公園とフアイカエン、トゥンヤイナレサン保護区などの地域が主な活動の場となってきました。

1994年と1996年には、WWFはタイ森林局が実施したトラ生息国・消費国会合に参加し、その会議の開催を支援しました。また、1998年の寅年には、WWFはアマリ・ホテル・リゾートと共に、アニマルプラネットの後援を得て、トラ保護のためのキャンペーンをテーマにしたシンポジウムを開催しました。このシンポジウムには、100の教育関係機関、26のNGO、50人のジャーナリストを始め、多くの人々が参加しました。この他、署名活動や、タイ語版のトラ関連報告書の出版も実施しました。

フィールドでの活動としては、WWFはフアイカエン野生生物保護区での活動を長く支援してきました。1990年代の後半には、保護区内に小さなビジターセンターの建設に出資。同区での普及教育活動の推進をはかりました。カメラトラップを用いた調査も実施。

タイ国内では、ほとんど唯一、エリア内で人が生活していないプーケオ野生生物保護区も、重要なフィールドの一つです。ここでは、基本的なトラの生息状況に関する調査と、保護区の管理体制の確立が課題でした。1993年、WWFは保護区のスタッフと共に、野生動物保護のためのトレーニングを実施。さらに同区では、1994年から97年にかけて、絶滅の危機に瀕したターミンジカの再導入計画に取り組みました。また近年は、付近の住民を対象にした普及活動も実施しています。

マレーシア

1995年、WWFはマレーシア野生生物国立公園局(DWNP)とともに、トラとその食物となる野生動物が生息する地域で、保護にかかわるレンジャーを対象としたトレーニングコースを実施しました。この企画には、ミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム、マレーシアから17人が参加し、2週間のフィールド訓練が行われました。

1998年の寅年、マレーシアはトラ保護計画を発表。最初に国家的な計画を立案した国の一つとなりました。 DWNPおよびWildlife Conservation Society(WCS)、フロリダ大学、そしてWWFマレーシアは、この計画案を支持し、調査活動や人材育成、広報物の制作、地域への普及活動などを支援。日本でトラ保護のために集められた寄付金も、一部この取り組みに活用されました。

DWNPとWCSは、視認が難しい密林に生息するインドシナトラを調査するため、カメラトラップ(動物が前を通ると自動的にシャッターが下りる、赤外線を利用したカメラ)による、長期的な調査を支援しました。3つの州にある6カ所の森林を対象に、1997年12月に始められたこの取り組みは、現在では完了し、調査結果の分析が保護計画に役立てられています。

WWFマレーシアとDWNPが協力して開発した「マレー半島に生息するインドシナトラのための普及教育プログラム」は、1998年から2001年にかけて展開されました。このプログラムは、トラが生息する地域の周辺にすむ人たちを対象にしたもので、人とトラの間に起きるトラブルを解消できる地域社会のモデル作りを含めた取り組みです。この活動を通じ、学生や猟師、牧場主、プランテーションのオーナーなど、多様な人々に対する働きかけが行なわれました。また、この他、マレーシア国内のワシントン条約の専門家と共に、国際取引に関する政策に関しても提言などを行なっています。

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国際ネットワークでの活動

Tiger Emergency Fund(TEF)トラ緊急基金

絶滅の危機にさらされているトラにとっては、何がいつ、大きな打撃になるかわかりません。密猟や、人間とのトラブル、生息環境の減少だけでなく、火災や洪水のような災害も、大きな脅威になります。

このような予測し得ない問題が起きた時、トラを絶滅から救うには、迅速な対応が必要となります。1998年の寅年、IUCNとWWFは協力して「トラ緊急基金」を設立し、緊急の保護アクションが必要とされる際の資金源を確保する取り組みを行ないました。これにより、1万ドルの資金が緊急に活用できる体制を作りました。

1998年にシベリアトラが生息する極東ロシアで起きた森林火災対策は、この資金を導入した最初の取り組みになりました。この時の鎮火活動のために使われたヘリコプターやブルドーザーのレンタル料などに使用されたものです。

同じく1998年にインド北東部のカジランガ国立公園が空前の大洪水に巻き込まれ、道路や橋が破壊され、公園の設備が大打撃を受けた時にも、この基金は活用されました。デリー市のトラ保護プログラム(TCP)オフィスは、ボートやトラック、夜間調査用の機材、麻酔銃などの備品を基金によって借り受け、現地での洪水対策への緊急支援を行なったのです。さまざまな取り組みの結果、国立公園はほどなくもとの機能を取り戻し、インドサイやベンガルトラの生息地は無事保全されたのでした。

また、2001年にも、インドを代表するトラの生息地の一つコーベット国立公園で起きた密猟問題への緊急対応としても、基金が活用されました。

トラの国際取引に関する取り組み

1994年以降、WWFは国際自然保護連合(IUCN)との共同プログラムであるトラフィック(TRAFFIC)の活動を積極的に支援してきました。トラフィックの取り組みは、トラなど絶滅のおそれのある野生生物の国際取引を監視し、過剰に利用されている動植物について保護のための提言をする、というものです。トラの製品は1975年に国際間の取引が禁止されましたが、その後も需要は高まり続けていたため、その対策として、市場調査と取り締まりの強化が必要とされていました。

現在、トラに関わる活動としては虎骨の消費を減らし、代替品を普及させることをめざしています。これまでも、トラの生息国や虎製品の消費国に対して、ワシントン条約に基づいた規制強化のための資金援助や、違法取引の禁止を求める要請を行なってきました。

1995年3月、WWFはIUCNのSSC(種の保存委員会)キャットスペシャリストグループとベトナムの森林局(ワシントン条約のベトナム管理当局)とともに、インドシナトラに関する最初の地域会合をハノイで開催しました。加盟国であるベトナムのみならず、非加盟国であるカンボジアやラオスもトラ取引の取締りを支持することを表明しました。インドと中国の間でトラや絶滅の危機にある他の種を保護する法施行活動について、政府間合意が同年4月に交わされ、12月には中国とベトナムの間でも交わされました。

同じく、1995年4月には、ロシアにトラフィックの事務所を立ち上げ、野生生物の国際取引に関する幅広い活動を支援。漢方薬での使用を目的にした、東アジア向けのトラ骨の密輸などについて調査を行ないました。

また、1995年8月、WWFはベトナムの国境付近に勤務する税関職員90名の訓練用に資金を提供しました。ワシントン条約事務局とトラフィックサウスイーストアジアがベトナム森林局後援のワークショップを開催したほか、同年9月にはミャンマーがトラの全面保護を盛り込んだ法案を可決したと発表しました。

1994年に開かれたフロリダのフォートローダーデールで開かれたワシントン条約第9回締約国会議では、なかなかトラ製品の取引が無くならない現状を変えるため、各国政府に働きかけ、それぞれの国内での取引の中止を求めるという内容の決議を、満場一致で採択しました。しかし、1997年にジンバブエのハラレで開かれた第十回会議では、フロリダ会議での決議内容が十分に実現されていない、という点が指摘され、WWFはトラフィックと共に、いまだに国内での取引を規制していない国や地域に対する働きかけを行ないました。

1997年12月、WWFの支援のもと、トラフィックは絶滅のおそれのある野生生物の医療利用に関する国際シンポジウムを開催。さらに、アメリカとカナダのチャイナタウンでの調査を実施し、その半数近くで、トラを含めた絶滅のおそれのある野生生物を含む医薬品が販売されていることを突き止めました。

翌1998年の寅年、WWFは国際的なトラ保護を求めるキャンペーンを展開。WWFはシベリアトラの密猟が激しくなっていたロシアで、条約事務局とトラフィックを支援し、ワシントン条約のワークショップを開催したほか、トラ保護に関するWWFのレポートを、中国語やタイ語、日本語に翻訳し、刊行するなどの普及活動を展開。日本でもトラの身体を使った漢方薬などの国内売買の禁止を求め署名活動などを実施し、その結果、2000年4月には、「種の保存法が改正」され、トラの国内取引が禁止されました。


REFERENCES

※2023年6月26日をもって、WWFロシア(Vsemirnyi Fond Prirody)はWWFネットワークから離脱しました。

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