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福岡県・大木町が取り組む淡水魚保全と農業の両立

この記事のポイント
絶滅の危機にある淡水魚が今も生き残っている九州・有明海沿岸域の水田地帯。その貴重な生息地の一つである福岡県の大木町は、希少種を含む町内の自然環境の保全に向けた取り組みを推進しています。地域の農業と、淡水の生物多様性の保全をどのように両立させるのか。この難しい課題に挑む福岡県と大木町の取り組みを紹介します。
目次

水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック

九州・有明海沿岸の水田地帯は、豊かな農業と淡水の生物多様性を支える、貴重な伝統的景観が残るエリアの一つです。

とりわけ、この地域に広がる「クリーク網」、すなわち水田を結ぶ形で設けられた、無数の水路が織りなす緻密な水系は、1300年以上の昔から稲作を支えると共に、「日本の宝」ともいうべき淡水生態系を育んでいます。

ここは、世界でこの地域にしか生息しない、日本固有種を含む多様な淡水魚類が分布する貴重なエリアですが、近年その生息環境である水田やそれをめぐる水路の自然は、各地で大きく改変され、急速に失われています。

特に、水路をコンクリートで固める整備事業は、魚や水生昆虫、水生植物などの生息・生育地の消失につながってきました。

そこで、WWFジャパンでは2020年3月、水田・水路の生物多様性を保全しながら、農業用水路の改修を行なうための、工事方法やそのアイデアを解説した「水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック」を発表。

有明海沿岸の各自治体に配布し、域内での整備事業の推進にあたって参考としてもらうよう、広く呼びかけました。

その一つであった福岡県の大木町は、このポイントブックをきっかけにWWFの水田・水路の保全プロジェクトに高い関心を寄せることになった自治体の一つです。

水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック
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水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック

大木町のこれまでの取り組み

大木町は、日本の固有種で、九州の北西部にのみ分布する希少な淡水魚の生息も確認されている重要な地域であり、WWFのポイントブックの中でも、特に最優先に保全すべき地域に含まれている町でした。

九州大学が保全を優先すべきエリアをまとめた、九州北西部のクリーク網生物多様性優先保全地域地図。
©Norio Onikura / WWFジャパン

九州大学が保全を優先すべきエリアをまとめた、九州北西部のクリーク網生物多様性優先保全地域地図。

そこで、大木町役場とWWFジャパンは、町内の淡水生態系を守るための対話を開始。2020年10月には第一弾の取り組みとして、「堀の勉強会」を実施しました。

ここでいう「堀」とは、水田をめぐる水路のこと。

特に、大木町内に現存する水路網の半分以上は、コンクリートなどを使った護岸工事を施していない、伝統的な土の土手を持つ「土羽」の水路。こうした、多くの淡水生物のすみかとして好ましい水系の環境が残されていました。

そして、「堀の勉強会」の企画をきっかけに、大木町役場は、町内にある堀をテーマとした「石丸山公園」をまるごと、野外の環境を活かした水族館にする取り組みを立案。

その事業を推進するため、2020年度のふるさと納税も活用したPRにも取り組んできました。

そして、2022年5月現在、もともと公園にあった資料館に淡水魚に関連した展示を拡充するなど、着実に活動を進めています。

地域の課題に向き合いながら淡水生態系保全を進めるために

クリークの里石丸山公園での水槽展示の様子。
©WWF Japan

クリークの里石丸山公園での水槽展示の様子。

しかし、こうした取り組みにはさまざまな困難も伴いました。

特に課題となっているのは、農業生産の効率化との競合です。

「土羽」の水路は、確かに多くの淡水生物にとっては好ましい環境ですが、これを維持するためには、周辺の草刈りや、水底に堆積する泥の定期的な汲み上げなど、さまざまな管理作業が必須。

それはそのまま、農業者に大変な負担と労力を強いるものになっています。

さらに、近年は農業人口の減少や高齢化・担い手不足も深刻化。

農業を営む側としては当然ながら、手のかかる土羽の水路ではなく、コンクリート張りの水路など、管理が容易で効率のよいインフラに対するニーズが高くなります。

このような背景を踏まえながら、大木町内では農業用排水路の改修計画を実施するため、どのような工法・実施手順とするべきか、事業主体である福岡県と、大木町、さらに淡水生態系の研究者による検討が、2020年から進められてきました。

福岡県と大木町の画期的な選択

一連の検討の結果、2022年3月、この改修計画では、淡水生態系の保全に向けた、画期的な工事手順と工法を採用することを決定しました。

まず、工事を進める前に、工事対象地域全域において、環境DNAを活用した希少種の生息状況の確認を行ないます。

この環境DNAを使った調査とは、水路などの生息域の水を採取し、そこに含まれる生物の細胞や糞などからDNAを抽出することで、その生物の生息を確認する調査方法。

生物を捕獲、視認しなくても、その存在を把握できるため、希少種が直接確認できていない場所であっても、開発計画を見直したり、保全エリアを指定することなどに貢献できる手法です。

今回の大木町内での水路改修計画では、環境DNA調査により希少な淡水魚種の生息が確認できた場所の保全はもちろん、確認ができなかった地域において灌漑期・非灌漑期における採捕調査を実施し、生息状況を念入りに確認することとしました。

また、WWFの「水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック」を参考にしながら、自然を残す形で水路の整備が実施できる、いくつかの工法パターンを選定。

特に生息に配慮する地域においては、水底に生息する水生生物や、水生植物の生育に配慮し、水と陸地のつながりを意識した環境を保全。こうした移行帯を含む、多様な景観を創出する工夫を盛り込むこととしました。

今後の実践に向けて

これからスタートする、この福岡県・大木町の画期的な挑戦は、自治体が取り組む環境配慮の試みとしては、先駆的なものであり、今後の治水・農業行政のモデルになるものといえます。福岡県では2022年3月に「ワンヘルス推進行動計画」を策定。生物多様性に配慮した農林水産業の推進や、その理念に沿った農林水産物の生産を目指す計画としており、今回の環境配慮の取り組みは公表されている行動計画の方針(「生物多様性に配慮した公共工事の推進」、「生物多様性に配慮した農林水産業の推進」等)とも合致するものです。

また、近年では、気候変動に伴い、多発するようになった水害などへの対応としても、こうした地域の水環境の管理と利用を改善し、災害に強いインフラを整えていくことも、自治体にとっては大事な課題。

すでに大木町を含む近隣の市町では、大雨の前に、あらかじめ堀の水を有明海に排出する「先行排水」を行なっていますが、こうした取り組みについても、自然の治水能力を活かし、生態系に配慮した施策がより求められるようになります。

従来の方法ではなく、自然とも共存しながら、防災などをも視野に入れた取り組みが、今後さらに進むことが期待されます。

何より、実際の生物相の調査や、工法の実践には、町民の皆さまのご理解とご協力が欠かせません。

WWFジャパンも、「水田・水路でつなぐ生物多様性ポイントブック」にご縁をいただいた関係を大切にしながら、今後も町の貴重な淡水生態系の魅力を活かし、守っていくため、協力を続けていきます。

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