生物多様性スクール第2回 「生物多様性と食・農」開催報告 システム転換が必要!
2022/04/05
- この記事のポイント
- 国連の生物多様性条約第15回締約国会議(第二部)が開催される2022年は、生物多様性の保全に向けた、世界の新しい枠組みが作られる、重要な1年になります。ビジネスの世界においても、すでに無視できない重要な要素、キーワードとなっている、この「生物多様性」について、日本でもさらに理解を拡げ、環境破壊を回復に転じる「ネイチャー・ポジティブ」な流れを創造していくため、 WWFジャパンは2022年1月より、全6回のオンライン・セミナー「生物多様性スクール」を開始。2月28日には、「気候変動と食・農」をテーマに第2回を開催しました。当日の講演の概要をご報告します。
注目される「生物多様性」の今
2月28日に行なった第2回のテーマは、「生物多様性と食・農」。
ゲストには、東京大学未来ビジョン研究センター教授で、グローバル・コモンズ・センター ダイレクターの石井菜穂子氏をお招きしました。
誰にとっても身近な「食」から考える生物多様性について、スクール当日の講演概要をお伝えします。
開催概要: 生物多様性スクール 第2回「生物多様性と食・農」
日時
2022年2月28日(月) 16:00 ~ 17:30
場所・形式
Zoomによるオンラインセミナー
主催
WWFジャパン
参加者
参加登録者数1,218名
生物多様性喪失の主要な原因は「食」と「農業」
はじめに、WWFジャパン事務局長の東梅貞義が、世界の生物多様性の豊かさを示す数値が過去約50年で68%減少しており、その原因の多くが生きものの生息地が失われていることに起因していると語りました。最大の要因は、食料生産のために起きている農地や牧畜の拡大。一人ひとりの暮らしや企業の活動が、どのようにこの問題につながっているのか、そしてグローバコモンズ、つまり皆の宝である自然をどうしたら守ることができるのか、石井菜穂子氏と一緒に解き明かしていきたいと挨拶しました。
「ネイチャー・ポジティブ」のためには、経済システムの転換が必要
石井菜穂子氏 には、「Global Commons Stewardship(グローバル・コモンズ・スチュワードシップ)、システム転換に向かう世界」と題してお話いただきました。2021年11月のCOP 26では、「カーボンニュートラル、ネイチャー・ポジティブ」がキャッチフレーズになりました。(「ネイチャー・ポジティブ」については、前回の報告ページを参照)
なぜいま、生物多様性の回復を志向する「ネイチャー・ポジティブ」や自然資本が大事なのでしょうか?その背景には、地球環境がさらされている危機に真正面から向き合わなければ、もはや人類の繁栄自体が危ういという現状があると石井氏は語ります。人類の文明を支えている地球システムの安定と回復力が、永久に失われる臨界点が迫っているのです。
地球環境がどれほど危機的な状況かについての研究、データの紹介の中で、特に石井氏が強調したのは、地質学的に人類は現在 「完新世」から「人新世」に移行しつつあるという内容。
直近約1万2,000年の「完新世」では、地球の気候は温暖で安定し、農業とともに文明が発展しました。しかし、産業革命以後、経済活動が急激に拡大する中で、人類は自然を過剰に利用し続け、地球環境に大きな負荷を与えてきました。その過程で生物多様性も大きく損なわれました。人類は自ら、この完新世という恵まれた基盤を壊してしまうところまで来ているのです。いま新しい地質時代である「人新世」へ入りつつある中で、私たち人類はどう生きていくかが問われています。
こうした問題は、地球システムと現在の経済システムの衝突により起こっていると石井氏は言います。根本的に解決策するには、経済社会システムを転換する必要がある。そして地球システムの安定を維持するには、もうほとんど時間的な猶予はない。経済社会システムを転換するためには、それを構成する主要な要素である、エネルギー、食料、生産・消費、都市の4つのシステム転換が必要だ。とりわけ「食料システム」の転換の取組は急務だと強調しました。
食料システムの転換が急務
食料システムが地球環境に負荷をかけている例として、食料生産のために、世界の温室効果ガスの25~30%が排出されていることや、水の取水の7割が穀物生産のためであること、食料のための土地利用の転換が、生物多様性喪失の最大の原因となっていることなどが挙げられます。
「GCS Index(Global Commons Stewardship)*」では、地球環境に対しどの国がどれくらいの負の影響を及ぼしているか、33の指標をもとに100カ国を評価しています。特徴は、国内の消費・生産による環境負荷と、輸入を通じて国外に与える環境負荷を可視化して比較できるようにしたことです。
それによれば、経済的に優位な国、発展している国が、輸入を通じて、特に途上国の環境に負荷を与えている傾向があることが明らかになりました。したがって、国が与えている環境負荷を測るには、自国内だけでなく、何を、どれくらい輸入しているかに注意する必要があります。
(*東京大学グローバル・コモンズ・センター“Global Commons Stewardship Index 2021”)
日本も、輸入による環境負荷が大きいことが分かっています。とりわけ日本は、地域別では東アジアと東南アジア、そして業種的にはアパレル業界と食品業界による負荷が、特に大きくなっています。つまり、国内だけでなく、国際的なバリューチェーン、サプライチェーンに配慮することが重要ということです。
全ての人々の「健康的な食事」を目指す
「食」は、人間の健康と地球の健康の両面からアプローチできるテーマである点も重要です。
いまの食料システムは環境問題だけでなく、世界の人口の9%が栄養不足にあることや、一方で過体重または肥満の人が20億人もいるといったこと、また食料生産の約3分の1が廃棄されている「食品ロス」の問題なども引き起こしています。非効率で不健全な食料システムをどう変えていくか、さまざまな角度から検討する必要がありますが、それだけ食のシステム転換には大きな可能性と効果が期待できます。
この図では、生産的かつ再生型の農業、摂取するタンパク質の多様化、地域内の循環と連携、デジタル革新など、解決への鍵となりそうな10分野が「健康的な食事」という誰にとっても大切な要素の下に整理されています。食は、一人ひとりが毎日、毎食かかわるものだからこそ、消費者にできることも大きいと言えます。
自然資本を市場経済に取り込む動き
食や経済のシステム転換のための鍵となりそうな動きが、少しずつ出てきています。
自然資本を評価することの重要性は国際社会や企業でも認識されるようになりつつあり、ここ数年、自然資本を適切に評価して価値化し、市場経済に取り込んでいこうという世界的な潮流があります。(「自然資本」については、前回の報告ページを参照)。
自然に対する科学的根拠に基づく目標と、気候と自然の両方に対して目標設定をするための手法・リソースを企業に提供する、SBTN(Science-Based Targets for Nature、自然を基盤とした解決策)などが注目され始め、 さらに企業による情報開示のガイドラインを求める TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、自然関連財務情報開示タスクフォース)も2021年に始動しました。
しかし、課題も多くあります。
例えば森林の自然資本としての価値づけは十分に進んでおらず、適正な価格がついていないのが現状です。どうすれば自然資本の適正な価値づけと市場づくりができるのかを考えていく必要があります。
私たちの消費と生物多様性
WWFジャパン フードグループ長の南明紀子からは、消費者の日々の買い物と生物多様性がどうつながってるのかを生産現場から紐解きました。日々の買い物だけではなく、企業にとっては、事業に関わる原材料などの調達も「消費」と言えます。
WWFジャパンは特に、日本の消費によって、環境破壊が起こっている海や森を守る活動に注力していますが、これには食品やその原材料も深くかかわっています。たとえば、インドネシアのパーム油や、チリの養殖サーモン(サケ)などです。
身の回りの多くの食品や日用品に使われるパーム油を生産するために、インドネシアなどでは、森を焼き払い、アブラヤシのプランテーション開発が行なわれてきました。環境・社会面のことをきちんと考えずにプランテーション開発が行われてしまうことで、広大な地域の生物多様性が失われるとともに、地域住民や先住民との紛争や、保護区内での違法なアブラヤシ栽培なども問題となっています。
また、日本のサケ・マス類供給量の4割を占めるチリでは、サーモン養殖によって、餌の食べ残しや排泄物による水質汚染、外来種であるサーモンの脱走による生態系のかく乱などの自然環境への影響が懸念されているだけでなく、養殖企業と地域住民や先住民との間での対立も起こっています。
日本で消費される食べ物のために、遠く離れた世界中の生産現場でこのような生態系や地域住民の暮らしへの影響が起きています。知らず知らずのうちに引き起こしているこうした影響を、企業や消費者がまず知ることが大切です。
では知った上で、企業や消費者ができることは何でしょうか?
その一つの解決策が、「ASC認証」 や「RSPO認証」といった、国際的な認証制度の活用です。生物多様性や地域の人の暮らしに負荷をかける生産をやめていくこと、そして、それが消費者に伝わるように、環境に配慮した商品にマークをつけることで、消費者が選び、そうした取り組みを応援することができます。
ディスカッション
その後のディスカッションは、モデレータの井田氏が、石井氏と南に質問を投げかけながら、参加者からの事前質問にも答える形で行なわれました。質疑応答のポイントをご紹介します。
バリューチェーン全体を視野に入れた取り組みが必要
石井氏:一つの解決策として認証システムは自分も重要だと思う。一方、認証を得るために様々な手間暇がかかるので対象となる製品がどうしても高価になってしまうという課題があるなど、制度を根付かせるために様々な試行錯誤が必要。特定の製品だけでなく、自然資本全てに網をかけるという観点のシステムアプローチも有効ではないだろうか。自然資本全体への価格付けをきちんとすること、規制をすることを一緒に考えていくべき。
南:一つの動きとして最近関心を持っているのは、欧州のデューデリジェンス法案。民間の取り組みの限界に対して、法制化によりどうポジティブな動きを生み出すのか。
井田氏:英国の森林デューディリジェンス法が話題になった。国際的な取り組み、枠組みがつくっていけるかが重要では?
石井氏:バリューチェーン全体で、悪い影響を与えているものを域内に入れない、値段を高くするなどの対応をしないとコモンズは守れない。 しかし、南北の政策課題が残る。世界的な合意の下で貿易で縛っていくのは賛成だが、それで生活している南半球(グローバルサウス)の人たちの生産システム転換にどのように貢献できるかをあわせて考えるべき。
南:特に小規模農家は、家族を養うためにアブラヤシ栽培をしており、結果的に違法栽培となっている人たちもいる。それを買わないという選択では現場の課題解決にはつながらない。 現地の地方政府にとってサステナブルな取り組みを推進することがメリットとなることを目指す試験的な取り組みもWWFでは行なっている。
企業の取り組みについて
井田氏:食料システム大変革で企業がやるべきことや先進事例は?
石井氏: 生産、輸入、販売などを含めてバリューチェーン全体で環境負荷を「見える化」することが重要。経済活動、自然資本全体に網をかけるという意味でTNFDに期待しているが、企業が本気で取り組む必要がある。企業の行動を変えるのは消費者からの要求。そのために、商品の環境負荷情報を開示し「見える化」し、消費者が選択できるようにすることも重要。
南: 認証制度を活用するメリットは、企業がバリューチェーン上で確認すべき点がかなり含まれていること。生産現場に導入の負荷があるのも事実だが、デューディリジェンスを求められたときに、かなりの部分をカバーできる。
井田氏:生産現場では、人権問題も起きている。FSCやASCなどの国際認証制度は人権面もカバーしている。
若者へのメッセージ
井田氏:高校生ができることは? 自分はChoiceとVoiceが重要と考える。きちんとした選択をすることと、 声を上げること。 若い人の声は聞いてもらいやすいので、ぜひ声を上げてください。
石井氏:子どもは親への影響力がある。若い世代が素朴に疑問を持って活動を始めると、親やその上の世代を動かす力がある。
南: 企業がどう考えているか、質問をすることが重要。 企業は消費者が何を求めているのかを常に考えて商品を作っている。きちんとした企業は、消費者の意向を汲んでくれるはず。ぜひ手紙やメールで問い合わせをしてみてください。
おわりに
最後に井田氏は、「食と農の将来を生物多様性から考える上で、非常に良い示唆をいただいた。私たち一人ひとりが、さらなる危機意識を持って日々暮らし行動していく必要があり、根本的な変革を食と農の分野でも起こしていかなければならない。仕組みをどうつくるかは難しいが、国レベルでも国際社会としてもより真剣に取り組むべき課題で、企業や政治家も含め皆で考えていく必要がある」と締めくくりました。
★次回の生物多様性スクールは、第4回「生物多様性とビジネス」 (4月27日(水)16時~)
お申込み・詳細は、こちら